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2004/12/30

年の終わりに

今年も、もうすぐ終わってしまう。一年の終わりというのは、いつも何かしらの感慨があるけれど、今年はいつにも増して特別な感慨がある。おかげさまで自分のHPも4年目を迎え、今年のお正月にはリニューアルも。日常雑記のコーナーもその時に始めたので、丁度一年が経ったことになる。
そして、3ヶ月前からはこのブログまで!

それまでも、月に一度のペースで更新していたのだけれど、それでは次の更新時までに忘れられてしまうのでは……?と一念発起しての事。自分が他のサイトを見る時も、やはり数日おきに更新される日記のコーナーを選んだりしていたし……。
しかし、ただでさえ出無精な上に、地味な生活をしている私には、ドラマチックな日常がある訳もなく、日記を書くのは無理と諦めていた。そこで、いつも「あーでもない、こーでもない」と思い煩っている私は、それを書けばいいのかな?と思い立ち、このコーナーを始めたのでした。

とはいえ、そうそう書く事があるとも思えず、「週に一度位なら……」と、最初は恐る恐るのスタート。しかし、それでもマメな更新とは思えず、とうとう二、三日に一度という暴挙に……。
ただ、そのペースで行くと、一年では膨大な回数になりそうだし、(数えてみたら今回で105回目)「いつまでネタが続くかなー?」と、不安を抱えていたので、何とか一年続けられたのは、本当に嬉しい事でした。
毎日更新されているブログさんもあるので、比べ物にはならないのだけれど。(継続は力なり。ですもんね)

それまでは、掲示板への書き込み等には尻込みしていたのに……。(ブログだと出来るのは不思議です)
そんな私が、他の方とコメントのやり取りをしているなんて、ほんの数カ月前には想像もできなかった事。それだけに、とても嬉しい年になりました。

今後とも、よろしくお願い致します。
それでは、皆様も良いお年を……。

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年の瀬に降り積もる雪は、
全てを無垢へと
変えていくようで…。
 
 

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2004/12/28

正月準備

年の瀬も押し詰まり、そろそろお正月の準備を始めなければならない。
暮れの内に済ませなければならない事は色々あるけれど、私はこの前書いた大掃除と、門松やら裏白の輪飾りやらを調えるのが担当だ。

お供えなどのお正月飾りは、29日は避けなければならない。しかも、31日にするのは「一夜飾り」と言ってこれもダメ。27日ではまだ大掃除が終わっていないし……。そうなると、結局28日か30日にする事になるが、例年28日に暮れの買い出しをする事にしているので、その時、ついでにお飾りも買っている。(なんてシステマチック)

「そこまで気にしなくたって……」とも思うけれど、おせちにしろ、お飾りにしろ、しなければならない訳ではなくて、お正月気分を味わうためのセレモニーだと思えば、「気持ち」は大事だ。
20年も繰り返していれば段取りも出来てくるし、最近ではガソリンスタンドで洗車してもらっている間に(無論一番安いコース!)、買い物を済ませて駐車場代を浮かせるという知恵もついた。

お正月の朝、目覚めた時の、空気までが新しくなった様な、凛とした雰囲気が好きだ。

大掃除などの暮れの支度は、すべてこの瞬間のためだったと言っても良い。
取り込んでいた時期には、それらをはしょったりした事もあった。しかし、そんな時に迎えたお正月は、あの、全てがリセットされた様な新鮮さが感じられない。
私の場合、お正月のすがすがしさは、暮れに流した汗の量と比例しているようだ。

これからまた、あの一連の作業が始まる。
それは、また一つ歳を重ねる事への、厳かな準備なのかもしれない。

homeidensora
 
 
水色から紫へうつろう
夕暮れの空を見ると、
皇居にある豊明殿の
壁画を思い出してしまう。
 
 

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2004/12/26

床屋さん

もうすぐお正月を迎える事もあって、一大決心をしてトコヤさんに行って来た。

どうも行くのが面倒臭くて、いつも伸び放題にしてしまう。行ってさえしまえば、後は椅子に座っていれば良いのだからどうって事はない筈なのに、その踏ん切りがなかなかつけられない。

イケメンだったりしたら、お手入れにも熱が入ろうというものだが、悲しい事に冷静な観察眼だけはある。「見ようによっては……」と自分を勘違いする事も出来ないので、「見苦しくなければいいや」になってしまう。

何度も行きたくないから、切る時は「立たない程度に短く……」と注文して、ギリギリ短くしてもらう。一月もすれば丁度良くなるし、しばらくは安泰なのだけれど、二ヶ月も経てばまた元通り。で、いつも「行きたくないなぁ〜」とグズグズしながら、どうしようもなくなった所で観念して行く、の繰り返しをしている。
歳と共に髪にコシがなくなってきたので、長くなると収拾がつかなくなる。頭頂部はペタンコなのに、側頭部ばかりボリュームがでてしまう。(あ、想像しないで!)

髪とは逆に、年々ヒゲは濃くなって、肌は弱くなるのだという。だから、いくら切れ味のイイ剃刀で剃ってもらっても、帰ってからよく見ると小さなかさぶたが出来ていたりする。
常々思うのだけれど、どうしてあんなに深剃りするのだろう。肌を手で引っぱりながら逆さ剃りする。出勤前のホステスさんじゃないんだから、何処かに出かける前にトコヤさんに行く余裕などない。どうせ家に帰るのだし、明日の朝になればまた剃らなければならないのに……。

とか何とかボヤキながらも、トコヤさんに行ってしまえばこっちのものだ。
気分もスッキリ!良いお正月を迎えられそうである。
 
12kaki 
 
 
 
葉を落として、
実だけになった柿の木。
 
 
 

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2004/12/24

大掃除その2

窓拭きが終われば、後は電気の笠など、照明器具の掃除。この効果も侮れない。窓といい照明といい、結局「光」や「反射」が変わると、身の回りの雰囲気が俄然新鮮になる。

この二つさえクリアすれば、後はその時の忙しさに合わせて、ドアや作り付け収納の扉など、面積の広い順に掃除していく。細かい凹凸を掃除するのは意外に時間がかかる。優先順位をつけるなら、プレーンで広い所からの方が圧倒的に効率がいい。(壁紙まで広くなると話は別。やった所とやらない所の差が目立って収拾がつかなくなる)

何故こんな風に優先順位をつけておくかと言えば、いつまでやる気が続くか分からないからだ。アレもコレもと意気込んでいると、やる前からうんざりするし、途中で息切れしてしまう。「これが終わったらおしまいにしよう」と、逃げ道を作っておけば嫌にならないし、気軽に考えていた方が、かえって調子が出てトントン拍子に進んだりする。

水周りの掃除は家内の担当だが、毎日しているとそれ程ひどい事にはならないらしく、おせちを作り出す前に、一人で淡々と済ませていらっしゃる。(故に、ここでは除外させて頂くけれど、水回りの掃除が一番大変なので、エラそうな事は言えない)

そして、おせち作りが佳境を迎える頃には、あまりバタバタしなくて済む、食器棚やドアのガラス磨きでフィニッシュだ。(この時は磨く面積が狭いので、ガラスクリーナーとペーパータオルで優雅に行う)この行程も外せないので、最後に余力を残しておく。

どうやら、「光」「反射」「面積」が、最小の努力で最高の効果を生む三原則らしい。そしてなにより私の場合、嫌にならない内に、嫌にならない範囲で、というのが最大のポイントである。(気持ちが大事ね)

……と、まあこの通りに事が運べば万々歳だけれど、
はたして今年はどうなりますやら……。
 
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左から:春に咲いたコノテガシワの花。:夏になると実が膨らんでくる。
   :秋に実がはじけて、種がこぼれ落ちる。:タイルの目地から芽を出した若葉。

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2004/12/22

大掃除その1

師走と言うだけあって、暮れは何かと忙しい。年内に済ませられる事は済ませ、スッキリした気分でお正月を迎えたいと思うからだろうか。そうなれば、やはり大掃除もしないと気が済まない。家の中だけでもキレイになれば、この一年の出来事も垢を落とし、良い思い出になってくれそうな気がする。

怠け者の私は自分が信用出来ないので、やれる内にやってしまおうと、毎年早めから手をつけるようにしている。そんな中でも、窓のガラス拭きは外せない。他まで手が回らなくても、窓ガラスさえ綺麗だと、何とかサマになる。

ただでさえ寒い冬の事、嫌なものは早めに済ませたいので、まずは外側からだ。洗剤を入れたバケツの水でざっと汚れを落としてから、スクウィージー(ワイパーの様なもの)で一気に拭き取る。これでピカピカ!(なにせ畳10枚分はあるし、すばやさ命)

家の外側さえ終わってしまえば、後はじっくりと内側に取りかかれる。ブラインドの埃を払ってから、きれいにすすいだ雑巾で、これまたざっと汚れを落とす。そして水分が乾かぬ内に丸めた新聞紙で磨きあげる。ガラス用洗剤等いろいろ使ってみたけれど、コレが一番早くて経済的な方法だ。新聞紙がみるみる汚れを吸い取るし、インクの成分の効果なのか、ピカピカに仕上がる。この方法に辿り着いてからは、家中の窓を磨いても、3時のお茶までには片が付くようになった。

書いてみると簡単に終わりそうだが、その間にサッシの汚れ落としも同時にしなければならない。なにせ日も短い、このペースで終わらないと、すぐに夕暮れの気配が漂い出すし、惨めな気持ちになってしまう。明るい内に済ませるのが、嫌にならないポイントだろう。

今回は、私の窓拭きの方法をご紹介させて頂いたけれど、それ以外の場所も大掃除を待っている。次回はそれらについても……。

uekomi
 
 
 
ご近所の植込みは、
コニファーだけの構成が見事。
これからの季節に
真骨頂を発揮する。
 
 

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2004/12/20

だ・である

もう、お気付きだとは思うけれど、この日常雑記は「だ・である」調の文章になっている。しかし、「だ・である」調ではどうしても不遜なイメージが付きまとう。そこで、先ずは「です・ます」調で書き始めたのだった。

最初の挨拶だけはそれでも気にならなかったが、書き進む内にどうも具合が悪くなった。私の文章力では、語尾が「です・ます」だらけになってしまい、まるでお手紙のよう……。しかも、固くてクドい。
3回程更新したところで、試しに語尾だけ「だ・である」に代えてみた。すると、行数が減る事にまず驚いた。これではクドくなるのも当たり前だ。そんな訳で、以後「だ・である」調で書く事にしたのだった。

雑誌などを読んでも、大抵は「だ・である」調。しかし、別段不遜な感じも受けない。それどころか、書いた方の人柄が偲ばれさえする。どうやら根本的な文章力で違いが出るようだ。(……当たり前ですね。)

自分で書く時も、なるべく「だ・である」で終わらない様に工夫しているつもり。でも、どうしても逃げられない時の方が多い。その点、手練た方の文章はやはり違う。中には、語尾に「だ・である」が一切出て来ないアッパレな一文まである。
しかも、遅ればせながらブログを始めて気がついたのだけれど、他の方のブログは圧倒的に「です・ます」調なのだ。やはりウェブにはそれに適した書き方があるようだ。(「あっちゃ〜」とは思ったけれど、もう遅い)
自己満足と言われればそれまでだけど、読んで頂きたいと思えばこそ……。努力だけは買って頂きたい。

ウチの子が小学生の頃、友だち数人とイタズラをして反省文を書かされた事があった。
保護者の責任として、一応書き上がったものに目を通してみてビックリ。なんとその文章は「だ・である」調で書かれていたのだ。
確かに論旨は通っていても、これでは「反省の意を表す」という主旨からは外れた印象を受ける。やはり、反省文は「です・ます」調の方が無難なようで……。

                 ●

実は、これは書いてはみたもののボツにしていた記事。
でも、よく伺がっているブログもげきゃっちさんで、インターネットの文章の技術。という興味深い記事を拝読し、せっかくの機会なのでトラックバックさせて頂きました。

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2004/12/18

冬至十日目

今年は、12月21日が冬至。冬至と言えば、柚湯やカボチャを思い浮かべるけれど、冬至と書いただけで寒くなるような気がしてしまう。この日を境に昼の時間はどんどん長くなるのに、それでも寒さは序の口で、あと一月後の大寒に向かってまだまだ寒くなっていく……。車は急に止まれないというか、慣性の法則というか、一旦寒さに向かってしまうと止められないという事だろうか。

母が、よく「冬至十日目」と言っていた。冬至を過ぎて十日もすれば、畳の目一目づつ伸びた日脚にも気がつくのだと言う。今より暖房も整っていなかった昔の人は、そうやって春が来るのを待っていたのだろうか。
それよりもっと昔、太古の人々は日に日に短くなっていく日照を、どんなに心細く感じていた事だろう。暦など知らなければ、このまま夜が長くなって暗闇に支配されてしまうのでは……と、恐れたのではあるまいか。それだけに、少しづつでも昼が長くなっていく節目のこの日には、特別な想いが込められていたに違いない。クリスマスのお祝いも、そんな太陽復活の嬉しさを祝う冬至祭と合わさっていったと言う説にも頷ける。

今年は暖かいけれど、例年コートが欲しくなる12月の気温は、コートを脱ぐ3月から4月初めの気温と同じだと聞いた事がある。(コートと言えば、以前はレインコートのように薄地のもので、厚地のものはオーバーと言っていたのに、これも死語になってしまった……)大寒を乗り切れば暖かく感じられる気候も、寒さに慣れていない身にはより寒さが沁みるらしい。

今から、来年の立春を心待ちしている私。皆さまも風邪などひきませんように……。

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去年から使っているリース。
これは作り物だけれど、
昔の人が、冬でも緑の葉を茂らせている針葉樹を、
生命力の象徴として尊んだのもむべなる哉。
 
 

ポージィの花etc.記: 冬至さんにトラックバックさせて頂きました。

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2004/12/16

クリスマス

巷では、随分前からクリスマス気分が盛り上がっていたけれど、ウチでもツリーやらリースやらの飾り付けを済ませた。ツリーに電飾を飾り付けながら、いつもチョットだけ後ろめたいのは、「クリスチャンでもないのに……」という思いだが、これは大方の日本人がそうである様に、都合良く美味しいとこ取りをさせて頂いている。

冬至を過ぎて、やっと日が長くなり始めると言っても、一年で一番夜が長い時期に変わりはない。ましてや寒さはこれからが本番だ。そんな季節を迎える前には、お祭り騒ぎでもして、気を紛らしたくもなる。木の実を貯えて冬越しする生き物のように、楽しかった思い出を少しづつ取り出しながら、辛い季節を乗り越えねば……。(本当に冬は嫌いだ。2月21日付季節の躁鬱)そのためには、取りあえず面白そうな事はしなきゃソンソンである。

しかし恐ろしいのは、日本人の変わり身の早さだ。一月以上も前から「シャンシャン」という鈴の音が響いていたかと思うと、25日を過ぎると、手の平を返したようにショーウィンドーのディスプレーがお正月一色になり、お琴の音色で「春の海」まで聞こえてくる。
まるで自分を見ているようだが、実は、ホームページの方の更新日が毎月26日なのはそれに合わせている。11月26日から12月の25日まではクリスマスムードで、12月の26日からはお正月♡。という寸法である。

なんだかんだ言いながら、かなりのミーハーであるこの私は、25日まではしっかりクリスマスバージョンにハマっていようと思っている。

 04tree
 
 
 
 
年ごとに、
オーナメントの数も増えました。

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2004/12/13

悲しいシンデレラ

師走に入り、忘年会シーズンが始まる。行きは「ヨイヨイ」だが、交通の便が良くない所に住まいがあると、帰りは「コワイ」になってしまう。

私が実家にいた頃、最寄りの駅からターミナルの駅まで行くためには、どうしてもローカル線に乗らなければならなかったが、それは30分に1本しか来なかった。(時間帯によっては、1両編成が1時間に1本だけ……)行きは時刻表に合わせて家を出るのでまだ良いけれど、帰りは猛ダッシュして滑り込むか、間に合わなければイライラしながら30分待つしか無かった。短気な私の性癖は、その頃のホームで熟成されたのではあるまいか。
電車と書いたが、埼京線が乗り入れる以前のその頃は、まだ煙りを吐くディーゼル車で、乗降口の扉には手動で開け閉めするためのボタンまで付いていた。冬など、開けっ放しだと乗客が寒いからだろう。つまり、それだけ停車時間が長いという事だ。

結婚するまで実家にパラサイトしていた私は、残業や飲み会でも、終電に乗るためにはかなり早めに切り上げなければならなかったけれど、数年前にあった中学の同窓会での事。20数年振りという事もあって大いに盛り上がり、地元の人達はかなり遅くまで飲み明かしたそうだ。しかし、私は11時前には大人しく引き上げなければならなかった。(それでも間に合わずに、数駅手前でタクシーのお世話になった)

終電の時間を気にしつつ埼京線に揺られながら、少なくとも12時までは安心していられるシンデレラが羨ましく思えたのだった。

sazanka
 
 
 
白い綿毛にびっしりと覆われた山茶花の蕾。
この綿毛の有る無しによる
椿との見分け方が、初めて確認出来て嬉しい。
 
 
 

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2004/12/08

あばたもエクボ

「痘痕も靨」(あばたもえくぼ)とは、よく言われるけれど、惚れてしまうと、欠点まで良く見えてしまう。「結婚前は両目でよく見て、結婚したら片目をつぶって見ろ」とも言われる。つまり、結婚する前にはよく相手を確かめて、結婚してしまったら嫌な所は気にしないようにしなければ長続きしない、という事なのだろう。好きになってしまうと相手の良い所しか見えなくなるし、結婚してしまうと悪い所ばかりが気になりだすものらしい。

買い物などでも同じ事が言える。お店で、気に入ったデザインの服を見つけたとする。探していたアイテムだし値段も手頃だ。どれどれ、と手に取った時には、半分は買う気になっているのではないだろうか。「襟の形がちょっと気になると言えば気になるけど……」と、頭の隅では考えていても、その他の大部分が気に入ってしまえば、そんな事は意識の奥底に埋没してしまう。目にした時に芽生えた、「いいな」という思いは、もはや「買いたい」という衝動にまで達している筈だ。しかし、「お買い物」という行為に浮かれていた心も、会計を済ませ、自分の物にした瞬間から、冷静な判断力が頭をもたげ出す。家に帰って実際に着てみると、やはり襟が少々気になる。そうなってしまえば、後は着る度にどんどん襟が気になりだす。……これは私の失敗談だけれど、買う前にちょっとでも気になった事は、買った後では、どんどん肥大化していくものだ。

お買い物を結婚の引き合いに出すのもなんだが、「恋愛」という、晴れがましく非日常的な状況で感じる事と、「結婚生活」という平凡な日常とでは、感じ方が違って来るのは当然だ。気になり出せば、箸の上げ下ろしにまで文句をつけたくなる。冒頭の言葉は、それを戒めているのだろう。相手の欠点は嫌でも目に付くが、よい所はそれこそ重箱の隅を突くようにしなければ見つけられなくなる。(……あ、一般論としてネ)

こんな事を書くと、「あたしは、両目をつぶっているわ!」と言われそうなので、この辺にしておきますが……。(^^;)

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 落ち葉を散り敷いた歩道は、
 贅沢な踏み心地。
 
 
 

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2004/12/05

肉食動物・草食動物

ウチの子が机に向かって勉強している。そう言えば、二学期も終わりに近づき、そろそろ期末試験が始まるのだ。

どれどれ、と覗き込むと、おぉ!ちゃんとノートをとっているではないか。(良い子じゃ、良い子じゃ♪)「生物」の、そのノートをよく見ると、何やら図が描いてある。どうやら、草食動物と肉食動物の目の位置を表しているようだ。草食動物の目は、広く周りを見られる様に顔の側面に付いていて、肉食動物のそれは、正面にあって獲物の動きを捕らえやすくなっているそうだ。

う〜む。草食動物は、いつも周りの気配に気を配り、いち早く危険を察知しようとしている……。それはまるで、常に来るべき不幸に怯えている、我が身を見る様ではないか。どうも私は、リスクを恐れるばかりに、今一歩が踏み出せないでいるのだ。
これを書いている時、隣にいた息子は、いみじくもこうのたまった。「お父さんの目は後ろに付いてるよね」
(・・・後ろ向きの人生ですか・・・。見る目だけはあるのね)

それに比べ、前向きな家内のスタイルは、獲物を狙う肉食獣にも例えられよう。家内を見ていると、幸せと言うものは、自分で掴み取るものだとつくづく実感させられる。そして、そのための努力を惜しまない姿勢にも、常々敬服させられている。

もちろん私も、頂いた仕事は誠意をもってやっているつもり。自分なりに精一杯の努力はしているけれど、それ以上のステージを貪欲に目指しているかと問われれば、いささか心もとない……。

「なんか良い事ないかな?」と夢見ているだけでは、白馬に乗った王子様を待っている乙女と変わらない。やはり、「夢見がちな」という枕詞は、少女にこそ相応しいのだから……。

ityou.jpg 
 
 
 
 今年も色付いた
 銀杏並木。
 
 
 
 

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2004/12/02

もも展のご案内

今年もやって来た「もも展」の季節。

改めてご紹介させて頂くと、Studio MOMOというCGの巨大サイトで、毎年4・8・12月の1ヶ月間開催されているCGの展覧会。
私が初めて投稿させて頂いたのは、ちょうど一年前の12月だったので、エラそうな事は言えないのだけれど。(普段の書き込みも、内容が高度すぎて、半分ぐらいは理解できないのだから……)(^^;)

初めて見た時は、その水準の高さにビックリ。手探りで3Dを製作している身には、「CGって、ここまで来ちゃってるのね……」という深ぁ〜い衝撃を受けたものでございました。

それでも何とか立ち直り、恐る恐るの初投稿から今回で4回目。今でも腕試しのつもりで参加させて頂いているけれど、正攻法ではかなう筈もなく、何とか自分なりの世界を模索している状態。でも、自分の作品を見てもらえる場があるというのは、本当に有り難い事。これからも、参加していけたら……と、思っております。

皆様も、ぜひ一度御覧になって下さい。(私のは3Fです)

そちらの方からも、見に来て下さった方がいらしたら嬉しいです。
ありがとうございました。

blog_yakai04.jpg 
 
 
 
 
 
 HPの方で、
 今月のトップ絵にしている
 この作品を投稿しました。
 
 
 

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