« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006/06/30

水先案内人

6_10aka2000号達成を機に
サイトがリニューアルオープンされた
デジタルクリエイターズさん

今回は4月11日[#1955]に掲載していただいた一文をUPしました


………………………………………………………

●水先案内人

デザイン会社にいた若かりし頃。
私が机に向かってイラストを描いていたら、そばで見ていたコピーライターの女性がこう言った。

「イラストはイイわよね。みんなに見てもらえて……。」

「……え?」

その時、私はその意味が分からなかった。でも、描きながらその事を考えているウチに、その人が何を言いたかったのか、なんとなく分るような気がしてきた。画像は「見る」だけで済むけれど、文字は「読む」というプロセスが必要。

タイトルなどの大きな文字は読んでもらえるけれど。やはり細かい本文の文字は、「読もう」という気になってもらわないと読んでもらえない。

もしかしたら、そんな事を言いたかったんじゃないだろうか……。そしてその時に、自分はイラストの役割を知ったような気がする。

書店に平積みされている単行本を何となく見ている時。タイトルと一緒に、やはり表紙の絵や写真が目に入る。そこに惹かれるものを感じた時、初めてその本を手に取るのではないだろうか。

雑誌をパラッと開く。その時まず目に飛込んでくるのは、絵や写真等のビジュアルだろう。そしてタイトルを読み、面白そうだと感じた時、本文の細かい文字を読もうという気になる。

そう考えると、ビジュアルというのは一種の水先案内人のような気がする。その本を手に取ってもらう。そして本を開き、肝心の中身を読んでもらうための。

リレー競技でも、バトンをスムーズに受け渡すのは重要な要素。同じように、いかにスムーズに本文にバトンを渡すかが役目のような気がする。

カットイラストの場合、その文章に即した絵が求められる。どんな内容なのかが一目で分かるように。

ただ、全部を説明してしまってはいけないとも思っている。本文を読む前に、絵を見ただけで分ったような気がしてしまうから。

たとえば、話しの途中でやめられたら気になるでしょ?
「ちょっとぉ、言い出したんなら最後まで言ってよ」みたいな。

それと同じで、「え?どういう意味なんだろう」と、ちょっとだけナゾを残しておく。そして、その答えを本文の中で探してもらう……。

なんて、それはあくまでも理想的なパターン。現実は、そんなに甘くはないんだけれど。

それだからこそ、上手くバトンが渡せたと思えた時。そんな時は、一人ひそかにニンマリしている自分がいる。

旅人を無事目的地に送り届け、その背中を見送りながら、案内人がゆっくりと煙草をくゆらせるように。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/27

ありのままに

Nejibanaいつもは25日か26日に更新しているHP。

これまでブログの更新もそれに合わせていたから、回数を1回増やしたりして帳尻を合わせていたけれど。
それが今月は27日の今日に。
よく考えたら、月末ならいつでもいいワケだし、そう思ったら気がラクになりました。


実は、このところ忙しくて。

「忙しいのは3月だった」なんて書いたけれど、それは序盤戦だったよう。
今回の3Dは、前もって時間がある時に準備してあったからよかったけれど、その他のは先週末になんとか仕上げるという有り様。
ほうほうの体での更新とあいなりました。(来月はどうなっちゃうんでしょう)


私のは、一枚描いてナンボの仕事。
当然、お仕事がないと収入はゼロになっちゃう。
だから稼げる時に稼がないと。

ちょっと仕事がないと、「このままだったら、どうしよう」と不安だし。
あればあったで、不思議と重なるし。
描くのは自分一人だから、結局ヒーヒー言うことになっちゃう。
「コレじゃ体にイイわきゃないよ」
(↑古典的ギャグを言ってる場合じゃありませんね)


その上数日前からは、とうとう夏風邪までひいちゃうし。
もう、バテバテのヨレヨレ。

このブログだって、トランス雑記だけでしのぐのもなんだし。
書きためた記事も、もうあと残り少な。これからどうしましょう。

そんなだから、仕事の合間に自分のブログをチェックするだけで精一杯な体たらく。
ありのままに、こんな言い訳めいた記事を書いてます。


それでも今週を乗り切れば、なんとかなりそう(と、思いたい)。
それまでは、来るべき冬にそなえて、セッセと蟻さんすることにいたします。

(ありのままのありは、ありのままだったり?・・・古っ!)(T_T)

Komurasaki3
 
 
コムラサキシキブの花。
この一つ一つが紫の実になると思うと
いとおしさもひとしお。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/24

損な役回り

6_10sanpo_2トランス雑記その16

親というのは損な役回りだと思う。


子育ての最終目標。
それは、「自立した人間」に育て上げる事だろう。

親が面倒を見なくても、立派に一人で生きて行けるようにしてあげなくてはいけない。

「自分でできる事は、自分でしなさい」と、口を酸っぱくして言っても、やろうとしない我が子を見ていると、それは途方も無く遠大な計画にも思えてくる。

しかし、親がいなくてもやって行けるようになるという事は、親が必要ではなくなるという事でもある。


翻って、男女の仲で言えばどうだろう。

ぐうたらで、だらしない男との腐れ縁が切れない女性がいるとする。
いくら周りから「別れろ!」と言われても、「でも、あの人は私がいないとダメな人だから……」などと言いながら、結局ずるずると続いてしまうというのは、よくある話。(それが、ドメスティック・バイオレンスの温床にもなっているという)

逆に、涙なんか見せず強く生きている女性は、愛人が出来た男から、「君は一人でも生きて行けるけど、彼女はオレがいないとダメなんだ」とか言われて逃げられたりする。


事程左様に、「相手にとって、自分は必要である」という思いは、人間関係においてかなり重要なファクターになっているのだ。

それなのに、親は必死になって自立させなくてはならない。
自分から、自分を必要としなくなるように仕向けなければならない人間関係なんて、そうそう無いのではあるまいか。

一生懸命我が子を育てても、一人で大きくなったような顔をして、さっさと自分の世界へ羽ばたいて行ってしまうだろう……。
というのは、我が身を振り返ってみれば容易に想像がつく。


本当に、親というのは損な役回りだ。

……お父さん、お母さん、ゴメンなさい。

'04年8月8日

6_23kufea1
 
 
挿し木したフクシアが
根付いて
花を咲かせました

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/06/21

雨の表参道ヒルズ

Hills先日打ち合わせに行ったのは表参道界隈。

初めて伺う会社ゆえ、送って頂いた地図を見てみたら。なんと、あの表参道ヒルズの近く、というステキなロケーション。

こ、これは帰りに見物してこなきゃ。
ということで、雨の中さっそく行ってきました。


同潤会アパート跡の再開発というだけあって、細長い敷地。
だから、道に面して並んだいくつかのテナントの先に、目指す本館の入口がある。

内部は、三角形を細長くしたような形の吹き抜けに、回廊が廻ってる感じ。
もちろん、エレベーターもエスカレーターもあるけれど、道路の傾きに合わせて回廊自体に傾斜がついてるのがミソ。(表参道って、ゆるやかな坂だったんですね)
そこをグルグル回っていると、自然に地下からてっぺんまで全てのお店が見られるようになっている。(つまり、三角形の螺旋状)

平日のお昼前、しかも生憎の雨とあって、テレビで騒がれていたような混雑がなかったのはラッキーだったけれど。
それでも、決してガラ空きってワケじゃないのがスゴイ。
(六本木ヒルズでもそうだったけれど、トラヤカフェにはいつも行列ができてるのはどうしてなんでしょ)


どこも高級そうでオシャレなお店ばかりだし、こちらは見物にきたプチおのぼりさん。
ひととおり見て回っただけで帰ってきたけれど。

「参」の字をデザインしたロゴが入った金太郎アメ(300円なり)と、600円のパンプキンクッキー。
お手頃価格のお土産は、しっかりゲットしましたよん。

Hills_miyage
 
 
お土産を入れてもらった手提げ袋。
ロゴがエンボス(浮き彫り)になってるのもオサレ♪
 
●二日違いでヒルズにいらしたポージィさんにトラバさせていただきました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/18

父の日に寄せて

Maruta今日は父の日。

どこに行ってもカーネーションだらけだった母の日に比べると、地味なのは仕方ないのかも。

自分が子供だった時を思っても、これといって何もしなかったような気がするし。


もともと、父とはクールな関係だった。

別に、仲が悪かったというワケじゃないんだけれど。
親子喧嘩をした覚えもないし、そこまで強い感情を抱いていなかった。

聞くところによると、長兄の頃は厳しい父だったらしい。
それが、末っ子の私の頃には、ずいぶん丸くなって。
宴会のお土産に、寿司の折詰めを持って帰った姿とは、別人のようだ。

ただ、厳しかった頃の記憶もうっすら残っていて。
反抗心が芽生えなかった代わり、甘えようとする気持もなくしたのかもしれない。


去年のおねだりでも書いたけれど、私はおねだりをしない子だった。
だから、父にとっては可愛がり甲斐のない子だったと思う。

この前、父に横浜に連れてってもらった時の写真を思い出したけれど。
それを見て意外に感じたのは、自分が覚えていない事だけではなく、父と二人だけで行ったと聞いたから。
きっと、「断る理由がない」という理由だけで付いて行ったのだろう。

その道中の居心地の悪さを想像すると、苦笑いが込上げてくる。
それは、新入社員だった私が、初めて一対一で上司に飲みに誘われた時のような、気詰まりさだったのではないだろうか。


そんな父との関係が変わったのは、他の兄弟が結婚して家を出た後。
会社勤めを始めた私と、両親との三人暮らしになってからだ。

ちょうどその頃は、家を新築したばかり。
私が早めに会社から帰れた時には、買ってきたケーキをその応接間で食べてみたり。

ソファーに座って、紅茶をすすりながらケーキを食べる。
クリスマスでも誕生日でもないのに。
そんなおままごとのような事をしたのは、子供の頃できなかった事をやり直したかったのかもしれない。

暮には一緒に駅前まで行って、お正月用のしめ縄や輪飾りを買って。
そんな事の一つ一つが新鮮だった。

私が大人になって、初めて訪れた自然な父子の時間。

それは、長兄一家が同居するまでの、ほんの一、二年だったけれど。
賑やかだった我が家に束の間現れた、蜃気楼のような静かな時間だった。

その後、会社勤めに挫折した私は、結局結婚するまで実家にいた。
敷かれたレールの上を歩く事しか考えなかった私にとって、初めて経験した大きな挫折。
でも、そんな私が羽を休められたのは、まぎれもなく父のいる家だった。


子供の頃、おねだりができなかった自分だけれど。
私は大人になってやっと、父に甘えられるようになったのかもしれない。

お彼岸のお墓参り。
ひとり墓園の長い歩道を歩きながら、そんな事を考えたりしている。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/15

カッコウの巣の上で

Hotarubukuroトランス雑記その15

爽やかな鳴き声で、唱歌でもお馴染みのカッコウ。

しかし一方、それは「托卵」の習性を持つ事でも知られている。

他の鳥の巣に卵を産みつける。
そして、その卵から孵ったヒナも、巣にある他の卵を落として、ちゃっかり本来の主人(あるじ)の子供になりすますというのだから。なんとも親子揃って嫌なヤツである。

我が子が替え玉であるとも知らず、せっせと餌を与える親鳥の姿は哀れを誘う。


話は変わるけれど。
子育てで、子供に手を掛け過ぎるのは良くないと言われる。

それは分かっていても、テキパキ片付かないと気が済まない私。
自分でやった方が早いと、つい先回りしてアレコレやってしまう。

「のどが渇いた〜」と言われれば冷蔵庫を開け。
「ごはん〜」と言われれば、つい茶碗を受け取ってしまう。

条件反射的に体が動いてしまう、我が身が哀しい。

今はまだ、かろうじて母親より小さいから許せるけれど。('04年当時)
高校生にでもなれば、私より大きくなるだろう。
(なってもらわなくては困る)

そうなった時の事を想像してみると……。

自分より巨大になっても、まだヒナの世話をし続ける哀れな親鳥。
そんな姿がオーバラップしてくる。

……ヤバい。

そうなる前に、ここは一つ何か手を打たなければ……。
と、今になって慌てだした私である。

'04年8月5日

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/06/12

水のないプール

Pool_tuyuウォーキングの帰り道。
市民プールの脇道を通ったら、プールの水が抜かれていた。

あぁ……。
あれから、もう一年経ったんだ。


ウォーキングを始めたのは、医師の勧めで仕方なく。
だから、飽きないようにと時々コースを変えたり、色々工夫していた。

それがやってみると、歩くこと自体が気持良くて。
ほどなく多摩川べりのサイクリングロードが定番になった。

風に吹かれて土手の道を歩き、いつもの所で下りると市民プールの横道に出る。

5月に始めてしばらく経った頃、その市民プールの碧く濁った水が抜かれていることに気がついた。
やがて、アルバイトの監視員らしき若い人が、レクチャーを受ける姿を目にするようになって、梅雨明け前のある日、子供達の歓声でプールが始まったことを知った。


その頃、一つの不安があった。
梅雨になったら、せっかく軌道に乗ったウォーキングもできなくなってしまうのだろうか。

しかし、それは杞憂だった。
いくら梅雨と言っても、雨が降りっぱなしでもない。止み間もあるし、梅雨の晴れ間もある。
そのタイミングを見計らえば、歩く事はそれほど難しくはなかった。

問題は梅雨が明けた後。

何しろ暑い。
お日さまは、てっぺんから照りつけるし、いくら帽子をかぶってても頭がクラクラしてしまいそう。
朝だって7時頃にはもうギンギンだし。
そこで、晴れた日だけ時間を夕方に変更し、コースも変えて、並木道の日陰を歩くことにした。

そうやって夏を乗り越え、またいつものコースを歩いてみると。
透明だったプールの水は一週間ほどで濁り始め、二週間も経つとすっかりその透明度を失った。

そして秋も深まり、水面に浮かんだ落ち葉が沈む頃、冬が来て。
日なたぼっこする鴨たちの姿が消え、プール脇の草の茂みも消えた。


冬枯れの中のウォーキングは侘びしかったけれど。
でもそんなのは、芽吹きの春になれば忘れてしまっていた。

枯れ草から顔を出した小さな芽。
目を奪われたフェンス沿いの桜並木。
日毎に濃くなる若草の色。
春が暮れて、そこに身を置くだけで心地よかった初夏。


そしてまた、めぐって来たこの季節。
もうすぐ夏が来る。

振り返れば、プール脇のこの小道は、いつもさりげなく季節を告げていた。

Sakura_pool_miti5_10pool_miti
 
 

 
 
四月にはグラウンドのフェンス沿いに桜が咲き、五月には隣の原っぱにシロツメグサの白い花が。
今は、そこも背丈のある夏草に覆われています。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/09

おませさん

5_24kasumiどうやら、差し芽していた小菊から、根が出て来たようだ。

先日のよく晴れた日。
私は、その苗を小さなビニールポットに鉢上げしていた。

すると、頭上から「チュンチュン」と雀の鳴き声がする。しかも、いやに間近で。

見ると、ほんの2mほど離れたコノテガシワの細い枝に、一匹の小雀がしがみついていた。
それは、まだフワフワした綿毛も抜け切れてなくて。
ポワンとした、雀を白っぽくしたようなヒナだった。

また、あの季節がやって来たらしい。


私が植え替えをしてたのはバルコニーの端っこ。
しかも、植木の陰にしゃがみ込んでの作業だったから。
そこに人間がいるなんて、気づきもしなかったようだ。

その瞬間、視界の隅をバササ……っと、もう一羽の鳥が飛び去って行った。

ははぁ、親鳥も一緒だったのか。
こちらにとっては嬉しい驚きだけど、いないと思ってたんならビックリもするだろう。

取り残されたヒナは、心細げにただ「チュンチュン」と鳴き続けている。
でも、私がしばらくその綿毛に見とれていると、とうとう決心がついたらしい。
そのヒナも、親鳥がいるとおぼしき場所へ飛んで行った。

クチバシや足が黄色い雀は見た事があるけれど、綿毛に包まれたのを見たのは私も初めて。
こんな幼い時から飛行訓練とは。
幼児教育が盛んなのは人間の世界だけじゃないようだ。


なんとなく嬉しくなって、ついでに他のコンテナの植え替えもしようとした時。
ふと横を見ると、今度は小学生くらいの女の子が、格子戸越しにこちらを向いてしゃがみ込んでいた。

……アラ、見てたのネ!(←コレがわかったら、アナタもお仲間♪)

共用廊下がないこのマンション、そこを通る人はいないハズなんだけど。
「どうしたの?」と声を掛けた。
すると、「隠れんぼしてるんです!」と、大人びた口調で答える。
(はいはい、そうだと思ってました)

そして、どこかから聞こえて来た「もういいかい?」の呼び声に、「もういいヨ!」とぞんざいな返事を残して行ってしまった。
それはまるで、「ヤレヤレ、とんだジャマが入ったワ」とでも言うように。


はぁ……。やっぱ、おませなのは人間の方が一枚上手みたい。

雀と人間、両方のおませさんがいっぺんにやって来るなんて。
あまりのタイミングの良さに、思わず苦笑いの昼下がりだった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/06

インディアン

5_25_2トランス雑記その14

この前は、「ディズニーランド」という子供時代のテレビ番組にまつわる思い出だったけれど。

その頃は、国内で製作した番組が少なかったせいか、外国製ドラマが花盛りだった頃でもある。

「パパは何でも知っている」や、「パティ・デュークショー」など、懐かしい番組がたくさんあった。(「奥様は魔女」は、ちょっと後になってからだと思う)

「ローンレンジャー」、「ライフルマン」といった、西部劇もいろいろあったけれど。
勧善懲悪のそれには、お決まりのように悪役のインディアンが登場していた。


人種差別などという言葉さえ知らなかった子供の頃。
その時の自分には、悪い奴としか映らなかった。
そして同時に、主人公に感情移入していた私は、当たり前のように自分は白人だと思っていた。
(だって日本語しゃべってるし)

見た目は、どう見てもインディアンの方に近いのに。
子供の理解力とはそんなものなのだろうか。
あるいは、それがメディアの力なのだろうか。


当然、成長してからその事実に気がつく訳だけれど。
そのときの衝撃は、言葉にできないほどだった。

「白人=良い人=自分」

と、何の疑いも無く信じていたのに。
自分は有色人種で、悪者だと思っていた方の仲間だったとは……。


それは、悪の権化ダースベイダーが、自分の父親だと知った時のルークの心情と、程度の差こそあれ、同じ種類のものではなかったろうか。

'04年7月5日

追記:“ダヴィンチ・コード”によると、強烈な先入観が、脳に見て見ぬふりをさせるそうでございます。

5_25_3
 
名前も知らない野辺の花。
上の写真のピンクの他に
白い花もありました。

「みんなちがって みんないい」(^^)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/06/03

繭の中の世界

5_25_1もう、ずぅっと前のような気がしてしまうけど。

ゴールデンウィーク。
実家にも顔を出して来た。
母の日には早いけれど、誕生日が4月だから。
いつからか、GWに行くのが恒例になってしまった。

昼間からビールを飲んだりして。
いい気持になったところで、散歩がてらに外へ。


考えてみれば、もう何年も近所は歩いていない。
駅から実家までの道を、ただ往復するだけ。
かつて自分の世界は、そこだけだったのに。

中学生になる時に一度引っ越ししたものの、同じ町内を移動しただけだし。
その町は自分が生まれて育った所だ。

以前住んでいた家の前は、両端がT字路になった路地。
大人になってからそこを通ったけれど、記憶していたよりずっと狭くて驚いたものだ。

両側に6軒ずつ家が並んだ、こじんまりした空間。
だからそこは、子供が遊ぶには格好の場所だった。
ロウセキで絵を描いたり、なわとびをしたり。
自転車を練習したのもそこだった。


それが成長するにつれ、だんだんそのテリトリーも広がって。
自転車で遠出をするようになると、その範囲はもっと広がった。

すると、幼い頃は狭いながらも密だったその地図は、行動半径が広がるにつれてだんだん粗くなり、中心から放射状に伸びる線に変わった。
そして、その線は所々で交差して、少しいびつなクモの巣状の編み目に。
目的地が遠くなった代わりに、その途中はただの風景へと。
やがて大人になると、もはやその糸の上を移動するだけになってしまった。

でも自分は今、その原点とも言うべき糸口にいる。


何年かぶりにこうやって歩いてみると、頭の中の地図と、現実との違いに唖然とする。
まるで箱庭の中を歩いているようだ。
シゲオ君ちにタアちゃんち。アキオ君の家もある。
でも、何かが違う。
頭の中の地図は緻密でも、何年も広げないでいる内に、黄ばんでしまったようだ。

けれど、きめ細かく編み込まれたそれは、切ない柔らかさで包んでくれる。
その感触は、羽化する前のさなぎが、やすらかな惰眠をむさぼる繭の中に似ているのだろうか。


帰り際、その路地に目をやると、さっきまでいなかった幼い兄弟が遊んでいた。
その子達にとっても、きっとその路地は世界の全てなのだろう。
あの頃の自分のように。

もう、その世界の住人ではなくなってしまった自分。

そんな自分は、そこに入ってはいけないような。
そんな気がして、そそくさと地図をたたんだのだった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »