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2005/10/29

付かず離れず

rabenda最近あまり聞かれないけれど、「スープが冷めない距離」というのは、世帯間が良い関係でいられる距離を表す言葉として有名だ。
「付かず離れず」といった距離感が絶妙のバランスなのだろう。

この、不即不離の関係は、良好な人間関係を保つ上でも基本のような気がする。

四六時中顔を突き合わせていれば、そうそう良い顔ばかりはしていられない。
でも、たまに会うぶんには「良い人」でいられる。

だったら、気の合う相手となら……?
それでも、あまりに関係が密になると、その分相手を許せるキャパシティが狭くなる。


変な言い方だけど、親しくない人から言われたり、されたりしてもあんまり気にならないのに。
同じ事を、親密な人からされると許せない気持ちになるのは何故だろう。
相手が、よく知らない人ならガードできるのに。
気を許した人には無防備になってしまって、受けるダメージが大きいからだろうか。

青春時代なら、お互いの行き違いをとことん話し合う事もできる。
しかし大人になってしまったら。
そんな、夕日に向って「バカヤロー!」と叫ぶような情熱も冷めてしまう。

「親しき仲にも礼儀あり」とはよく言ったもの。
ある一線を越えてしまうと、かなり危険ゾーンに踏み込んでいる、という自覚が必要なのかもしれない。


以前子供の入園式で、先生が「お母様同士仲が良くなるのは結構ですが、お互いの家の冷蔵庫の中身まで、知るような仲にはならないで下さい」とおっしゃった時、「はぁ?」と思ったものだった。

確かに、幼稚園での活動は親が関わる事が多い。
万一親同士が不仲にでもなろうものなら、どちらかが転園せざるを得ない事態にもなりかねない。
もちろん、誰だってそうなりたいわけじゃない。
けれど、あまりに親密になりすぎると、そこまでこじれる事もあながち無いとは言い切れない。
先生の言葉は、きっとそれを心配しての事なのだろう。


普段はお互い拘束しないけれど、たまに会った時には話に花を咲かせる……。
なかなか会えないから、ついつい長電話してしまう。

結局、そんな付かず離れずの関係が、一番長続きするのだろうか。

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2005/10/26

間・時間・距離

この単語に続く言葉といったら……。
なんかクイズみたいだけれど「〜を置く」とか。

これまでも耳に痛い言葉を挙げてきたけれど。
あぁ、こんなにも大事な言葉があったっけ……。

いくら粗忽者でも、これさえ出来ればいくらかマシだろうに。
自分にとって、一番必要な事でありながら、一番難しい事でもある。


何か事があった時、落ち着くまで時間を置けばいいものを。
「あ、いけない!」と慌ててしまうから、ますます「どツボ」にはまっていく。

何かに夢中になった時、距離を置いて別の視点から考えれば「そんな事もあるだろう」と思えるのに。
近視眼的にしか見られないから「もうダメだ!」と落ち込んでしまう。


以前仕事先の若い人から、「今回はなんか煮詰まっちゃって。どうやってアプローチしたらいいのか……」とこぼされた時、「いっぺん、突き放してみたら?」とかエラソ−に言ったことがある。

麓から頂上を見上げても、どこから登っていいか分からない。
でも、離れた所から全体を見渡せば、思いもしなかったルートが見つかるかもしれない。

……なんて、人の事だと客観的になれるのに、自分の事になるとそれができないのはナゼ?


そんな自分だから、ブログの記事は事前に書いておき、時間を置いて後から手直ししたりしている。
でも、そうやって推敲を重ねてUPしたハズなのに、それでも後から読むとちょっと心もとなかったりする。

全てを吐き出すのではなく、書きたい事の7・8割にしておく。
この、腹八分の塩梅(あんばい)も難しい。

歌で言えば、いくらフォルテシモの記号があっても、マックスではなく、あくまで自分のコントロール内でおさめるような。(自分のカラオケがアクセル全開なのは、そのせいだったりして)


運動会で久しぶりに走ったお父さんが、自分のスピードについて行けずにコケる……。
なんてのはニュース映像でよくあるパターンだけれど。

どうやら私も、エンジンの駆動力を気にかけている場合ではないようだ。
それより先に、まず制動装置の点検が必要だったりして。
 
arissam
 
 

知らぬ間に
ゼフィランサスの間から
芽を出していたアリッサム。
今さら植え替えられないし
どうしよう…。

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2005/10/23

ウォーキングの誤算

1020kamo以前受けた健康診断。
結果は、心配していた通りあまり芳しくなかった。

考えてみれば通勤するわけでもなく、一日中パソコンに向かって仕事をしているだけの毎日。運動不足と言われても仕方ない。

ただ、じっとしていられない私は、気分転換にコンビニに行ったり、お風呂を洗ったり洗濯物を取り込んだりと、用事を見つけては結構マメに動いているつもりだったんだけど……。
そんなチマチマした行動ではやはり意味はなかったようだ。

先生がおっしゃるには、「毎日30分歩くように」。

考えてみれば、ウチの子がまだ小さかった頃、毎日1時間くらいお散歩していた。
そして、その頃が一番体調が良かったのも実感している。

ここはひとつ頑張らねば。
なにせ一年中で一番爽やかな季節ときているのだから。
(途中でやめちゃうと恥ずかしいから書かなかったけど、始めたのは初夏でした)


背筋を伸ばし、足を前に放り出す感じで……。
常々姿勢の悪さを自覚している私、これで姿勢が良くなったら一挙両得ではないか。(転んでもただでは起きないモンね!)

土手を歩きながら、久々に嗅ぐ川の臭いと草いきれ。
行く先々で、懐かしい香りと出会い、足取りも軽くなる。

かって知ったる公園のベンチ。
そこまで歩いていって一休みすると、小さな滑り台が目に入った。

「あぁ。そういえば、このおすべりで遊ばせたっけなぁ……」

母親より大きくなった今では、想像もつかない程幼かった当時。
そしてその傍らには、いくらか若くて元気だった自分がいた。

……それが今は、穏やかな日射しの中、ひとりポツンとベンチに座っている。


「さんざん通った散歩道、コース選びには困らない」
意気揚々と始めたウォーキングだったけれど……。

思わぬ感傷に浸ってしまうのは、とんだ誤算だった。

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2005/10/20

寂しさの形

924susuki幸せの形はどれも似ているけれど、不幸にはそれぞれの形がある。

そんな言葉があるけれど。
人生の数だけ、不幸の数もあるような気がする。

もし仮に、幸運にもその「幸せの形」に巡り合えたとしても……。
今度は、それを何一つ失いたくなくて、怯え続けたりしないのだろうか。
それでもまだ足りない何かを、求め続けたりしないのだろうか。

「不幸」を、それが満たされない「寂しさ」と言い換えたら。
一人で生まれてきて、一人で死んでいくまで、人はそれぞれの寂しさを抱いて生きて行く。
なんて言葉に辿り着く。

その寂しさを埋め合わせるために、出会いを求めて彷徨しても、決してそれは完全には埋められない。
いつも何かしらの隙間が付きまとう。

指紋で個人が識別できるように、元々それぞれの寂しさの形が違うのだから。

でも、だからこそ、一部分でもその隙間を埋められた時の喜びは大きい。
だからこそ、そんな出会いが尊いような気もする。


はるか昔、最期の時を迎えた王は、多くの奴隷を道連れにしたという。
古墳時代の埴輪は、その代わりだと聞いた事もある。
支配者は、そうやって最後の寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。

しかしそれは、そんなことで相殺される筈もない。

豊臣秀吉が、死の床で「世継ぎの秀頼を頼む」と言い遺した時。
あれほどの人物が、徳川家康の将来の裏切りを予感しなかったとは思えない。
それでも、家康にそう言わずにいられなかった秀吉。

いくら天下人とあがめられても、それは安らかな最期と言えるのだろうか。


生きて行く寂しさ。

そこからは、いっとき目をそらす事ができたとしても、逃げ続ける事はできない。
だったらそれは、最後の寂しさを受け入れるための、模擬試験なのかもしれない。


なんて……もの思う秋の日、少々感傷的に。
 

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2005/10/17

かりそめの電子頭脳

9_29sanpomiti電子頭脳という言葉、最近はあまり聞かれなくなったけれど。
「高性能なコンピュータが独自の知能を持ちはじめる」なんて、SFの世界では昔からあるテーマだ。

例えば、子供時代に読んだ漫画「8マン」の場合。
殉職した刑事の記憶が、その電子頭脳にコピーされ、ロボットとして蘇る。

自分の脳(記憶・思考)が永遠に生き続けるなんて、誰でも一度は考えた事じゃないだろうか。
(その寂しさは別としても)


昔、こんな小説があった。

ある少女が驚くほど博識な老人と出会い、それゆえに惹かれていく。
しかし、老人に死期が迫っている事を知り。
老人自身と、その蔵書に納められた膨大な「知識」が失われていく現実を、受け入れられない彼女は悩む。


例えば、その老人の思考を電子頭脳に記憶させる事ができたら……。

その老人は永遠に生きる事ができる。
そして、彼女もまたその老人を失わずに済む。

まぁ、そんなのは空想にしか過ぎないけれど……。

でも、現在のウェブの隆盛を見る時。
擬似的だとしても、それに通じるものを感じる。


一つの言葉を検索しただけで表示される、無数のサイト群。
それは、その数だけ膨大な「思考」が記憶されている事に他ならない。

そして、ある目的を持ってそこにアクセスする時。
たとえ一方通行だとしても、それは、そのサイトと会話していることにならないのだろうか。

もちろん、それは「書籍」として昔からある既存の形態だ。
しかし、それが許されるのはほんの一握りの人達だけだし、それに出会う機会もやはり限られてしまう。


そう考えると、こうやって自分の想いをひとつひとつ言葉に置き換える作業。

それは、決して効率的な行為ではないけれど……。
そして、いつかは削除されてしまううたかたのものだとしても……。

電子頭脳に、自分の思考を少しずつコピーしている事のようにも思えてくる。

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2005/10/14

陰に隠れて

10月10日は「体育の日」。
スポーツの秋という事もあって、この日に予定されていた運動会も多いのでは。
でも、今年はあいにくの空模様。
遠足、運動会の天気には、いつもやきもきさせられていたっけ。


ところで、声を張り上げて声援を送る観客の姿は、運動会のありふれた光景だけれど。
残念ながら、私には殆どその経験が無い。

なぜって、子供が嫌がるから。

会場でたまたま顔を合わせても、お互い他人のフリをする。
これは、小学校一年生から暗黙の了解になっている。

「級友に自分の親(親子関係)を見られたくない」という感情は、確かに思春期の頃自分にも覚えがある。でも、これ程ではなかったような……。
ただでさえ幼く見えたウチの子は、自分の弱味?を見られるのが、人一倍嫌だったのだろうか。

ならば幼稚園の頃は、と言うと、これがもっとひどかった。
親がいなければ、健気に一人で頑張っているのに。
ひとたび親の姿を見つけると、「嫌だ、帰りたい」と、火が付いたように泣き出すのだった。


初めての運動会での事だ。観客の陰から盗み見ている内は良かった。
しかし、運悪くビデオのテープが無くなってしまった。(バッテリーはチェックしていたのに。ここぞという時に、決まってどちらかが無くなるのは何故だろう……)

仕方なく、近くのコンビニへ買いに行ったのだけれど。
会場に戻った時、あろうことか出番を待って待機している園児の集団に鉢合わせしてしまった。(その時の先生の目に、咎めの色を見たのは、私の負い目のせいだろうか)
当然、ウチの子はいつものように泣き出した。その後はもうメロメロ。
かわいいボンボンを付けてのお遊戯も、駆けっこも泣き通しだった。

……それに懲りてからは、ますます陰に隠れざるを得なくなった。
まるで飛雄馬と一徹の特訓を、木陰から見つめる明子ねえちゃんのよう。

さすがに年中さんからは、泣くような事はなくなったものの。
トラウマを引きずっているこちらとしては、ついつい、隠れる物陰を探してしまうのだった。


それが、年長さんになった最後の運動会では、紅白リレーのアンカーになった。
(ひときわ小さいウチの子が速いハズもなく。ま、演出の一つ?)
バトンが渡された時には、既に相手方はゴールインした後。
それでも一生懸命走る姿に、私も思わず声を上げてしまった。
(やっぱ演出だったのねん)

今から思えば、心おきなく声援出来たのはその時だけ……。

CMやニュースで流れる、なごやかな親子の運動会風景。
それは、どうも私には縁が無かったようだ。
 
kawara2
 
 
●実はこの記事、
去年書いたもののタイミングを逃していたもの。
今と随分書き方が違う事にも驚きましたが、
また一年待つのはシンドイので、
少々手を加え、一年ぶりにUPしてみました。

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2005/10/11

詩心/内包の乏しい外延性人間の嘆息

9_29namiki私は、どうも詩を解さない人間らしい。
詩心といったものを持ち合わせていないし、悲しい事にそれを理解する能力もない。


自分の気持ちを表すのに、一番近い言葉を探して文章にする。
そんな、自分の思いを綴る面白さは、この「日常雑記」を始めてから知った事。

でも、そうやって私がチョイスした言葉は、辞書に書いてある以上の意味を持ってはいない。

けれど、詩人の言葉は無限の広がりを持っているようだ。
一つ一つはただの言葉なのに、その組み合わせで全く違う意味を持ち始める。

そんな事を考えだすと、国語の時間に習った「内包的な言葉」「外延的な言葉」なんてのを思い出す。

「いきもの」という言葉に、ある人は「動物」を思い浮かべ、またある人は「人間を含めた動植物全て」を思う。そしてまた、「千変万化する宇宙」までを思う人がいるかもしれない。

そうやって考えると、人によって様々な意味を持つ「内包的な言葉」がある事に気がつく。

しかし私は、この「内包的な言葉」がどうも苦手だ。
その「いきもの」が「人間」を指すならば、それは日本人なのか。
そして、男なのか女なのか。
いや、子供なのか大人なのか、そこまでハッキリ説明してもらわないと分からない。
内包を削ぎ落とし、外延を浮かび上がらせる作業は、私が最も苦手とするところだから。

もしかしたら、分からないなら分からないなりに、漠然としたその雰囲気を味わう。
それが、詩心なのかもしれないんだけど……。


それは、文学の香り高い、読み巧者向けの難解な小説も同じ。
へたをすると、ハッピーエンドなのか悲劇なのかも分からず、のたうちまわる事になってしまう。

まるで目印のパンくずを、途中で鳥に食べられてしまったヘンゼルとグレーテルのよう。
道しるべのない物語の中で、途方に暮れてしまう。
出口を探すのに必死で、森の中での散策を楽しむ余裕もない。


……なんて屁理屈を並べ立ててみても……。

簡単に言っちゃうとね、「理解力がない」って事なのが哀しいの。

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2005/10/08

ダークスーツ

10_1tyou10月1日解禁だった就職活動も、今は昔。
最近じゃノートパソコンでリクナビだそう……。

でも、やっぱりリクルートスーツは健在。

以前、制服のように「濃紺」一色になった時も驚いたけれど。
最近また、それに異変が起きているようだ。

就活中の数人が歩いていると、一瞬、お葬式帰りの集団に見える時がある。
だって、みんな真っ黒いスーツを着ているから。

そのネクタイを黒にして、香典返しの袋を提げたら、もう完璧。
(まぁ、正式のブラックスーツは、ピークド・ラペルの一つボタンとか、色々決まりはございますが……)


その昔、サラリーマンのスーツ姿は「ドブネズミルック」なんて言われたけれど。(ひどぉ〜い!)
同じ紺やグレーでも、中間からダークなものまで入れたら、それでも案外幅は広い。
当時はフレッシュマン・スーツなんて呼ばれてたし。
就活用スーツも、それなりに若々しいカラーバリエーションがあったような気がする。

そして、その後で余裕ができた時に買うのが「ダークスーツ」。

黒に近いチャコールグレー等のそれは、ちょっとあらたまったシーンにも通用する格の高いもの。
「いつかは自分も……」と思いながら、自営業になってしまった自分には、縁がなかったけれど……。

そんな私が買ったのは、つい最近の事。
たまにしか着ない手持ちのスーツが、どれも時代遅れになっちゃって。
子供の卒業式・入学式に着て行くものがなくなっちゃったから。


なんて考えると、最初にダークなものにしちゃうのも、一つの手なのかもしれない。

それどころか、今じゃダークスーツを飛び越して、いきなりブラックスーツになってしまったよう。
これなら、ほとんどのオケージョンに通用するのではあるまいか。
(「あわよくば……」なんて考えてない?)


とはいえ、正しい日本人の私には羨ましいほど、今どきの人はスタイルがいい。
だからこそ、なおさらにその黒いスーツは美しく見える。

オシャレで合理的。

……そうか。
だったらこれは、当然の帰結だったのか。

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2005/10/05

金木犀ふたたび

今まで、折にふれて「秋が好きになれない」と書いてきたけれど。
一つだけ、好きなものがある。

それは、金木犀の香り。

去年10月3日付キンモクセイの記事でも書いたけれど、その香りは「突然」と言ってもいいほど、10月のある日を境に匂い立つ。
そして、それは「もう秋なんだよ」と諭しているかのようで、さすがの私も年貢を納め、秋への覚悟を決める日でもある。


先日(10月3日)、出先でふと漂ってきた香りに気がついた。
「もう、金木犀が……」と思ったけれど、木にはまだ小さな蕾しか見えない。
香りも少しマイルドで、ちょっと違うような気も……。

10_4usugi探してみたら、奥の方でごく薄い黄色味を帯びた白い木犀の花が咲いていた。
これが、銀木犀なのだろうか。
それとも、薄黄木犀?

そんな目で探してみると、昨日あたりからちらほらと咲き始めた金木犀も……。
ほのかに、懐かしいあの香りも漂ってきた。


「香り」というのは、「記憶」と密接に結びついているという。
ある香りを嗅ぐと、呼び覚まされる記憶もある。

思えば、ブログを始めたのもちょうどこの頃。
その記事をUPしたのも、去年の今頃だった。

ということは、あれからもう一年が過ぎた事になる。

何も知らずに、ドキドキしながらブログを始めたあの頃……。
文字化けに驚いて、コメントできなかったりした事も、今ではいい思い出。

今年からは、金木犀の香りが漂うたびに、その時の感慨を思い出すのだろうか。


この一年、本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いいたします。(^^)
 

kinmokusei1
 
 
去年は、花がまだ咲いていなくて
写真が間に合いませんでした。

これは、リベンジのために
去年撮影しておいたものです。

 
●去年、トラバさせて頂いたポージィさんの金木犀のかおりと、
銀木犀・薄黄木犀を紹介して下さったひょんさんの木犀に、ふたたびTBさせて頂きました。

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2005/10/02

憧れの差し歯

kawara5この間、ポロッと治療済みの奥歯の詰め物が取れてしまった。
ガックシ……。また、歯医者さんに行かなけりゃ。


もう、10年程前になるのだろうか。
近所に白いタイル張りの小さなビルが建ったのだけれど、その一階部分に歯医者さんができた。

自分の掛かり付けの歯科医は、もうちょっと離れた所。
「ココだったらキレイだし、近くていいな」とは思ったけれど、事はやはり医療に関する問題。
もし、保険外の高い治療ばかり勧めるようだったら困るし……。
それ以前に、技術の確かさが問題だ。

だから、その前を通るたびに気になってたんだけど、結局そのままだった。


この前も書いたけれど、私には一本差し歯にしたい前歯がある。
何年も前から変色し始めて、今じゃ茶色くなってしまった。

それが、スンゴク気になるんだけど……。
でも、前歯は既に2本も差し歯にしているし。
保険外のセラミック製だったから、治療費は確か6万円と、7万円。

最初は保険の効くプラスチック製にするつもりだったのに。
なんだかんだと言われて、押し切られてしまった。

ここんとこ歯茎も弱ってきているし。
前歯ばっかりそんなにお金をかけられない。
せっかく高価な差し歯にしても、何年もしないうちに抜けちゃったらイヤだ。

……そんなこんなで決心がつかず、もう何年も茶色い歯のまま。
これじゃぁ人前で笑う事もできない。


そこで、今回は意を決して冒険する事にした。
新しい歯医者さんに、詰め物が取れた奥歯を治療してもらう事に。

もし丁寧なお医者さんだったら…。そして、ボラれないようだったら……。
そんな期待を胸に、行ってきました。

で、結果は。
……とっても丁寧に治療して頂きました。(^^)

これなら安心して任せられる。

もしかしたら……。
あぁ、もしかしたら、憧れの差し歯を手に入れられるかもしれない!

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