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2005/02/28

シロガネーゼ

白金辺りにお住まいのセレブ「シロガネーゼ」が、雑誌「VERY」で一躍脚光を浴びてから久しい。
しかし、私に言わせれば遅きに失した感もある。

「チバラギ」・「グンタマ」と揶揄され、不遇をかこって来た埼玉県人の私には、四半世紀以上前から白金は憧れの聖地であった。それは、麻布・高輪・広尾と並ぶ四天王ではあるまいか。(私の勝手なイメージだけど)白金台にはあの「都ホテル」もある。恐れ多くて行った事はないけれど、昔から、知る人ぞ知る文化人の定宿でもあったらしい。

一等地というと、やはり銀座になってしまうかも知れない。しかし、銀座なら小ザッパリとした格好をしてさえいれば、決して居心地は悪くない。その他、赤坂、青山、六本木も、はとバスのコースになりそうな安心感がある。(あくまでも昼間のお話)
ある種それは、商業地の愛想の良さだろうか。

でも、この四天王はちょっと違う。
この地名を聞くと、私の心はいともたやすく「おのぼりさん」になってしまう。私のような者は決して足を踏み入れてはならない、というような威厳を持って目の前に立ちはだかる。

その中でも、麻布・高輪・広尾は比較的昔から取りあげられる事もあった。しかし、とうとう最後の砦であった白金まで注目を浴びてしまった……。

それは、密かに自分が注目していた「ごひいき」のタレントが、人気者になって自分だけのもので無くなってしまった寂しさと、似ているのかも知れない。(みんなに知ってもらいたいのに、知られたくないファン心理ってあるでしょ?相手は自分の事を、知りもしない雲の上の人なのに……)

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2005/02/25

花を買ひきて

二十歳の誕生日を迎えた時、「今日から大人だなんてどうしよう……」と思ったものだった。
「悪い事をしたら、新聞に名前が出ちゃうんだ」
真っ先に心配したのがそれくらいだから、たいした事はなかった。

三十歳になって、ようやく「これで大人になれたのかな?」と、自然に思えるようになった。
このまま充実していけばいい。
大事なのは人間性。と、歳を重ねる事にも何の不安もなく、不満もなかった。

それが、四十路にコマを進めたら、「一つ戻る」だったり、「ふりだしに戻る」だったり……。
私の人生双六、不惑の歳を越えてから惑い出すなんて思ってもいなかった。

そして気がつけば、周りは皆しかるべきステータスを獲得して、さっさと次のステージへ行ってしまった。
「上がり」になれないのは自分だけ……。

友が皆、偉く見えると嘆いたのは石川啄木。
でも、その時啄木さんは若かったんだよね。

この私は、もうすぐ誕生日を迎える。
そして、とうとう大台に乗ってしまう。

・・・ダブルパンチ・・・。

だけど、双六だって、ゲームだって楽しむためのもの。
退屈しのぎの、時間潰しではもったいない。

ましてや人生に於いておや……。

せっかくコマを進めているのなら、せめてその間は、楽しい事もつらい事も、充分味わわなければ・・・ね。
ミスチルの歌のように、最後のデザートを笑って食べるために……。

hanawo
 
 
 
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひきて
妻としたしむ

石川啄木
 

(味わわない:ワ行五段活用の未然形って、難しい…。)

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2005/02/22

小論文(jess採点システム)

先週の新聞で、面白い記事を読んだ。(2月15日朝日新聞夕刊)

「入試で出題される小論文をコンピュータで自動採点する試みが大学入試センターの研究者のもとで進んでいる」そうだ。試作システムの名は「jess」。800字〜1,600字程度の小論文を、1 文章の形式・2 論理構成・3 問題文に対応している内容か、で分析。これを、各5点・2点・3点の計10点満点で評定するのだとか。

これはインターネットで公開されていて、自分でもテキストを入力すれば採点してもらえるという。
Jess : Automated Japanese Essay Scoring System 

手持ちのテキストはいっぱいあるし、ここまでお膳立てが調えば、試してみたくなるのが人情というもの。
開発者の方には申し訳ないけれど、カラオケの採点機と同じで、機械がどこまで分かるのかな? という疑問と、データの分析という信頼性のせめぎあいが、微妙に心をくすぐる。
当然、私も採点して頂きました。

今までUPした記事のいくつかを俎上に載せてみると、
最高点は男の子・女の子の8.7点。最低点はストーリーテラーの5.0点。(イヤん!問題文との関係を0点にされたのが痛い)でまぁ、平均して7点前後という厳しさ。(ちなみにこの記事は6.7点でございました)

アドバイスのコメントもつくのだけれど、多かったのが「漢字の使用が少ない」や「長くて難しい語が少ない」とか「語彙の多様性がやや不足」との指摘。

いつも、不要な漢字変換はしないようにしているから、当然と言えば当然な結果。
それにしても、常々小難しい言い回しが多いかな?とか反省してたんだけど……。

以上の問題点を改善すべく考察を重ねた結果、導き出された結論は、「小論文って、難しく書かないといけないのね」であった。

(最後の一文を加えて、再び試した所、7.2点にアップしたデス)

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2005/02/19

星占い

おとといの朝、牛乳のカップを倒した。
朝一からフキンで拭いたり大騒ぎして、朝食がすっかり冷めてしまった。
このところ、やることなすこと裏目に出て・・・どツボ。

そうなると気になるのが「星占い」。
複数のテレビ局が毎日の運勢を取り上げたりしたものだから、「良い」と「悪い」が同時に並んで、信頼度の低下も甚だしい。さすがの私も「毎日の運勢」までいくと、眉にツバを付けたくなるけれど、結構気になる。

ちなみに私は「魚座」。性格占いによると、「まぁ、飽きずに水をやってれば、そのうちカワイイ花の一つも咲かせるでしょう……」的な軽い扱い。(確かに運勢もイマイチなのよね〜。華がないのヨ、華が)

ところで、魚座の2月の運勢は、

「人間諦めが肝心。恋も仕事も人生も、一生懸命やってダメなら潔くギブアップしましょう」

だって……。(魚座の皆さん、ゴメンナサイ)
でも、少なくとも私に限れば当たってる。

星占いとは長いお付き合いだけれど、ここまでキッパリと宣告されたのは初めてでございます。(えぇ、そうですとも!)まぁ、もともと多くを望む方じゃないからいいけれど、なんというか、こう、ほんの少しの「救い」ってものがあってもいいんじゃないだろうか。

さらに、日本古来の九星占いでも、今年の私は真っ黒な「低迷運」で、お先真っ暗な八方塞がり。
もうこうなったら、タラの大地にスックと立ち上がるスカーレット・オハラになりきるしかないでしょう。

そうやって、今日も精一杯生きていくワタクシは、なんて健気なのだろう!(どこが?)

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2005/02/16

瞼のビバルディ

爽やかな朝食の風景。そこに「♪エッル アンド エッル〜」の歌が流れて……。昔、そんなマーガリンのCMがあった。
若かりし頃、テレビから聞こえてくるそのコマーシャルソングを何気なく聴き流していた私。しかし、後日それに苦しめられる事になろうとは、その時の私には知る由もなかった……。(と、メロドラマのナレーション風に読んでね)

そんな私が、ビバルディ作曲の「四季」を初めて聴いたのは、大人になってからだ。クラシックは苦手な私でも、その曲は何故か耳触りが良く、ウットリと聴いていた。しかし、中盤の聞かせ所に差し掛かった時、突然頭の中で、あの「♪エッル アンド エッル〜」の歌が響き渡った。

そう、あのCMに使われていた曲は、ビバルディの「四季」だったのだ。それ以来、この曲を聴く度に、あの歌が耳について離れない。(オリジナルを聴く前だったのが、いけなかったらしい)

鴨の様な水鳥は、孵化した時に最初に目にした動く物体が、母親として脳に刷り込まれると言う。
どうやら私には、あの歌が「瞼のビバルディ」として刷り込まれてしまったらしい。

また、昔テレビで「ローンレンジャー」という西部劇を放送していたが、そのテーマソングにはベートーベンの「ウィリアム・テル」序曲が使われていた。

小学校の音楽鑑賞の時間に、それを聴いた私の姉は「あ!ローンレンジャーだ!」と叫んだという。(大人になってからも、時折思い出してはそれをしきりに悔いていた)無理もない、この私ですら今でもその曲を聴くと「ハイよー、シルバー!」と、草原を馬に跨がって颯爽とやって来る姿が目に浮かぶのだから。

げにCMソングやテーマソングというものは恐ろしい……。
 
tyoko
おいしいな
バレンタインの
チョコレート
だけど寂しい
名義貸し

名目は私のため、しかして実情は……。
という現実を詠んで。(^^;)
 
●これも一種の「こびり付きソング」かな?と思い、もげきゃっち: マイベスト「こびり付きソング」さんにトラックバックさせて頂きました。

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2005/02/13

ため息

気分が落ち込んだ時、つい「あ〜ぁ……」と、ため息をついてしまう。

ウチの子に「まぁ、そう言うなよ」と慰められて、初めて自分がため息をついていた事に、気づかされる時もある。そんな御本人も、よく「あ〜ぁ、やだなぁ」と仰っているのだが……。(親の背中を見て、育ってしまったらしい)

そんな時は、「ため息を一つつくと、幸せが一つ逃げていく」なんて言葉を思い出す。

確かに、ため息をついても余計落ち込むだけ。
(その気持ちに真摯に向き合って、言葉にした時は気持ちが楽になるのに……)

同じように、気分が良い時には鷹揚に構えていられるのに、凹んでいる時に何かヘマをやらかすと、思わず「クソ!」が口を突く。(世の中の全てが、自分を否定しているような、いじけた気になってしまう)
しかし、そうすると、却って気持ちが荒むだけだ。自分が吐き捨てた言葉に、自分自身が毒されてしまう……。

遅蒔きながらそれに思い至った私は、ここのところ随分「クソ!」が減ったように思う。しかし、それでも時々「クソ!」が出てしまう時がある。そんな時は、「あ!今のはウソ、ウソ!」と、慌てて心の中で否定したりしているのだけれど……。(そんな私を、アヤシイと思わないで欲しい)

しかし、ため息の方はどうもうまく止められない。

つい「あ〜ぁ……」と、ため息をついてしまった時、逃げていった幸せを呼び戻そうと、必死で良い事を思い出している、この頃の私である。

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2005/02/10

靴が鳴る

スリッパが、ちょっとしたはずみで「キュッ」っと音を立てた。
それを聞き咎めた息子は、「オナラした?」と疑う。

失礼な!(今回は違う。)「スリッパが鳴っただけだよ」

・・・スリッパ・・・鳴る・・・靴が鳴る。
ここまで連想したら、歌い出すのは私の習性だ。

「♪晴ぁ〜れ〜た〜みぃ〜空ぁ〜に〜クツ〜ぅがぁ〜鳴る〜」
(注:題名は「お手てつないで」ではない)

しかし、それを聴いた我が子は「ナニ?それ」と訝し気に言う。
何ということだろう。今の子は、あの国民的名曲「靴が鳴る」を知らないのだ!

靴というものは、晴れた御空の下で、「キュッ」っと鳴るものではないか……。

それだけではない。私の発言は、最近ウチの子にウケまくっている。
家庭用ファックスの事を「オタックス」と言ったら、バカウケしてしまった。(「オタク」が使うのだと思ったらしい)確か、CMにはSUMAPの中居君が出ていた筈なのに……。

なにか私の言葉には「哀愁」が漂っているのだと言う。
そう言えば、年上の家内からも「いつの時代の人?」とつっこまれるし。

あ、でも私だって、ジーパンはジーンズ、アベックはカップル、鼻紙はちり紙、じゃなくてティッシュと言う(ようにしている……)。
どうやら、私も知らぬ間に「死語の世界」の住人になってしまったらしい。

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2005/02/07

バリウム

先日バリウムを飲んで来た。
会社員には定期検診があるけれど、自営業者や、主婦にはその機会が無い。そこで、そんな人のために、私の住んでいる自治体では、5年に一度その機会を設けてくれている。
前回は、それどころではない状況だったのでパスしたから、(面倒だっただけという説もある)10年ぶりである。

胃のレントゲン検査を受けるには、前夜の9時から一切飲まず食わずでいなければならない。そんな事を考えると、やはり気楽には受けられない。(まぁ、このところ10時前には寝てるからいいんだけど)あれもダメこれもダメで、朝、歯を磨く事も出来ないから、危うくヒゲを剃り忘れる所だった。(出掛けようとした時に、「あ、顔は洗えるのか……」と思い直して、気がついた)

しかし、技術の進歩というものは素晴らしい。飲まなければならないバリウムの量は、昔の半分くらいになったのではないだろうか。(無味無臭だったものが、イチゴ味になったり、今回はバニラの風味だった)その代わり、胃を膨らませるための発砲剤を飲まなければならないけれど……。

その発砲剤にも、イヤな思い出がある。前回受けた時、上手く飲めずに気管に入ってしまったらしい。息も出来ずに目を白黒させていたら、「ゲップはしないで下さい!」とお兄さんが冷徹に言い放った。そんなコト言われたって、こちらは死にそうになっているのに……。どうもこういう検査って、実験動物になったような気がしてしまう。

ただ、10年で進歩したのは技術だけではなかったようで、今回は随所に細かな心遣いを感じた。
前は、家に帰って鏡を見たらヤマンバギャルのような白い唇だったこともある。しかし、今回はさりげにティッシュまで手渡してくれる気の利きよう……。人間扱いをしてもらえるのは、とても嬉しい。

そんなわけで、とりあえず最大の難関であるバリウムは突破した。しかし、まだ血液検査等、他の検査が控えている。血液はドロドロっぽい気がするし、絶対なんか発覚しそうだし、しばらくは気の重い日々が続きそう……。
 
kurisu1
 
 
 
やっと咲いてくれた
クリスマスローズ。

 
 

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2005/02/05

宇宙の果て

見て見ぬフリではないけれど、私には考えないようにしている事がある。
それは、「宇宙の果て」。

子供の頃から気になってはいたけれど、考えても結論など出る訳もない。そしていつからか、考えるのをやめた。(とか言いながら、時々頭の中の引き出しから取り出してるんだけれど)

子供の頃って、分らない事や知らない事だらけ。それが、成長と共にだんだん理解出来るようになって…。きっといつかはこの疑問にも、答えが見つかると期待していた。けれど、未だに納得する答えには出会っていない。

何も無い虚無にわずかな揺らぎが起きて、いつしかその振動が大きくなり、ビッグバンへと向かったのだと言う。

・・・はぁ、そうですか。
きっとそうなのだと思う。でも、私が知りたいのは、それとはちょっと違う。「何も無い虚無」を内包する「空間」が何なのか知りたいのだ。何も無いだけだったら、魔法瓶の中の真空だってそうだ。でも、その真空だって魔法瓶という容れ物に支えられている。

「何も無い虚無」から始まったとしても、それが存在した「空間」はあったはずで、それは「宇宙の果て」と同じだろう。その「空間」さえ無かったと言うなら、それはもう、存在すること自体が矛盾している二律背反の世界だ。そう考えると、あまりのスケールの大きさに立ちすくんでしまう。

この手のお話は、大抵「そう考えると、人間の存在なんてちっぽけなもの。小さな事を心配するのはバカらしいですね」などと結ばれるのが常。確かにその時は、「うんうん、そうだよね」と気が大きくなるんだけど……。

最近好きなCMでこんなのがある。懸賞でDVDが当たる。「スイッチ入れたら、もの凄い臨場感!スイッチ切ったら・・・ものスゴ〜イ生活感……」(うぅ〜んイイ!)

広い夢想の世界に翼を広げている間は、煩わしい事もちっぽけに思える。でも、現実の世界に戻った途端、それらは現実のものとして目の前に現れる。

・・・あぁ、そろそろ日も陰りだした。洗濯物を取り込もうかなぁ……。
冬って、洗濯物の乾きが悪くて困る。

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2005/02/03

手乗りインコ

私には時々見ていた夢がある。それは、こんな夢だ。

普段気がつきにくい押し入れの中とか床下に、金魚や小鳥を飼っているのだけれど、すっかり忘れている。そして、ある時急にその事実を思い出す。「あ!いけない」と慌てて見てみると、放っときっぱなしだったのに、ちゃんと元気にしていて、「あぁ、良かった」と胸をなで下ろす……。

何でこんな夢を見るのか、私には心当たりがある。昔、手乗りインコを飼っていた事があるのだ。
まだヒナのうちから飼い始め、一人前になる頃にはすっかり人に慣れていた。肩の上にとまったり、頭の上に乗ったりして、たいそう可愛かったが、気性はかなり激しかった。ひとしきり遊んだ後、鳥カゴに戻そうとすると、嫌がってめちゃくちゃに手を噛む。それがまためっぽう痛かった。

それでも一番お相手をしたからなのか、いつからか私にしかなつかなくなった。私が留守の時に、別の家族がエサや水を取り替えようとしたら、噛まれて痛かったとクレームがついた事もあった。
そうして、その攻撃的な気性のせいで、何となく家族の厄介物的な存在にもなっていった。私も、戻す時の騒動を思うと気が重く、カゴから出して遊ぶ事も滅多にしなくなった。

そんな折、同居していた義姉に赤ちゃんが出来て、妊婦に小鳥は良くなかろうとカゴを外に出す事になった。
高校生になった私が、学校から帰って家の近くまで来ると、窓辺に吊るしたカゴから「グギャゴギャ・・」という鳴き声が聞こえるようになったのはその頃だ。家に入って窓を開け、カゴの隙間から顔を撫でてやると、本当に気持ち良さそうにしていた。(私が帰って来たのが嬉しくて鳴いていたという事に、後になって気がついた)

……そんな日々にも慣れてしまったある日、(学校が休みの時期だったのだろうか)すっかりインコの世話を忘れていたのに気が付いた。「あ!」と思って曇りガラスの窓を開け、慌てて鳥カゴを見ると・・・当たり前のように死んでいた。

いくら窓の外にいて、気がつきにくいと言っても、言い訳にはならない。
高校生とはいえ、まだ子供なのだろうか。「誰かが何とかしてくれる」と、どこかに甘えがあったのかも知れない。

夢というのは、現実を相殺する役目もあると読んだ覚えがある。こんな夢を見ていたのは、無意識に自責の念から逃れようとしていたのだろうか。

あれから私も大人になって……。元気な姿にほっとして目が覚める、そんな夢を見なくなったのは、いつからだろう。

kage
 
 
冬至の頃は
陽が当たらなかった壁にも、
日射しが届くようになった。
 
 

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2005/02/01

いつもと違う冬

この冬は、いつもと勝手が違う。

いつもだと、寒さに震えて滅入っている頃なのに……。それが今年はどうだろう。
確かに朝の冷え込みはこたえるし、ついファンヒーターにかじりついてしまう。でも、寒に入った事にも気づかずにいたし、知らぬ間に大寒にまでなっていた。そして、あと三日もすれば、あの「立春」ではないか!

もちろん、まだまだ寒さが続くのは分かっている。関東では2月に一番雪も降る。
このところは、日本の上空に寒気が居座っているようだし……。
しかし、寒さに向かう12月と暖かさに向かう2月では、同じ冬でも感じ方が全然違う。

毎年身を焦がして待っていても、立春様はなかなかいらして下さらなかったのに……。
自分のブログばかりか、人様のサイトでも、「寒いのはイヤだ!」と駄々をこねていた私。さんざん騒いでいたので、ストレスが発散されていたのだろうか。(ブログって、ありがたい)

そして、他の方々も寒さに耐えている事を知るにつけ、「つらいのは自分だけじゃないんだ」と、当たり前の事を改めて実感したり……。「隣の芝は青い」と言うけれど、なぜか今まで、他の人は「寒さなんかヘッチャラ」そうに見えたんだもの。

季節が足早に通り過ぎてしまうのは、ちょっと焦ってしまう。
でも、この際それは言わない事にいたします。

だって、暦の上だけでも、春がそこまで来ているんだから……。

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