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2006/05/31

収・納

5_24safinia_pink限りあるスペース。
物をいかに効率良く収納するかは大問題だ。
……なんてね。

ゴメンナサイ。
べつに収納術のお話じゃありません。


実は、未だに自分でもよくわからずに使ってる漢字があって。
それが、「収」と「納」。

両方とも「おさ(める)」だけど。
「優秀な成績をおさめる」とか「社長におさまる」とか。
いつも、どっちだろう?と思いながら確かめもしなかった。
(迷わずに済むのは「税金を納める」くらい)


だから今回は、ネタというより自分のために。
えぇ、調べましたとも。
いつもの@nifty辞書さまで。(お世話になっております)

で、「治める」と同源というだけあって、
●しかるべき所にしまう。 例「金庫に-」
●一定の枠に入れる。 例「千円以内に-」
って意味の時は、どちらでもいいらしいんだけど。

ただ「主に使われる漢字」を表す《》記号によると。
「収める」は、
●結果として手に入れる。 例「成果を収める」
●中に取り入れる。 例「目録に収める」
●勢いを静める。 例「怒りを収める」(「事態を収拾する」って言いますもんね)

一方、「納める」は、
●受け取り手に渡す。 例「年貢を納める」
●終わりにする。 例「歌い納め」
なんだとか。

う〜ん、どうやら内側(自分)に入れるのが「収」で、外側(相手)に受け取ってもらうのが「納」っぽい気がするんだけど。
ただ、例によって私の辞書だと、「自分の胸におさめる」は「納める」だったりして、そう簡単ではなさそう。(糸へんに内っていうのがクセものだし)
他にも「課程を修める」とかもあるし、やっぱり「おさめる」は一筋縄ではいきそうもない。

ただ、とりあえず「収」と「納」は、どっちでも間違いではないようだし。
「納入」とか、「収容」とか、意味の似てる熟語で区別しようかな?

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2006/05/28

ぶつからないで

Rengeちょっと、聞いて下さいましな。

先日、電車に乗ってた時の事。
私がボンヤリと吊り革につかまってると、後ろを通った人が「ドン!」とぶつかって来た。
明らかにワザとって感じ。

「えっ?」と顔を上げると、年輩のオバサマが立ち去って行く。

それは、いかにも「ジャマよ!」と言わんばかり。
「はて、後ろに立ち過ぎてたのだろうか?」
とっさに後ろを振り向くと、私の真後ろに立ってたのは若い女の子。


最近の電車はシート際の床が色分けされてて、座ってる人と立ってる人のゾーン分けがしてある。(足を投げ出して座らないように?)
足下を確認すると、八の字に開いた私のつま先は、ちゃんと線スレスレの位置にある。

ケータイをいじってるその子の方が、よっぽど中央寄りに立ってるではないか!
これじゃぁ、確かに後ろは通りにくいだろうけれど。

どうして私の方にぶつかってくるのだろう?

だって、ケータイの子はごくフツーの体型。
それなのに、何事もなかったかのように微動だにしていない。
やっぱり、強い衝撃を受けたのは私のようだ。

もし仮に、両方にぶつかったとしよう。
だがその場合、私が感じた衝撃の二倍の衝撃を、そのオバサマは受けている計算になる。
いくらなんでも、そのご婦人はそこまでタフには見えなかった。


実は、こんな経験は初めてじゃない。(むしろよくあると言ってもいい)
でも、そんな時たいてい、真後ろに立ってるのは恰幅のいいオジサン(およびオニイサン)。今回のように、うら若き女性だったのは初めてだ。

そして、何がイケなかったのかと、キョロキョロあたりを見回すのは、決まって私だけ。

何も考えずに通路をふさいでる人は、結局何が起こったのかさえ気づかず、はじっこに立ってる人間ばかりが、そのトバッチリを受けてドギマギする。


ぶつかる立場になって考えてみるに、やはりコワそうな人間を避けて、弱そうな方を選ぶのは理解できる。たとえ無意識だとしても。(いや、無意識だからこそ?)
しかしその理論で行くと、私はその女の子より弱そうに見えた事になってしまう。

もしかしたらこの現象には、私が考える以上のもっと深い要因があるのだろうか。

それとも……。

よっぽど私が、弱そうに見えるのだろうか。(T_T)

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2006/05/25

ディズニーランド

06roberiaトランス雑記その13

ディズニーランドと言っても、今回は浦安にある、あの「東京ディズニーランド」の事ではない。
(実は、まだ行った事ないんです)

昔のテレビ番組の事だ。

幼少の頃、テレビがまだ珍しかった時代。
近所のお宅で観せてもらっていたのが、「ディズニーランド」だった。


ディズニーの映画やアニメの番組で、確か金曜日の夜。
プロレス中継と隔週で放送されていた。(スポンサーは三菱電機?)
2週間に1度のその夜を、心待ちしていた記憶がある。

ほどなくして我が家にもテレビがやって来るのだけれど。
ケーブルテレビで、観たい時にアニメが観られる現在とは、隔世の感がある。


その後、成長した私が「ディズニーランドはアメリカにある」
という事実を理解した時には、少なからず嘆いたものだ。

その当時のクイズ番組の賞品は、最高でも「夢のハワイ旅行」まで。
アメリカ旅行など、思いもよらない話だったのだから。

その現実を受け入れ、諦めるのにかなりの努力が必要だった私は、未だに「ディズニーランドはアメリカにある」という意識が抜けない。


なかなか浦安にまで足が伸びないのは、その辺に理由があるのかもしれない。

'04年7月1日

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2006/05/22

缶チューハイ 一杯ほどの

Kan_tyuhai去年、5/26付プチ不運でも書いたけれど。

チョッピリ私は運が悪い。
当然、懸賞やクジには縁がない。

でも、一つだけ相性のいいクジがある。
それは、セブンイレブンのスピードクジ。

まぁ、当ると言っても缶コーヒーとか栄養ドリンクのたぐいだから、もともと確率は高いんだろうけれど。やっぱり、当れば嬉しい素直な私。


うふ、実は先日も当たったんです。

凍結何とかっていう缶チューハイが。
ビール党の私(はい、ミエをはりました。発泡酒ですね)は、あんまり飲まないんだけど、それでも貰えるんだったら、ありがたく。

ただ、そんな時つい「こんな事で、運を使い果たして良いものだろうか?」と、脅えてしまうのが小心者の悪いクセ。
イイ目にあったら、その分悪い目にもあっちゃいそうな気がするの。


当日も、後で打合せに行く予定になってた。
駅に着いたら発車したばかり。っていうのがいつものパターンなのに。
その日はタイミング良く電車が来た。(しかも座れたし!)

「もしかして、今日は良い日なのかも♪」

と、油断し始めた時、年輩のオジサン(注:私より)が、隣の隙間に強引に割り込んできた。しかも、たたんだ新聞をめくるたびにゴソゴソ動いて、落ち着かないったらありゃしない。
その上、駅に着いて乗り越し精算機の行列に並んだら、それはJRの乗り換え用。
出口は別だった。(そっちは空いてたのに)(T_T)

これで350ml中、200ml分くらいの運は減ったのではないだろうか。


肝心の打合せは、つつがなく進んだからいいんだけど。
問題は帰りの地下鉄。
ボンヤリと、もと来た道を戻ったら、反対のホームに降りてしまった。
(行きと逆方面じゃないと帰れないんでした)

これでメーターは、不運の方に大きく傾いた。

……かに見えたものの。これまたスグに、電車がやって来て。
運勢グラフの曲線は乱高下。

さらに、運動と思って急行停車駅で降りたのに。
止んだと思った雨がまた降り出して、傘を差してのウォーキングに。
なのに、家の近くまで来たら止んじゃった。


缶チューハイ、一杯ほどの運、不運。
いったいその日、運の収支決算はどっちだったのだろう?

ま、こうしてネタにできたんだから。
やっぱり良い日だったのかしらん?

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2006/05/19

恐れ/畏れ/虞れ

06bell「おそれる」を、漢字変換すると。

恐れる
怖れる
畏れる
虞れ・る

なんかが候補に上がる。

これが国語辞典だと、「恐れる・畏れる」。
(「畏」は常用漢字じゃないみたい)
「おそれ」だけだと、「恐れ」と「虞れ」。


今回、辞書を引いてみて驚いたのが、この「虞れ」。

「しんぱい」って意味の場合はこの字らしい。
だったら、天気予報なんかで「雷のおそれ」「洪水のおそれ」と書く時はこの字になるのだろうか。
……なんてね。(私の辞書にはこの字しか載ってないんだけれど、@nifty辞書には「『虞れ』とも書く」とありました)


さて、残るは「恐・怖・畏」
「恐怖」は「おそれること」「こわがること」でいいとしても。
「畏怖(いふ)」は「おそれて かしこまること」。

「畏怖の念」「畏敬の念」とは言うけれど、「恐怖の念」とはあんまり言わないし。
同じ怖がるんでも、微妙に違う。


さらに漢和辞典を見てみると。
「畏」には「いましめる。かしこい。もったいない。かしこまる」の意味も。

女性が手紙の末尾に書いて敬意を表す「かしこ」も、漢字だと「賢・畏」なんだそう。
(これも私の辞書だと「畏」だけ)
「ありがたくもったいないさま。おそれ多くも」の「かしこくも」は、「畏くも」。
(神社の「祝詞(のりと)」で言う「かしこき」もそうなのだろうか?)
どうやら、「自然や神など、威力・霊力を備えているものに対して脅威を感ずる」のが「畏」のようだ。


こうやって調べてみて思うんだけど。
「畏」が常用漢字にないのって、ちょっともったいないような気がする。

そして、やっぱり「畏れ」の気持も大事にしたいような気がする。

Jisyo
 
三省堂国語辞典
昭和49年発行と
明解国語辞典(三省堂)
昭和40年発行

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2006/05/16

横浜一人歩き

Yamasitakouen近くて遠い街、横浜。

今までにも何度か行った事はあるけれど。

でもそれは、いつもそこで何かをするため。
その目的が済めば、そそくさと帰ってた。

例えば1989年開催の"横浜博"の時とか。(あれから16年も経ってるなんて驚き!)
帰りに"そごう"を覗いただけだったし。


電車に乗っている時間は正味一時間半くらい。(乗り換え時間をいれても二時間ほど)
行こうと思えば行けない距離じゃないのに。
出無精な私は、やっぱり目的がないと足が向かない。

外人墓地や洋館。元町に中華街。
だからその街は、なんとなく憧れるだけの街だった。
いつかは、そこをブラブラと散策してみたいと思いつつも。


ところが、先日とうとうそれを実行する事ができた。

Kenminhallこのゴールデンウィークに開催されていた「Virtual Beauty EXPO」横浜展(横浜県民ホールで行われた、アジアのCGアートの展示会「ASIAGRAPH 亜州芸術科学学会」にEXPOも招待展示されてました)
その片隅とはいえ、立派な会場に展示されている自分の作品。
そうそうたる作品に囲まれて、さぞや肩身の狭い思いを……。せめて一目見てあげようと、単身乗り込んだのでございました。


素晴らしい作品群にひとしきり見とれた後、会場を出ると道路の向うは山下公園。
実はココには、子供の頃父に連れられて一度来た事がある(らしい)。

当時は丁度、写真がモノクロからカラーに変わった頃。
小学四、五年生の時の遠足用に、買ってもらったシャツを着た自分が写っている。
「この写真はどこで撮ったの?」との問いに、「横浜だよ」と教えられた覚えがある。(着ていた服には見覚えがあるのに、連れてってもらった事は忘れてる。子供ってのは薄情なものだ)

そんな思い出に浸りながら(必死で思い出そうとしながら?)、港の見える丘公園を通ってフランス山に。
そこから山を下ったら元町だった。

そろそろ足も疲れてきたし。
散々芝生の上でお弁当を食べてる家族連れを見てたせいで、お腹も空いてきた。
だけど連休とあって、どこも凄い人出。
中華街まで足を伸ばしたけれど、それも徒労に終わってしまった。

思いつくままに歩いてみようと、ガイドブックも持たずに来たのがマズかった。
結局横浜駅で途中下車して、コンコースにあった喫茶店でやっと遅い昼食を。
これだったら、コンビニでお弁当でも買って、海を見ながら食べれば良かったのに。

いくら気ままにといっても。
やっぱり、それなりの下調べが必要だと思い知った私。

でも、ちょっぴりワクワクした、初めての横浜一人歩きだった。
 
Tower
 
 
今だったら
ランドマークタワーかもしれないけれど
自分にとって
横浜と言ったら
やっぱりマリンタワー

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2006/05/13

笑気ガス

06montanaトランス雑記その12

風薫る五月となった。

すがすがしい風に吹かれていると、気持ちまでゆったりとしてくる。
そして、そんな気分になると思い出す事がある。

笑気ガスをご存じだろうか。

それを吸った人は、笑っているような顔になる事からその名がついたらしいけれど。
私も一度だけ経験した事がある。

三十手前の頃だっただろうか、初めて行った歯科医でのことだ。
お約束通り例のウィーンというやつで歯を削る時になって、その医師が言った。

「麻酔を打つ程ではないけれど、神経を削るので笑気ガスを吸入しましょう」

麻酔の注射もそれ自体結構痛いし、麻酔なしで神経を削られるなんて考えたくもない。
注射嫌いの私には渡りに船であった。


……それは酸素吸入の要領で行われた。
が、これといって別段何も変わらない。もちろん意識もハッキリしている。
そうこうしているうちに、いよいよ歯を削る段になってしまった。

「こんなんで大丈夫ですかぁ?」私の中で不安が……広がらなかった。

ちゃんと痛みは感じているんだけれど、不思議な事にそれが苦痛ではないのだ。
なにか、痛みなどという小さな事を不安がるのもカッタルイというか、どうでもイイヤといった感じ……。
そんな、鷹揚な気分になるのだ。

その時、「幸せそうな顔しちゃって……」という看護婦さんの揶揄する声が聞こえた。

失礼な話である。
こちらは笑気ガスを嗅がされて、否応なく弛緩した顔をさらしているというのに……。
頭の隅では「失敬な!」と思う自分がいる。
しかし、そんな下らない事は気にならない、金持ち喧嘩せずの心境になれるのだった。


笑気ガスを嗅いだのは、後にも先にもその時だけ。

「もしや実験材料にされてしまったのかも……」という猜疑心すら持っていたんだけれど。
インターネットで検索したところ、今でも使われているらしく、安心した。

とはいえ、日頃から些細な事に不安がったり腹を立てている私には、あの、なんとも言えないおおらかな心持ちが、懐かしくさえ感じられる。

もしかして、それも笑気ガスの後遺症だったりして……。(笑)

'04年5月1日

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2006/05/10

争いの種は尽きまじ

Erigeron_rabenda前回は、小麦粉の登場と食糧の確保だったけれど。

日本の場合は、主食と言えばやっぱりお米。
八十八夜も過ぎて、いま田植えの準備が進んでいる。


ところで、日本の歴史でまず習うのは、縄文時代と弥生時代。

そんな土器があったなぁ。くらいにしか思わなかったけど。
この二つの時代には大きな違いがあった。

まず、なんと言っても弥生時代に稲作が始まったのが大きい。
それまでは、狩りをしたり木の実を採ったりの採集生活だったものが、田んぼで稲を生産できるようになったのだから。その日暮らしの生活から、計画経済への第一歩を踏み出した、と言ったら言い過ぎだろうか。


今の生活でも、たくさん頂き物があった時。
それが生もので日持ちしないものだったら、「とても食べ切れないし、おすそ分けでも……」なんて考える。
ちょうど縄文時代に、大きな獲物を皆で分け合ったように。

それがもし、保存の効くものだったら……。
「残ったら後でまた食べよ」と、一人占めしたくなるのもまた人情。
貯める事ができるというのは、貧富の差をもたらすという側面を持っている。

弥生時代には、稲作によって生活が安定するのと同時に、それをめぐって争いも起こりだしたという。

どこの田が水を引くか等の駆け引きには、集団が大きな方が有利だし。
集団で農耕するにはリーダーも必要だろう。
そうやって、小さな集落が村になり、国になり、古墳時代に続いていったそう。


のどかだった縄文時代の生活に、稲作が豊かさと同時に争いを持ち込んだ。

その集団が大きくなればなるほど、その文化が発展すればするほど、争いの種が増えていくのは避けられない事なのだろうか。
のどかさと引き換えにしなければ、豊かさを手に入れられないのなら。

世に争いの種は尽きまじである。

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2006/05/07

粉/豊かさの始まり

06kodemari先日の記事「糸へんに込めた思い」。

そこへ、ポージィの花etc.記のポージィさんから
「人間は、『粉』を発明したことによって食糧確保が大きく前進し、栄えることができた(そうだけれど)」というコメントを頂きました。

なるほど!これは調べなくっちゃ。


二大穀物と言われる米と小麦。

お米の粉といえば、オダンゴなんかを作る上新粉になるけれど。
お米の場合は、やっぱりそのまま炊いて食べる方が多い。(一年中柏餅ってワケにも……)

でも、小麦は粉で使われるのが特徴。(麦とろ飯のは大麦でしょ?)
小麦粉の登場で、食生活が豊かになったというのは間違いなさそう。

こねて茹でれば「うどん」や「パスタ」に。
醗酵させて焼けば「パン」にもなるし。
お菓子に至っては、その用途は限りなくある。
(あ、天ぷらの衣とか、お好み焼きも!)


……そもそも、なんで小麦を粉にするのか?

粒のままもみ殻を取るより、石臼でひいた後だったら、ふーっと吹き飛ばせばいいからかな?なんて思ったけれど。
粒のまま食べられるお米と違って、小麦は殻が固いために粉にするんだとか。
(粉にしなけりゃ食べられなかったんですね!)


世界最古の穀物の一つで、最も広い地域で栽培されている小麦。
(すでに古代エジプトでは、石の上で小麦をつぶしていたとか)
コレが食べられるようになれば、メデタシメデタシ。
まさに『粉』の登場によって、食糧が確保されたと言えるのだろう。
(これで私もメデタシメデタシ)


ところで、お米が主食の日本の場合は?
……それは次回ということに。(^.^)

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2006/05/04

初夏の面差し

Haura_right寒い日があったかと思えば。
夏を思わせるような陽気になったり。

春の天気は気紛れ。
なんて言ってられない。

五月六日は「立夏」。

気がつけばもうすぐ「はつなつ」。
初夏である。


三月は、まだ生まれたての「春」。
それが、桜の花が散る四月になって、やっとうららかな「春」本番に。
そうなったら、ボヤボヤしてるヒマはない。
爛漫の春に浸る間もなく、風薫る五月になってしまう。

暦の上では「春」は二、三、四月になるのだろうけれど。
体感的に二月は「冬」だし、八月が「秋」だなんて寂しすぎる。
やっぱり「春」は三月からだと思いたい。

でも、五月が初夏だというのだけは、不思議としっくりくる。
夏じゃないけれど、夏の兆しをはらんだ季節。


春が、おかっぱ頭の愛らしい女の子だとすれば。
その子が知らぬ間に成長し、ある時ふいに大人の顔を見せるような。

初夏は、そんな乙女の面差しをしている。


まだ柔らかくて、初々しい色の若葉。
陽に透けて、光る葉裏のそよぎは、笑いさんざめく少女達のよう。
少しもじっとしていない。
木漏れ日を踊らせながら、すぐに次の季節へと旅立ってしまう。

夏が来る前の、ほんのひと時。


それは、そこにそのまま留めておけないからこそ、輝いて見えるのだろうか。

5_4hyakka_1
 
 
初夏は、
春の花と夏の花が咲き乱れる
百花繚乱の季節。

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2006/05/01

お米

Rabenda_montanaトランス雑記その11

そういえば、今年は五月一日が八十八夜だった。
(※今年'06年は五月二日)

立春から数えて八十八日目。
お米作りを始める節目の日だ。

八十八と書いて「米」だそうで、お米を作るには八十八の手間がかかっている、なんて言われる。


お米を研いでいて、流しに2、3粒こぼしてしまう。

そんな時、とんでもない事をしてしまったような気がして、慌てて拾い集めたり。
それは、子供の頃から「米粒を粗末にするな」と言われていたからだろう。


もう一昔前になるけれど。
冷夏による不作で、米不足になった事があった。

その時政府の政策で、外国米が大量に輸入される事態になったのを、憶えてらっしゃるだろうか。例の「タイ米」である。

それは、ボソボソとした食感でとてもまずかった。

当然消費者にはありがたがられなかったけれど。
お米屋さんでは、そのタイ米とセットでしか日本米を売ってくれなかった。
(そのため、道端にタイ米が捨てられるという、バチ当たりなニュースまで流れた程だ)

ご多分に洩れず、うちにもタイ米があった。

炊きたての「白いご飯」と思うと、とても食べられたものじゃない。
けど、それをドリア風にすれば結構おいしかった。

家内の仕事が忙しい時なんかに、ピンチヒッターで作ったものだけれど。
それもたまの事なので、2〜3年は流しの下に置いてあっただろうか。
(「変なニオイがしてきたら捨てよう」と思いつつ、結局最後までおいしく食べてしまいました)(・o・)


当時まだ小さかったうちの子も、その味を憶えていて時々リクエストされたり。
でも、コシヒカリを「おじや」にしてしまうのはもったいなくて断っていた。

ただ、最近子供の食べるご飯の量が半端じゃなくなってきて。
やむなくお米のランクを落としている今日この頃。
また、アレを作る日が近いのかも知れない……。

'04年5月14日

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