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2005/10/26

間・時間・距離

この単語に続く言葉といったら……。
なんかクイズみたいだけれど「〜を置く」とか。

これまでも耳に痛い言葉を挙げてきたけれど。
あぁ、こんなにも大事な言葉があったっけ……。

いくら粗忽者でも、これさえ出来ればいくらかマシだろうに。
自分にとって、一番必要な事でありながら、一番難しい事でもある。


何か事があった時、落ち着くまで時間を置けばいいものを。
「あ、いけない!」と慌ててしまうから、ますます「どツボ」にはまっていく。

何かに夢中になった時、距離を置いて別の視点から考えれば「そんな事もあるだろう」と思えるのに。
近視眼的にしか見られないから「もうダメだ!」と落ち込んでしまう。


以前仕事先の若い人から、「今回はなんか煮詰まっちゃって。どうやってアプローチしたらいいのか……」とこぼされた時、「いっぺん、突き放してみたら?」とかエラソ−に言ったことがある。

麓から頂上を見上げても、どこから登っていいか分からない。
でも、離れた所から全体を見渡せば、思いもしなかったルートが見つかるかもしれない。

……なんて、人の事だと客観的になれるのに、自分の事になるとそれができないのはナゼ?


そんな自分だから、ブログの記事は事前に書いておき、時間を置いて後から手直ししたりしている。
でも、そうやって推敲を重ねてUPしたハズなのに、それでも後から読むとちょっと心もとなかったりする。

全てを吐き出すのではなく、書きたい事の7・8割にしておく。
この、腹八分の塩梅(あんばい)も難しい。

歌で言えば、いくらフォルテシモの記号があっても、マックスではなく、あくまで自分のコントロール内でおさめるような。(自分のカラオケがアクセル全開なのは、そのせいだったりして)


運動会で久しぶりに走ったお父さんが、自分のスピードについて行けずにコケる……。
なんてのはニュース映像でよくあるパターンだけれど。

どうやら私も、エンジンの駆動力を気にかけている場合ではないようだ。
それより先に、まず制動装置の点検が必要だったりして。
 
arissam
 
 

知らぬ間に
ゼフィランサスの間から
芽を出していたアリッサム。
今さら植え替えられないし
どうしよう…。

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コメント

こんばんは~
TBしてもらって以来 時々覗かせてもらってました(^^ゞ
(CGのサイトも見せていただきました スゴイ!)

>「〜を置く」

ありますねぇ、、
普段の生活の中で感情的になっても
時間を置いたら 見方が変わるってこと。。

でも今の私は「~を埋める」です
近々 数年ぶりに友人達と会う予定で
みんな遠くに離れた人ばかり、、
だから その距離と時間を埋めれるんじゃないかと。。。♪

投稿: miki | 2005/10/27 18:34

mikiさん、コメントありがとうございます!(^^)

HPの方も見て頂いたそうで、嬉しいです。(^^;)
私も、「ほほえんでいたいから」拝見させて頂いてます。
(スーパーのカートのお話とか、激しく共感いたしました。^^)

>でも今の私は「〜を埋める」です

なるほど!その言葉もありましたね。
懐かしい人との再会は、一瞬で「その時」に戻ってしまいますもんね。
楽しい時間を過ごしてくださいね。(^^)

投稿: nanbu | 2005/10/27 20:53

こんばんは。
「間」:私は開きすぎるきらいがあるかもしれません。
頭の回転が鈍いため、会話においてその傾向が顕著になります。
「時間」:時間と共に忘れ去りたいと思うことほど、忘れられないことが
多いのは何故でしょう?
物事を考えるとき、決断するとき、時間を置くといい場合と
置かない方がいい場合の見分けかたは…?
「距離」:絵を描くときやアレンジを作るとき、時々距離を置いて
離れてみてみるのは大切なことですね。ついつい忘れて後で後悔する
ことも多いですけれど。
一方、人との距離の置き方、これは私には難しいことです。
どのくらい置いたらいいのかわかるだろうかと不安で、
新しい関係を築くのに臆病になります。

なーんて、硬いコメントになっちゃいました(^^)

投稿: ポージィ | 2005/10/27 22:49

ポージィさん、コメントありがとうございます!(^^)

会話において、
庶民は間髪を容れずツッコむ。(はい、私のコトデス。)
お嬢様は「え・・・?」と一拍置いてから。
という仮説を立てております。(笑)

>物事を考えるとき、決断するとき、時間を置くといい場合と
>置かない方がいい場合の見分けかたは…?

考える時はまだしも、「決断」する時って、タイミングも大事ですよね〜。
悩んだ末に「やっぱり買おう!」と思ったら売り切れてたり…。

リスクを冒してでも、そのタイミングを逃さなかった幸運に賭けるか。
結果を受け入れる覚悟があるかどうかでも、変わってきますよねぇ。

>一方、人との距離の置き方、これは私には難しいことです。

物事って、結局は「距離の置き方」に尽きると思うんですよぉ。
その最たるものが、人間関係なわけで…。

実はそれをテーマにした記事も、ずぅ〜〜っとお蔵入りしてるんですが。
UPしてみようかしらん…。

投稿: nanbu | 2005/10/28 08:36

おはようございます。(^^)

あはは♪会話中の私の「間」は、おっとりお嬢様のそれじゃなくて、
単にすぐ言葉が浮かんでこないだけ。ようするに昔の蛍光灯ですね。

>物事って、結局は「距離の置き方」に尽きると思うんですよぉ。
その最たるものが、人間関係なわけで…。

おっしゃる通りという気がします。
私は、人間関係においての距離のとり方がよくわからないのと自分に自信が
ないのが相まって、多分人と接するとき見えないバリアを張りめぐらして
いるんじゃないかと思います。
一見にこやかなのにとっつきにくい印象、大いに与えてるだろうなー
ところが面白いもので、ブログ上での私はそのバリアが
必要最低限になっている…

「距離の置き方」をテーマに書かれた記事、アップしてくださいな。
拝見したいです。

投稿: ポージィ | 2005/10/28 10:52

ポージィさん、こんにちは。(^^)

>ところが面白いもので、ブログ上での私はそのバリアが
>必要最低限になっている…

あぁ、それって分かります。
ブログだと、実社会の自分とはまた違う自分を発見する事ってありますよね。
それもブログの不思議な魅力の一つなのかも。

ただ、魅力がありすぎるのもちょっと気になって…。
そこで「距離の置き方」(スタンスのとり方)といったものが、重要になってくるんじゃないかと感じています。
ガーデニングとか、何事につけ夢中になりやすい自分にとっては、これが一番大事かな?なんて思ってるんですぅ。(^^;)

投稿: nanbu | 2005/10/28 12:12

 まったくもってそうですよねぇ。
 特にブログ記事は、ネット上っていう、仮想的ではあるけれど世界中とつながる場所ですからね。一度冷静にならないと危ないかもしれません。

 僕の場合、なにか落ち着きたい時は、近所の川の堤防を早足で一周してきます。ブログに投稿する前も、メールを送信する前もね。

 当方、頭わるいですからそれでも失敗することが多々ありますけれど(笑)。

投稿: ろぷ | 2005/12/29 07:14

 
ろぷさん、コメントありがとうございます。(^^)

おっしゃってる事、ネットをする上での大事な心構えのようで、全文を引用したくなっちゃいました。
公の場で、わきまえつつ楽しむ。忘れないようにしたいと思います。

私も、テキストエディタであらかじめコメントを書くのは、文字化けを避けるために始めたんですけど。
客観的になるためもあって、今でもその方法に頼ってます。
それでも、「あ、またやっちゃった。」と、悔やんでばかりで…。

ろぷさんでも堤防を一周するんだったら、私は何周すればいいんでしょ…。(笑)

投稿: nanbu | 2005/12/29 11:09

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