« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006/10/29

サムネイル

Monkityoパソコンやインターネットを始めて、まごついたことは多々あるけれど。

やっぱり、一番困ったのは専門用語がわからなかったこと。

なにやら警告めいた言葉がでてくると、そのたびにクリックする手が止まってしまう。


それでも、久しぶりに目にして嬉しくなった言葉もあって。
それが、「サムネイル」。
ホームページなどで、小さな画像をクリックすると、大きな画面になるアレである。

この「サムネイル(thumbnail)」。
元々の意味は「親指の爪」だけれど。学生時代に習った懐かしい言葉でもある。

デザインやレイアウトの最初の過程で、大まかな配置を考える時。
親指の爪ほど小さくはないけれど、数cmほどの大きさに丸や四角を描いて、だいたいのバランスを見たりする。(描いた本人以外にはイタズラ描きにしか見えないもの)

編集だったら、それが幾つも並んでページ見本になったり。
最初の見開きが表紙で、次のページから本文が始まるとか、このくらいの写真が入るとかが一目でわかる。

@nifty 辞書の国語辞典によると、「広告制作の過程で、イラスト・コピーなどの配置を定め簡単に視覚化したもの。カンプの一つ手前の段階」とあった。

実際には、「カンプ」に至るまでに、よりこまかな要素を入れ込んでいく「ラフ」の段階もあると思うけれど。
親指の爪からだんだんに大きくしていって、最終的な大きさのものが出来上がる。
(最初から近視眼的に細部を見ていたら、全体的のバランスがとりにくいでしょ?)


その「カンプ」といえば。
クライアント(発注者)に、見本として見せるためのもので、ほとんどが原寸大。
私がデザイン会社にいた頃は、写真の代わりにパステルで絵を描いて、ポスターカラーで文字を書いたりしていた。

当時、暗い背景にブランデーのビンが浮かび上がる、B全のポスターのカンプを描いたことがある。

パステルは紙に描いた後、指で擦るのが一番ノリがいい。
ほとんどが真っ黒な画面だから、じきに右手の人差し指の指紋が擦り切れて。
中指、薬指の指紋がなくなった時は、泣きそうになった。

そして、左手にももう指紋が残っている指がなくなる頃には、夜も白々と……。


それでも、パソコンで作ってプリントアウトしたものを出されたら、見栄えで負けちゃう。ある時からいっせいにパソコン化が進んだのは、これも原因の一つなんじゃないだろうか。

面倒な手順も、ずいぶん簡略化されたのかもしれない。
表示画面の大きさは自由に変えられるし、アチコチ場所を移動するのも自由なんだから。

サムネイルからカンプへ。
それは、今どんな流れ方をしているのだろう。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/10/26

どっちもどっち

10_20hati1ある晩の事。

私はすでに床に就いていたから、10時を回った頃だったろうか。
やにわに、遠くから「ドンドン」と何かを叩く音が聞こえだした。

誰かが大工仕事でも始めたのだろうか。
ただ、トンカチのように「トントン」という鋭い音じゃない。
木槌で叩いているような、ちょっと重量感のある音。


しばらくすると、それに「おーい」という男の人の声までが聞こえだした。

「ドンドン」に呼応するように、「おーい」の声。
それが何回も続く。
窓を締めててもこんなに聞こえてくるなんて。一体何事だろう。

……あのぉ、うるさくて寝られないんですけど。


すると、その呼びかけにやっと相手が気づいたらしい。
声の主が、今度は「音がうるさくて寝らんないよ!」
「もっとボリューム下げてよ」と、訴え始めた。

あれ?木槌の音がうるさいんじゃないの。
と、よく聞いてみると。
どうやらその男性は、隣家のテレビか何かの音が大きすぎると、クレームをつけに来たらしい。

そこで私は、やっと事態が飲み込めた。
「ドンドン」という音は、ドアを叩いている音だったのだ。


カーテンの隙間から覗いてみても、ポツポツと明かりのついた家々の窓が見えるだけ。
閑静な住宅街の、いつもと変わらぬ夜の風景だ。
そこに、不似合いな言い争う声だけが響いている。

「窓を締めりゃイイだろう」「締めてても聞こえてくるんだよ」
「イヤホンで聞けよ」「そんなモンねえよ」「だったら買えよ」……
っとまぁ、売り言葉に買い言葉の応酬が続いたんだけれど。

しかし考えてみれば、普通まず玄関で呼び鈴を鳴らすだろうし。
その、チャイムの音すら聞こえないほどの大音量だったとしたら。
文句を言いたくなるのも、わかるような。

しかも、ドアを叩く音は、しばらく続いていたのだ。
その男性の「おーい、○○さん!」の呼び声で、やっと気づくなんて。

……ん?
という事は、その叫び声が一番うるさかった。という事にもなるのかしらん。


当事者にとってみれば、ここは一歩も引けないところだろうけれど。
ハタから見れば「どっちもどっち」のような気も……。

そしてあくる朝、目が覚めてみると高ぶっていた心も冷めている。
その時になって、込み上げてきたであろう後味の悪さ。

それもまた、双方どっちもどっちだったのではなかったろうか。

10_20hati2
 
 
ハチさんも
冬に備えて大忙し

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/10/23

腕時計が示すもの

Udedoke先日、出掛けようと腕時計を手に取ると。
その針は、トンデモナイ時刻を示していた。

あぁ……、また止まってる。

この前電池交換したばかりなのに。
(この歳になると、半年前でもこの前である)

すると、「ケータイ見ればいいじゃない」と、家内がいともアッサリと言った。

そうか!その手があったんだ。
たしかに液晶画面には、現在の時刻が表示されているんだから。
さすが、ケータイを使い慣れてる人は違う。
そんな事にも気づかなかった私は、根っからのアナログ人間であるらしい。


それはそうと、時計屋さんから「電池が一年もたないようなら、分解掃除をお勧めします」と言われたのは何年前の事だろう。
そうなったら結構な料金を取られるだろうし。
そもそも、それほど高い時計じゃないんだから。

もともと高級ブランドとかには縁がない私。(ただし、くれるんならありがたく)
「ダヴィンチ・コード」の主人公が、ミッキー・マウスの腕時計を愛用していた事に、大いに親近感を覚えたほどだ。

その辺が、貯めたお年玉でGショックを買っちゃったウチの子とは違う。
どうもこう、腕時計に対する気構えが、根本からして違うようだ。

そうじゃなくても、アディダスの靴下じゃなきゃイヤだとゴネるくらいだし。
(靴下は、昔っから三足1,000円と決まってるでしょうに!)

家内は家内で、昔は私と似たり寄ったりだったのに。
最近、私との貧富の差が開いてきたらしい。
(お財布が別々だからぁ)
とうとう「バレンシアガは女を狂わせる」だの、うわ言をつぶやくようになった。
(B-ゼロ1ってなに?F-1やJ-2より強いの?)

それに引き替え、我が身の慎ましやかな事。
その清貧さには涙したくなる。


もしや私は、世の中から置いて(「老いて」じゃありません)行かれたのだろうか。

だいたい未だにMac OS 9.2を使ってる人なんて、どのくらいいるのやら。
モチロン、経済事情が許さないのが、その一番の理由だけれど。
でも、型式の古いパソコンもソフトも、手に馴染むってのが大きい。

古い人間には古いパソ。

お互いに、惹き合うものがあるらしい。
(「置いて」を、真っ先に「老いて」と変換するのが食えないけれど……)(T_T)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/10/20

回るサンバイザー

Sun_visorある日のこと。

車で出掛けていた家内が、帰って来るなり興奮気味にこう言った。
「サンバイザーが回るって知ってた?!」

へ?それって、車のフロントガラスの上に付いてるアレ?
日よけというか、遮光板というのか。

そりゃ、パタパタ上下に動くのは知ってるけど。
家内が言うには、それだけじゃなくて左右にも首を振るんだそうな。


なんでも、信号待ちをしてた時。
隣の車をのぞいたら、サンバイザーが横向きになってて。
家の駐車場で真似してみたら、自分でもできたんだとか。

へぇ……。知らなかった!

いや、もちろん知ってる人にとっては当たり前のことで。
こんなことを言ったら、笑われてしまうんだろうけれど。

でも、私にとってはやっぱり大ニュース。


免許を取ったのは、35才の時と、ちょっと遅かったものの。
それでも車を運転するようになってもう10何年になる。

なのにサンバイザーが回るなんて気がつきもしなかった。
いや、乗せてもらってた子供の頃だって見てたはずなんだから。
それは数十年ぶりに知った真実ということになる。

日よけというと、いかにも夏って感じだけど。
太陽が低くなるこれからの季節、案外サンバイザーのお世話になることも多い。
そんな時、「んっもう、コレが横に向けばイイのに。」なんて思ったこともあったけど。
ちゃぁ〜んと、そうなってたんですねぇ……。


ということは。

免許取り立ての頃、初めて買った中古のインテグラ。
(今乗ってるのも中古ですけどン♪)
あのサンバイザーも回ったんだろうか。
(気がつかないで、ごめんねジロー)

そんなことを言ったら、パソコンだって。
いまだに、「え、こんなこともできるの?」って驚くことばかりだし。
携帯電話にいたっては、せいぜい消費税分の機能しか使いこなせていないかも。

あぁ、自分には過ぎた性能ばかりに囲まれて。

……もったいない。

Sun_vizor3
 
ちゃんと横に向きました。
ただ、ちょっと力がいるので
止まってる時じゃないと無理そう。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006/10/17

差しつ差されつ

9_21tyo杯を酌み交わす。
頬にほんのり赤味が差して……。

なんて呑気なことを言っている場合ではなくなってしまった。

あぁ、恥ずかしい!
今の今になって気づくなんて。


実は先日、あるブログさんにコメントを書き込んだ折り。
そのお返事には「挿し芽」という文字が。
その時、私の頭はスパークした。

「そうだ、この字だった!」

何も考えずに、ずぅ〜っと「差し芽」と書いてたこの私。
遅蒔きながら、気がついたものから書き直すことにいたします。
(もう、何べんも書いちゃったんだけどぉ)(T_T)


そこで、気になったのがこの「差す」って言葉。
@nifty 辞書によると、ウンザリするほどたくさんの意味がある。

以前、召し上がれで、応用範囲が広い言葉として「召す」を挙げたけれど。
そんなのはメじゃなかった。


冒頭の、酒をすすめる「杯を差す」の他にも。
注ぐのが水だったら「水を差す」だし。

前の方に出す「差し出す」、かざすの意味で「傘を差す」。
お侍さんは腰に「刀を差す」。
お相撲だって「左を差す」とかって言うし。

それは色にまで及んでて。
色をつける「紅を差す」、顔に「血の気が差す」。

「嫌気が差す」、気がとがめるの「気が差す」で、気持のことまで。
そういえば「魔が差す」なんて言葉もあるし。

「差し障り」があったり「差し支え」なかったり。

姿がちらりと見えるのを「人影が差す」とか「鳥影が差す」とか。
潮が満ちてくるのも「潮が差す」だし、枝が伸びるのも「枝が差す」。
果ては日差しや薄日まで「差し」ちゃうし(これは「陽射し」とも)。

「あかねさす」の枕詞だって、茜色に照り映えるって意味からすれば、やっぱり「差す」ような。


書ききれないから、もうこのへんでおしまい。
でも、まだまだいっぱい。
でもって、「差す」「挿す」の他にも「刺す」「指す」が控えてるんだから。

何気なく使ってた「さす」がこんなに万能選手だったなんて。
……………………「さす」が!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/10/14

鼎の軽重

Sizuku_murasakiイラストの仕事で、コンピュータが便利な事。
それは、何と言っても色付け。

筆の場合、チョットした事でムラになっちゃうから。
それこそ息を殺すようにして色を塗っていたものだ。

それが、バケツツールでクリックするだけで、均一な色が塗れるなんて夢みたい。

とはいえ、元となる線画のイラストは、未だに手描きが多い。
コンピュータが描き出す線は揺るぎないけれど。
手描きの線も、なかなかに捨てがたい味がある。(しかも早い!)


先日も、とある社内報のアンケートに寄せられた、投稿記事に添えるカットを描こうとしていた。

ただ、何せ3cmほどの小さなスペース。
ちょっとしたワンポイントのイラストしか描けない。
例えば武道館のコンサートだったら、屋根のてっぺんに乗っかってるタマネギにしてみたり。(爆風スランプですね)

そして、今回のテーマは「自分が尊敬する人」。
内容は様々だったけれど、その中に、歴史に造詣が深かった、元上司を挙げた方がいらした。
若かりし頃「君、そんな事を言うと『鼎の軽重を問われるよ』」とたしなめられたのだとか。

さて困った。「鼎(かなえ)」とはなんぞや。
漢和辞典で調べたら、二つの持ち手に三つの足が付いた煮炊き用の鍋だとか。
さらに、@nifty辞書によると

●鼎の軽重(けいちよう)を問う
〔「左氏伝(宣公三年)」より。晋の景公を破って心のおごった楚の荘王が、無礼にも周の宝器たる九鼎の大小・軽重を問うた故事による〕統治者を軽んじ、これを滅ぼして天下を取ろうとする。人の実力を疑って、その地位をくつがえそうとする。また、人の能力を疑う。

うん、これで意味はOK。
ここはやはり、鼎の絵を描くしかあるまい。

と思って検索してみると。
あな嬉しや!ちゃんとその写真が載っている、サイトさんまであるではないか。


……昔はこんな時、よく図書館のお世話になったけれど。
(その手間を惜しんだら、それこそ「鼎の軽重」を問われてしまう)
そこにズラッとならんでいた百科事典が、喉から手が出るほど欲しかった。
それが今では、インターネットで検索できるんだから、本当にありがたい。

ただでさえ狭い家。余分なスペースなんかありゃしない。

あの時、十何万円もする百科事典を買っていたら。
今頃、それに埋もれて泣いていたかもしれない。
 
Asahi_murasaki
 
 
雨上がり
コムラサキシキブが
朝日にけむって

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/10/11

朝飯前の出来事

Tosuta2それは、休日の朝。
朝食の準備をしていた時のことだった。

最後にトースターから、きつね色に焼き上がったパンを取り出し、コンセントを抜く。
これで準備完了。

キッチンを出る前に、念のためコンセントを確認すると。そこには何かが挟まっていた。

炊飯器の陰になってよく見えないけれど、プラスチックか何かのようだ。


たとえプラスチックといえど、やはりコンセントに引っ掛かってるのは気になる。
そこで、炊飯器をどかしてよく見てみると。

それは金属の棒だった。
慌てて、さっき抜いたばかりのトースターのプラグを見ると。
そこには二本突き出しているはずの電極が一本しかなかった。

つまり、片方の電極を残したままプラグを抜いてしまったのだ。
(早い話、ちぎれちゃった)

Puraguもともと、それはキツくて抜けにくかった。
そのコンセントで、抜き差しを繰り返していたもんだから、プラグが弱くなっていたのだろう。

これでは危険きわまりない。スグに抜かなきゃ。


ただ、そのまま抜いたら感電してしまう。まずは大元の電源を切るのが先。
こんな時、昔のヒューズは一ケ所しかなかったから、家中が停電しちゃったけど。
今は、ちゃんと配電盤がいくつかのスイッチに分かれてるから助かる。
その「台所コンセント」と表示があるのを切ってから作業を始めた。

一応念のため、固いビンのフタを開ける時に使う、ゴム製の「フタ回し?」越しに掴んだけれど。固すぎて無理。
ペンチをそのゴムで包んで、なんとか抜くことができた。

でも、台所のコンセントは一時的に停電したわけだから。
案の定、電子レンジの時刻表示は0:00でチカチカしだす。

あぁ、ウザい!

今度は時刻合わせにトライしたけど、さすがの息子にもわからない。
後になって取説を見たら、ただの時計のマークだと思ってた一番下のがスイッチになってた。
他のは、いかにもスイッチらしく膨らんでるのに。
どうしてタイマーのだけ平らなの?
この騒動に比べれば、さっきのプラグ抜きの方がまだラクだった。


……なんだかなぁ。

電気に強い人なら、こんなのは朝飯前なんだろうけど。
私にとっては、それだけでお腹が一杯の、朝飯前の出来事だった。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006/10/08

不在着信

Sekireiその時から、それは始まった。

ある晩テレビを観ていたら、携帯電話の着信音が。
聞こえてくるのは、仕事部屋の暗がりから。
どうやら自分のが鳴っているらしい。

誰だろう?

ケータイを使いだして、まだ半年。
もともと、私のは公衆電話代わりだから。
今のところ、番号を知っているのは家内と息子、それに友人のY氏だけのハズなのに。

そう思ったら、数カ月前のことが頭をよぎった。


机に向かい、ふとケータイを見ると、「着信アリ」を告げるランプが点滅している。
しかし不馴れな私のこと。アチコチいじっているウチに、番号表示が消えてしまった。
当然、そのY氏からだろうと思った私が、アドレス帳からかけてみると。
……電話していないと言う。

おぉ。これが、あの「ワン切り」なのだろうか。

これだからケータイは怖い。
ただでさえ難しいのに、そんなワナまで仕掛けられているなんて。


そんなこともあり、電話に出るのをためらっていると、しばらくして発信音が消えた。
表示を見てみると、それ以外にも不在着信があるようだ。
しかもそれには、留守番メッセージまで入っている。

恐る恐る聞いてみると、拙い声で「ママ……」と言うではないか。
でも、その後はゴニョゴニョつぶやくだけで聞き取れない。

親切な人がこんな留守電を聞いたら。
「お母さんと連絡が取れなくてかわいそう、間違い電話だと教えてあげなくちゃ」
なんて思ってしまいそうだ。

しかし息子に聞かせると、これは大人の作り声だと言う。

ひえぇ〜!
私の頭の中では、「請求書」とか「詐偽」といった言葉が渦を巻く。

慌ててその番号を着信拒否にしたものの。
そのスグ後に、番号を変えてまたかかってくる。
そしてとうとう、数日後の留守電には「ニィハオ」という言葉まで。
ことは国際的な様相を呈してきたようだ。

ほとほとイヤになり、アドレス帳以外の番号は全てつながらないようにしたものの。
その後もかかり続ける不在着信の通知だけは表示される。
そしてその番号は、みんな"86"から始まっているのに気がついた。

もしや?と思い、国際電話の国別割り当て番号を検索してみると。
……やっぱり!"86"は中国だ。


「ママ……。」の声にほだされて、知らずに中国まで国際電話をかけてたら。
いったい、いくらの請求書が送られてきたのだろう。

『着信アリ』なんてホラー映画もあったけど。
げに不在着信は恐ろしい。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006/10/05

なんちゃって女子高生

Warunasubi私は「なんちゃって女子高生」を見た。

それは、毎週買い出しに行っている、スーパーの食料品売り場でだった。


一週間の献立を考えながら商品を選ぶのは家内。
そして、その他の定番を揃えるのが、私と息子のお役目。
入口で別々のカートを手にした後は、いつも二手に別れて行動している。

野菜売り場を経て、ウィンナをカゴに入れた。
次に、ウチの子がカップラーメンを選んでいる間、私は先回りして食パンを取りに。

その日のお買得品は、たいていワゴンの上に載っかっている。
どれにしようか選んでいたその時。女子高生らしき足元が視界の隅に入った。

と、そこまではよくある風景。でも、その後が違った。


黒革のよくあるローファーに、これまた制服によくあるチェック柄のスカート。
しかし、そのスカートからは、シワシワの膝小僧が顔を出していたのだ。

「えっ?」と思い、顔を上げる。
すると、黒いVネックのセーターからのぞく白いブラウスの上にあったのは。
長い髪を左右に分け、耳のあたりで結んだお婆さんの顔であった。

高校生でもないのに、制服を着ているのが「なんちゃって女子高生」だとするならば。
ある意味この方も、そうだと言えるのではないだろうか。
(多分にコスプレ気味ではございますが)


いや、そういった年輩のご夫人は、以前お見かけしたことがある。
ちょっと前のコギャルのような、大きな造花の髪飾りに、オテモヤンを思わせるほお紅。
それは原色のお洋服に、一歩も引けを取らない。
ただ、ご本人がそれで楽しいのなら、それはそれでイイのでは?
と思っている鷹揚な私。

しかしそんな私にも、それは何かが違っているように思われた。

お婆さんにしては背が高くて肩がイカツイ。
……そう、それはお爺さんだったのだ。


私は、食パンを握りしめたまま息子の許へと急ぐ。
当然、わが子はその人物の後を追う。
ところが、残念なことにエスカレーターの所で見失ってしまったのだとか。

そこには、本物の女子高生三人が、ケータイを手に打ち震えていた。
写メしたのだろうか、「オジイサンが」とか「制服で」といった言葉が飛び交い、いまだ興奮覚めやらぬといった面持ち。

それを見て、わが子は千載一遇のチャンスを逃したことを嘆いたけれど。

すべてが終わった後に現れ、話を聞いた家内の嘆きもまた、深かった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/10/02

内股

Kokage前回は「ガニ股」。

となれば、今回は「内股」についても書かなければ、片手落ちと言うものである。

ということで……。


ガニ股歩きの私も、内股になる時がある。
それは、自転車をこぐ時と階段を登る時。

以前、テレビの番組でこんな事が紹介されていた。
足の外側の筋肉は、瞬発力はあっても持久力に劣り、内側はその反対なんだとか。

なんでもバレリーナの方々は、この内側の筋肉が発達しているんだそうな。

一見、その足はか弱そうに見えるけれど。
爪先で全体重を支え、しかもクルクル回っちゃったりするのだから。
見かけでは想像もつかないような、強靱さを秘めているに違いない。


で、その気になりやすい私のこと。
さっそく、その内側の筋肉とやらを使いだした。

自宅はマンションの3階だし、忘れ物を取りに戻ったりすると息がきれる。
坂道を登る時も、途中で自転車を下りて押すようになっていた頃だ。
もし、これで持久力が養われるのなら、それに越した事はないではないか。

それからは、階段を登る時は意識して内側の筋肉を使い、自転車に乗る時にもそれを意識した。

すると、必然的に内股になってくるのだ。
階段はそんなでもないが、問題は自転車。

ペダルが左右に離れているのがイケナイ。
その状態で内側の筋肉を使おうとすると、どうしても内股になるらしい。
ある時、ふとペダルをこぐ自分の足に目をやり、その事実に気がついたのだった。

確かに、それなりに持久力はついた気がするけれど。
やはり、内股で自転車をこぐオジサンは怪しすぎる。

そこで最近は、つとめて外股でこぐようにしていた矢先の、ガニ股歩き発覚であったのだ。


しかし、歩く時はガニ股で、自転車の時は内股。
どうしてこうも、極端に走るのだろう。

外側でもなく、内側でもない、その中間。
真直ぐ前に膝を向けるというのは、思った以上に難しい。

それは、スタンダードであったり、中庸であることが、難しいのに似ているのだろうか。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »