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2006/01/19

勇気・心・知恵

1_12kareki世間のしがらみや、義理とか言われるもの。
社会生活を営んでいく上で、それらは避けて通れない。

でも、日々の生活に追われていると、時々無性に煩わしく感じたりして。

そんな時、「無人島で一人暮らししてるワケじゃないんだし……」
なんて呟いてみる。
ウザかったり、鬱陶しく感じても、それは何かとつながっている証しに他ならないんだから。


無人島での生活はどんなものなのだろう、と想像してみる。

周りの世界から隔絶され、たった一人の自分。
そしてその、たった一人の自分の存在にさえ、誰にも気づかれずにいる。
これは、ちょっと耐えられない。


以前、北海道をマウンテンバイクで走ったと言う友人の話を聞いた事があって。
何もない原野、どこまでも続く一本道を走っていると、向うからやって来る対向車のヘッドライトにも心安らいだのだそう。

その灯は、まぎれもなく誰かがそこにいるという事。

自分とは何の関係もない誰かなのに。
そんな事にさえ、人恋しさを感じるとは。

それが、「人間は社会性の動物」と言われるゆえんなのだろうか。


もちろん、自分がどうしても受け入れられないものならば、迎合する必要はないし、それ自体を変えていく努力も必要なのだろう。
しかし、それがどうしても変えられないものならば……。

……それを受け入れられる自分に、なるしかないのかもしれない。


これは、ブログを始めたばかりの頃に知った言葉なのだけれど。
アメリカ・インディアンにもこんな教えがあるそう……。
(今回リンクを辿ってみても、その方のサイトは見つからなくて)

変えられるものを変える勇気
変えられないものを受け入れる心
その違いがわかる知恵

……その深い精神性には驚かされるけれど。
私は、その知恵が欲しいと切に思う。


風車に立ち向かう、ドン・キホーテじゃ哀しいし。
妥協するべきでないものに妥協してるのだったら、もっと哀しいから……。

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コメント

こんにちは。

独りで過ごすことが多い私は、孤独に強い方かな、とも思いますが、
無人島で一人きりで過ごしたら、やっぱり耐えられないだろうな…。

ただ単に独りでいるときよりも、周りで他の人が集団でなにやら楽しそうに
しているのを見ながら、自分はその輪の外にいるという時の方が
孤独感を感じますしね。やっぱり私も猫族にはなりきれないみたいです。

「変えられるものを変える勇気
変えられないものを受け入れる心
その違いがわかる知恵」

いい言葉ですね。座右の銘にしようかしら。
私にもそんな知恵が欲しいです。

投稿: ポージィ | 2006/01/20 13:00

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

>無人島で一人きりで過ごしたら、やっぱり耐えられないだろうな…。

そうですよね。
映画じゃないですけど、「誰も知らない」ってのが、私には一番キツイと思いますぅ。

自分も独りには慣れてるんですけど。(家内が入院してた時には、「きょうは日本語をしゃべらなかったなぁ。」って日がありましたし。)
独りでいる時はちっとも寂しくないのに、自分の事を知らない人達の中にいる方が孤独を感じますデスね。(^^;)

>いい言葉ですね。座右の銘にしようかしら。

そう言ってもらえると嬉しいです。
この言葉を紹介したくて、無理矢理記事にしちゃったようなもんなので。(笑)
勇気も心も大切にしたいけれど、それを見極める知恵が欲しいです〜。

投稿: nanbu | 2006/01/20 15:55

お久しぶりです♪
励ましのコメントありがとうございました

若い頃から ひとりの時間はイヤじゃないけど
それは いざとなれば誰かが支えてくれるという安心感みたいなものが
根底にあったからこそだと思います
無人島?考えられない(^_^;

確かに 波長が合わない人との接触は
煩わしいと思うことがありますねぇ
でも 上辺だけのお付き合いができるようになったのも
年齢を重ねたせいでしょうか(^_^) 

投稿: miki | 2006/01/20 20:48

 
mikiさん、お忙しい中ありがとうございます。(^^)
お嬢さん、早く退院できると良いですね。

>それは いざとなれば誰かが支えてくれるという安心感みたいなものが
根底にあったからこそだと思います

それは大きいですよね。
どこかでつながっていると思えるからこそ、ひとりでいられるのかもです。

>確かに 波長が合わない人との接触は
煩わしいと思うことがありますねぇ

あ、気持ちが伴っていれば義理とは思いませんもんね。
問題は義理と人情の板挟みって時で。
どうしても気持ちの拠り所が見つけられないと、やっぱ辛いものが…。(^^;)

追伸:窓の外は、こちらも雪です。
mikiさんの昨年来の苦労が偲ばれマス。

投稿: nanbu | 2006/01/21 07:30

お~い(^○^)/ nanbuさ~ん!
雪に埋もれてませんかぁ?
タイツ2枚履いてもいいから風邪引かないようにしてくださいね~(^_^)

おかげさまで 娘の症状は安定してきました♪

投稿: miki | 2006/01/21 21:26

 
は〜い(^○^)/ mikiさ〜ん!
コメントありがとうございます。(^^)

うふ♪
厚地のタイツに替えたからダイジョ〜ブですよん。
(ってか、12月の寒さを思えばネ。)

>おかげさまで 娘の症状は安定してきました♪

なによりですね。
あと二週間もすれば、もう「立春」ですもん。
「待てば海路の日和あり。」
あと少しで春どぅえ〜すっ。(^^)

投稿: nanbu | 2006/01/22 06:26

難しくてすごく微妙なnanbuさんの記事だったのでコメントに迷ったんだけれど。

逆に……ドン・キホーテであれたらなというのが、僕の今の願望かな。
現実的には融合してしまうんだけれど。
そのあと大袈裟に言えば空しくなってしまうんだ、もういいやと投げ出したくなってしまう。
すると当り障りのあることばかり猛烈に書きたくなってしまう…そして暴走が始まるっていうのがこれまでの、そしてこれからの自分のような気がする。

投稿: nezimaki | 2006/01/23 17:18

 
nezimakiさん、コメントありがとうございます。(^^)

>難しくてすごく微妙なnanbuさんの記事だったのでコメントに迷ったんだけれど。

ス、スルドイ!(汗)
実は、自分でもどのスタンスで書いたらいいのか分からなくて。
結局迷ったまんまで書いちゃいました。

>逆に……ドン・キホーテであれたらなというのが、僕の今の願望かな。

うん、分かるような気がします。
自分にも、そんな叶わない願望があるような気もするし、
それがnezimakiさんの魅力ですもんね。(^^)

投稿: nanbu | 2006/01/23 22:03

 ネイティブアメリカンの言葉、以前僕のサイトで同じことを書き込みなさった方がいます↓
http://loplos.mo-blog.jp/moge/2004/09/post_8.html

 たぶん同じ人だと思って、僕も辿ってみましたがたどり着けませんでした。
 (TдT)

 あれは本当に良い言葉ですよねぇ。
 精神性というかいろんな意味で「大人になっている」って気がしました。
 ネイティブアメリカンの方々は純粋な力には屈したけれど、それだからこそよけいに深い言葉に感じますね。


 この記事を拝見して、
 僕は作家、安部公房さんの作中のセリフを連想しました。

『道化もいいが、自覚のない道化にはなりたくない』

 今の自分をわかって、
 それで考えてるnanbuさんなら大丈夫ですよ☆

投稿: ろぷ | 2006/01/25 19:21

 
ろぷさん、こちらにもありがとうございます。(^^)

>たぶん同じ人だと思って、僕も辿ってみましたがたどり着けませんでした。
 (TдT)

そうです、そうです!こねこさん。覚えてくださってたんですね♪
嬉しいです。
たしか私が初めてろぷさんの所に伺った時で。
記事をUPする時にトラバさせてもらおうと思いながら、結局その記事はボツにしました。
(どうやっても「アブナイ」記事になってしまって。)
ただ、どうしてもこの言葉を紹介したくて、一年以上経ってから強行しちゃいました。(^^;)

>『道化もいいが、自覚のない道化にはなりたくない』

自分には全て理解できたかどうか分かりませんが、深い言葉ですね。
自覚してても、分ろうと考えてるつもりでも、「これでいい。」と思える知恵がやっぱり欲しいです。

投稿: nanbu | 2006/01/25 21:38

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