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2006/08/30

きぬぎぬの別れさまざま

Nyekoある日のウォーキング中、猫に出会った。
とりあえず、ニェコに会ったらご挨拶。

「ナァ〜オン」

するとどうだろう。
その猫も、口を精一杯開けて挨拶を返してきた。

以前、世田谷に住んでいた頃は、とにかく猫が多かった。
挨拶が済み、おたがいの意志を確認した後は、当然ナデナデタイム。
しばし毛皮の感触を楽しんだものだけれど。

その後引越すたびに見かける回数も減っていき。
このところ無視されてばかりの私には、数年ぶりの事だ。

淡いベージュの毛並みに薄いブルーの瞳。
柔らかい胴体の感触と、ピンと立てたシッポの対比も心地よい。
ひとしきり撫でさせてもらい、至福の時を過ごした。


もちろん、節操のないこの私。そのお相手はワンちゃんの時も。
(ただこの場合、事実上放し飼いはあり得ない。当然、回数も限られる)
そんな中、忘れられない犬がいた。

ハスキー犬だったのだろうか。
まだ大型犬ブームにもなっていない頃。その姿は高貴ですらあった。
首輪を付けてはいたものの、飼い主さんの姿は見えない。
それは、スキを見てお城を抜け出した王子さま、といった風情だった。

その大きさに、さすがに撫でたかどうかは覚えていないけれど。
家に帰ろうとする私の後を、ピッタリ着いて来た。
「どうしよう……」

猫と違って、犬はツメを引っ込めない。
カッカッカ……。
アスファルトに響くツメの音は、その時の困惑と共に、今でもハッキリと思い出せる。

ところが、あれほど嬉しそうだったのに。
一緒に家まで辿り着いた途端、態度を一変させた。
その様子は、「あ、アパートですか」とでも言いたげ。
サッサときびすを返して帰ってしまった。

……ひどい!
その時、私はその犬が「ケッ!」と言う声を聞いたような気がした。


それはそうと、例の猫との出会いから数日後。
また同じ場所で再会する事ができた。

二度目という事もあって、最初から腹見せモード全開。大いに盛り上がった。
眉間や喉元といった、ピンポイント攻撃を得意とする私も腕を振るう。

しかし、そろそろ潮時と私が立ち上がると、サッと居住まいを正す。
それは、まるで何事もなかったかのよう。

……まさにイイ女。

いつもながらに、あざやかな猫のこの別れ際。
角まで歩いたところで振り返り、つい手を振ってしまった私の方が、よほど修行が足りないようだ。

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2006/08/27

こころ平らかに

Oridururanつい最近、またボキャブラリーが増えてしまった。

本棚の文庫本を読んでいた、ある雨の日。
「心平らかに」という表現にぶち当った。

はて、これは?

「たいらか」じゃ赤ちゃん言葉みたいだし。
そもそも読み方がわからない。
「やすらか」でもないし「おだやか」でもないし。

読みがわからないんだから、頼るのは漢和辞典。
でも、部首といったってどれなんだか。
五画を調べても出て来ない。

これでは仕方ない。
何かヒントがあるかもしれないと、三省堂国語辞典を引いて驚いた。

【平らか】
(1)高低が見えないようす
(2)おだやか。例「心中平らかでない」

あら……。まんま「たいらか」でいいらしい。
たしかに凸凹がなければ穏やかで平穏な感じがする。
でも、こんな言い回しがあったなんて。
(ちなみに、「お平らに」でアグラをかくことだそう。例「どうぞお平らに」)


それだけでも、ちょっと得した気分だったのに。
ついでに次の項を見て、またまた驚いた。

【平らげる】
(1)敵をしたがわせる、乱をしずめる
(2)ぜんぶ食べてしまう

(2)の意味でならよく使うけれど。
(1)の意味が転じての事らしい。

テレビの大食い選手権では、もはや対峙した食べ物との格闘のように見えるけれど。
(「フードバトル」なんて番組もあったような)
それも案外、的を射てるのかもしれない。


そういえば、自分にもそんな経験が。

以前、義父に和食のお店でごちそうされた時。
いいネタが入ったらしく、鱧(はも)づくしで辟易した事がある。
もともと魚介類は苦手で、ウナギでさえ食べない私。
(でも、ひつまぶしは好きなワガママさん♪)
その親戚なら、なおさら疎遠な私の、その時の心境はまさに「平らげる」であった。


やさしい事を「平易」だなんて言うけれど。
なかなかどうして、「平」の字も奥が深い。

もし、この先私の記事中に、「心平らかに」が出て来たら。
「ははぁ、早速使ったな」と思っていただきたい。

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2006/08/24

思い出作り

Omoide1お盆休みのある晩。
家内が明日ランチに行こうと言い出した。

実家には行っちゃったし、プールはお盆休みに入る前に行っちゃったし。
余裕のある今のウチに、夏休みの思い出を作ろうという事らしい。

以前、友人と地下鉄の駅近にあるお店でランチをしたところ、美味しかったのだと言う。
なんでも、1,000円でデザートのケーキまで食べ放題のバイキングだとか。

赤坂の溜池山王まで行くのは大変だけれど。
夏休みのイベントとしては丁度いいかもしれない。
「それだったら近所のロイヤルホストの方がイイ」と言うウチの子には、「東京見物だと思って」と説得した。

ただ、一つだけ不安材料が。
土日が休業のそのお店、はたしてお盆休みに営業してるのだろうか。
でもま、赤坂なら以前の勤務先。
土地カンもあるし、その時はなんとかなるだろう。ということで、見切り発車した。


見事に晴れ渡った、海水浴日和のその日。
「こんな日にランチに行くのはウチくらいじゃない?」
そうボヤきながら、言い出しっぺの家内の案内で現地に行くと。
……案の定お休みだった。

仕方なく地上に出たものの、そこがどこだか皆目わからない。
だいたい、当時「溜池山王」なんて駅は無かったんだから。
大昔の土地カンなんて、日々変容する大都会では何の役にも立たなかった。
ビルの谷間を彷徨う一家に、容赦なく夏の日射しが照りつける。

そこで私は閃いた。「表参道ヒルズに行こう!」

新宿に戻るくらいなら、表参道で途中下車したって同じ。
その提案は、以前私が行った時、散々羨ましがっていた家内の心を動かしたようだ。

しかし、その時は雨の平日。晴れた休日の人混みは半端ではなかった。
とても食事どころの騒ぎじゃなく、近くのセルフサービスのお店に入ったけれど。
「もう、東京見物はヤだ……。」と言う息子のつぶやきが、私の胸に突き刺さる。

ふと目を遣れば、ガラス張りの窓から見えるのは、GAPのビル。
かつてそこは、あのセントラルアパートだったのに。
家内は、そこにあった会社の内定を蹴って……私と知り合ってしまった。
それもまた、運命のイタズラか。
(だから今、不満そうにスパゲッティを啜る君がいる)


不発に終わった思い出作り。老兵は消え去るのみである。

ほうほうの体で特急停車駅まで帰り、後は家までタクシーで、となった時。
「カラオケして帰ろう!」と家内が最後のアガキを見せた。
ところが、考える事は皆同じらしい。行ってみたら1時間15分待ち。
……最後に残った、いちるの望みまで断たれてしまった。


恐るべしお盆休み。
こんな時は、気軽に出歩くもんじゃないとの教訓を得た。

しかし、結構手近で夏休みを済ましてる人がいると知ったのも、また今回の収穫だった。

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2006/08/21

ウチのウチワ

Utiwaこの時期、私が家の中で持ち歩いてるのは、タオルとウチワ。

パソコンを使ってる時には仕事部屋のエアコンをつけるけれど。
室温が下がるまでの間扇いだり、タオルで汗を拭いたり。

昼寝の時も、寝入りばなや寝起きの時には汗が出る。
扇風機を回しても、首を振るから。
(風に当りっぱなしは良くないでしょ?)
「あぁ、涼しい」と思っても、スグに通り過ぎちゃって。
また戻って来るまでがじれったい。

その点、ウチワなら微調整も自由自在。
パタパタ扇ぐのにも疲れた頃、ウトウトしてくる。


そのウチワ。

旅行中、街中を歩いている時にもらったもの。
美容院の宣伝用に配られていたもので、「カット 1,800円」とか書いてある。
どうやらそれを持参すれば、サービス料金になるらしい。

宣伝用とはいえ、赤地に白抜きの文字がなかなかにオシャレ。
で、私は何となく気に入って使っている。


つい先日、テーブルの上に置いてあったそれを見て、ウチの子がこう言った。
「これを持って行けば安くしてもらえるんだって」

「ははは、それは去年の旅行でもらったヤツでしょ?もう期限切れだよ」
私がそう答え、まだまだ子供だなぁ……と、余裕の笑みを浮かべていたら。

「は?4年前でショ。平成14年9月末までって書いてある」

(げ!もしかして、その前の旅行の時の?)

人の(いえ、私の)記憶というのはあてにならないものだ。
もう4年も使っていたのか。

その後、さらに息子の一言で形勢は逆転した。
「あは♪セロテープまで貼ってある」

「……ウソ!?」
だが、奪い取ったそのウチワは、たしかに破れ目が丁寧にテープで繕われていた。
よく見れば、それ以外もアチコチ印刷が擦れているではないか。

なんという事だろう。これではオシャレもクソもない。
私は、その満身創痍のウチワより、それに気づかなかった自分に打ちのめされた。
花を愛で、美しいものをこよなく愛する人間だとばかり思っていたのに。
ボロウチワに気づきもせず、いや、そのライフスタイル自体になんの疑問も感じなかったとは。


美に耽溺する自分と、タオルとウチワを持ち歩く自分。
その両者が、なんの違和感もなく仲良く同居している。

……おそろしい。

いっとき、そんな物思いに沈んではみたものの。
しかし明日になればまた、私は躊躇なくそれを手に取るのだろう。

(だって、他のウチワ出すの、メンドくさいんだモン♪)

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2006/08/18

見知らぬわが子

Yamatosijimiお盆ということで、今年も実家に行って来た。

その帰り道。
ターミナル駅まで辿り着いた私達一家は、快速電車に乗り換えようと、ホームを急いでいた。

発車まで数分の車内には、立っている人もチラホラ。
とても三人で座る席はなさそう。
早足で歩きながら、とりあえず空席があったらバラバラに座ろうという話になった。

するとウチの子は、「年とってンだから先に座れよ」と言う。
「失礼な!」
しかし、すでに席取りモードに入っていた私は、そんな挑発に乗っているヒマはない。
意に介さず素早い行動に出た。

いつも通り、最初に見つけた空席に子供を座らせ、自分の席探しに取りかかる。
家内も、向いのシートでなんとか確保したようだ。
後は自分だけ、と思ったけれど、これがなかなか見つからない。

これじゃぁ仕方ない。
三人の内二人座れれば、勝率六割六部六厘。
ツアコンとしては、まあまあの戦績かな?

なんて思いながらウチの子の前に戻ると、「座りなよ」と私に席を譲ろうとする。
あ、さっきのは口だけじゃなかったんだ。

戸惑いながらも、言われるまま席に座って見上げた息子は、少し大人びて見えた。


よく、西洋では親が座り、子供は立たせるらしいけれど。
(イギリスには「子供は犬のように躾ける」なんて言葉まであるそうだし)
でもそれは、個室やファミリールームがあるようなお国だからのような気もする。
(私が子供の頃は、ふすま一枚隔てた隣の部屋で、息を殺して来客が帰るのを待っていたし)
高床式の住居で、身を寄せあって生活している民族はそうもいかない。

なにより、その方が楽なのだ。
電車の揺れで転ばないか、周りに迷惑を掛けないか。
そんな心配をするより、とりあえず目の前に座らせとけば安心できる。
精神的疲労より、肉体的疲労の方がマシという訳だ。

小さかった頃、外の景色さえ見せておけば、大人しくしていたのも助かった。
ただ、空席がない時は、ダッコしなければならない時もあったけど。
(当時の駅や車内では、ベビーカーをたたまなきゃいけなかった)
それが少し大きくなって、立ったままドアの窓に背が届くようになった時は、肩の荷が下りた気がしたものだ。


……そんな事を思い出しながら、ふと目を開けると、もうそこにウチの子の姿は無く。
慌ててあたりを見回すと、ドア一つ隔てた向こうのシートに、チャッカリ(いや、シッカリ)空席を見つけたようだ。
すました顔で、一人座っている。

あぁ……。知らない間に成長したもんだ。


電車が最寄りの駅に着くまでのしばしの時間。
乗客の間から、時折見え隠れするわが子の姿。

それは、私がいつも見慣れているのとは、違う顔をしていた。

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2006/08/15

花火の夜は

Hanabi普段は静かな家の周り。

各駅停車しか止まらない駅からウチまでは、ほぼ一本道だ。

それが二股に分かれ、ちょっと歩いた先の路地を入った所に我が家はある。(閑静な住宅街と言えば聞こえはいいけれど、要は田舎)

しかし、それが花火の日には一変する。


河川敷で行われる花火大会。
その会場への出入口は限られている。

当日は、そこを目指して一本道を見物客が押し掛けて。
いつも行ってるコンビニも、その日はテントまで出して屋台に早変わり。
レジも長蛇の列になる。

以前、うかつにも花火の日だというのを忘れて車で出掛けた時。
帰りには、車道まで溢れかえった群集で大渋滞。
トンデモナイ目にあった。

だから当日は注意が必要。
外出は早めに済まさないと、陸の孤島になってしまう。


案の定、買い出しに行ったその日も、歩道には午前中から席取りの人がチラホラ歩いてて。
ファッションビルには、浴衣姿の女性客も。
スーパーでは、「花火のお供には……」なんて放送が流れているし。
いつもの店員さんも、今日は浴衣でお出迎え。

なんと言うか、地域全体が浮き足立っちゃってる。
(もちろん私も)


とりあえず、一週間分の食糧を確保すればこっちのモン。
早めの夕食の後は、夜になるのを待つだけだ。

引越したばかりの頃は、2回も会場に足を運んだけれど。
(なにせ出入口が限られてるから、一度入っちゃうと出るのが大変)
自宅のベランダからでも見えると知ってからは、それもしなくなった。

ただ、ルーフバルコニーからだと、隅っこに行かないと見えないし。
花火見物は、いつも物干竿のあるベランダから。

外に出した折り畳みテーブルに、枝豆やら何やらを並べて。
缶ビール片手に、暗くなるのを待つのが恒例となった。

(イカ燻は、コレステロールが気になるけれど、この日ばかりは無礼講♪)
 
Doteisu1Dote_isu2
 
 
河川敷と
サイクリングロード脇に
突如現れた観覧席

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2006/08/12

家庭用FAXの盲点

Fax携帯電話の普及で、家庭の据置き電話はFAX兼用機。
というお宅も多いのでは。

その家庭用FAXだけど。
オフィスなどのFAX専用機と送受信する時はつつがなくできる。
でも、家庭用のFAX同士だとまごつくことが多い。


たとえば、こちらから送信する時。
いつもは電話がつながった後、FAXボタンを押してもらい、その「ピー」っという音を聞いてから、こちらもボタンを押す。

でも、それはあくまでも当事者同士の場合。

これが留守番のお子さんや、年輩の方だと難しい。
「ウチのは自動です!」となかなか納得してもらえない。

確かに、ホントの留守だったら、しばらくすると自動受信を始めるので上手くいく。
でもこうした場合、こちらが掛け直すとまた電話に出られてしまって。
同じ押し問答の繰り返しになったりする。

最後には「電話に出ない」ということだけ納得してもらい、留守番機能に切り替わってから送る、なんて奥の手を使ったり。


ところが先日、それさえ使えないパターンに遭遇した。

ご尊父が電話に出られたのだけれど。
例のごとく、「いつもはできる」の一点張り。
噛んで含めるように説明して、やっとFAXボタンを押す事に同意してもらった。

……ハズなのに。
「プー、プー、プー」電話が切れてしまった。

ならばと、再度ダイヤルして、自動で切り替わるのを待ってたんだけれど。
今度は一向に切り替わらない。
(お父様、どのボタンをお押しになったの?)(T_T)


……と、ここまで書いてきて、ある疑念が浮かんだ。

もしかして自分の思い違いだろうか?
不安になった私は、慌ててマニュアルを読み返してみた。

すると。
私が頑に信じていた方法は、電話で話した後に送信する「手動送信」らしい。
そして、その前のページには「自動送信」のやり方が載っていた。

「あっでえぇ〜!?」

番号をダイヤルして、相手が出ない内にFAXボタンを押せばいいのだろうか。
「ピー」っという音がしなければ送れないとばかり思い込んでたんだけど。
(買い替える前のヤツには、確かにそう書いてあった記憶が……ゴニョゴニョ……)

どうやら、謝らなければいけないのは私だったのね。

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2006/08/09

夏をあきらめて

Parasol台風の影響で今日は雨。

ところで、今年は関係無さそうだけれど。
冷夏には、ぐずついた天候といった印象がある。

海やプールに行くんだったら、やっぱり晴れて欲しいし。
夏が待ち遠しかった若い頃。
砂浜やプールサイドで、曇った空を恨めしく眺めた夏は多かった。

ただ、気温自体は平年より2〜3度低いだけで、寒いとまではいかない。
でも、本当に寒い夏があった。
先日のお天気ニュースで思い出したけれど。
1993年の夏は、天気だけじゃなく、実際に寒かった。


昔は夏になると、大磯のロングビーチによく行ったものだ。
それは、家内が割引券を持ってたから。
現金なもので、それが手に入らなくなってからは足が遠のいたり。

しかしある時、再び彼の地を訪れようという話になった。
遅ればせながら免許も手に入れたし、小さかったウチの子に、海を見せてやろうという事になったのだ。


時すでにバブルははじけていたけれど。
不況の波に足をすくわれるには、まだ間があった。
呑気な私達は、たまには「パァッと」と、プリンスホテルまで予約した。

初めて東名高速に乗り、西湘バイパスを走り抜け、ロングビーチを通り越して二宮まで行っちゃったのは御愛嬌。
なんとかホテルに辿り着いた。

……まではよかった。

しかし、予約したのは6月。
その年が記録的冷夏になるなんて思いもしなかった。

ホテルの部屋からは、陰鬱な湘南海岸が見えるだけ。
頭の中では、サザンの「夏をあきらめて」がリフレインしている。

それでも、なんとか一日だけ薄日が差したけれど。
気温は22度。プールの水温は20度だとか。
これでは、厚手のバルキーセーターを着込んだ、冬の暖房の設定温度並み。
裸も同然の水着姿に、吹き付ける風は冷たい。

その時撮ったビデオに映っているのは、冷たい水を嫌がる我が子の泣き顔ばかり。
清水の舞台から飛び下りた親の気持は通じなかった。


その後、場所を変えて一応のリベンジは果たせたものの。
家内には、その記憶が未だにトラウマになっているらしい。
(なんたって、すべては音頭取りの家内の胸一つ)

予約して、天気が悪かったら泣くに泣けない。
それだったら晴れた日に、近場のプールに行く方が気が楽。

考えてみれば、泳ぎに行くための予約をしなくなって、もう10年ほどになる。

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2006/08/06

可愛い看護婦さん

Aka_bara前回病院に行った時は、朝食を食べちゃってたので採血はなし。
それは次回に、という事になっていた。

だから今回は、いよいよその採血の日である。

当日は、朝から何も食べられないのが辛い。
だったら、なるべく遅く起きれば、その分辛い時間も短くなるはず。

と、思ったんだけれど。
夏休みになって起きる時間が遅くなったというものの、やはり六時頃には目が覚めてしまう。

ちょっと腕が寒いなぁとは思ったけれど。
ここはやっぱり、採血しやすいよう半袖のポロシャツでしょう。
着替えを済ませ、歯を磨き、顔を洗う。
でも、その後は何もする事がなくなってしまった。
そこで、時間までソファーで横になる事に。

……どうやらウトウトしてたらしい。
ふと目を覚ますと、もう八時過ぎ。やや慌てて家を出た。


さて、いつものようにお医者さんの診察を受けた後は、別室でいよいよ採血。
若くて可愛らしい看護婦さんが、笑顔で迎えてくれた。
(しばらく来ない内に代わったんですね)

しかし私は、ここでちょっと不安になった。
この場合、お会いしたかったのは注射が上手な看護婦さん。
可愛さより、痛くない方が良かったのに。

とはいえ、腕をゴムで縛ると血管が浮き出てきた。
「あ、いっぱい出てる♪」看護婦さんも嬉しそう。
(その方が注射しやすいんですか?)
だったら痛くないかもしれない。と、ホッとする私。

それにしても、太い注射針の、この斜めの切り口。
これを見て、お正月の門松を思い出すのは私だけだろうか。
(中からかぐや姫が出てきそう)

それが刺さると、ピュッと血がこぼれた。
「あら、元気がいい」。看護婦さんはおっしゃったけれど。
意外な事に、私はほとんど痛みを感じなかった。
(これは……かなり場数を踏んでらっしゃるとお見受けした。)

もしや、さっきからの言動は、患者の不安を取り除くためのものだったのだろうか。

その証拠に、途中で「大丈夫ですか?」と気遣われてしまった。
(注射嫌い、バレちゃいました?)
どうやら注射針を見た時から、私はかなり深刻な顔をしていたらしい。

でも、ベテランとわかればこっちも気が楽。
小さな容器に吸い込まれていく私の血液は、心なしか鮮やかさを取り戻しているようにも見えたのだった。


そうやって無事採血が終わった後は、待ちに待った朝マック。
ソーセージマフィンの美味しかった事。

しかし、家に帰って仕事をしだしたら、猛然と頭が痛くなってきた。
出がけに、腕が寒いと思いながらも、寝てしまったのがいけなかったようだ。
結局、昼食も食べられずに、アイスノンを枕に寝込む事に。

食べる事だけを楽しみにしてたのに。
どっちみち、その日の私は一日二食しか食べられない運命であったらしい。

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2006/08/03

健気さの行方

Minomusi最近、つくづくネタに助けられていると思う。

停滞モードからの建て直しを図っていたら。
スズメは隙間に落っこちるし、蛾は飛び込んで来るし。

そして先日は、とうとうこんなのまで現れた。


ある時、ふと見ると引き出しの側面に、3cmほどの綿ボコリが付いていた。
どこからともなく吹いて来る風に、そよそよと揺れている。

こんな所になんでまた。と、よく見てみると。
その接点からは、なにやらモゾモゾと動くものが。
なんと、綿ボコリだと思ったのは、ミノムシの簑だったのだ。

普通は枯れ草を材料にするんだろうけれど、家の中ではそれも叶わず。
綿ボコリで代用したようだ。
ボロは着てても心は錦。アッパレなその心意気は、健気ですらある。


「ミノムシがいるよ!」
面白そうな事には目がないウチの家族。私の一言で一斉に集まってきた。

しかし、よく見ようとブラインドを開けたり、ウチの子などコンコン叩くもんだから。
身の危険を感じたらしい。コソとも動かなくなった。

「ただの綿ボコリよ。」早々に引き上げる家内。
しばらく粘った息子も、やはり綿ボコリという判断を下したらしい。
おいおい……。
これでは私の立つ瀬がないではないか。

「絶対に、動かぬ(いや、この場合は動く)証拠を見せてやる」。私は心に決めた。

でも、一瞬の後には自分が何をしていたか忘れてしまうこの頃。
忘れてる間に、どこかに隠れられたら大変だ。(もう蛾はイヤ!)
意地からとはいえ、これはかなりリスキーな勝負でもあった。

……だが、私が危うく勝負を忘れかけた時、その瞬間が訪れた。

今度は逃げ切ることに方針を変えたらしい。
ミノムシは、さっきの場所から10cmほど離れた所をウニウニと登っている。
「ホラ、見てごらん」
勝ち誇った私の言葉に、わが子はある種の感慨まで浮かべ、深く頷くのであった。


さて、目的を果した後は、お引き取り願わねば。

「よしよし」。大した抵抗もせず、ティッシュに乗り移るのも好ましい。
その時点で、私はこのミノムシに、少なからざる好意を寄せていたと思う。

にもかかわらず、バルコニーのコノテガシワの鉢に逃がしてやった時、すぐにそれを悔やんだ。
そこには、すでに先客がいたのだ。
1、2、3、4、5……。
慈しみに満ちていた私の心は、一瞬の内に恐怖に染まった。


どうやら、健気さというのは、無力なるものに対してこそ芽生える感情らしい。
そして同時に、「数」というのは、それ自体充分な力を持っていると悟ったのだった。

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