« 陰に隠れて | トップページ | 寂しさの形 »

2005/10/17

かりそめの電子頭脳

9_29sanpomiti電子頭脳という言葉、最近はあまり聞かれなくなったけれど。
「高性能なコンピュータが独自の知能を持ちはじめる」なんて、SFの世界では昔からあるテーマだ。

例えば、子供時代に読んだ漫画「8マン」の場合。
殉職した刑事の記憶が、その電子頭脳にコピーされ、ロボットとして蘇る。

自分の脳(記憶・思考)が永遠に生き続けるなんて、誰でも一度は考えた事じゃないだろうか。
(その寂しさは別としても)


昔、こんな小説があった。

ある少女が驚くほど博識な老人と出会い、それゆえに惹かれていく。
しかし、老人に死期が迫っている事を知り。
老人自身と、その蔵書に納められた膨大な「知識」が失われていく現実を、受け入れられない彼女は悩む。


例えば、その老人の思考を電子頭脳に記憶させる事ができたら……。

その老人は永遠に生きる事ができる。
そして、彼女もまたその老人を失わずに済む。

まぁ、そんなのは空想にしか過ぎないけれど……。

でも、現在のウェブの隆盛を見る時。
擬似的だとしても、それに通じるものを感じる。


一つの言葉を検索しただけで表示される、無数のサイト群。
それは、その数だけ膨大な「思考」が記憶されている事に他ならない。

そして、ある目的を持ってそこにアクセスする時。
たとえ一方通行だとしても、それは、そのサイトと会話していることにならないのだろうか。

もちろん、それは「書籍」として昔からある既存の形態だ。
しかし、それが許されるのはほんの一握りの人達だけだし、それに出会う機会もやはり限られてしまう。


そう考えると、こうやって自分の想いをひとつひとつ言葉に置き換える作業。

それは、決して効率的な行為ではないけれど……。
そして、いつかは削除されてしまううたかたのものだとしても……。

電子頭脳に、自分の思考を少しずつコピーしている事のようにも思えてくる。

|

« 陰に隠れて | トップページ | 寂しさの形 »

コメント

今回の記事を拝見して、ちょっと内容が違ってしまうのですが
「アンドリューNDR114」を思い出しました。
(「アンドリューNDR」として映画化されて、ロビン・ウィリアムズが主役を演じました)
人口知能側の(アンドロイドの)孤独・悲哀といったものが描かれている
切ないお話です。

記事の内容とずれていてごめんなさい。

投稿: ポージィ | 2005/10/18 12:46

ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

「アンドリューNDR114」は知らなかったので、検索してみました。(こんな時、便利ですよね)
さわりしか分かりませんでしたが、その孤独・悲哀はなんとなく想像できます。

「永遠に生きる寂しさ。人間には戻れない(なれない)哀しさ」
『8マン』の原作者、平井和正さんはSF作家でもあるんですが、たしか『サイボーグ・ブルース』という作品のあとがきで、「漫画では描き切れなかった、そんな悲哀を込めた『8マン』への鎮魂歌」といった事を書いてらっしゃいました。(子供心に『8マン』にもそれを感じて、だから好きだったんだと思いますが)

「人間と同じにはなれない哀しさ」は、SFの世界でもよく取り上げられるテーマですけど、それだけ奥が深いものなんでしょうね。

投稿: nanbu | 2005/10/18 14:44

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55071/6436479

この記事へのトラックバック一覧です: かりそめの電子頭脳:

« 陰に隠れて | トップページ | 寂しさの形 »