« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006/02/26

そこにあった√(ルート)

先日の「青と緑の狭間で」の記事で教えていただいた、IROMSOFT & IROMBOOKさんのサイト。

その黄金比 / 黄金分割のページで、気になる記述を見つけた。
古代ギリシャで、もっとも美しい比率とされた黄金比。
それは、現在でも活用されているけれど。(名刺のサイズがそうなんですって)

>ひょっとしたら、紙のサイズと勘違いされているのではないですか?

え!違うの?
今まで、ずうぅ〜〜〜っと、そう思ってまいりましたが……。

おっしゃるところによると、黄金比は 1+√5÷2 で、1.6180……だそう。
そして、紙の寸法は 1:√2 なんだそうだ。

ゲゲェ〜!知らなかった。
今の今まで、紙の寸法は黄金比になってるんだとばっかり……。
(ホント、歳とってから初めて知る事ばかりで。ボケてなんかいられません)

 
B2ところで、週刊誌はB5判、月刊誌だとA4判とか、身近で使われている紙のサイズ。
元になる原紙が基準になってる。
週刊誌だと、B1(B全)の原紙を16分割したサイズ。
(片面16ページ、裏表で32ページ印刷できるって寸法)

B1の半分がB2で、そのまた半分がB3。
そして、その縦横の比率はどれも同じになる。

学生の頃それを知って、「へぇ、上手く出来てるもんだ」と、感心したものだけど。
「昔、誰か頭のいい人が考えたんだろう」くらいにしか思わなかった。
 
でも、さっきの比率。1:√2 って、いやにパッキリしてる。
ふ〜ん、長辺の長さは短辺の√2 倍になるのかぁ……。
と、しばらく眺めていて、「あっ!」と驚いた。

kamisunpo左の図で、アを1とすると、1×√2 だから長い方のイは√2。
そして、今度はイとウを見てみると、
√2×√2 =2で、ウの長さはちゃんと2になる。

やだ……こんなの教わったっけ?(忘れてるだけ?)


最近になってウチの子が、「学校の勉強って、社会に出てから役に立つの?」
なんてボヤくようになった。

でも、お父さんは思う。
今はまだお仕着せの知識でも、それを使って自分の頭で考えたら。
なにか面白いものが見つかるんじゃないかって。

だって、こんな身近に、√が転がってるんだから。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/02/23

諦観の中にあったもの

koisi1ある時、「透徹」という言葉が頭に浮かんだ。

「透」の澄み渡った感じと、「徹」の字から受ける一途さと強さ。
そのイメージから、なんとなく気に入っている言葉。

すべてを見通しているんだけれど、「冷徹」とは違った穏やかな印象を受ける。

もちろん、そうなったら@nifty辞書で調べなくっちゃ。
……すると。

【透徹】
(1)すきとおっていること。澄みきっていること。また、そのさま。
「—した空気」「晩秋の気透徹にして和適/欺かざるの記(独歩)」
(2)筋が明確にとおっていること。一貫していること。また、そのさま。
「—した論理」「—した洞察力」

……あれ?
澄んではいるけれど、べつに「見通した」という意味はないみたい。
そこで、自分としては同じ穏やかさを感じている「諦観」で調べてみた。

【諦観】
(1)全体を見通して、事の本質を見きわめること。 「時代を—する」
(2)悟りあきらめること。超然とした態度をとること。

おぉ……。
「諦」の字はあっても、決してネガティブな意味だけではないようだ。
しかも、自分が抱いていた「透徹」のイメージをも含んでいるではないか。

私が思っていた「透徹」は、「諦観」の中にあるのだろうか。


なにか、長い時を経て辿り着いたような。
漂泊の中で色が褪せ、透明になったような。

渓谷から崩れ落ちた岩が流され、山裾まで運ばれる。
そして、野を流れる川岸で、静かに丸くうずくまっているような。
そんな穏やかさ。

やがてそれが河口まで運ばれた時、いつしか小さな砂粒となって混じりあう。
もう、その時にはどの砂がどの岩のものだったかなんて分からない。
分かる必要もない。

でも、その一粒一粒には、しっかりと刻まれたものがある。
そんな、透き通った穏やかさ。

あとはただ、打ち寄せる波に洗われるだけ。
ゆっくりと堆積し、「時代」というひとつの地層になっていくまで。


……な〜んて思えれば苦労はないんだけど。
未だに角の取れないこの私。
アッチコッチがぶつかって……痛いわぁ。

hiyodori_sutokku
 
 
 
ヒヨドリに
食いちぎられたストックの花。
あんまりですぅ。(T_T)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/02/20

追いつめられて

xmassrose昔、そんなタイトルの映画もあったような気がする。

「窮鼠猫を噛む」とか「火事場の馬鹿力」とか。
追いつめられると実力以上の力が出せたりする。

でも、それは良い面が出た場合。

いつもと違う自分が出てしまうって事は、悪い面が出る可能性もある。
苦し紛れにジタバタして、かえって醜態を晒してしまったりとか。


これは、松本清張さんの作品で知ったんだけれど。
「カルネアデスの船板」という考え方があるそうだ。

海に放り出された二人の前に流れて来た板。
二人じゃ沈んでしまいそうで、どちらか一人だけしかつかまれない。
そんな時、相手を蹴落として自分だけ助かろうとする。

その行為は是か非か?を問うたギリシャの哲学者がいらしたとか。
(法律用語では、それを「緊急避難」と言うらしい)


有名な「蜘蛛の糸」のお話だと、健陀多(カンダタ)が細いクモの糸にぶら下がっている。
下を見れば、その後を大勢の人間が……。
クモの糸が切れるのを心配したカンダタが、他の人間を蹴落とした行為。
考えてみればそれも、「緊急避難」と言えそう。


どれも見苦しい行為で、平素なら糾弾されてしまうけれど。
それが許されてしまうのは、それだけ「切羽詰まった」状況が、人を尋常でない行動に走らせるという事だろうか。

そこまで行かなくっても、追いつめられた時にポロっと本当の自分の姿が出てしまう、なんてのはよくある事。
そんな時、自分がどんな情けない振る舞いをしてきたか、思い出すと顔が赤くなる。


作家の故森搖子さんのご主人はイギリス紳士で、絶対に走らなかったと、何かに書いてらっしゃった。
そのため飛行機に間に合わず、成田から引き返して来た事も一度や二度ではなかったそう。
(私だったら汗かいて走りマス)

チケットを無駄にしてでも走らない。
そこまで徹底して紳士道を貫けたら、どんなにか潔いだろう……。

そう、思うだけなら自分にもできるんだけど。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/02/17

おかけになった電話は

denwa現在使われておりません……。

お馴染みのこのセリフ。

最近じゃ、携帯電話の普及で、「電波が届かない場所におられるか、電源が入っていないため、かかりません」
なんてのまで仲間入りした。


飲み会やカラオケに行っちゃった家内に仕事先から電話が入る。
それを受けた私が、家内のケータイにかけた時。
たいていこのお姉さんの声が聞こえる。
(さぞや楽しんでらっしゃるんでしょう)(怒)


ま、それはいいとして、この「おられる」。
「電話に敬語を使うのはオカシイ」なんておっしゃってた方がいらした。
よしんば、「その敬語が電話の持ち主に対するものだとしても、今度は電源が入っていないのは、持ち主ではなくて電話」なのが問題なんだそう。

なるほど。この辺が、主語を省略できる日本語の弱点だろうか。
(省略してる間に、主語が変わっちゃってるもんね)


ただ、その時の私は、別の事が気になっていた。

「おる」って言葉、「いる」の謙譲語じゃないのかなぁ?と。
(「家におります」って言うじゃない?)
でも、確かに「おられる」って言い方もあるし。

釈然としないまま、ほったらかしてたこの疑問。
一度キチンと調べなきゃね。


……で、結果は。単に「居る」ってことだったのね。
謙譲語じゃないから「られる」を付ければ敬語になるのも道理ってワケで。

(ア)自分の動作を卑下したり他人の言動をさげすんだりする気持ちの含まれることが多い。時には尊大な物言いに用いられることもある。
(イ)「おります」で丁寧な言い方、「おられる(おられます)」で尊敬の言い方として用いられる。@nifty辞書

あ、そうだったんですか。
(今度から、堂々と使っちゃお!)

たったひとつで、丁寧な言い方から尊敬の言い方までできる。
しかも、自分を卑下したり、他人をさげすんだり、尊大な物言いにまでなっちゃうなんて。


……でもぉ、あんまり便利過ぎるのもチョットって感じ。
(逆に言えば、どんな受け取り方をされるか分からないんですもん)

自分的には、やっぱり「いらっしゃる」の方が好きかな?

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006/02/14

古きを温ねて

fuyugare2「古きを温ねて新しきを知る」

誰でも知っていることわざだけれど。
以前あるサイトさんが、このテーマを取り上げていらした。

そこで、とても衝撃的な事実に気が付いた私。


……迂闊にも「ね」を「め」と読み間違えていたようで。

つまり「温める」のかと……。
(「温ねて」を「たずねて」と読むなんて、知りませんでした!)

いや、もちろん「ふるきをたずねて〜」というのも、聞いてはいたんだけれど。

……どうやら目で読む時は「温めて」。
で、耳で聞く時は「たずねて」と、テキトーに覚えていたらしいんですワ。
(こんなヤツです)

これはやはり、日本人として由々しき問題。

いちるの望みをかけて検索してみましたです。(yahooで)
結果は、「古きを温めて」のヒットが268件で、「古きを温ねて」の方が524件。

……うふ♪

私みたいに間違えてた人が、3分の1もいる。
(で、チョット安心)

イヤ、別に自分を正当化しようと・・・・してますね、ハイ。


思い込みの激しい私の事。
こんな間違いが発覚するのはしょっちゅうなんだけど。

しかし、ここまであからさまに間違えてたなんて。

……今まで生きて来て、何で気が付かなかったのかしらん?


●追記:実はこの記事、トラバしようと一年程前に書いたまま、ボツにしてたもの。
新たに検索し直した数字に書き直しましたが、当時は「古きを温めて〜」が68件で、「古きを温ねて〜」が38件だったんですヨン。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2006/02/11

肘掛け椅子

erikaドラマを観てると、偉い重役さんなんかが座ってて。

背もたれもデッカイから、向う側を向いてると、いるのかいないのかワカンナイ。
(これがサスペンスだと、クルッとこちら向きになると事切れてたり)
それくらい優雅な作りになっている。

なんか、ステータスって感じ。

その点、オフィスのイスは機能的。
肘掛けがあると立ったり座ったりする時ジャマだし。
まさにお仕事のためのイス。


その事務イスには思い出がある。

あれは、私の二年間のお勤めに終止符が打たれた退社の日。
終業時間まで、あと少しという時だった。

イスを支える、スチールの太い軸。
それが、何の前触れもなく、いきなり折れた。
当然、床に放り出された私。

あまりの事に、「コレって、辞めろって事?」と言うしかなかった。

そりゃいろいろあったけど。
大人しく身を引こうとする私にこの仕打ち。
イスにまで見放されるなんて……。

周囲の哀れみの視線の中、この一言がウケたのだけが救いでございました。


さて、例の肘掛けは、他にもある。
特急列車の座席とか、映画館。

いつも思うんだけど、あれは誰のものなのだろう?

端っこはいいとして、問題は間にあるやつ。
どう考えても一人しか使えない。

自分は隣に座ってる人がいなければ、ありがたく使うけど。
やっぱ誰かいたら遠慮しちゃう。(占領されたらムカツクけど)
なんとなく、お互いに牽制しあったりして。

そんな時、その人の世間に対するスタンスが表れると思う。


先日、家族で映画を観ていた時の事だ。
真ん中の私はお行儀良く座っていた。

ふと両隣りを見ると、家内も息子も当然のように肘掛けを使っている。
肘と肘とに挟まれたこの私。

あぁ……。なんか、家庭内における自分の地位を物語ってるような。


肘掛けって、やっぱりその人の人生を表してるような気がする。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/02/08

2月はいそがしい

1_12light2なぜなら、まず日数が少ない。

他の月は30日とか31日なのに。
2月だけ28日しかない。
(うるう年でも29日だし)

どう考えても不公平な気がする。

計算してみたんだけど、30日の月が7回で210日。
31日まである月が5回で155日。

210日+155日=365日……ぴったりじゃん!

それが実際には、31日の月が7回もあるからややこしくなっちゃう。
なんで2月だけ、そのとばっちりを受けなきゃならないんだろう。


そうじゃなくても一月は、年末年始のお休みが終わった後だから。
お休みモードから仕事モードへの切り替えで、それなりに長く感じる。
(休み明けの一週間って長いと思いません?)
その分、2月が早く過ぎるように感じるのは私だけだろうか?

それに輪を掛けて、2月は確定申告まであるんだから。

それがバレンタインデーの翌日から始まるのは、昔からの事。
ピンクのハートが飾られたチョコ売り場を目にした時。
条件反射的に追い詰められたように感じる私は、パブロフの犬になって久しい。


なんでこんな事を言うかといえば、2月が自分の誕生月だから。

公の区切りに、誕生日がなってるのは結構あって。
たとえば以前記事にした誕生日検診とか。
今年は運転免許の更新まである。


あぁ……。

ただでさえ日にちが少ないっていうのに、いろいろしなきゃならない事が目白押しで。
それが寒い時期だってのも、かなりクヤシイ。

自分にとっての2月。
それは、なんかソンしてる気がする月だ。

(……はい、要は確定申告と免許の書き換えに行くのがイヤなだけなの)(^^;)

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2006/02/05

笑顔のご挨拶

lovian外を歩いていて知人と遭遇した時。
私は、自分から声をかけるより、かけられる時の方が圧倒的に多い。

もともと視力が悪いから、良く見えないってのもあるんだけど。

たとえば、遠くからこっちに歩いて来るのを見つけたとする。「ん?あの人かな」と思っても、どうしても確証が持てない。
(手なんか振っちゃって、別人だったら困るもん)

ずぅ〜っと見つめてる訳にもいかないし、私の場合ハンデが大きすぎる。

当然、自分がわかった時には、既に相手も分ってるハズだし。
いつ挨拶しようか、タイミングを見計らってるだけでドキドキしちゃう。

……そんな事の繰り返しで、認知しようとする努力を、放棄しているのかもしれない。
だから、「nanbuさん!」と言われて、「あ!ビックリしたぁ」になっちゃう。


こんな事ってないだろうか。

見覚えのない人から挨拶される……。
「あっれぇ?」と思いながらも、無視する訳にもいかずに挨拶を返す。
すると、実は自分の後ろにいた人が相手だった、なんて事。

……これは恥ずかしい。


中学生だった頃、数人の見知らぬ女子から、「○○ちゃ〜ん」と手を振られた。
「え、何?」と言ったら、その子達も「え、何?」と訝し気な表情。
(はい、もうお分かりですね。上記のパターンです)

当時、家で「○○ちゃん」と呼ばれてた私。勘違いするのも無理はないでしょ?
思春期真っ盛りの男の子が、その時どんなに傷ついたか、ご想像願いたい。


そんな古傷を抱えた身。

数年前、信号待ちをしていた時の事だ。
ふと横を見ると、自転車でこちらに向かって来る女性に、笑顔で会釈された。
はて?見知らぬ顔だ。

その時、私の中で、あの思春期の悪夢がよみがえった。

呆然と佇む私に、その女性はなおも会釈をする。
しかし、私がその悪夢と戦っている隙に、その女性は憮然とした表情で、目の前を走り抜けていった。


・・・あなたはもしや。いや、きっとそう。

ウチの子の幼稚園でご一緒した、ふみかちゃんのお母さま?
当時、笑顔で挨拶を交わしていた私達。
いくら数年ぶりとはいえ、シカトされたら、さぞやムカついた事でしょう。

この場をお借りして、深くお詫びいたしマス。
(でも、だからと言って、またあの悪夢のリスクを、冒す度胸はないんだけれど……)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/02/03

ご報告

今朝のお知らせの記事で、ご心配をおかけしましたが、なんとか解決しました。

2、3ヶ月前から、ディスプレイの調子がオカシクなり始めて。
1cm幅の横縞模様が入ったり、急に青ざめたり。
(それでもなんとか使ってました)
それが、とうとう1週間前からポインタが動かなくなりだして。

今まで使っていたディスプレイは旧式のブラウン管。
そこに付属していたUSBハブにキーボードをつなげてたんだけど。
固まっても、それを抜き差しすると元に戻ることがあったから、だましだまし使ってました。

って事は、どうも原因はそのあたりにありそう。
そこで、泣く泣くディスプレイを液晶に(モチ、お手頃価格の)替え、必要になったUSBハブも替えました。

ところがやっぱりダメ。
しかもどんどん症状が悪化して、ポインタをちょっと動かしただけで止まっちゃう。

……残る原因はキーボード。そこで、今日買って来ましたよ。
でも、ン?やっぱり動かない。

しかたなくアップルのサポートを受けたら、原因はやっぱりキーボードらしいって。
なぜ?と対応OSを確認したら、8.5〜9.1及びOS X 用。
そんなぁ……9.2だけ抜けてるぅ〜。

実は、今アップルで販売されているキーボードはOS X 用のみ。
それ以前のOSに対応してるのは、他のメーカー製しかないとの事で買ったのに。
(基本的な対応OSの確認を忘れてたなんて)

サポートのお兄さんによれば、「メーカーからドライバをダウンロードしてみたら?」
言われた通りにメーカーのサイトを見てみたら。……その商品がない!

どうすればいいの?

でも、どうやら文字入力はできるみたい。
あとはマウスだけ。

やぶれかぶれでマウスを新しく買ったUSBハブにつなげたら……動きました♪

なんでぇ〜?

何が悪くて何が良いんだか、サッパリわかんないんだけど。
とりあえずポインタが動くだけでもありがたいッス。

そして、嬉しいご報告が出来る事にも、しみじみ感謝している今の私です。
(初期化なんて事になったら……泣きます、わたし)

| | コメント (12) | トラックバック (0)

お知らせ

いつもいらしていただいて、ありがとうございます。
実はこのところ、Macの調子が滅茶苦茶悪くて、すぐに固まってしまいます。
いろいろやってみたのですが、どうもダメで。

どうしてもだめなら・・・あぁ。

そんなわけで、記事の更新やコメントの返信が遅れてしまうかもしれません。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »