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2006/09/29

ガニ股

Sibakari私はガニ股である。
(軽くヤバい?)

しかし、この前の「気分は子猫ちゃん」で発覚したのだけれど。
歩いてる時もそうだとは思いもしなかった。


あれから気になってチェックしてみると。
ウォーキング中にすれ違う人達は、ちゃんと真直ぐに膝を前に出しているではないか。
(もちろん、私と同じくガニ股で歩いてる人もいるけれど)

そんな目で足元を見ると、自分の膝はやや外側に向かって振り出されている。
なるほど、コレがいけなかったのだ。

この向きを正面に修正すれば良いのか。ふむふむ……。


それはそうと、なぜこんな事を書いているのかと言えば。
ウチの子にこんな質問をされたから。

「『ガニ股』って、『カニ股』と言わずに、なんで点々がつくの?」

はは〜ん。
「カニ」に、濁点が付いたのだと思ったらしい。

「はは、『ガニ股』はもとから『ガニ股』でしょう」
と笑ってはみたものの……。
そう言われてみれば、蟹の足は横におっぴらいて、ガニ股と言えなくもない。

……!

もしや、本当に蟹の足みたいだから「ガニ股」なのだろうか。
そんな疑念に駆り立てられ、辞書を見てみると……。

そこには、確かに「蟹股」の文字が。

あぁ……。
なんで今まで気づかずにいたのだろう。
いや、それよりも。

私の歩き方は、カニさんが縦に歩いてるようなものだとでも言うのだろうか。


……次の日から、私が改めて取組み始めた事。
それは、振り出す膝の軌道修正であったのは言うまでもない。

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2006/09/26

9_20enokoro「はな」という言葉の語源。
それは「平らな所から突き出したもの」だったとか。

「花」は、地面から茎が突き出して、その先に咲いてるし。「鼻」は、顔から突き出している。

以前、何かでそれを知り、「なるほど。」と思った。

それから、これはよく言われている事だけれど。
「餞(はなむけ)」も、@nifty辞書によると

●はなむけ 【▼餞/▼贐】 大辞林 第二版より
〔「馬の鼻向け」の略〕旅立ちや門出に際して、激励や祝いの気持ちを込めて、金品・詩歌・挨拶(あいさつ)の言葉などを贈ること
馬の「鼻」を旅立つ方に向けてあげる事から。 だそう。

こうやって考えると、話し言葉としての「音」が先にあって、後から「字」が当てはめられてるのがわかる。


ところで、地名だったのだろうか。「塙」という漢字に出会ったことがある。
一瞬「しま模様」の「しま」?と思ったけれど、それは「縞」だし。へんが違う。

そこで、旅好き、鉄道好きな人に聞いてみたところ、「『はなわ』……かなぁ?」とのお返事。

「おぉ……。」
後になって辞書で調べたらその通り。これも、

●はなわ はなは 【▼塙】
山などの突き出した所。また、土の小高く盛り上がった所。 だそう。

突き出してるだけに、ちゃんと「はな」がついてるし。
「土」へんと「高」で「塙」。
うん、「音」も「字」もドンピシャ。


それから、そうそう。
「はな」と言えばもう一つ、「端」もある。

●はな 【▽端】
〔「はな(鼻)」と同源〕
(1)物事の最初。 「—からやり直す」「—からわかっていた」
(2)物の突き出た先の部分。先端。はし。 「突堤の—に舟をつける」

う〜ん。昔の人、ナイス!


ハナから期待もせずに書き始めたものの。
しょっパナから出バナもくじかれずに書き終えて、めでたしめでたし。

……なんて。

噺家さんの真似をして。
「おあとがよろしいようで」と締めたくなっちゃう。

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2006/09/23

気の早い金木犀

06_9_21kinmokusei今日は秋分の日。
そしてこれは、一昨日の朝のこと。

家内は台所でお弁当作り。
掃除機をかけ終わった私は、洗濯ものを干そうとベランダへ。
(ヤマヘシバカリニではありません)

その時、一瞬の内に懐かしい感覚に捕らわれた。

「あ……。」

この感触は何だろうと思ったら、香りだった。
掃き出し窓を開けてベランダに出た瞬間から、キンモクセイの香りに包まれていたのだ。


幾百の花々が咲き匂う春。
それに浮かれている私は、沈丁花の香りには気づかない。
なのに、この香りだけはすぐに気がつく。
もの寂しい秋に、ふっとその隙間を埋めてくれるからだろうか。

暗い夜道に、ポツンと灯る電信柱の明かりのように。


しかし、それにしても早すぎる。

かつて「体育の日」が10月10日だった頃、その日に気づいた年もあったのに。
それが、秋分の日より前に気づくなんて。

慌てて一階の庭を見下ろしたけれど。
金木犀の葉の間からは、チラホラ黄色い点が見えるだけ。
それが、こんなにも匂い立つなんて……。


ただでさえ日足が短くなって、気が急いているこの頃。
まるでその気持に、追い討ちをかけられているよう。

これじゃ心の準備が追いつかない。と、一たんは恨めしく思ったりしてみても。

色とりどりの姿で競いあう幾千の花々。
その中にあって、香りでその存在がきわだつ金木犀。

なんと風雅な……。

そのたたずまいは、やはり奥ゆかしい。

06_9_21kinmokusei2
 
遠くからだと
わからなくても
近寄ってみると
チラホラ花が咲いてました

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2006/09/20

自転車が

Jitensyaパンクしたようだ。

と言っても、いきなりじゃなく。
前日空気を入れたはずなのに、翌日見てみると、ペッタンコになってるという状態。

空気を入れ直してもやっぱり同じ。

こういうのが一番判断に苦しむ。

チューブに穴が開いてるのか、バルブのせいなのか。
考えていても仕方ないので、自転車屋さんに修理してもらう事にした。

どうせちゃんと調べてはもらえまいと思いながら。


なぜ、こんなにイジケた事を言ってるかというと。
数年前、やっぱり同じ症状になって、自転車屋さんに行った事があるから。

子供の頃のように、チューブを外し、水に浸けて点検するのかと思ったら。
いきなりチューブごと交換されてしまった。
しめて5,000円なり。

その自転車は、スーパーで買った2万円以下の安価なもの。
前輪で5,000円も取られるんだったら、両方取り替えたら半額以上の出費である。
(なんでも、安価な自転車のチューブはスグにダメになってしまうんだとか)

確かに、スグにサビだらけになっちゃったし。
そりゃ一流メーカー製を買いたいけれど、自転車に5、6万も出せないし。
「とりあえず、空気入れだけはブリジストンだもんね」と強がりを言っていた。

ところが2、3年前、そのブリジストン製で3万円台というお手頃価格の自転車を見つけた。
「あぁ!やっとブランド自転車に乗れる」
そう喜んで、勇んで買った自転車だったのだ。


しかし、私にも手の届くお値段とはいえ、やはり一流メーカー製だけのことはある。

どうせチューブごと交換でショ。と、ふてくされながら自転車屋さんまで持って行くと。なんと、昔ながらのやり方で、ちゃんと点検して下さる。

おぉ!やはりブランド物は扱いが違う。
(この、ブリジストンの御威光を見よ!)

バケツの水に浸されたチューブから、プクプクとソーダ水のように湧き立つ泡までが、輝いて見える。

昔は、穴の大きさに合わせて、程よい大きさにゴムを切って貼ったものだけど。
虫に刺された時に貼る、丸いパッチのようなものまであるのが、さすが21世紀。
(それ以外は、記憶にあった通りの手順でございました)

1,200円で無事修理も終わった後は、晴れやかな気分で家路に。


「やっぱ一流メーカー製は、その後のメンテまで安心だワ」
と、独りごちる私なのでありました。

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2006/09/17

懐かしのコカ・コーラ

Coca_cola_bin「♪コッカコォ〜ラを飲っもぉ〜ぉよっ!」

でお馴染みのコカ・コーラ。

最近、このCMがテレビから流れると、ウチの子がこう言うようになった。
「売ってるのはペットボトルなのに、どうしてCMじゃビンなんだろ?」

なるほど。探せばドコかにあるのかもしれないけれど。確かにビン入りのは、最近トンとお目にかかっていない。

実際、買う段になるとやっぱり軽い方がイイし。
イチイチ栓抜きを使うのもカッタルイ。


昔、ビン入りを売っていた自動販売機には、栓抜き状のツメがついてて。
そこに引っ掛けて栓を抜いたものだ。
もちろん栓抜きがなかったら、開かないのはカンヅメと同じ。
(そのカンヅメも、今じゃプルトップ。便利な時代になりマシタ)

ただ、見た目で言えばビン入りの方が気分だし。
CMがそれなのも当然と言えば、当然な気がする。

子供の頃、カッコいいコカ・コーラのCMは大好きだった。
夏が来るたびに、新作のCMが流れて。
「スカッとさわやか」を絵にしたような。
その映像は、資生堂のそれと並んで、時代の先端と言っても良かっただろう。


Coca_cola_hakoさて、そんな折りも折り。
近くのセブンイレブンに行くと、コカ・コーラの復刻デザインボトルなるものがあった。
(なんてタイムリーなんでしょ!)
うやうやしく箱入りで、おまけにヨーヨーまで入ってる。

もちろん、即お買い上げ。
(後で子供に自慢するんだモンね)

栓抜きはどこにしまってあるんだっけ、と思い出しながら家に帰って見てみると。
ちゃぁ〜んと、回して開けるキャップになってるのも嬉しい。
(懐かしいのは好きだけど、メンドくさいのは嫌いだし♪)


調べてみたら、日本に上陸したのが1956年。
懐かしいハズだ、私が一歳の時である。(計算はしないように)
初めてそれを飲んだ時のホロ苦さは、私の中で思春期のそれと重なる。

ただ、自分の記憶では、薄いグリーンのガラスビンだったような気もするんだけど。
(イラストもそうなってるし)

でもま、カタイ事は言いっこなし。

ここはひとつ、懐かしさに浸るついでに。
ネタがひとつ増えた喜びに浸る事にいたします。

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2006/09/14

白髪染め

9_7tanpopo_tyo夏中ずぅ〜っと気になってたんだけど。

とうとう行って来ました、床屋さんへ。

行かなきゃ行かなきゃ、と思いつつ先延ばし。
夏の暑い日に、耳のあたりに張り付く髪がうっとうしくても、やっぱり行けなかった。

それが、やっと涼しくなって。
ある霧雨の降る日に、年貢を納めに参りました。
……やれやれ。


それはそうと、髪が短くなると気になるのが白髪。

それまで、染まってる先ッポの毛が覆い被さって。
目立たなかった髪の根元が、大っぴらにお出ましになる。
隠されていたものとのご対面は、やはり気が重い。


白髪も、チラホラ出て来た頃は、抜いてもらったりしてたけど。
それが追いつかなくなって、何年になるだろう。

そう言えば、子供の頃。母の白髪を抜いてあげてたっけ。
それがやっぱり追いつかなくなって。
お互いに言い出さなくなった時の寂しさを思い出す。


ってなわけで最近は、白髪染めの力を借りるようになってるんだけど。

でも、これが染めてみるとなかなかにイイ感じ。
少しは若返って見えるみたい。(はい、言ってみただけです)(T_T)

ただ、ひと月もすればまた根元が目立ち始めるし。
どうせ床屋に行くんだから、その後にしようなんて。

……思ってるウチに、トンデモナイ事になってたという次第。


っでまぁ、無事に髪も短くなった事だし。
今度染めようとは思ってるんだけど、それもいつになるか。

だって、帰ってから床屋さんのスタンプカードを見てみたら。
この前行ったのが四ヶ月も前だったなんて……。

この、自分のズボラさがイヤになる。

ちょっぴり切ない、霧雨の秋の日。

9_7sijimi
 
 
書いちゃったから、
というのは弾みがつくようで。
夕べ早速染めることに。
床屋さん→白髪染めの、
最短記録?を達成しました。(^o^)

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2006/09/11

ビロ〜ンな季節

9_11seniti_1秋の虫の声も聞こえだしたこの頃。
さすがに朝夕には秋の気配が。

とはいえ、まだまだ日中はお暑うございます。
(まったく、きのうの暑さは何?)

今朝だって、夜中からの雷雨がやっと治ったと思ったら、またギンギンに晴れちゃって。
(ケーブルの天気予報じゃ今日は雨だったのに)


そんなだから、連日の猛暑だった頃は、水やりだけで精一杯。
植物の手入れなんて、とてもとても。

でも……わかってはいたんです。

ペチュニアはビロ〜ンと間延びしちゃってるし。
そんな時のために、予備に挿し木してあった苗だって、植え付ける前にビロ〜ン。
他の草花も、夏の疲れを隠しきれない。

強烈な日射しと、タイルからの照り返しで、どの花もグッタリ。
これじゃ、水をやらない訳にはいかないじゃないですか。
でもそうすると、やっぱり鉢土の中で根が蒸れちゃうみたいで。

先端部分は元気そうに見えても、下葉がどんどん枯れ込んで、やっぱりビロ〜ンとなってる。
あっちでもビロ〜ン、こっちでもビロ〜ン。

あ〜ぁ……。

同じ頃に挿し木した菊だって、蕾が膨らんできたと思う間もなく、どんどん下から枯れ上がって。
小さなビニールポットに植えっぱなしじゃ可哀想。

……うん。これではいけない!

そう思い立ち、涼しい時を見計らって、またボチボチ植木の手入れをし始めた。
枯れた下葉を取り除き、間延びした株は、使えそうな苗と入れ替える。
これで少しは見られるようになったかも。


それにしても、夏の疲れは植物だけじゃないはず。
暑い時は気合いで乗り切っても、しのぎやすくなるとつい気がゆるんじゃう。

当然、身も心もビロ〜ンとなってるこの私。

涼しくなってから、ドッと夏の疲れが出るとも言うし。
皆様も、ゆめゆめ油断なさらず、ご自愛下さいませ。
 
Biron_1
 
 
植え付ける間もなく
ビロ〜ンっとなってしまった
ペチュニア

上から見ると
株元はスカスカ

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2006/09/08

もののあはれ

9_7murasaki年を取ると涙もろくなるなんて言われるけれど。
それはあるかもしれない。

感受性といえば、なんといっても若い頃。
でも、年を重ねると、それとは違う、別の感受性が芽生えるような気もする。

SMAPじゃないけれど、「心のやらかい場所」が変化するようなのだ。


若い頃は、しなやかで弾力があったその場所。
そこから、ハリがなくなり、恥じらいや気負いといったものが消える。
すると、スカスカになったそこに、染み込むこと染み込むこと。

高分子吸収体(紙オムツですね)が水を吸収するのとは違って、高野豆腐とかヘチマが水分を吸い込むように。
多孔質のそれに、「もののあはれ」がジンワリと染み渡る。

ちなみに、@nifty辞書によると、この「物の哀れ」。
「外界としての『もの』と感情としての『あわれ』とが一致する所に生じた、調和的な情趣の世界をとらえていう」んだそうな。
(イマイチわかりませんが、何かが心の琴線に触れちゃった時みたいな感じでしょ?)


ところで、時々ウチの子の国語の教科書を覗いたりするけれど。
これがまた良いンだわ。(教材と思わなければ、ね)
「えぇ話や……。」感激した私が同意を求めても。
ウチの子は、「はぁ?」と、つれない返事をするばかり。

脂ののった肌が、シャワーの水滴を弾くように。
受け入れようともしないのが、もったいない。
水分に飢え、カサカサに乾いた私の肌は、こんなにも潤いを求めているのに。


さて、教科書に戻ると。
一学期は古典を勉強してたらしい。
そういえば、夏休み前に「月日は百代の過客にして」なんて暗記していたし。
その前は、万葉集や古今和歌集。
「うんうん」こうやって解説してもらえれば、私でもシミジミ味わう事ができる。

花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに 小野小町

なんでも「降る」と「経る(時が経つ)」。
「長雨」と「眺め(物思いする)」は掛詞(かけことば)になってるんだそう。

むなしく月日が過ぎ、物思いに耽っている間に、私も色褪せてしまった。
長雨で花の色が褪せてしまったように。ってな感じだろうか。

絶世の美女と謳われた女人が詠んだ歌となれば、その言葉はいっそう重く響く。
そして私のヘチマは、いやが上にも重くなり、あわ立つ。
高野豆腐には味が染み込む。


とまぁ、感慨に浸ったりするんだけれど。

紙オムツは一度取り込んだ水分を離さない。
その点、ヘチマは乾き(忘れ)やすいってのが欠点かしらん。

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2006/09/05

夏の後仕舞い

Sora38月が過ぎ、9月になってしまった。

それは毎年の事だけど。
夏の終わりは寂しくて、どうもいけない。
何かをし忘れているような、この焦燥感。

……そこでこの夏、私はある事を秘かに企てていた。

去年の9月20日付終わってしまった夏で、自分はこんな事を書いている。

「夏に取り残されたような寂しさ。
 そこで泳いでいた人達は、それに突き動かされてこのプールに来たのかもしれない。
 ならばその人達は、きっとその『寂しさ』をここに置いていける。
 そして、明日から新しい季節に向かって歩いていける」

市民プールの脇道を通るたびに感じていた、この気持。

それほど泳ぎたい訳じゃないのに、見ればやっぱり羨ましい。
そこで、横目で見ているくらいなら、いっそ自分から飛込んでしまおうと思ったのだ。
過ぎていく夏を惜しんでいるより、自分からそれに別れを告げようと思った。


それは8月の最後の日。
天気予報通り、申し分のない快晴だった。

布団を干し終わった家内は、後で室内プールに行くと言う。
ウチの子も、久しぶりに行った市民プールが気に入って、今日も行くんだとか。

よし。かねてからの作戦を実行するなら今だ。

自転車は2台しかないから私は歩き。
でも、いつものウォーキングの3分の1の距離と思えば、それも苦にはならない。
なにしろ今日は、決戦の日なのだから。


数年ぶりに訪れたそこは、あの頃とちっとも変わっていない。
変わった事と言えば、ちっちゃくて目が離せなかったウチの子が大きくなって、一緒に泳ぐのをイヤがってる事くらい。
(ハイハイ、他人の振りをすればイイんでしょ)

しかし、子供と一緒なら誤魔化せる小振りなプールも、オジサン一人じゃ浮いてしまう。
かと言って、50mプールを一気に泳ぎ切るのはきついし。
そこは、競泳用水着をお召しになった、いかにも上手そうな人ばかり。
そんな方達のジャマにならぬよう、隅っこの方でチョコチョコ泳いでも、イマイチ盛り上がらない。

プールサイドからフェンス越しに、いつもとは逆方向から脇道を見下ろしてみたり。
なんとかその気になろうとしても。
正直「こんなもんか」といった感想しか出て来ない。
見てるだけだと過大評価してしまうけど、実際にやってみると大した事ない、というのはよくある事なのかも。


しかし、なんだかんだ言っても、やっぱり気持がいいのは確か。

透き通った水に、身を浸して仰ぐ青い空。
吹く風の涼しさもプールならでは。

とりあえず、やるだけの事はやってみたけれど。

これで私も、夏を後仕舞いできたのだろうか。
 
Akatonbo_l
 
 
一度逃げた赤トンボが
戻って来て
今度は近寄っても
逃げませんでした

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2006/09/02

貝が欲しい

Senniti_up貯金の「貯」、購入の「購」、月賦の「賦」。
どれも「貝」がつく漢字。

お金に関した漢字には「貝」が付く。
(「賄賂(わいろ)」にいたってはダブルですもんね)

昔、何かでそれを知った時、いたく感激した覚えがある。

贈与の「贈」も、「増」のへんを「貝」にする。
と覚えておけば、スグに思い出せて便利。
(そんなプロセスを経ないと出て来ないのが悲しいけれど)

財産の「財」も、販売の「販」も。み〜んな、この「貝」と一緒。
それはへんだけじゃなく、費用の「費」、貿易の「貿」、資本の「資」とか、下にまでついちゃったりして。(「賃貸」もありましたね)

きっと大昔には、貝がお金の代わりだった頃があって、その名残りなのかな?
なんて勝手に想像してたんだけれど。
ま、詳しい事は聞かないで。(私の耳は貝の殻)


その他、「賜(たまわ)る」、「賑」わう、「贅」沢とか。
直接お金に関わらなくても、ゴージャスできらびやかな感じ。

さらに「賀」、「貴」、「賢」なんて、おめでたいやら羨ましいやら。
(ひとつ私に下カイな♪)

あぁ、私はこの「貝」が欲しい。
(ご「賛」同いただけますよね?)

でも、それが「賭博」になると、ちょっと怪しくなってきて。
「敗」や「賊」ならいりません。

……どんなものにも、光が当れば影ができる。
それが、ものの道理なのでせうか。

91pink_sennniti
 
 
疲れが見えて来た
夏の花に代えて
千日紅を植えました
薄いイチゴ色のこれは
ちょっと美味しそう

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