2008/07/25

煮詰まる

7_22pot去年9月10日の「やおら」で、「国語に関する世論調査」の記事を書いたけれど。

はい。
今年もまたまた、文化庁が24日に発表した'07年度の結果が新聞に出てました。


慣用句で【どちらの言い方を使う?】という質問には

●心血を注ぐ  64.6%
 心血を傾ける 13.3% という結果。
(やっぱ傾けるだったら「精魂を〜」とか「情熱を〜」ですよね)

●論陣を張る 25.3%
 論戦を張る 35.0%
(「論戦を挑む」「論戦を展開する」なら聞いたことありますが……)

●足をすくわれる  16.7%
 足下をすくわれる 74.1%
(私も「足下」派でした。しかも「足元」)

●溜飲を下げる 39.8%
 溜飲を晴らす 26.1%
(これもやっぱり、晴らすんだったら「鬱憤を〜」とか「うさを〜」ですよね)


そして恒例の【どちらの意味だと思う?】。今回は

●話のさわりだけ聞かせる。
 話などの要点のこと    35.1%
 話などの最初の部分のこと 55.0%

●7日間に及ぶ議論で計画が煮詰まった。
 (意見が出尽くして)結論の出る状態になること   56.7%
 (議論が行き詰まり)結論が出せない状態になること 37.3%

●憮然(ぶぜん)として立ち去った。
 失望してぼんやりとしている様子 17.1%
 腹を立てている様子       70.8%

●檄(げき)を飛ばす。
 自分の主張や考えを広く人々に知らせて、同意を求めること 19.3%
 元気のない者に刺激を与えて、活気づけること       72.9%
(「さんずい」じゃなくて「木へん」なのがミソ?)

●琴線に触れる。
 感動や共鳴を与えること 37.8%
 怒りを買ってしまうこと 35.6%
(「逆鱗に触れる」と怒りを買いますが)

どれも上の選択肢が正解とのことだけど。気になるのは今回のお題。
「さわり」も「憮然」も「檄(げき)」も'04年に発表されたのと同じなんですけど。
それだけこのお三方は手強いということでしょうか。


それにつけても、「煮詰まる」を間違えてしまったのがクヤシイこの私。
ただ、若い人ほどその割合が高いんだそうで。
そのお言葉に、チョッピリ「溜飲」を下げたのでありましたが。んふ♪

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008/06/28

に・へ……え?

08_06_26sinbun先日の新聞の一面には、こんなタイトルの記事が。

「○○証券に改善命令へ」

……ん?
おっしゃりたいことは分かるんだけど。
イマイチしっくりこない。

「○○証券に改善命令」とか。
「○○証券、行政処分へ」なら分かるけど。
「○○証券に改善命令へ」となると、なんだか。

もっとも、どの世界にもあるのが「お約束」。
私のように、いきなり歌い出すのは危険でも。それが歌劇のお約束みたいに。
きっと新聞のタイトルには、何かお約束があるに違いない。

そこでさっそく記事を読んでみると。
どうやら
「(金融庁は)○○証券に(対し、)改善命令(を出す方向)へ(方針を固めた)」
らしい。

なんと、タイトルにはこれだけの意味が込められていたとは。
ほぼ確実だけど、まだ実行されてないから「へ」が付いてるんですね。
(「○○証券に改善命令」だと、すでに発令されちゃったみたいですもんね)
つまり「『○○証券に改善命令』へ」だったんですね。


そういえば。
「駅『に』行く」とか「駅『へ』行く」とか。
「〜に」も「〜へ」も、普段は区別しないで使っているけど。
厳密にはこの「に」と「へ」には違いがある。と、何かで読んだ気がするし。

「ネタになるかならないか」が行動原理になりつつある最近の私。

ええ。もちろん検索しましたとも↓。
●http://www.alc.co.jp/jpn/teacher/soudan/029.html
「実践日本語教育 日本語の教え方相談室:スペースアルク」さんによると。

「基本的な用法としては一般に、『へ』は動作の方向を表し、『に』は到着点を表すと教えているようです」とのこと。

なるほど!
「改善命令」を出す「方向」へ向かってるから「へ」で。
その対象である「到達点」が「○○証券」だから「に」。


分かりました。
でも、それはいいとしても。私にはもう一つ気になる記述が。

それは「若い人は『に』を使うことが多く、年配者は『へ』を使うことが多い」

…………へ? (・o・)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008/05/31

いってんにわかに

Anunそれまで晴れてたのに、急に雲行きが怪しくなって。
いまにも雨が降り出しそうになる。

そんな時きまって頭に浮かぶのは「いってんにわかにかき曇り」のフレーズ。

そしてその後いつも思うのは。
この「いってん」は「一天」だったっけ?
という一抹の不安。
(意味からすれば「一転」でもいいような気がしちゃって)


パソコンを立ち上げるには時間がかかるし。
手っ取り早く本棚の三省堂国語辞典を引いてみると。

●「一天」
「大空。空全体。」とあるけれど、用例は「一天万乗」のみ。

仕方なく、次に
●「俄(にわか)」で調べてみると。
「一雨・一に空がくもってきた」。
(一時的な雨のことだと思ってたら、急に降り出すから「俄雨」だったんですね)
と、当たり前のことに感激したものの。私が欲しいのは「一天俄に〜」の確証。

最後の手段として
●「掻き曇る」にすがってみると。
「くもる」を強めて言う言葉。「一天にわかに一」とあった。

よかった。やっと出てきた。
私が探していたパズルの答は「一天俄に掻き曇り」。
これでメデタシメデタシ。


……それにしても、「掻き〜」には語意を強める意味もあったとは。
そこで、ついでに「掻き」が付く言葉を探してみると。

掻き合わせる/掻き抱く(いだく)/掻き起こす/掻き口説く/掻き暮れる/掻き消す/掻き込む(「飯をかっこむ」のアレですね)
他にも、掻き出す/掻き立てる/掻き卵(かきたま)/掻き鳴らす/掻き退ける/掻き混ぜる/掻き回す/掻き乱す/掻きむしる等々。

いっぱいあって、ちょっとトクした気分。
探してた例文にはなかなか辿り着けなかったけど。思わぬ収穫にニンマリ。


とはいえ、後日(この記事を掻いてる、じゃなくて書いてる今日)念のため @nifty辞書で「一天」を調べたら。一発で「—にわかにかき曇る」がお出ましに。

あらぁ……。
あの時面倒がらずにパソコンを立ち上げてたら、こんな苦労はしなかった……けど。

それだったら記事のネタにもならなかったんでした♪

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008/04/13

文字詞(ことば)

Turuhiti今までに見たこともないような、難しい漢字は多々あって。

そんな字のことを、以前ある方から「初お目文字でした」とコメントしていただいた時。
さり気なさすぎて、その面白さに思い至らず。

それが「お目にかかった」と「文字」の掛け詞だと気づいた時には、感動のあまりしばし呆然としてしまった私。
(それまでに二、三日かかったのもどうかと……)


さて、こういった言葉に目がない私は、先日の記事でも使っちゃいましたが。
ちなみに、お馴染み@nifty 辞書によると

●めもじ【目文字】大辞林 第二版より
〔「めみえ」の文字詞〕お目にかかること。おめもじ。〕

とのこと。
(ただし「お目文字」は女性語らしいので使用上の注意をよくお読み下さい)

この「文字詞(ことば)」。
もともとは室町時代の宮中の女房言葉だったようで。
最初の一字の後に「文字」を付けるのが特徴らしい。

「杓文字(しゃもじ)」は現在でも使われているし。
逆毛を立てた髪の中に入れたり、日本髪を結う時に添えたりする「髢」も、もとは「髪文字(かもじ)」だったそう。
(辞書には【▽髪文字/▼髢】と両方載ってます)

その他「腰巻き」や「浴衣」のことを「湯文字(ゆもじ)」と言ったり。
「ひもじい」も「饑(ひだる)い」→「ひ文字」の形容詞化なんだとか。

そうやって考えてみると。

「あなたに『ほの字』」なんていう艶っぽいセリフ。
これも文字詞から来てたんですねぇ。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2008/03/26

バリエdeカンショウ

Rabendaで、カンショウといってもデカンショ節ではありません。(あ、……滑ったかも?)

乙女の感傷じゃなくて、過干渉でもなく。
もちろん緩衝材でもありません。

前に「芸術」とか「音楽」とかが付く、あの「鑑賞」。


その対象に向き合うという意味では、他にも「観賞」「観照」なんかがあるけれど。

綺麗な花を見て、「あぁ、美しいなあ」と楽しんだりするのが「観賞」らしい。
(はい、これ得意です)
一方「主観を交えず、対象のあるがままの姿を眺めること。静かな心で対象に向かい、その本質をとらえること。」(@nifty 調べ)が「観照」なんだとか。
(ここまで行くと、ちょっと高尚な感じがしますね)

その中間くらいが「芸術作品を味わい理解する」の「鑑賞」なんでしょうか。

ただ、私はどうもこの「鑑賞」の仕方が下手。
常に基準点が定まっている人と比べると、私はその対極にいるような気さえする。
座標軸のゼロの地点から対象を見つめるのが、私にはとても難しい。

理解しようとすると、ドップリその世界に入り込んじゃって。
なんとなく何かがほの見えてきたかと思うと同時に、周りが見えなくなる。
それを味わおうとすると、そこに照準を合わせるのではなく座標軸ごと引きずっていってしまう。

この状態はアブない。


私を筆頭に、世に天然と呼ばれる人達。
そんな方々は、自分ではゼロの地点に立っているつもりでも、座標軸がチョット一般の人よりズレている。

そしてもちろん私も。
何かに耽溺し、深く沈潜していく時(だけじゃない?)。
その対象にロックオンされた私の座標軸もまた、深く深くスライドしていく。

そして……。

ふと我に返った時。
そのあまりの道程にめまいを覚えながら、トボトボと帰路につくのであります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/03/17

風呂を埋める

080315hanameある時、家内の口から「何の連脈もない」が飛び出した。

「あ、やっぱりそう言うんだ」

そこで私はおもむろにこう宣言した。
「その場合、脈絡が正しいんだって」(うふ♪)

それを聞いていたウチの子は「なんか早口言葉みたい」とつぶやいていたけれど。
(そうそう。「みゃくらく」って舌がもつれそうになるよね)
どうやら、例の「連脈」は、とりあえず家の中では通用するらしい。
(って、あんまり慰めにはなりませんが)


家の中だけで通じるといえば。
二、三年前コメント欄に書き込んだ、あることを思い出した。

「お風呂が熱かったら水でうめてね」「は〜い」

熱いお湯に水を混ぜて適温にすることを、実家では「うめる」と言っていたんだけれど。
以前、なにげなくこの言葉を発した時。
「埋めるって、風呂に土でも入れるの?」と人に笑われたことがあって。
これは実家だけで通じるローカルな言葉なのだろうか?
と、にわかに不安を感じ始めたのでした。

「お風呂をうめる」。言われてみれば、たしかにヘンかもしれない。

下町育ちの父は「お金」のことを「お足」と言うくらいだったし。
(子供の私には「おわし」と聞こえました)
母は母で、田舎の親戚と電話で話した後しばらくはタイムスリップしちゃうし。
(見知らぬ母になってしまったようで、寂しゅうございました)
あやうい言語環境の中で育った私には確信が持てない。

でも、「水で薄める」だと温度を下げる感じがしないし。
私としては、やっぱりお風呂は水で「うめ」たい。

そこで、後になって辞書で調べたところ。
「埋める」には「水を加えてぬるくする。また、薄める」という意味もあると知ってホッとするやら、ビックリするやら。複雑な心境だったのでありました。(お酒を水で薄めるのも「埋める」んですって!「酒ニ水ヲ—・ムル/日葡」)


いやはや。
実家でしか通じないと思っていた言葉が辞書に載ってたり。
そうかと思えば架空の言葉だったり。

私にとって、辞書はやっぱり手放せない座右の書なのであります。


080317haname
 
●上の写真は3月15日に撮った桜の花芽。
春は忍び足で」の写真から二十日ほどで、すっかり成長しました。
●追記:そして左の写真が3月17日。
もう先端からピンクの蕾が顔を出しました。
三日、じゃなくて「二日見ぬ間の桜かな」です。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008/02/17

辞書にない言葉

080217roseブログの記事を書く時。
いつもお世話になっているのは @nifty 辞書。

一応、念のために確認しないと不安だし。
時々ネタが見つかるのもありがたい♪


さて、先日もそうやって調べようとして驚いた。
なんと「連脈」が @nifty 辞書に載っていないのだ!
慌てて手持ちの辞書も引いてみたけれど、これも同じ。

「何の連脈もない」とか、日常生活でもよく使われてると思ってたのに。

そこで、今度は「連脈」をキーワードに検索してみると。
山の連なりを意味すると思われるものや、医学用語があるばかり。
(「連脈と続く」とかもあったけど、「連綿」と「脈々」がくっ付いたんでしょか?)

そんな中、自分が思っていた使い方もいくつかあって。
例えば「その話の連脈の中で」
「何の連脈もありませぬ」
「考えに連脈が見出せない」等々。
(うんうん。自分でもそんな感じで使ってる)

そして、なにより心強かったのがコチラ↓。
http://www.sensenfukoku.net/mailmagazine/no27.html
●石原慎太郎エッセイ『日本よ』

本文中には、ちゃんと「当時からの連脈の上にある」という一節があるではないか。
(歴史の連なりを山脈に例えられたのかもしれませんが)


そういえば、以前の記事「天衣無縫」でも書いたように、「活舌・滑舌(かつぜつ)」も辞書に載っていない言葉。
でも、「かつぜつ」がここ数年耳にするようになった比較的新しい言葉なのに対して、「連脈」は昔からよく聞いていたような気がするのに。

はて、これはいったい。

だったら「脈絡」を使った方がいいのかもしれないけれど。
「何の脈絡もない」って、ナゼだか自分にはあんまり馴染みがない。

不安になって、またまたググってみると。
「何の脈絡も」116,000件
「何の連脈も」    7件

あらぁ……。
思い込みの激しい私のこと。やっぱり自分の勘違いなんでしょか?

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2008/02/08

たなごころ

Tanagokoro3「(月日が)たなごころから」こぼれていく。
なんて書いたのは去年の「年の終りに'07」。

最初、それを「指の間から」にしていた私。
でも、それは前にも使ったことがあるし。
なにか他の言い方をと考えて、思いついたのが「たなごころ」。

念のために@nifty 辞書で調べたところ。
●掌(たなごころ)「〔手の心の意〕てのひら」とあった。

なんと「てのこころ」で「たなごころ」とは。

そのことを知って、迷わずそれに決めたものの。
「手の心」が一体何を意味するのかなんて想像もつかない。


ケガや病気の処置を「手当て」と言う、とはよく聞く話だけれど。
頭が痛い時には、思わず額に手を当てるし。
お腹が痛い時には、すがるような思いで腹に手を押し当てる。

小さな子供が、どこかをぶつけて泣いている時は「痛いの痛いの飛んでけ〜」と手を当てたり。
「痛かったねぇ」と、頭をそっと撫でたりする。
そんな時、その手に込められた気持のことなのだろうか。

それとも、その手自体が持っているものなのだろうか。

だとしたら。
自分の心と手の心を対峙させたらどうなるのだろう。
と、考えてみて驚いた。

すでにもう「胸に手を当てる」という言葉があるではないか!


ある言葉を調べていて別の言葉に辿り着く。
そして、それまで気づきもしなかったそのつながりに驚く。
というのは、「ままにならない」等、これまでにもよくあったけれど。
今まで「手当て」と「(胸に)手を当てる」のつながりなんか、考えたこともなかった。


自分の胸に手を当てて考える。
自分の心に向き合って内省する。

それは、多かれ少なかれ痛みの伴う作業だけれど。
(自分の過ちを認めるのは辛うございます)
どうせなら、たなごころがその痛みも手当てしてくれればいいのに。

その傷を癒してくれればいいのに。

……なんて。

そこまで考えるのは、いささか虫のいい甘えであろうか。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007/12/03

わび・さび

私には茶の湯の心得はないけれど。
その凛とした世界は、ちょっとした憧れ。

先日も、何気なく茶道に関するサイトを検索していたら。
そこには、こんなことが書かれていた。

「わび・さび」とは、「わびしい、さびしい、という満たされない状態を認め、慎み深く行動すること」なんだとか。(「日本文化いろは辞典」より)
http://iroha-japan.net/iroha/C01_accomplish/01_sado.html


Susuki今までよく耳にしていた、この「わび・さび」。

なんとなく漠然としたイメージしか持っていなかったけれど。この言葉に出会って、それがやっと像を結んだというか。
ストンっと、素直に心の中に入ってきた。

なんと、満たされない状態を受け入れるのが「わび・さび」の心とは。


飾り立てた美しさはわかりやすい。

けれど、それらを削ぎ落としていった後に残るのは。
本来の素材の良さだったり、たたずまいの美しさ。
立ち居振る舞いや身のこなし、所作の美しさ。

見つけようとしなければ、気づかないもの。
目を凝らさなければ、見えてこないもの。

満たされない侘びしさ、寂しさの中に、そんな何かを見い出そうとする姿勢が「わび・さび」の心なのだろうか。
そこに浮かび上がってくるものが「わび・さび」の風情なのだろうか。


空腹な時には、何を食べても美味しいように。
乾いた喉には冷たい水が染み渡る。
そんな経験をすることはよくあるけれど。

満たされていないからこそ、ささやかなものが愛しい。
それはそんな状態が、「慎み」に似ているからだろうか。


●そんなことを考えていたら、以前書いた「寂しさの形」を思い出しました。
そこで、今回のリターン雑記のはし書きに代えさせていただきます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/09/10

やおら

078yuyake今年もまた、文化庁が発表した「国語に関する世論調査」の結果が新聞に出てました。

95年度から実施しているというこの調査。
毎年この時期になるとテレビや新聞で取り上げられるんだけど。
クイズみたいで結構楽しみだったりして。


特に印象深かったのは04年度版。

本来と違う意味で使われてたり、間違えて覚えてた言葉が多くてビックリしたものでした。まだブログを始めてなかった当時、HPの方で書いてたのを挙げてみると。

「的を得る」は間違いで「的を射る」が正しかったり。
「檄を飛ばす」の「ゲキ」が「サンズイ」じゃなくて「木ヘン」なのに驚いたり。
他にも、「姑息」は「ズルい」ってことだと思ってたら、「一時の間に合わせにする」って意味で。
「憮然(ぶぜん)」も、本来は「がっかりする」という意味だったり。
(↑新しいネットの辞書には、「不満なさま」も載ってます)

「さわり」も、「ほんのさわりだけ」なんてよく聞くから。
「つかみはOK!」みたいに導入部のことだと思ってたら。
「中心となる部分。聞かせどころ。名場面。見どころ」のことだったり。


去年も読んだ覚えはあるんだけど。(一昨年は、はて?)
どんな言葉があったか思い出せないのが残念。
(やっぱり書き記してないとダメですね)

っということで。気になる今年の言葉はコレ。
(ちなみに数字は、不正解と正解との割合)

●「役不足」    50.3% 40.3%
●「流れに棹さす」 62.2% 17.5%
●「気が置けない」 48.2% 42.4%
●「ぞっとしない」 54.1% 31.3%
●「やおら」    43.7% 40.5%

実は「やおら立ち上がる」の「やおら」が不正解だった私。
(「いきなり」だと思ってたら「ゆっくりと」でした)
もしかしたら、「やにわに」と混同しちゃったんでしょか?
(漢字で書くと「矢庭に」だったなんて。う〜ん、緊迫感ありますね!)

そういえば、「おっとり刀」。

これも、おっとりしてるんじゃなくて。
「腰に差すひまもなく、刀を手にしたままであること。緊急の場合に取るものも取りあえず駆けつけるさま」(@nifty 辞書調べ)
という意味の「押っ取り刀」だと知ったのは、案外去年の世論調査でだったかも?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧