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2005/12/29

年の終わりに'05

05fuji暮も押しつまり、今年も残すところ後わずか。
この一文を書くのも二度目となりました。

ブログを始めたばかりの2・3ヶ月。
その頃は、いっぺんに沢山のおもちゃを与えられた子供みたいに。
何もかもが珍しく、初めての事ばかり。

今までの生活の2・3年分の出来事が、いっぺんに起こったようだった。

一年を通して、その時々に感じた事、心に思っていた事を拾い集めて記事にして。
そうやって迎えた二年目。

さすがに二度目ともなると、何を書いたらいいのやら……。


でも、そんな中で改めて気が付いた事。
それは、こうやって文章にすると、何かの力になるという事実。

たとえば、ブログで書いちゃったから、そろそろやらなくっちゃ、とか。
「あれが憂鬱で」と書けば、それを知ってもらえただけでも気が済んじゃって。

愚痴を聞いてもらえただけで、肩の荷が軽くなったような気がする事ってあるでしょう?

それと同じで、共感してもらえただけで、頑張ろうと思えたり。
(幾つになったって、褒められれば嬉しいし♪)
今まで考えもしなかったアプローチの仕方に気付かされたり。
あれ程イヤだった冬でさえ、他の人も同じ(いやもっと)なんだと思えば、随分気がラクになったし。

なにより、そうしている事が楽しかった。


それも、読んで下さっている方々がいると思えればこそ。
ありがとうございました。

来年もまた、よろしくお願いいたします。m(_)m

……それでは、皆さまもよいお年をお迎え下さいね。(^.^)

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2005/12/26

インターバル

シャンシャンという鈴の音と共に、クリスマス気分も昨日で終わり。
今日からは、一気に年末の喧噪に突入する。

ただでさえ気ぜわしい師走。

昨日までは、クリスマスの事が気になっちゃって。
それに加えて、年末までに終わらせなきゃならない雑事も気になるし。
どうしていいか分からなかったけれど。

でも、ここまで押しつまると、不思議と胆が座ってしまう。


日にちに余裕があると、アレもコレもと欲が出て、結局なんにも手が付かない。
それが、あとは年末年始だけとなると、意識が澄み渡ってくる。

もう手の込んだ事はできないけれど、六日もあればチョットした事をする時間はある。
出来る事と出来ない事もハッキリしてくるし、おのずと優先順位が見えてくる。


例年なら今頃は、暖かい日を選んで窓拭きだけは先に済ませてたんだけど。
(これさえ済ませれば、後は何とかなるのに)
今年は、例の寒波で出鼻をくじかれてしまったのが痛い。

しかし、しかしと考えてみる。
今までだって、いつもこの時期に結構イロイロ出来たじゃないか。
ここは冷静になって、計画を練り直す事にしよう。


そうやって、毎年クリスマスとお正月の狭間は、程良いインターバルとしての機能を、果してくれていたような気がする。

この最後の六日間。
よし、まずはクリスマスツリーを片付ける事から始めなくっちゃ。
 
12_26mizuhiki
 
 
クリスマスから
一夜明けての
手の平返し。

日本人ですもの〜♪

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2005/12/23

ヒツウチ

12_23hunging電話を受ける時、普通は「ハイ、○○です」と受け答える。

でも、最近それができなくなってしまった。
だって、そうやって名乗った後、相手が無言のままってパターンがあるから。

背後からは事務所のようなざわめきが聞こえてくるだけ。「あれ?」と思っているうちに、電話を切られてしまう。

ナンバーディスプレイを確認すると、そんな電話は決まって「ヒツウチ」。


ランダムに電話をかけて、相手の名前を知る。
聞くところによれば、そんなアルバイトがあるそうな。
確かに、電話番号と名前が一致すれば、情報としての価値があるだろうというのは想像できる。

そして、その情報に価値を見い出す誰かは、それを利用しようと企んでいるハズ。
そう考えると気味が悪い。

でも、電話を受けて何も言わない訳にはいかないし。

そこで、「ハイ。もしもし?」と言う事にした。
すると、相手は「チェッ」とでもいいたげに電話を切る。
これで一件落着になればいいんだけど……。

困るのは、仕事先の方からの電話の場合。

大きな企業だと、内線からかけた電話は「ヒツウチ」と表示されるみたいで。
こちらが名乗らないと、変だと思われてしまう。
でも、名乗ってからシマッタ!と思うのもイヤだし。
こちらとしては失礼のないように、「ハイ。もしもし?」の六文字に、万感の思いを込めるしかない。


しかし最近、それで新たな問題が浮上してきた。

この間、いつものように電話に出たらセールスで、「奥様ですか?」と言われてしまった。
「???」。
男と女の声は根本的に違う。
その違いにも気づかないほど、テキトーに電話して来るなんて。

その時は深く考えなかったけれど。
先日も、また同じような事があった。
いくらなんでもこれはオカシイ。二度も間違われるなんて……。


普段から、家内の仕事先の方々には「ご主人の電話、チョ〜マイルド!」とのお言葉を賜っているらしい。
それがこのところの無言電話で、マイルドさに一層磨きがかかってしまったのだろうか。

あまりのことに、最近の私は「ヒツウチ」の表示を見るたびに、千々に心乱れている。

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2005/12/20

もういくつ寝ると…クリスマス

05treeいつもは、三日に一度更新しているこのブログ。
なのに、前回、前々回は二日に一度UPしちゃった。

だから、「あれ?」と思った方がいらっしゃるかもしれない。

……実は、12月だけは26日に更新したくて。
その帳じり合わせを。

そしてそれは、HPの更新日に合わせての事。


さて、なんでHPが26日の更新かというと。
去年も書いたんだけれど、12月25までは「クリスマス」バージョンで、26日からは一気に「お正月」気分に手の平返ししちゃおうというワケ。

クリスマスは一月以上も前から徐々に盛り上がって、24・25日がピークでしょ?
そして、26日になったら跡形もない。

かたやお正月は、元旦がピークで、三が日、松の内と、徐々に気分が盛り下がる。
そうやって1月は、お正月ムードのカレンダーを横目で眺めながら、少しづつ普段の日常へと戻っていく。
それを、ミーハーな私が放っとく筈がないじゃありませんか。

ただでさえ寒さに凍えるこれからの季節。
それを乗り越えるためには、楽しめる時に楽しんで、思い出を貯えなきゃ。
(冬の間、巣穴からそれを少しづつ取り出して、春を待つの)

そんなんで、25日まではクリスマス気分にドップリ浸ることにいたします。


でも。・・・はぁ〜。
その前には年賀状書きも、そして、大晦日までには大掃除も済まさなきゃなぁ。
(今日は今日とて、朝食抜きで病院に直行だったし……)

「早くお正月が来ないかな♪」
なんて、無邪気に思えた頃が懐かしいわぁ。

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2005/12/17

甘え上手

hunging_lightトランス雑記その2

甘えると言うと、「ゴロニャン」と擦り寄るイメージがあるけれど。

そんな可愛い甘え方ばかりじゃない。

自分の不満を「ど−して分かってくれないの!」とばかりに八つ当たりする。
これも、一種の甘えなのかも。(自戒する私)


ところで、甘えん坊が長じれば、さぞや甘え上手に……。
と思えばその逆で、私はすこぶる甘えるのが下手。

上手に甘えれば、甘えられた方も悪い気はしないもの。
「助けて下さい」と言ってしまえば、世の中丸く収まる事も結構あるのに。

どうも私は、それが出来ない。
別に「プライドが高い」という訳でもないと思うんだけど。
(自分が悪いと思えば、わりとすんなり謝れるし)

簡単に言ってしまえば、甘えるのが怖い。

だって、甘えておいて、いざとなった時に「やーだよ!」とも言えないし……。
何か、全権移譲するような恐ろしさを感じてしまう。

そして、それを相手にも悟られる様で、「可愛くない奴だ」になってしまうらしい。


甘え上手な人は、その辺が非常に上手い。

たとえばホステスさんとか。
ツボを押さえていて、おねだりを聞いてあげればその先に、何か良い事がありそうだと思わせつつ、大事な物は渡さない(らしい)。
刃傷沙汰になるのは、その人がやりすぎたか、当った相手が悪かったのだろう。


身の回りにも、上手な人はいる。
若い頃は「ずる〜い」と思ったりしたけれど。
それも「人徳」というものだろう、と思えるようになった。

中には、敢えてしているフシのある人もいたりして。
まぁ、それで成功するのなら、それもまた天賦の才なのだろう。


あぁ……。
もっと気軽に「ゴロニャン」出来ていれば、若い頃の苦労は半分になっていたのに。
なんて、思う事しきりのこの頃である。

'04年6月3日

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2005/12/15

予想最低気温

saigo_bara3夜寝る前、布団に入ってスタンドの電気を消そうと手を伸ばす。
その時、吐く息が電燈の灯りに白く浮かび上がるたびに、やるせない気持ちになる。

「外ならともかく、部屋の中でこれだもんなぁ……」

以前住んでいたマンションは、よくある大規模な集合住宅。
南北の開口部を除けば、上下左右をよそのお宅に囲まれているわけだから、断熱性の点では優れていた。

それでも、住んでいた時には、それなりに暑さ寒さを感じていたんだから。
今から思えば、なんと贅沢な不満だったかと思う。

現在の住まいは、小規模マンションの最上階。
そして、その三階だけ一軒づつ飛び飛びに建っているから、他のお宅と接しているのは床だけという事になる。その分窓も多いから、断熱性で言えば戸建て住宅並みかも。(床下からの冷え込みは、理論上無いハズなのに……オカシイ)


天気予報によれば、このところ日本の上空には真冬並みの寒気が居座っているそう。

朝見ると、植木鉢のビオラの葉はパリパリに凍っている。
駐車場に置いた車の窓ガラスだって、ビッシリ霜に覆われている。
だから、迂闊にウィンドウォッシャー液なんか掛けようものなら、一瞬で凍り付いちゃう。

でも……と、私はいつもここで、疑問と言うか、不満を感じる。

天気予報の最低気温は、まだ氷点下にはなっていない。
それなのに、どうして凍るのだろう?

そもそも氷点下にならなくても霜が降りるのが不思議だし。
それが融けないのはもっと不思議。(それが釈然としないワケ)

外に置いたバケツの水(植木の水やり用に汲んであるお風呂の残り湯)は、確かにまだ凍ってない。
ってことは、やっぱり気温は零下にはなってないんだろうけど……。


もちろん、東京の最低気温と言っても、それは都心のこと。
ウチみたいな郊外(っつか田舎)は違うのね。

いっそのこと、氷点下と言ってくれれば。
寒くったって、凍ったって、我慢のしようもあるのに。
その確証もないまま、寒いし、凍っちゃうし……。


テレビが伝える天気予報の予想最低気温。
この時期、私はそうやって自分を慰める事もできず、さりとて納得のいく解答も見つけられずに、それを恨めしく眺める事しか出来ないのが悔しい。

トラックバック:ポージィの花etc.記: 寒さのバロメーター

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2005/12/13

落日のHP

susuki2新しいカテゴリを作るために、改めて調べたブログの容量。
2,000Mにも増えていたなんて……。

それだけ、ブログの需要が大きいって事の証しなのだろう。

もともとブログのシステムは、リンクやトラックバック等、至れり尽せり。

それでデータも重くなるみたいだし。
ある程度の容量がないと、何年もしない内に一杯になっちゃう。
だから、その心配をしなくても済むようになったのはありがたい事。

でも、今まで容量を気にして、写真の画質や大きさを随分ケチってたのに。
こんな事なら、もっとやりたいようにやればよかった……。
・・・なんてね。


それに比べて、HP(ホームページ)に割り当てられた容量の少なさときたら。
20Mじゃブログの1%にしかすぎない。
(消費税だって5%なのに……)

ちょっと寂しくなるけれど。
これもまた、時代の趨勢って事なのだろう。


HPの場合、テキストそのものは軽いデータだし。
ほどんど画像のデータ量で決まっちゃう。
だから画像も小さめにして、画質もギリギリに落として……。

はぁ……。
それでも残りの容量は三分の一を切ってしまった。

これからは、個人でやるならブログで。
企業や団体なら有料のHPで、という二極化が進むのかなぁ?
(タダでやろうとするのが、そもそも無理なのね)


除夜の鐘もまだなのに、祇園精舎の鐘の声を聞いてしまった……。

日出づる処から、日の没する処への書簡。
それは、いつの世も変わらずに手渡され続けるのかもしれない。

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2005/12/10

トランス雑記

11_27koyo変なタイトルだけど、変圧器のことじゃありません。

「越える」とか「横切る」の意味の"trans"って単語。"action"を付けて、"transaction"だと「取引」になるのも面白い。
そして、"transfer"で「移す」とか「転校させる」の意味になるそう。

前置きが長くなったけれど、実は新しいカテゴリを作ろうと思って。


この「日常雑記」は、もともとは自分のHPで始めたのを途中でブログに移行したもの。というのは、これまでにも何度か書いてきたけれど。

それは文字も小さいし、あまり改行もしていなくて。
ブログに慣れた目で改めて見ると、読みやすさの面でイマイチ問題が。
でも、自分としては読んでもらいたいし……。

そこで、このブログへのお引越しを考えた次第。
(はい、ネタに困ったのも事実でございます)


ただ、そっくりそのまま移し替えるのもなんだし。
せっかくだから、その中でも気に入っていたもの、読んでもらいたいものを選んで、読みやすくなるよう手を加えながら、少しづつUPしようとの目論見。

HPの容量が20Mのままなのに比べ、ブログは2,000Mもあるし。
(知らない間にまた増えてる!……その一割でもHPに回してくれればイイのに)
HPの容量が一杯になってから慌てないための対策を、と思って考えてみました。

まずは「トランス雑記」第一弾として、下の記事から読んでいただけると幸いです。

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自分の居場所

kawara_kiトランス雑記その1

幼かった頃に見た恐ろしい光景がある。

大きな建物の中で、大勢の子供達が、沢山の布団の上で寝かされている。引き離されたのか、その子達の親らしき人影は見当たらない……。

「何故、あんな事をされているのだろう」
その光景は、まだ小さく、甘えん坊だった私を震え上がらせるには充分だった。

そして、それは私の原風景にもなっている。

「そんな事をすると、人さらいが来るよ」
なんて脅し文句が通用する年齢だったのだから。


……そう、それは近所にあった保育園のお昼寝タイムだ。

大人から見ればどうという事もないのに。
それが余程怖かったのだろう。
私は幼稚園に行く事さえ頑に拒んだ。(区別がつかなかった)

別に、親離れ出来ていなかった訳じゃない。
事実、小学校に行く事には何の抵抗も感じなかったんだから。

今から考えると、「皆と一緒のお昼寝」が嫌だった。

自己主張できなかった私は(今じゃ考えられませんが)、ただでさえ集団の中にいるのが苦手なのに、その上お昼寝までしなければならないなんて……。

「寝る」という行為は、生き物にとって一番無防備な状態。
それを満座の中で強要されるなど、当時の私には到底承服出来ない事だったのだ。


その原風景がいまだに尾を引いている私は、今でも集団の中で自分の居場所を見つけるのが下手。
……で、結局自宅で仕事をするという現在のスタイルに落ち着いている。


「会社」という集団行動をソツなくこなし、なかんずく出世まで……。
そんな人が、本当に羨ましいと思ってしまう。

'04年6月18日

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2005/12/07

なにげに、さり気なく

kabin_kogiku「なにげに」、「さりげに」。
数年前から耳にするようになったこの言葉。

最初に聞いた時、「さりげに」はすぐに意味が分った。しかし、「なにげに」の方はしばし迷った私。

「何気なく」なのか、「何ゆえに」なのか。
(私としては、「何ゆえに」であって欲しかった)

ほどなくして意味が分ったけれど、そこでちょっと不満を感じた。
「何気なく」も「さり気なく」も似たような意味なんだから、二つも要らないじゃん…。(だったら、「何ゆえに」でイくない?)

ところが最近、「なにげに」そんな事を考えていて、自分の中のある変化に気がついた。
「何気ない」は、「特に深く考えることもなく、無意識に……」であるのに対し、「さり気ない」は「人にそうと意識されない程度に……」みたいな違いだろうか。

つまり、あくまでも自分の中で完結するのと、他者を意識する違い。

「何でこんな大きな違いを見過ごしていたんだろう!」
今まで、なんとなくこの二つは使い分けていたけれど、その違いは些細な事だと思っていた。……慌てて辞書で調べてみた。

すると、
「何気無い」:(1)さりげない(2)はっきりそうするつもりもないようす
「然りげ無い」:特にそうしようとするようすを見せない感じ

……へ?「見せない」以外おんなじ。

まぁ、私の辞書は古いって事もあるんだけど……。
どうやら、最初に似たような意味だと思った自分の感覚は、あながち間違いではなかったらしい。

でも、新しいネットの辞書には、この「他者に対する」ニュアンスの違いもより詳しく書いてあるし。
時代と共に、二つの言葉もだんだん別の道を歩み始めたって事なのかしらん。

いや、もともと違いはあったのだろう。
ただ、他者を意識するのは「言わずもがな」の事で、とりたてて意識されなかったというのが近かったりして。
「自分」と「他者」との関わりを「何気なく」受け入れ、「さり気なく」気遣う。
そんな事が一つの事としてとらえられ、さして区別もされなかった。

それが、「個」と「社会」の関わりの多様化で、違いが鮮明になってきて。
(電車内での大声の携帯電話は、他者を意識してるとは思えませんもんね)
遅ればせながら、やっと私もその違いの重大さが気になりだした……。

自分の迂闊さを棚に上げれば、そんな事も言えるのかな?
なんて、思ってしまったのでした。

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2005/12/04

もったいない

gaito一昔前、トレンディードラマが大はやりだった頃。
見ていて、いたたまれなくなるシーンがあった。

たとえば、失恋した女の子がヨヨと泣き崩れる。
とっても可哀想なんだけど。
その子が、ティッシュをバンバン引っぱり出して涙を拭ってるのを見ると、つい「オイオイ……」と思ってしまうのだった。


普通、ティッシュは二枚重ねで出てくる。
それをたためば、充分な気がするんだけど。
これでもかと、七重八重に重ねて使われると、「十重咲き出づる萩の花かな」なんて歌いたくなっちゃう。(肝心のストーリーよりも、そっちの方が気になっちゃったりして……)


ウチのテーブルの上には、大抵2・3枚のティッシュが置いてある。

元はどれも同じ物。
ただ、その形態がチョットづつ違う。

一つは四つ折りになったもので、口元を拭いただけのヤツ。
後は、テーブルに垂れたお茶や水滴とかを拭いて、やや丸まってるもの。
つまり、レベルによって使い分けているのだ。

鼻をかもうとした時、私はためらいなく、その口元を拭いただけのティッシュを使う。

丸まってるのを広げて使うのはメンド臭いし、それはお醤油とかドレッシングをこぼした時用。
台布巾で拭けばと思っても、お醤油だったらスグにゆすがないとシミになっちゃうし、食事中に席を立ちたくないし。その点、使い古しティッシュだったら気が楽。

比較的きれいなティッシュが、順次テーブルを拭いたり、鼻をかまれたりした後、めでたく天寿を全うして、ゴミ箱に納められる。

まっさらなティッシュで鼻をかむなんてもったいない。

テーブルの上に、然るべきティッシュが見あたらない時。
私は、新品の贅沢を堪能しながらも、一種の敗北感に打たれながら鼻をかむ事になる。


この、「もったいない」って日本語。
ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ女史が、環境問題に関して国連本部の演説で提言なさったとかで、今じゃ国際的な言葉になったんだそう。
「それが持つ価値、使命が果されずに捨てられてしまうのはいかがなものか」
(よくぞ言って下さいました)

まるで、自分のシミッタレた行いが、弁護されたよう。
いや、尊いもののようにさえ感じられるではないか。

え?……。
そこまでしろとは、女史もおっしゃってないって?

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2005/12/01

食えない人

11_25bara「あの人は、『食えない』んだよねぇ……」なんて言い方がある。

この「食えない」って言葉。
辞書には「狡くて油断ができない」なんて書いてある。
(だとすると、「食えない人」の反対語は「気の置けない人」になるのだろうか)

でもこの言い回し、結構気に入ってるんだけどなぁ……。
だから、「狡いから油断ができない」という意味だけだとしたら、ちょっと寂しい。
(もうちょっと広義に、「自分のテイストに合わない」とかって解釈してもイイんじゃない?)


たしかに、素の自分を安心してさらけ出せる、気の置けない人っていると思う。

逆に、そうできない相手もいるけれど。
(実際は、そのパターンの方が多いですよね)
でも、それは決してその人が狡いからってワケじゃない。

十人十色、「合う」、「合わない」の相性があるのは当たり前だと思う。
(後は、親しさの度合いや、お互いのキャパシティの問題とか?)

気の置けない人にだって、「あれ?この人にはこんな一面があったんだ」なんて、改めて感じる時があったりするものだし……。

というより、恋愛中とか、憧れの人に対するファン心理を別にすれば、自分にとって100%都合のイイ人なんて、ありえないんじゃないだろうか。(だって、自分自身に対してさえ自己嫌悪する時があるんだから)

そんな時、「いい人なんだけど、あの人のあぁいう所が『食えない』んだよねぇ……」なんて、こころの中でつぶやいたりする。


……だけど、魚介類が苦手な私でも、お寿司が出てくるとワクワクするし。
(なぜかネギトロが大好き♪)
食えないものがあっても、それ以外が美味しければ、幸運な出会いといえるような気がする。

辞書に載っている解説とは違うけれど……。

まぁ、この言葉を広くとらえさせて頂いて。
「『食えない』所もあるけれど、それ以外は大好き!」なんて考えると、ちょっと楽しい。

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