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2005/09/20

終わってしまった夏

夏の終わりは寂しいもの。
これは、いくつかのブログさんで書かれていた事。

しかしそれは、秋が深まった頃の寂しさとは違う。
冬の気配を感じだした頃の、もの思う寂しさとは、また違った感慨のような気がする。

朝夕涼しくなったとはいえ、まだまだ残暑は厳しいし、暑さにはもうコリゴリなのに……。
ふと、その寂しさって何なんだろうと、自分なりに考えてみた。


基本的に、寒さが苦手な私は冬が嫌い。
だから、3月になって寒さから逃れられた時の解放感はひとしおだ。
時は春、すべてが良い方向へ動きだしたような錯覚さえ覚える。

そして、その3月を始まりとすれば、8月の終わりが丁度折り返し点になる。
その、3月と一番遠い季節。
夏の終わりは、折り返してしまった寂しさなのだろうか。

あるいは、せっかくの休日を寝過ごしてしまったような……。
なにか取り返しがつかないような、焦りの感覚に近い。


今月最初の週末、近所の市民プールの脇道を歩いてみた。

もう9月だというのに、そこは過ぎてゆく夏を惜しむ人達で賑わっている。
その時、「しまった!」と思った。
まだプールは終わっていなかったんだ。

別に、泳ぎたいと思った訳でもないのに……。
なにか、「取り残された」ような寂しさを感じてしまった。

夏に取り残されたような寂しさ。
そこで泳いでいた人達は、それに突き動かされてこのプールに来たのかもしれない。

ならばその人達は、きっとその「寂しさ」をここに置いていける。
そして、明日から新しい季節に向かって歩いていける。

なのに自分は、それすらできなかった。
自分はまだ、「終わってしまった夏」の中にいる。


私が秋を好きになれないのは……。
もしかしたら、毎年それを思い知らされるからなのかもしれない。
 
9_19enokoro
 
 
秋来ぬと
目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる

藤原敏行

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コメント

この記事を拝見してから、私が感じた寂しさの原因は何だろう、
と考えていました。

>なにか取り返しがつかないような、焦りの感覚に近い。

これはもう、もろに当てはまります。
でもその他にもまだ何かあるような気がするんですよね…なんなんでしょう
(冬期うつ病にしてはあまりに時期早々だし)
別れの寂しさのようなものも感じます。
冬と別れるときには喜びしか感じませんが、夏との別れは
『行ってしまわないで、私はまだここにいたいの』と
泣いて駄々をこねたいような、そんな気分。
これは、nanbuさんの書かれている

>自分はまだ、「終わってしまった夏」の中にいる。

に当たるのでしょうか…?

いい季節であることは認めつつも、私も秋が好きになれません。

投稿: ポージィ | 2005/09/21 10:22

>ポージィさん、こちらにもありがとうございます。(^^)

ポージィさんの記事を拝見してから、自分なりになぜだろうと考えてたんです。

>別れの寂しさのようなものも感じます。

「自分はまだここにいたいと駄々をこねたい気分」。…なるほど!
きっと私の感覚と同じだと思います。

>でもその他にもまだ何かあるような気がするんですよね…なんなんでしょう

その感情を、アバウトにカテゴライズすると同じ範疇になると思うんですけど。
ひとりひとり個性があるように、きっと、それぞれの寂しさがあるんでしょうね。

でも、この季節にいろいろな方の寂しさを知る事ができて、
「自分だけじゃない。」と思えたのが嬉しかったです。(^^)

投稿: nanbu | 2005/09/21 12:55

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