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2006/11/28

かえる

11_25fujiと、言っても。
卵から「孵る」カエルのことじゃありません。

お家に「帰る」でもなく。
我に「返る」でもなくって。

顔色を「変える」とか。
そのもの自体を違う状態に変化させる「変える」ならイイんだけど。

着「替える」とか、乗り「換える」とか、挨拶に「代える」とかの「かえる」。

「替える」「換える」「代える」
この三つには、いつも悩まされる。(「代替わり」なんてダブルだし)

両「替」、交「換」、「代」理。みたいに、意味の似た熟語から判断してるけど。
「換気」だったら、外の空気と入れ「換える」のか「替える」のか。
そのへんがイマイチ釈然としない。


そこで、いつもの@nifty 辞書で調べてみました。
すると……

● か・える かへる 【替える/換える/代える】大辞林 第二版より

それまであった物をどけて、別の物をその位置・地位に置く。

(1)同種・同等の別のものと交替させる。《替》
 「商売を—・える」「毎日シーツを—・える」

(2)ある物を与えて別の物を得る。《換》
 「宝石を金(かね)に—・える」

(3)あるものを活用・採用せず、その役目を他のものにさせる。代用する。《代》
 「挙手をもって投票に—・える」

(4)飲食物のお代わりをする。
 「ご飯を三膳も—・えた」


おぉ!なんとなく見えてきた感じ。

ペチュニアもビオラも同じ花には変わりないから「植え替える」。
ある物を与えて別の物を得るから「金に換える」。
他の物にその役目をさせるから「挨拶に代える」。

あれ?でも、「代える」はイイとしても。
「交換」と「取り替えっこ」とどこが違うの?
……やっぱり分からない。

ただ、「変える」は〔「かえる(替)」と同源〕なんて記述もあるし。
なんとなく「替える」が一番強そう。(強い弱いの問題でしょうか?)(^o^)

ま、それはイイとして。(よくない?)

「替」の文字って、「日」の上に「夫」が二人いるのが、チョット意味深長。
(日替わり夫なんて、定食みたいだしぃ……)(T_T)

83kaeru
 
 
……呼んだ?

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2006/11/25

寄植えメイキング

Kansei寄植えを作りました。

すいませ〜ん。「またか」なんておっしゃらずに。

だって、この前ハンギングバスケットを記事にしようと思ったのは、出来上がった後のことで。

いつもネタが無くて困ってるんなら、途中経過を写真にでも撮っておけば、それなりの記事になったのに。と、歯痒い思いをしたものだから。


そろそろコンテナの寄植えを冬用に替えようとしてたところだし。
ならばいっそリベンジをしようと思い立ったのでございました。

……ということで、おつき合い下さいませ。
 
1
 
 
●夏中楽しませてくれた千日紅もそろそろ終わり。
何年も植えっぱなしだった白妙菊も、新しい苗に替えることに。
 

 
2
 
 
●アイビーだけを残し、あとは全て抜きました。
抜いたサフィニアや白妙菊は、切り戻してまたビニールポットに。

 
3
 
●厳しい冬に向かうということもあって、メインはストックとビオラ。
今年はピンクのバコパが仲間入りしました。
ビニールポットのまま、とりあえず置いてみて、まずはバランスを見ます。

 
 
4●配置が決まったら、ポットから出して、ひたすら植えていきます。
苗の土の表面の高さを揃えるのがポイント。
隙間に新しい土を入れる時には、割り箸等でつついて奥までシッカリと。
(これをサボると、水やりの時土がへこみます)
最後に、たっぷりと水を与えたら出来上がり♪

……と思ったら、ストックが斜めになってました。
ま、それも御愛嬌ということで。

これから来るべき冬を乗り越え、爛漫の春になるまで。
しばらくは、この寄植えとのおつき合いが続きます。

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2006/11/22

閑話休題

9_20enokoro2この前の「霹靂(へきれき)」といい。

毎度の事だけれど。
大人になってから、初めて知った言葉はいろいろ。

でも、灯台下暗しと言うか。
その代表選手を忘れてました。

それが「閑話休題」。

正確に言うと、新聞のコラムのタイトルになってたりするから、初めて見たワケじゃないんだけど。
そんな言葉があるなんて事自体、考えもしなかった。
(「話題も尽きた事だし、ここらでちょっとお休み。」みたいな意味のタイトルかなと。)


「閑話」は、「静かに談話すること」とか、「むだ話」の事だそうで。
(この二つ、全然意味が違うと思うんですけど。)(・o・)
それを辞書で調べた時、用例としておでましになったのがこの言葉。

なんでも、「それはさておき」とか「さて」って意味で、接続詞的に使われるんだとか。

ただ、(文)記号だから文章語だとすると、会話じゃ使わないんだろうし。
手紙なんかで「最近調子はどう?」とか、近況報告が済んだ後、「ところで、聞きたい事があるんだけど」と、本題に入るような時に使うのだろうか?

※ちなみに、漢和辞典で「休」を調べると、「途中でやめる」「中止する」の意味も。
「閑話」を「むだ話」と解釈すれば、「むだ話をやめて、本題に」って感じ?


……閑話休題。(無理矢理使ってみました。)(^o^)

それにしても、接続詞をタイトルにしちゃうなんて、ちょっとスゴイと思いません?
きっと、そのタイトルが頭に浮かんだ時。
それを思いついた人は、「これだ!」と、思わず膝を叩いたのではないだろうか。

そんな言葉があると知って、「なるほど!」と唸った私みたいに。

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2006/11/19

掃除機はかはいさう

Sojikiシュルシュル……ポン!

掃除機のコードリールが、一発で収まってくれると気分がいい。

しかし、使っているウチにコードがねじれてくると、途中で絡まって上手く入ってくれなかったり。
それを何とか収めようとするのもなかなか大変で、つい文句を言いたくなる。


よくある掃除機は、本体からジャバラのホースが伸びて、その先に吸い込み口がついてるタイプ。

でも、掃除機をかけてる最中は吸い込み口に意識が向いているから。
本体がテーブルの足に引っ掛かったり、何かに乗り上げて転がったりする。
それを一々直すのも面倒だし、普段使っているのは、本体と吸い込み口が一体化したコンパクトなもの。

これは前にも書いたことがあるけれど。
一度、そのコードリールの接触が悪くなって修理に出したことがある。

その時の修理代が5,000円。
そして同時に、まったく同じ商品が5,000円で売られているのを発見してからは、修理してもらうのは諦めた。
だから、今使っているのは半年ほど前に買った新しいものだ。


以前のは紙製のゴミパックを交換する形式だったけれど。
今度のは、本体のゴミパックに集塵する。
ホコリがたまったら、その中身を捨てるだけでいいのも手間いらず。

ただ、「吸塵力が変わらない」ダイ○ンじゃないから。
使っているウチには本体のフィルターも目詰まりするらしい。
買った当初は週1だったゴミ捨ても、最近では週に2回している。
(それでもフィルターを掃除しようとしない私って……)

毎日酷使されているからコードはねじれてくるし、フィルターも詰まってくる。
それでも健気に務めをはたして……。
あぁ、掃除機さんはかわいそう。


詩人の金子みすヾさんの作品に『お魚』という詩がある。

お米や家畜と違って、海の魚は人の世話になってはいない。
いたずらもしてないのに、こうして私に食べられてしまう。
だから「ほんとに魚はかはいさう」
といった詩で、なぜか心惹かれる。


いや、考えてみれば掃除機だって。

黙ってホコリを吸い込んでいるのに。
コードがねじれてくれば文句を言われる。
そして具合が悪くなれば、修理代と同じ値段で、新品にとって代わられる。
ひっそりと自身の奥深く塵を納めたまま。

あぁ……。ほんとに掃除機はかはいさう。

わかりました。
大掃除のあかつきには、真っ先にフィルターのお掃除をいたしましょう。
(しかし、それでも今やろうとしない私って……)

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2006/11/16

隣は何をする人ぞ

Yoru_koyo子供の頃の事だ。

母が道端にタライを持ち出して洗濯していたのを、なんとなく覚えている。

いいお天気で、家の裏にあった井戸で洗濯するより、お隣とのお喋りを楽しんでたのかもしれない。(イタリアの大女優ソフィア・ローレンさんも、映画の中じゃ井戸端会議しながら洗濯してたし。)

お向かいのおばちゃんは、「こんにちは」と言い終わった時には、すでに家の中にいたのではないだろうか。

そんな風に、あの頃は何でも開けっぴろげだった。
そもそも日中は、玄関に鍵なんて掛けてなかったんだから。


夏ならば戸は開け放たれているし、見ようと思えば生け垣越しに覗く事だってできる。
だからこそ、「見て見ぬ振り」という高度な暗黙の了解もあったのだろうけれど。

今でもお花見や花火見物なんかのレジャーシートに、その名残りがある。

それを広げた瞬間、そのスペースがそこにいる人達のプライベートゾーンに早変わりするように。
四角く囲われただけで、そこには「見て見ぬ振り」の治外法権が成立する。
(と思って寝コロがるのは私だけ?)


それが洗濯機の登場で、洗濯は家の中でするものになった。
水道があれば、井戸まで水を汲みに行く必要もない。
そして、生け垣はブロック塀に変わった。

そうやって生活が文化的になるにつれ、日々の暮しは内にこもって、伺い知れないものになった。(昔のように、開けっ広げすぎるのも、チョット落ち着きませんが)

「秋深き隣は何をする人ぞ」

本来は、(宿の?)隣人に思いを馳せたという芭蕉の句。
それが、今では別の意味合いで使われているように……。

生活の質の向上は、プライバシーの向上でもあるらしい。

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2006/11/13

秋の日の

Hiru_koyoヴィオロンの
ためいきの……

教科書でだったのか。
初めてこれを目にした時、ヴィオロンがバイオリンだということに、どうも納得がいかなかった。


逆に、なるほどと思ったのが「メリケン」。
「メリケン波止場」とか、ちょっとレトロでエキゾチックなイメージ。

昔は「小麦粉」のことを「メリケン粉」なんて言ってたけど。
ウチでは「うどん粉」と言っていた。
だから、後になってこの三つが同じものだと知った時には驚いた。

そして、この「メリケン」が「アメリカン」のことだと知った時には、もっと驚いた。
よく考えれば、本来の発音には「メリケン」の方が近いような気もするし。
そもそも、外国語をカタカナで表現するのに無理があるのかもしれない。


それから、父なんかは「インク」のことを「インキ」と言ってたけれど。
「大日本インキ」とかの社名を見ても、それは父が江戸っ子だったから、という理由ではなかったようだ。

この「キ」と「ク」の発音。日本人には迷うところらしい。
労使交渉の「ストライキ」と、野球の「ストライク」。
これが、同じ "strike" だと習った時の衝撃も、メリケンの時に引けをとらなかったと思う。

どうやら耳に馴染んだ外来語ほど、その意味を知った時の驚きは大きいらしい。


お馴染みと言えば、『アンタッチャブル』とか『タイトロープ』とか。
子供の頃、訳もわからずに観てた外国ドラマでも。

『アンタッチャブル(untouchable)』だったら、
さわることができない → ふれてはいけない → 非難[攻撃]の及ばない
の意味だったり。
(「犯すベからざる」とか「禁断の」みたいな感じ?)

『タイトロープ (tightrope)』なら、タイト(ピンと張った)なロープで、
綱渡り用の綱 → 危ない橋を渡る だったり。
その意味を知ると、絶妙なタイトルに感じ入ってしまう。

(今回改めて調べてみて、冬に履くタイツが「窮屈な」って意味の(tight)だと知ってまたまたビックリ。タイトスカートの「タイト」と同じだったなんて!)


そう考えると、トム・クルーズ主演の『ミッション・インポシブル(MISSION: IMPOSSIBLE)』。
これは、1960年代にテレビでも放送されていたけれど。
その時の邦題が、『スパイ大作戦』だったのは、ちょっと寂しい。

そして、そこに登場する女スパイ「シナモン」。
その名前が、香辛料と同じだと知ったのも、ずぅっと後になってからのことでした。

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2006/11/10

ハンギングバスケットを

10_20hanging作りました。

玄関に掛けていたのが枯れてしまって。
作り直すことにしたのは前述の通り。

このハンギングバスケット。
知らない間に植木鉢が転がってたりすると。
そこに植えられていた植物は、上を向いてるのを発見することがあるけれど。

それと同じで、側面に植えたものは上に向かって伸びようとするし。
上面に、しなだれるものを植えておけば、面白いものが出来上がる。


ただ、側面に植えるとなると、それなりに難しいものがあって。

苗を通す穴を大きくし過ぎると、カゴが破れちゃうし。
ぎりぎりの大きさのそれに苗を通すのは、いつも苦労するところ。

しかも、花の苗には当然根の張った土(根鉢)がついてるから。
大きさの限られたカゴの中に、どうやってそれを収めるかが難しい。

Himeturu_2それと、無視できないのが環境。

北向きの玄関だから、冬は日光が当らない。
だから、陽射しを欲しがるパンジーやビオラには向いてない。(花が咲いてくれない)
アリッサムも好きだけど、小さな花びらが散って掃除が大変。
で、これまた使えない。

そんな制約がある上、側面にも植えようとすると、思いのほかたくさんの苗が必要になる。

そんなこんなで、今回は新たにミニシクラメンと、ヒメツルソバ、各1。
白妙菊×2、バコパ×2、の計6株を買うことに。
その他、水栽培していたアイビー2株と、根を出したオリヅルランも活用しました。


さっそく出来上がったものを玄関に掛けてみたけれど。
悦に入っているのは自分だけ。

そのハンギングバスケットが、新たに作り直したものだということ。
それを、他の家族が気づいた気配はない。
 
11_8hanging2
 
 
●上の写真が
 植え付けた当日。
 (10月20日)
●写真中
 ヒメツルソバの花
●下が、
 19日後の姿。
 (11月8日)

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2006/11/07

ハンギングバスケットが

Hunging2枯れちゃいました。

ハンギングバスケットというのは、壁に掛けたり吊るしたカゴに植物を植えたもの。
掛ける場所によっては、ちょうど目線の高さになるから。普段見るのとは、また違った姿を楽しめる。

上面だけに植えてもサマになるし。
その側面にも植えれば、いっそう華やか。

それぞれの植物が成長すると、まるで花のくす玉のようになる。
(上手くいけば……ですけど)(^^;)
一番のお気に入りということもあって、いつも玄関の壁に掛けてました。


全体を作り直したのは4年ほど前。
それからは、メインの花を取り替えるだけで。
アイビーとか、白妙菊とか、脇役の葉ものは植えっぱなし。

時々、伸び過ぎた枝を切り戻していただけだから。
白妙菊などは新芽を出さなくなっていたし。
枯れてしまったものもあった。

でも、その分をアイビーが繁って覆い隠してくれていて。
なんとかゴマかせていたんだけれど。

Hunging1ところがこの夏、その頼りのアイビーも枯れてしまった。

やっぱり植えっぱなしだと土の保水力も落ちてくるみたいで。水をやっても、周りからこぼれてしまって、中まで染み込まない。
それでも夏は、水をやらないわけにいかなくて、セッセと……。

それがいけなかったらしい。


人目につくからこそ、玄関の特等席に掛けていたのに。
枯れてしまったものを、そのままにしておくわけにもいかない。

ただ、ヤシの実の繊維で出来たカゴはもうボロボロだし。
作り直すのは無理かも……。

どうしたものかと思案してたら。
カゴの中に、あらかじめビニールを敷いておくやり方があるのを思い出した。
そもそもは乾燥を防ぐためらしいけど。
でも、ビニールを支えにすれば、ヤシの繊維は表面の飾りとして使えるかもしれない。

そこで、気を取り直し、さっそく作り直すことにいたしました。

ということで、詳細は次回に。

Hunging3
 
 
季節ごとに
抜いたり植えたりを
繰り返してたので
ガゴはもうボロボロ

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2006/11/04

ダルマから三兄弟

11_2senniti私は、勤勉な倹約家ではないようだ。

前回の靴下の穴にしても。
穴が開かぬよう、マメに足の爪を切ればいいのに。
それをおっくうがるからイケナイのである。

その点、同じケチでも家内は違う。

頑強な足の爪に、あえなく破れはしたけれど。
私の靴下の穴にも、果敢なチャレンジを試みた。

ジャージなどが流行る前の若い頃、私の普段着はジーンズだったけど。
毎日履いていれば膝に穴の一つも開く。
すると、そこに端切れで継ぎ当てしてみたり。(ワッペンの時もありました)

どうもこう、ほつれや穴を見つけると、メラメラと闘志が湧くらしい。
それはもう、衝動と言ってもいいのではないだろうか。

そういえば先日も。

いきなり「私、わかったの!」と言いだす。
何がわかったのかと聞いてみると。
スリッパは、決まって踵の部分から擦り切れるんだとか。

……はぁ、そうですか。

ということは、もしや。と思っていたら。
案の定、翌日家内が履いているスリッパの踵には、しっかりデニム地で当て布がしてあった。


物を大事にするのは結構なこと。それはそれでイイんだけれど。

ブランド物に騒いだかと思うと、繕い物にも精を出す。
(太っ腹なのかと思うと、やっぱりケチ)
それが、同一人格に宿っているのが、私にはイマイチ解せない。

解せないと言えば、ウチの子も。

アディダスじゃなきゃイヤなのは、通学用の靴下で。家でなら無印のでもイイらしい。
しかも部屋着のジャージなら。
膝に開いた穴に、伏せしてあっても文句を言わないのは不憫でさえある。

複雑な思いでその当て布を見ると。
知らない間に、その丸が上下二つに増えてダルマさんになっていた。

そしてしばらくたった後、今度はそれが、また一つ増えて。

だんご三兄弟になっているのを見た時は。
さすがの私も言葉を失うのであった。

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2006/11/01

靴下の穴から

Reukansa_upテキトーに考えてて、後で痛い目にあわされるのが靴下の穴。

「靴を履いたらどうせ分からないんだから」

と、穴の開いた靴下を履いてる日に限って、靴屋さんで欲しい靴を見つけてしまったり。
欲しいズボン(パンツと書けないこの私)を見つけてしまったり。
当然、皆で行くお店がお座敷だったりする。
(なんて、どこかで書き込んだような気も)

家内からはこんな話を聞いたこともある。

高校生の頃、皆で友達の家に遊びに行くことになったんだそう。
その時、モジモジしていた一人の友人に話を聞くと、その日は穴が開いてる靴下を履いてたんだとか。
その場は白い靴下の裏からティッシュでフタをするという奥の手で逃れたそうだけど。
皆それぞれ、靴下の穴には痛い目にあわされているらしい。

そういえば、雑誌のお宅訪問のコーナーでも。
椅子に座ったご主人の靴下に、穴が開いてるのを目撃した時は身につまされた。
(気づかずに履いちゃうパターンもあるんですよねぇ)


まぁ、私の場合それは若い頃のお話で。
自宅で仕事をするようになってからは、ずいぶんその危険が減ったけれど。
しかし油断はできない。

この間も、ゴミを出しに行こうとすると。
サンダルの爪先からは、しっかりと靴下の穴が顔を出していた。

今さら履き替えるのはメンドウだし、ええいままよと行ってしまったけれど。
誰に会うかわからない。
靴下をずらして穴の部分を指の間に挟んで歩くのは、意外に難しかった。


だったら、最初から履かなければイイんだけれど。
ゴムは伸びていないし、毛玉もできてないし。捨ててしまうのは忍びない。
出掛ける用事もないし、ついつい「ま、イッカ?」になってしまう。

そんなイイカゲンさに加えて。
足の爪を切るのを面倒臭がってるのもイケナイ。
これじゃセッセと穴開き予備軍を作っているようなものだ。

素足でいる夏でさえそうだったんだから。
これからの季節、靴下を脱いでまで、爪を切るのはますます間遠くなるのは目に見えている。


あぁ……。靴下の穴から自分が見える。
ここまでわかっていて何もしないのは、人間としていかがなものか。
さっそく足の爪を切ろうと決心いたしました。

しかし、これだけ書かないと、その気になれないってのも、何やら寂しい。

Ana_
 
これが
問題のその写真
穴というより
未遂といった感じでした

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