« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »

2005/01/30

苺のパック

苺を買って来て、パックのフィルムを剥がそうとする。しかし大抵の場合、粘着力が強過ぎてフィルムが破れてしまう。こう書くと、何だかこの前の「ゴミの分別」の続きみたいだけど……。

大人数で食べ切るのなら、一気に破ってしまえば良いだけの話。しかし、少人数でセコく食べ続けようとすると、やはり元通りにフィルムでフタをしたい。輸送の途中で剥がれて、中身がこぼれたりしたら困る。という事情は分るけれど、この強力な粘着力は何とかならないのだろうか。実際程良い粘着力のパックもあるのだから……。

「男子厨房に入らず」とは無縁の私は、結構台所にも立つ。そうすると、苺パックだけでなく様々な包装に、私の忍耐力が試されることになる。

たとえば、きゅうり。普通、三本くらいがビニール袋に入って売られている。そして、その口は5ミリ幅ほどのテープで縛られていて、接着面の両側が一部のスキもなく張り合わされている。ハサミで袋の口を切ってしまえば、苦労をしなくても済むんだけど、また縛り直したいと思うと、ついついキレイに剥がしたくなる。しかし、そうすると私の堪忍袋の緒の方が、切れたくて悲鳴を上げてしまう。

ところが、中にはテープの端が折り曲げられて、剥がしやすい工夫がしてあるものもある。そんな時は、感激のあまり少々味がまずくても許してあげたくなってしまう。(でも、そういう心配りのあるものは味も美味しいんだけど)

その他、レタスの包装にも手を焼く。セロファンの包み目が接着してあると、剥がす時に必ず破ける。(さすがにレタスを一回で使い切るご家庭はないと思うんだけれど)だから、最近では諦めて小さなレジ袋に入れたまま保存することにした。

しかし、と立ち止まってみる。
よ〜く考えれば、昔は八百屋さんの店先で、カゴの上にのせて売られていたんだっけ……。それを新聞紙に包んでくれて。・・・そうか、新聞紙で包んで保存すればいいんだ……。

でも、せっかくキレイに包装されているものを、わざわざ新聞紙に着替えさせるのも所帯臭い。(昔を思い出して切なくなってしまう)

・・・結局、どれも私の貧乏性が原因なのねん……。
 
1.27kurirozu
 
 
 
蕾が増えるだけで、
なかなか咲こうとしてくれなかった
クリスマスローズも、
やっと花茎を伸ばし始めた。
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/01/28

ゴミの分別

最近わが家のゴミ箱が増えた。

ゴミのリサイクル回収が始まったからだ。
それまでは「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」用だけ。あとは、蛍光灯や乾電池等の危険物を、近所に設置されている専用の回収ボックスに入れれば良かった。

それが、紙類は資源として回収するようになった。それ以外でも、プラスチック、古衣類、ビン、缶、ペットボトルも同様だ。そして、残った「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」は専用の袋を買って、それに入れて出している。(プリペイド方式ね)

お金を払ってゴミを引き取ってもらうとなると皆真剣になる。当然ゴミの量も減ったらしい。
それで改めて気がついたのは、今まで「燃えるゴミ」としていたものが殆ど紙だったということだ。よく見ると、最近のパッケージには「紙」とか「プラスチック」とかのマークがしつこい程表示されている。それに従って分別していくと、ゴミとして残るのは生ゴミくらいになってしまう。(カップ麺の銀色のフタが紙だなんて知らなかった!)

ただでさえ増え続けるゴミの処理は問題になっている。燃やす手間が省ける上に、資源として再利用されるのなら一挙両得。協力するにやぶさかではない。……で、結果として、それらを分けて入れるゴミ箱が増えたという次第。

しかし、日々の暮らしの中でそれを実行し続けるのもラクではない。
例えば郵便物。住所の所だけ見えるように封筒に窓があって、そこにはフィルムが貼ってある。リサイクルのためにはそれを紙とプラに分けねばならないのだろう。しかし、いくら慎重にやっても薄いセロファンが細かく破れて剥がれてくれない。ティッシュ箱のフィルムもそう。(一流メーカー製は剥がしやすくてさすがだけど、特売のはしつこい)あと、壊れ物の郵送時に使われた、パッキンが内貼りされた大きな紙封筒(これは無理!)

……もう、「お代官様、お許し下さいませ」状態。

それでも良き市民として、今日も健気に分別している私はなんてエラいんでしょ。(と、思わないとやってられません)

トラックバック:笑い豚: 黄色いゴミ袋Part2
ほほえんでいたいから: 5品で1500円

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2005/01/25

ウェブの虚像

内弁慶という言葉があるけれど、多かれ少なかれ、人は皆その要素を持っているのだろう。自分の家の中では、多くの人が好きなように振る舞っている。(そうでなければくつろげないし)

しかし、一歩外に出ればそんな事はしていられない。人の目を考えれば変な事は出来ないし、ルールを守らなければあちこちでトラブルを起こしてしまう。だからこそマナーというものがあるのだし……。
学校も、勉強だけではなく、人と触れ合う中で社会性を直に学ぶ場でもあるのだろう。

ただ、人の目を意識しすぎると、「良い人」を演じてしまう危険もある。ヘタをすると「八方美人」の謗りも免れない。意識せずに、自然体で好人物になれれば理想的なんだけれど……。

ところで、ウェブに載せられた言葉は、多くの人の目にとまるし、限られた人達との間で交わされる日常の会話とは全く違う。そして、言葉にした瞬間から消えてゆくそれとは違い、後々まで形として残ってしまう。それだけに、いい加減なことは言えない。

しかしそうすると、知らず知らずに「良い人」になっている自分に気がついてドキッとする時がある。
実際は結構自己中なのに、気がつくとエラそうな事を書いていたりする。別に嘘をついている訳ではなくて、その時は本当にそう思っているのだけれど……。
どうしても、「あれ?自分はこんなに立派な人だっけ」という思いを払拭できない。

実生活では、良い人でいようと思っても、そうは問屋が卸してくれない。
イライラしている時だったりしたら、仏頂面をしているかもしれないし、感情に押し流されてしまう時もある。しかし、案外それで、素の自分と理想とする自分の距離を認識できる。そして、そんな現実の中でこそ、理想の自分に近づく努力が尊いのだろう。

でも、ウェブでは知らずに自分の都合の良い人になれてしまうのが、やっぱりちょっと怖い。

あ、でもお調子モンの私には、それもただの杞憂だったりして。
それくらいで丁度いいんだったら、それはそれで悲しいんだけど……。

1_1yuyake2
 

  
元日の夕焼け その3
あれよあれよという間に色を変え、
暮れていった。
 
 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/01/23

前ダッコ

赤ちゃんを外に連れ出す時は、おんぶするかダッコしなければならない。ベビーカーに乗せればいいのだが、場所を取るし、ぐずり出す事もある。

おんぶするには「おんぶヒモ」が要るし、ダッコも長時間なら「ダッコヒモ」が必要になる。
「おんぶ」か「前ダッコ」かでも論争があったものだが、以前実家で姪をおんぶした時には平気だったのに、30も半ばを過ぎておんぶすると、頸動脈が圧迫されて頭の血管が切れそうになったので、必然的に前ダッコになった。

その「ダッコヒモ」だが、私でも使えるようにシンプルなものを探して、紺色にした。
それでよく連れ歩いたものだけれど、その一部は小さな水玉模様が入っていて、真ん中におリボンまでついている。それがイマイチだったが、他にシンプルな物が無かったのだからしょうがない。(「しょいこ」の様なゴツいベビーキャリーはあったけれど、登山する訳じゃないし……)

ウチの子が歩き始めて使わなくなった頃、当時気に入っていたコムサデモードで、シンプルな紺色のダッコヒモを見つけた時は本当に悔しかった。(「私のおリボンをどうしてくれる。」と、今思い出しても悔やまれる)さらに、紺色のフレームのベビーカーばやりの頃があったけれど、思えば、その紺色のベビーカーを初めて売り出したのもコムサだった。(もちろん、ウチのは当時主流の黒)
バーゲンに並び、それ以外でも足しげく通ったのに、(見るだけの時が多かったけど)どうもタイミングがずれていたようだ。

しかし、すぐに着られなくなったり、使わなくなったりするのは分かっているのに、あれ程の情熱を注げたのは何故だろう……。
何かの代償行為だったとしか思えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/20

スタンス

色々な方のブログを覗いていると、人それぞれのスタンスがある事に気がつく。
ニヒルに斜に構えたり、大人らしい観点から論じられたりしている。

私の場合、年齢からすると落ち着いたスタンスを取らなければならないのだろう。
しかし、どうもそれは私のキャラにそぐわない。何か、無理をしている様な気がしてしまう。それは実生活でも変わらないのだけれど、カッコ良く決めようとすると、お尻の辺りがムズ痒くなったりする……。

私は、四人兄弟の末っ子だったので、そのスタンスが身に着いてしまっているようだ。
「取りあえずお兄ちゃん達の言う事を聞いていれば間違いない」そんな感じだろうか。

そんな「弟」の立場も、若い時なら自然だったけれど、この歳になると少々無理があるかもしれない。

しかし、たいした覚悟もなく、迂闊に歳を重ねてしまっただけに自覚が追い付かない。(歳と共にどんどん月日が経つのが早くなって、体内時計に加速がつくばかりなんだから……)
それなのに、しっかり自我は強くなる。

で、若い時のままの無自覚な自我に無理やり言い聞かせ、居心地の悪い立場でもがくから、おかしなスタンスになる。

そんな訳で、重々承知しておりますが、ここは一つお察しの程を……。
(と、予防線を張るのも老獪と言うのだろうか)
 
1_1yuyake3
 
 
元日の夕焼け その2。
その時南の空は、
不思議なオレンジ色に染まっていた。
 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/01/18

ブログの不思議

ブログは本当に面白い。

気になった記事やコメントを見つけて、その人のブログを覗く。そして、そこに書かれている記事を読む。
「あぁこの人は、こんな事を考えているんだ……」と共感したりすると、ついコメントを書いてみたくなる。

今までは、掲示板に書き込む事にも躊躇していたのに。
「自分のブログを読んでもらえば『私はこんな人間です』と、分かってもらえるかな?」という思いが、そのハードルを低くしているのだろうか。

実生活だと、出会った人に話しかけるのは勇気がいる。話好きな人もいれば、そうではない人もいるからだ。「迷惑がられたらどうしよう」などと思えば、声を掛けるのもためらわれる。
しかし、コミュニケーションツールのブログをしている人なら、「話好き」の点ではクリアしている……ハズ。

そして、なにより「相手の顔が見えない」というのが大きい。

私のように一人で仕事をしている人間だと、会社などでの会話の機会がない。その上、年齢が離れていようものなら、それだけで会話の対象にすらならない。ハナから話が合わないだろうと、決めつけられたりして……。(確かに、ついていけない話題もございますが)

人と話をする時、私は基本的に相手の年齢は気にならない。どんな人で、どんな考え方なのかが重要だ。
(若くてもしっかりした方はいるし、年輩でも若々しい感性の方はいる)
しかし、相手の人が年下の時は、どうしても「年上に付き合わせちゃ悪いかな?」とか気を使ってしまう。それが異性だったりしたら尚更の事で……。(ヘタをすると、セクハラにもなりかねない)

しかしウェブなら、シワも白髪も分らない。(ハイ、言葉の端々に歳が出ちゃってますね)
その人の「人となり」が全てだ。

これは、たまらない魅力。
自分の年齢を気にせずにコミュニケーション出来る機会なんて、そうそうあるものではない。

ウェブというと「若い人の」というイメージがあるけれど、案外、私の様な者にもありがたいツールなのかもしれない。

1_1yuyake1
 
 
後れ馳せながら元日の夕焼け。
「すべて世は事もなし。」
と行けば良いんだけれど……。
 
 

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2005/01/15

若葉マーク

30代半ばの教習所通いとは言え、ありがたい事にフリーランサーはスケジュールを調整出来る。結局2ヶ月程で、めでたく免許取得となった。あれ程外周で苦労した家内もその後は順調で、私より一月遅れただけだった。(結局、外周にかかった時間の差だけ)

まだマイカーを持っていなかった私が、まっ先にした事は、レンタカーを借りる事だった。(手には若葉マークを握りしめて……)
私に似合わぬ素早い行動に出たのは、別に運転がしたかった訳ではない。忘れてしまうのが怖かったからだ。その日は、折悪しく途中から大雨も降り出した。甲州街道を走り出したはいいが、何故かいつものように進路変更が出来ない。後になって気がついたのだが、バックミラーで後続車を確認するという手順が欠落していたのだ。(目視だけに頼っていた)ワイパーを動かすことさえ随分たってから思い出したのだから、その時の混乱ぶりは察するに余りある。

程なく中古のインテグラを手に入れてから、私と家内のマイカーライフが始まるのだけれど、車を運転するようになって、初めて知った事も多い。
合流の際に、一台づつ交互に譲り合ったりとか、暗黙のルールが守られている事など、歩行者の立場で見ていた時には、気付きもしなかった。(強い者勝ちとビビっていた私は、大多数がマナーの良いドライバーである事に驚いた)そんな世界が存在する事など、免許を取らなかったら、一生知らなかっただろう。

夜の新宿高層ビル群の谷間で道に迷った事。
GWに、嘘のように空いている246を颯爽と?走った事。それは全て初々しかった若葉マークの頃の思い出。あの頃私は(いくらか)若かった!!

しかし、基本的には家内の方が運転が好きらしい。乗せてもらう方がラクな私は、最近では家内に任せっきり。(やはり運転する時にはそれなりの覚悟がいる。無事家に着いてキーをしまう時、私は今でもありがたく拝んでしまう)

そして、今となって気がつけば、家内の方が余程手練たドライバーである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/13

教習所

以前、原付きバイクに乗っていた事もあって、アクセルとクラッチの感覚は掴んでいた。だから、最初の実技では「上手い」とまで言ってもらえたのだが、車にはハンドルが付いている。バイクの方向転換は、自転車と変わらないので、そこからは初心者だ。(ほんとの初心者である家内は、環状コースの外周を延々と回っていた)

ハンドル操作は本当に難しく、その頃の夫婦の会話は殆どそれに関するものだった。優しい教官もいたけれど、中には厳しい教官もいる。「切り返し」の項目で当ったのが、そっちだった。ただでさえイッパイイッパイなのに、その上ガミガミ怒られるのだから、頭の中は真っ白である。教習所を変えたという人の気持を痛感するのもこんな時だった。(そして家内は、外周を回っていた……)

S字カーブや、車庫入れ、坂道発進等をクリアすると、そろそろ仮免が視野に入って来るが、その頃には若い人との差は歴然としてくる。小気味良くカーブを曲がるそんな車を見るにつけ、「やっぱり免許は若い内に取るもんだ」としみじみ思うのであった。

教習所は、大抵外側の環状コースと、その内側にあるS字カーブ等で構成されている。家内など、ハンドルの切り方が足りずに、左右の前輪で抱え込むように環状とS字を隔てる芝生をまたいでハマってしまった事まであった。(教官が運転を代わって、なんとか脱出なさったけれど……)
やはり初心者は、ガミガミ言われてもしょうがないのだろうか?(カックン、カックンとノッキングを繰り返しながら車が飛び跳ねる光景も、教習所ならではだろう)

苦労したのは実技だけではない、学科はもっとだ。若い頃は、砂に水がしみ込むように吸収出来たものが、その年になると頭に入って行かない。脳細胞のピークはとうに過ぎているのだから。まるで、セルロイドの下敷きに弾かれる水のようなものだった。

それでも、難攻不落と思えた所内のコースをクリアすれば、仮免が取れる。そうなれば、路上教習が始まってしまう。
その教習所は甲州街道に面していた。まさかと思っていたけれど、いきなりそこを走らされた時には、固まってしまった。周りの車に煽られて、教官から「スピード出し過ぎですよ」と言われた時に見たメーターは、60㎞/hを差していた。教習所内で30㎞/h出すのが精一杯だった私は、自分が信じられなくなる悲しい瞬間を体感したのだった。

思い返せば、駐車車両があれ程憎らしかった事もございません。次々にそれが姿を現す度に、教官付きならまだしも、進路変更など一生出来ない様な気がしたのでありました。(涙)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/01/11

運転免許

私が運転免許を取ったのは36歳の時。学生時代に取ってしまうのが一般的だとすれば、かなり遅い方だ。私の学生時代でもそれは普通の事で、兄も卒業前に取っていたと思う。

ちなみに、家内はムサ美で、私はタマ美なのだけど、どういう訳か当時の美大生は免許を持っていない人が圧倒的に多かった。(そういう発想がなかったらしい)だから卒業後も免許を取ろうと思わなかったのは、自然の成り行きだった。

ただ、悔しいのは自分を証明するものが必要な時だ。お役所関係の時はたいてい健康保険証で済むが、それ以外では写真付きの免許証の提示を求められる。免許がないと、まるで日本人ではない様な気にさせられてしまう。あまり悔しいので、勤め始めてから原付きの免許を取ってしまった程だ。(原付きは筆記試験だけだから、教習所に通わなくて済む)

そんな私達がその気になったのは、免許取得者数が人口の半数を越えた頃。
赤ちゃんからお年寄りまでを加えた数なのだから、現役世代に限ればかなりの比率だろう。しかし、そのためには教習所に通わなくてはならない。
今まで色々な人からそこでの苦労話を聞かされていたので、(中には、頭に来て教習所を変えた人までいた)二人一緒なら何とかなるかなと、一大決心をした上での事だった。

教習所には、誰でもそれなりの思い出があるのではないだろうか。過ぎてしまえば笑い話でも、その時は必死である。今まで、この話題に触れなかったのも、あまりにも書く事が多過ぎて、まとまらないのでは……。と、無意識に避けていたのかも知れない。そこでの顛末は、次回かいつまんで……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/01/09

仕事始め

お正月休みが終わり、また通常の生活が始まった。

私も、きのうからしっかり仕事始め。
まとまったお休みの後で、気持ちを仕事モードに切り替えるのは辛うございます。

会社勤めの方々はどうなのだろう。
眠い目を擦りながら、歯を磨き、身支度を調えてドアを出る。そして木枯らしの中、コートの襟を立てて駅へと向かう……。自宅で仕事をしている身では、「さぞや……」と、御心中を忖度するしかないのだけれど。

でも、最初はたとえ嫌々であろうと、満員の電車に揺られながら職場に着く頃には、否応なく自然に仕事モードになっていらっしゃるのではないだろうか。

自宅で仕事をしていると、呑気なようだけどコレもなかなか大変だ。
タイムカードもないから誰からも責められない。咎める人がいないというのは、野放しという事。そのままでは、大変な事になってしまうのは目に見えている。デレっとしたままでは、早晩お仕事も頂けなくなってしまう…。自分で自分を、追い詰めないといけない。

トドのつまり、どんな仕事の形態でも、一度は「嫌々」のプロセスは経なければならないようで……。

怠け者の私は、いつも自分の気持ちを見張っていなければ。手綱を引いていないと、どこに行ってしまうか油断がならないんだから……。

そんな事を言いながら、今もこうやってウェブで遊んでいる。
(あ!大丈夫。締切りは守るデス)

いや、ちょっとその……、気分転換しただけなの。
 
sazankaityou
 
 
 
落ち葉に照り映える、
山茶花の花。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/07

黎明の兆し

私は、普段から無意識にあれこれ考えているらしい。それは、絵の構図であったり、好きなスポーツの動きだったりする。自分のHPでアニメーションを掲載しているけれど、スポーツネタが多いのもそのせいだ。今は、それを形にする事が出来るからいいけれど、それ以前は自分でも煩わしかった。

気に入った技があったりすると、頭の中でその動きを再現出来ないと気が済まない。この、気が済まないというのが曲者で、こういうのを妄想癖と言うのだろうかと、自分を訝しく思った程だった。

PCで、曲りなりにも色々なものを作れるようになって、初めて無数の妄想の断片が、一つの形に収斂して行くのを感じている。HPにそれら形になったものを掲載する時、PCと出会って本当に良かったと、しみじみ感じている。

それまでは妄想でしかなかったものが、人様に見て貰えるのだから、こんなに嬉しい事はない。頭の中で雑然と転がっていたガラクタを、一つ一つ磨き上げ、整理して、陳列棚に並べるように……。ただのイタズラ描きを額に入れて壁に掛けるように……。

この日常雑記に書いている事も、既に何度も頭の中で反芻して来た事ばかり……。もちろん、新たに感じ入って書いたものも混じってはいるけれど、殆どは自分にとってお馴染みの想念の欠片の寄せ集め。
HPも含め、これまでに書いて来た雑文を改めて見直すと、よくもまあこれだけ雑多な想いを抱えていたものだと呆れてしまう。

しかし、それらの想念を記事としてUPした瞬間に、自分の中で「済」の印が押されているのも感じる。心の中でけりが着き、どんどん頭の中が整理されていく。

これまでは、「ネタが尽きたらどうしよう」と心配していたけれど、そうやって決着が着くのなら、それも良いような気がしてきている。思考の欠片でしかなかったガラクタに、役割を与えられたのだから。たとえそれが自己満足に過ぎなくても……。

雑多な想いに遮られ、渾沌としていた暗がりの中で感じる、うっすらとした黎明の兆しなのだろうか。
整理整頓の済んだ部屋から、白々と明けていく空を眺めるような、穏やかな気持ちで朝を迎えられるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/05

ストーリーテラー

面白いと感じる本は、人それぞれだろう。
本屋さんで買おうかな?と思っても、「買った後でつまらなかったらどうしよう……」なんて迷ったりする。

ある読書家の方が、こんな事をおっしゃっていた。
「自分に合った本かどうかは、最初の1ページを読めば判る」
これは本当にその通りだと思う。1ページ読んで面白かったら、その本は最後まで面白く読める。

私の場合、松本清張さんの本がアブナイ。1ページどころか、最初の1行を読んだだけでハマってしまう。

探し物をしていて、たまたま文庫本を見つけたりするともういけない。どれどれ、と読んでしまったが最後やめられなくなってしまう。「2、3ページだけ」のつもりが「後ちょっとだけ」になり、半分も読んでしまうと、もう諦めの境地。その日1日は読書の日になってしまう。(何度同じ過ちを繰り返した事だろう……)

だから、何かしなければならない事がある時は、清張さんの本は絶対に手に取らないと決めている。

ストーリーテラーという言葉があるけれど、氏はまさにそうなのだろう。
テレビのサスペンスドラマでも「松本清張の」が付くと視聴率が上がるそうだし、もう、原作の殆どはドラマ化されているのではないだろうか。
それは短編でも変わらない。こんな面白いお話を短編にしちゃっていいの?と思うくらい太っ腹。
事実、いくつもの短編が立派に2時間ドラマになっている。

シノプシスの斬新さでいえば、SFの星新一さんも、漫画家の手塚治虫さんもそう。
大家と言われる方々は、何か根本に同じものを持っている様な気がする。

子供の頃、漫画家になりたかった。(……嗚呼)
でも、成長と共に現実の厳しさを知るにつれ、ただの夢になっていき、いつしか諦めた。
それは、「絵はともかく、面白い『お話』を作れなければならない」という事を、悟った時だったのではあるまいか……。

okazari2
 
 
 
リース代わりに
リビングのドアに掛けた、
ミニお飾り。
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/01/03

ありがとう

新しい年が明け、これからしばらくは「おめでとうございます」が挨拶の言葉になる。

ところで、日本人は「ありがとう」を言わないと、よく言われる。
確かに大抵の場合、「すみません」で済ませてしまう。
(なんかダジャレのような……)

しかし、「財布を落としましたよ」などと教えてもらった時には、自然に「ありがとうございます」と言っているのではないだろうか。お尻に「ございます」が付くだけで、なぜこんなに言いやすくなるのかといえば、当然こちらがお礼を言わなければならない立場の時だからだろう。
反対に、軽い謝意の「ありがとう」が通用するのは、家族か仲間内だけではないだろうか。それ以外の場合はどうしても、「すみません」や「あ、どうも」でごまかす方が楽である。

英語だと何故あんなにサマになるのだろう。洋画や海外ドラマだと、コーヒーを運んできたウェートレスに、二枚目俳優が気軽に"Thank you."とやる。それがまたカッコイイ。もしも日本でこんな時、「ありがとう」と言ったら「何?この人」と思われるのが関の山だろう。(それが似合う人は、かなり限られるのではあるまいか)やはり英語と日本語は文化が違うから……と、言い訳したくなる。

英語といえば、新婚旅行でハワイに行ったのが私にとっての唯一の海外旅行。(その当時は1ドル=200円だったけれど、子供の頃から1ドル=360円の時代が長かったので、ずいぶん得をしたような気がしたものだった)その時には、中学英語レベルの私でも気軽に"Thank you."とやれた。

それ以上に便利なのは"No, thank you."だろう。
日本語で「結構です」と言うのは冷たい響きがあって気が引ける。そこで、つい「あ、いいです」などと子供っぽい事を言ってしまうが、ウェートレスさんにデザートを勧められても、笑顔で"No,thank you."とやり過ごせるのには感激してしまった。

日本のファストフード店でポテトを断るより、よっぽど気が楽だったのは言うまでもない。
(そう言えば、最近言われなくなりましたね)

kadomatu
 
 
買う時は、「こんなもんかな?」と
思ったけれど、
立ててみたら
意外に小さめだった門松。
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/01/01

年のはじめに

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

年が改まると、気持ちまで改まった様な気がするのはなぜだろう。そして、真新しいカレンダーに印刷された1マス1マスには、新しい日々が用意されている様にも感じられる。

月毎のカレンダーをめくる時、メモが書き込まれた、古いカレンダーの下から、新しい月のカレンダーが顔を出すと、今まで馴染んだそれとは違う、気取った見知らぬ顔が現れて、それなりに新鮮だけれど、一年も使っていれば、カレンダー自体がくたびれてくる。それはまるで、日々の暮らしに慣れ親しんで、緊張感を失った自分の姿を映している様でもある。

新しい年の為に用意した新しいカレンダーは、裁ち落とされた四隅も端正に尖っていて、揺るぎない直線で縁取られている。それは、「少しの妥協も許さない」とでも言いたげで、とりわけ新鮮さが際立つ。
そして、そこに行儀良く並んでいる、まだ手付かずの日々も、殊の外まぶしく感じられる。

その、ちょっと片意地を張ったような初々しさも、お正月の気分にふさわしい。

書き込む事さえ拒んでいる様な、真新しいカレンダーに、この一年どんな事が記されていくのだろう。
まずは、その1マス1マスに、「初めまして、ヨロシク」と、言ってみたくなる。
 
osonae
 
 

ちっちゃいけれど、
ま、気持ちだけ……。
 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »