« 日刊デジタルクリエイターズ | トップページ | ケータイ生活始まる »

2006/03/11

使者のささやき

昨日の記事でお知らせした「使者のささやき」をUPしました。
…………………………………………………………………………

あれは、高校三年生の時だった。
当時美術クラブにいた私は、デッサンのための大きなパネルを持って、駅のベンチに座っていた。

その時、突然「絵を描いているの?」と、見知らぬ中年のオバサンに声をかけられた。「はい。」と答える私に、その人は「趣味だけにしといた方がいいわよ。」と言う。

「・・・は?」
いくら何でも失礼ではないだろうか。いきなり話しかけてきた上に、クラブ活動に打ち込んでいる(?)健気な学生に向かって。


……実は、私が美術クラブに入ったのは高三になる時。そろそろ進路の事も考えなきゃならないし、成績は下がってくるし。そこで私は、一計を案じた。

「一年間デッサンを勉強してみて、ものになりそうだったら美術関係もアリかな?」

なんという安直な考えだろう。しかし美術クラブの顧問の先生は、そんな私の甘い考えを、何も言わずに受け入れてくれた。

いや、さすがに自分でも、その考えは虫が良すぎるとは思っていたんだけれど。
(だからこそ、先のご夫人の言葉が胸に刺さったのかもしれない。)

・・・・・・・・・・

ただ、その時は「親に反対されたら諦めよう。」という程度の、思いつきにすぎなかった。

ところが、そんな私の言葉に、父は「同じ苦労するのなら、好きな事で苦労するのもいいかもしれない。」と、あっさり許してくれた。(どこまでも安直だった私の進路決定。)

そんなこんなで、それなりの紆余曲折はあったものの、なんとかデザイン会社に入る事ができた。しかし、その時から当然のように私の苦労が始まった。まるで、それまで猶予されていたものが堰を切ったように。一気に、現実の厳しさが襲ってきた。

程なくデザイナーに挫折して退社した私は、なんとなくイラストレーターになってしまい、今に至っているけれど。自分が今苦労しているのは、そうやって大した覚悟もないまま、ここまで来てしまったツケのような気がしている。もし、あの時父に反対されていたら。

仕事に行き詰まっても、「好きな道を選ばせてもらえなかったからだ。」と、現実を誤魔化す事ができたかもしれない。でも、自分はそれさえもできない。

・・・・・・・・・・

仕事としてイラストを描くという事。それは、既に散々描き尽くし、描く事に飽いてしまっている時点から、スタートしなければならないという事。

それでも次の仕事を頂くために、持てる全てを出しきらなければならない。もちろん、製作に打ち込む過程で自分を追い込み、のめり込むうちに夢中になってくるのだけれど。

眠っている創作意欲を無理矢理叩き起こし、仕事が終わるとまた惰眠をむさぼる。そんな事を繰り返しているうちに、自分の中で何かがすり減って来るように感じてきた。

そしてある時、自分から進んで絵を描く意欲を、無くしている事に気がついた。
慌ただしかった仕事が終わり、ふと気がつくと、自分には何もしたいと思う事がない。ただ、退屈な日常が待っているだけ。

だって自分は、趣味を仕事にしてしまったんだから。これは、一番好きだったものを、売り渡してしまった罰なのかもしれない。

あの時、あのホームで聞いたささやきが蘇ってくる。あのご夫人は、それを伝えるための、何かの使者だったのだろうか。

・・・・・・・・・・

そんな私が、数年前CGと出会った。

コンピュータの前に座っていると、何か作りたくなってくるから不思議だ。あの、懐かしい感覚が戻ってくる。もう、はるか昔に忘れてしまったもの。

わら半紙と鉛筆さえあれば、何時間でも夢中で絵を描いていた子供の頃。それは、あの頃に感じていた、純粋に絵を描く楽しさなのかもしれない。


……でも、それでもやっぱり。

楽しいと思えば思うほど、それを世に問いたいという思いがピッタリ後ろからついてくる。たとえそれが、せっかく取り戻したものを手放す事になるのだとしても……。

これは、一度使者のささやきに背いた者の、性なのだろうか。

|

« 日刊デジタルクリエイターズ | トップページ | ケータイ生活始まる »

コメント

nanbuさん、真面目に拝見しました(いえ、いつだって真面目に拝見してますが…)

好きを仕事としてプロとして生活の糧としていかれることには
そのような「自分の中で何かがすり減るような」お気持ちを
伴うものなのかと… ぐっと胸に刺さるものがありました。

私は夫の扶養家族でのほほんとしていますが、
花の教室を運営している友人が、仕事としての花をやりたくなくなった、
と言っていたことがあります。
そのときも漠然とわかるような気がしたものですが、nanbuさんの思いと
多分共通しているのでしょうね。

共感あり、「でも」と言ってみたくなる気持ちもあり…
けれど安直な発言はできません。
nanbuさんの書かれていることを、そっくりそのまま胸の引き出しに
大切にしまおうと思います。

投稿: ポージィ | 2006/03/11 11:32

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)
お話のお友達の気持、私も分かるような気がします。

お金をもらう以上、どんな仕事にも苦労はつきものだと思っています。
だから、若い時は「好きな事でも仕事にすると大変だ。」という意味だと思ってました。

でも、「好きなもの(それによって自分が癒されるもの)」を失う事だと悟った時、愕然としました。(ONの時が問題ではなくて、いかにOFFの時間を過ごすか(安らげるか)だと。)
それに気がついてから、すがるような気持でガーデニングにハマっちゃったような気がします。(^^;)

何かを得るためには、何かを失わなきゃならないし。
両手に荷物を持ってて、他にも欲しいものがあったら、どちらか手放さなきゃならないように。

投稿: nanbu | 2006/03/11 15:55

単純に 好きなことを仕事にできる人は幸せだ と思ってましたけど
こういう悩みもでてくるんですねぇ。。

うちの弟は高校時代に 勉強よりキャベツの千切りの方が楽しい♪と感じ
親の思い(大学)は無視して板前コースを選んでしまいました(^^)
今はいっちょ前に店を持ってますが
夢が叶ったら叶ったで悩みはあるんでしょうね
今度会ったら優しくしてあげよう(^_^)

投稿: miki | 2006/03/11 20:59

nanbuさん
こんばんは~。

いや~ぽぱいもポージィさんやmiki姉さんの意見と同じでカルチャーショックを受けました。

>だって自分は、趣味を仕事にしてしまったんだから。

>これは、一番好きだったものを、売り渡してしまった罰なのかもしれない。

この2行はグッっとくるものがありましたよ

世の中で一番裏山椎人は、「趣味を仕事にしている人」だと思っていました。
「仕事が趣味です」と言っている人とは違いますよ…(笑)

nanbuさんのお話を拝見して、やっぱり趣味は趣味として…
仕事が終わった余暇に楽しむものなのかな~ってつくずく思いました。

ぽぱいにとって大好きなブログも、仕事だったらイヤでイヤでしょうがないかもしれません(⌒‐⌒)

投稿: ぽぱい | 2006/03/11 23:56

 
mikiさん、コメントありがとうございます。(^^)

ご両親の反対を押し切って自分の道を選んだ弟さんは、まさに背水の陣で、反対されなかった私よりずっと大変だったんでしょうね。

板前さんやコックさんは、自分の家では料理をしないと聞いた事がありますけど、やっぱりそれも、「自宅イコールくつろぐ場所」だからなのかな?と思ったりします。

>今度会ったら優しくしてあげよう(^_^)

う〜んと、優しくしてあげてくださいね。(^^;)

投稿: nanbu | 2006/03/12 08:39

 
ぽぱいさん、コメントありがとうございます。(^^)
私も、ぽぱいさんのお言葉にグッときました。

その人の器の大きさにもよると思うんですけど。(それが一番大きいかも。)
きっと自分の場合、絵を描く事しか趣味がなかったのがいけなかったんだと思います。
いろんなものに興味をもって、趣味の幅を広げるのは大事だと思いました。

ONの時に頑張って、OFFの時間を充実させているぽぱいさんは理想的な姿だと、いつも羨ましく感じています。(^^)

投稿: nanbu | 2006/03/12 08:43

nanbuさん

すいません…
かなり公私混同しているぽぱいです(^^ゞ
仕事中も、頭はOFF状態でーす(笑)

投稿: ぽぱい | 2006/03/12 23:10

 
ぽぱいさん、コメントありがとうございます。(^^)

>仕事中も、頭はOFF状態でーす(笑)

あは♪そーゆうぽぱいさん、好きでーす(笑)
でも、それができたら一番強いと思うんですけど。

やっぱり裏山椎…。(^^;)

投稿: nanbu | 2006/03/13 07:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55071/9032705

この記事へのトラックバック一覧です: 使者のささやき:

« 日刊デジタルクリエイターズ | トップページ | ケータイ生活始まる »