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2005/01/25

ウェブの虚像

内弁慶という言葉があるけれど、多かれ少なかれ、人は皆その要素を持っているのだろう。自分の家の中では、多くの人が好きなように振る舞っている。(そうでなければくつろげないし)

しかし、一歩外に出ればそんな事はしていられない。人の目を考えれば変な事は出来ないし、ルールを守らなければあちこちでトラブルを起こしてしまう。だからこそマナーというものがあるのだし……。
学校も、勉強だけではなく、人と触れ合う中で社会性を直に学ぶ場でもあるのだろう。

ただ、人の目を意識しすぎると、「良い人」を演じてしまう危険もある。ヘタをすると「八方美人」の謗りも免れない。意識せずに、自然体で好人物になれれば理想的なんだけれど……。

ところで、ウェブに載せられた言葉は、多くの人の目にとまるし、限られた人達との間で交わされる日常の会話とは全く違う。そして、言葉にした瞬間から消えてゆくそれとは違い、後々まで形として残ってしまう。それだけに、いい加減なことは言えない。

しかしそうすると、知らず知らずに「良い人」になっている自分に気がついてドキッとする時がある。
実際は結構自己中なのに、気がつくとエラそうな事を書いていたりする。別に嘘をついている訳ではなくて、その時は本当にそう思っているのだけれど……。
どうしても、「あれ?自分はこんなに立派な人だっけ」という思いを払拭できない。

実生活では、良い人でいようと思っても、そうは問屋が卸してくれない。
イライラしている時だったりしたら、仏頂面をしているかもしれないし、感情に押し流されてしまう時もある。しかし、案外それで、素の自分と理想とする自分の距離を認識できる。そして、そんな現実の中でこそ、理想の自分に近づく努力が尊いのだろう。

でも、ウェブでは知らずに自分の都合の良い人になれてしまうのが、やっぱりちょっと怖い。

あ、でもお調子モンの私には、それもただの杞憂だったりして。
それくらいで丁度いいんだったら、それはそれで悲しいんだけど……。

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元日の夕焼け その3
あれよあれよという間に色を変え、
暮れていった。
 
 

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コメント

書き言葉というのは、ある程度時間をおいて考え、書き表すことができるもので、そこには自分の奥に持っているものが自然とにじみ出てくることもあれば、人によっては意図的に演出するようなこともあるのでしょうね。
一方、読む側はイントネーションや微妙なニュアンスはわからずに見ず知らずの他人の文章を読むわけで、読むときの気分やその人自身の考え方に左右された受け取り方をする...。
せっかくweb上に残っていて、そうしようと思えば繰り返し読めるものなのだから、読んで激しい感情が沸き起こったようなときは、時間を置いてもう一度読んでみるなど、受け取り手側の心構え(というとオーバーですが)も必要なんだろうと思います。

投稿: ポージィ | 2005/01/25 09:54

ポージィさん、ありがとうございます!

家にいる時の自分と、社会性をわきまえた外向きの自分。そして、理想とする自分。普段は外向きの自分でさえ、コントロールするのが精一杯な私です。それが、ウェブだと外向きの自分を追い越して、やすやすと理想に近づいているような…。自分の中に芽生えたそんな危うさに気がつきました。(それは、わずかなものなんですけど…。)そして、時には客観的に自分を見る事も必要だと思い、文章として書いてみました。

>人によっては意図的に演出するようなこともあるのでしょうね。

う〜ん。可能だったとしても、それをしてしまったら、いつかは破綻すると思うんですが…。(その人の内側から。)

>読んで激しい感情が沸き起こったようなときは、時間を置いてもう一度読んでみるなど、受け取り手側の心構え(というとオーバーですが)も必要なんだろうと思います。

なるほど!その視点では考えませんでした。確かに時間を置いて読み返すと、「あれ?」と思う事はよくありますね。(自分が書いた文章でさえ、失敗した!と思っても、後で読んだらどうって事なかったりして…。)

投稿: nanbu | 2005/01/25 14:38

色んな思いがふつふつと湧いて来るコメントですよ。
前に載っていた「スタンス」 これにもコメントを書き込みたかった。
そしてこの「ウェブの虚像」にも・・・・。

でも今は気持ちに余裕もなく散々な状況を繰り返していて 思いっきり奔放にコメントを書けそうにないので とっても残念で心残りだけれど 今書き込まなくても このテキストはいつまでもここに残っているんだから きっといつか 僕の心が今よりは軽くなったときに もういちど立ち寄って このテキストを深い階層から発掘して 書けばいいのかなと言い聞かせながら 今日はとりあえず生存証明の足跡をひとつ(^^)。 

投稿: nezimaki | 2005/01/25 17:43

nezimakiさん、おはようございます!

きのうは、夕方以降パソコンを起動してなくて。
今朝起きて、もろもろのノルマをこなして。
で、ブログをチェックしたら、嬉しいコメントがあって。
それだけで、鬱陶しい氷雨も気にならない気分になれました。

>前に載っていた「スタンス」 これにもコメントを書き込みたかった。
>もういちど立ち寄って このテキストを深い階層から発掘して書けばいいのかなと言い聞かせながら…

ゆっくりと待ってます。(^.^)

実はきのう、nezimakiさんの「100の出会い あるいは別れ」の庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて 読後感想」を読んでたんです。自分が読んだのは文庫化されてからでしたが、その頃の気分を思い出しました。
そして、素敵な方と知り合えたんだなぁ。と、改めて実感してたんです。

投稿: nanbu | 2005/01/26 07:45

私も・・先日の「スタンス」から共感しつつ
言葉が選べず・・
私の場合人格が・・・・・・・
掲示板巡りを始めたばかりの頃、書き込みをする板によってあまりにも違う人間のように見えて自己嫌悪になりました。

それぞれの場に合わせた 雰囲気、会話内容でしたのでしかたないのですが。

投稿: ひょん | 2005/01/26 19:39

ひょんさん、いらっしゃいませ!(^.^)

>言葉が選べず・・

その言葉だけで充分です。
とっても微妙な事だと思うんです。ほんの些細な違和感。でも、だからといって見過ごしてはいけないような…。

>書き込みをする板によってあまりにも違う人間のように見えて自己嫌悪になりました。

「女の顔は一つじゃないよ。」昔そんなCMがありましたよね。
誰だっていろんな顔を持ってると思います。大事なのは、その人の中心を成す核のようなもの。その軸がブレなければいいだけで…。それを、時々立ち止まって確認するのは、流されやすい自分にとって大事だと思い、記事にしてみたんです。コメント頂けて、UPして良かったと思いました。(わりと逡巡したんです。)

>それぞれの場に合わせた 雰囲気、会話内容でしかたないのですが。

全くその通りだと思います。その場の空気を読んで、最適のチャンネルを合わせられるのは素敵な事だと思います。キャパシティ内に納めるのが技でしょ?(ハズしっぱなしの私が言っても説得力はありませんが。)

正装が、その「場」に対する敬意の表現だとすれば、TPOにあわせたカジュアルな服装もまた、その人の表現だと思います。

投稿: nanbu | 2005/01/27 07:46

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