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2004/11/28

老婆心

前回、バスに乗って小さな冒険をしていた思い出を書いたけれど、最初から首尾良く行った訳ではない。やはりそれなりの覚悟がいるし、気軽に行動を起こして、とんだ失敗をした事もあった。

ある時、大きな団地の商店街まで散歩に行った時の事。いつもはそこから帰るのだが、たまたまバス停に駅前行きのバスが留まっていた。散歩に飽き足りなくなった私は、ついサービスして、それに乗せてあげることにした。(喜ぶ顔が見たいという理由だけなのだから、親バカもここに極まれりだ)途中で家の近くのバス停も通る。何とかなるだろうと思ったのだが、コレが間違いだった。私の目論見以上にバスは早かった。あっという間に最寄りのバス停が過ぎ、終点の駅前までついてしまった。これでは満足する訳がない。しょうがないので、元いた団地行きのバスでとんぼ返りする事になった。片道200円、往復で400円だが、遊園地の乗り物代と思う事にした。

再び家の近くを通り過ぎ、結局、元の場所まで戻ってしまった。その時だ。もっと乗っていたいウチの子は、火が付いたように泣き出した。すでにもう、400円も使っている。これ以上のサービスをする気になれなかった私は、無理矢理降りたのだが、私に手を引かれながら泣いているわが子に、「坊やどうしたの?」と中年の御夫人が声を掛けて来た。子供に向ける顔はにこやかだが、時折私を見る視線は猜疑心に満ちている。これこれしかじかと理由を説明したのだが、「すわ!誘拐?」と疑られたのは明らかだろう。

治安というのは、こんな老婆心で保たれている側面がある。疑われた不快さより、「この辺もまだまだ捨てたもんじゃないな」という安心感の方が大きかったけれど、私にとっては、そんな危険を孕んだ冒険でもあったのだった。

hitoha.jpg 
 
 
 
 最後の一葉。
 先日の強風で
 落ちてしまった。
 
 
 

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コメント

こんにちは。

バスかぁ、懐かしいですね。
僕の小さい頃、母親が勤めていまして、保育園から帰ってくるとその勤め先で母親の仕事が終わるのを待っていました。
当時は保育園の行き帰りも歩きですし、母親も車の免許がなかったので、自転車に二人乗りで家まで帰る日々だったんですけど、たまに仕事の関係でバスに乗って行く場所があったんですね。
どこに何しに行っていたのかは今でも分かりませんが、それに一緒についていくのが楽しみでして、いつも期待して待っていました。
いつもは靴を脱いで外を眺めながら窓にしがみついているのですが、ごくたまに運転手さんのすぐ後ろの席をゲット出来るときがあるんです。
その席は一人用で前に掴むための横棒がついていまして、走り出す前からそれを握りしめて、自分が運転するかのような緊張の面もちで座っていました。

今ではそのバスも廃線になってしまいましたが、懐かしい思い出です。

投稿: 生字引 | 2004/11/28 09:30

生字引さん、ありがとうございます。

>運転手さんのすぐ後ろの席をゲット出来るときがあるんです。

⇧この記事の時にゲットしたのは左側でしたが、どちらにしても一番前は男の子の指定席ですよね!

ところで、頂いたコメントを読んで、私もちょっと思い出しちゃいました。
小学校に上がる前、目医者(古い言い方!)に通っていた頃、バスに乗るのがそりゃもう楽しみでした。
眼科の簡単な手術をした後、がんばった御褒美にチョコレートを買って貰い、嬉しくって握りしめていたのだけれど、バスが停車する前に歩き出して転んでしまい・・・。
折れたチョコレートを、とても複雑な思いで見つめたものです。自分の不注意で転んだのだけれど、車掌さんや母に心配してもらって…。
申し訳ないやら悔しいやらで、今でも思い出すと、胸の辺りがキュンとなります。(^^;)

投稿: nanbu | 2004/11/28 13:25

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