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2006/11/16

隣は何をする人ぞ

Yoru_koyo子供の頃の事だ。

母が道端にタライを持ち出して洗濯していたのを、なんとなく覚えている。

いいお天気で、家の裏にあった井戸で洗濯するより、お隣とのお喋りを楽しんでたのかもしれない。(イタリアの大女優ソフィア・ローレンさんも、映画の中じゃ井戸端会議しながら洗濯してたし。)

お向かいのおばちゃんは、「こんにちは」と言い終わった時には、すでに家の中にいたのではないだろうか。

そんな風に、あの頃は何でも開けっぴろげだった。
そもそも日中は、玄関に鍵なんて掛けてなかったんだから。


夏ならば戸は開け放たれているし、見ようと思えば生け垣越しに覗く事だってできる。
だからこそ、「見て見ぬ振り」という高度な暗黙の了解もあったのだろうけれど。

今でもお花見や花火見物なんかのレジャーシートに、その名残りがある。

それを広げた瞬間、そのスペースがそこにいる人達のプライベートゾーンに早変わりするように。
四角く囲われただけで、そこには「見て見ぬ振り」の治外法権が成立する。
(と思って寝コロがるのは私だけ?)


それが洗濯機の登場で、洗濯は家の中でするものになった。
水道があれば、井戸まで水を汲みに行く必要もない。
そして、生け垣はブロック塀に変わった。

そうやって生活が文化的になるにつれ、日々の暮しは内にこもって、伺い知れないものになった。(昔のように、開けっ広げすぎるのも、チョット落ち着きませんが)

「秋深き隣は何をする人ぞ」

本来は、(宿の?)隣人に思いを馳せたという芭蕉の句。
それが、今では別の意味合いで使われているように……。

生活の質の向上は、プライバシーの向上でもあるらしい。

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コメント

この頃では、隣はなんという名前、ってことすらあるでしょうね。
私が育った環境は、nanbuさんがお育ちになった環境ほど
開けっぴろげなご近所付き合いはありませんでしたが、
それでも玄関に鍵をかける生活ではなかったですねぇ。
子供の自分も、顔しか知らなくてもご近所のオジサン・オバサンには
必ず「こんにちは!」って挨拶していましたし。
オジサン・オバサンたちもにこにこと挨拶を返してくれたものです。
今住んでいるところでは、挨拶と顔をあわせたら話をする程度で
深い付き合いはなく、まさに隣は何をする人ぞ、の状態です。
気楽でいい反面、寂しくもありますね。

投稿: ポージィ | 2006/11/16 17:30

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

一体私は何を書きたかったんでしょうか。(笑)
実はこれ、以前書いたままボツにしていたものなんですが、
秋ということでUPしてみました。

昔みたいに開けっ広げでも落ち着かないし、
かといって隣が誰だか分からないのも怖いし。
自分も含めて「時代と共に、暮し方も感じ方も変わったなぁ」
ということを綴ってみました。

>挨拶と顔をあわせたら話をする程度で

以前、「付かず離れず」の時にも書きましたけれど。
ご近所付き合いとしては、それがベストだと思います。
(もちろん気の合う相手となら、それなりの付き合い方になるとは思いますけど)

投稿: nanbu | 2006/11/16 20:22

nanbuさん、こんばんは(^0^)v

ぽぱいは小学生の頃、毎年夏休みになると西海岸の叔母の家に預けられていたのですよ。
あっ、西海岸といっても「伊豆」の西海岸ですからね(;^_^A
そこは山間部の農村なので夜でもカギなんてものはかけませんでした。
トイレは外(牛小屋の中)にあるので夜中のトイレは恐かったですよ~。
薄暗いトイレに入った時、でっかい蜘蛛がちり紙の上に鎮座していた時は死ぬかと思いました。
20年近くご無沙汰していますが、今でもカギをかけてないのかな~?

投稿: ぽぱい | 2006/11/16 20:58

その映画,ひょっとしてソフィア・ローレンが皿洗い競争するやつでしょうか?
(題名も内容も覚えてないけどなぜかそのシーンだけは覚えているんです。)

さて洗濯機,昔は2槽式だったものが全自動1槽式になりそれから今では斜めのドラム型になりつつあるんですよね。
民家のブロック塀も昔は背丈ほどもあって家のぐるりをずっと取り囲んでいました(子供の目から見た記憶です)が,今では丈1メートルほどの低~いフェンスが主流になってきましたね。

思い出すのは小学生の頃,学校からの帰り道をブロック塀の上ばかり歩いてどこまで行けるか競ったことです。今はそんなこととても無理でしょうね。

投稿: ろーど | 2006/11/16 22:52

 
ぽぱいさん、コメントありがとうございます。(^^)

私が夏休みに母の実家に泊まった時は、ちょうどトイレを増築した後だったのでラッキーでしたけど。兄の時は、外だったらしくて「夜中のトイレが怖かった」と聞いたことがあります。
当時の農家では土間のカマドで煮炊きして、お風呂もゴエモン風呂で。
水周りは土間ですもんね。
当然お湯も出ないから、冬の水仕事は大変だったと思います。

ウチに「瞬間湯沸かし器」(←懐かしい響き!)が登場した時は、
こんな便利なものが発明されるなんて、と驚いた覚えがあります。

投稿: nanbu | 2006/11/17 08:47

 
ろーどさん、コメントありがとうございます。(^^)

残念ながら皿洗い競争の映画は覚えていないんですが。
自分の記憶では、いつも井戸端で洗濯してるようなイメージがあるんです。(^^;)

>今では丈1メートルほどの低〜いフェンスが主流になってきましたね。

なるほど!(・o・)
確かに最近はラティスとか、低いフェンスが主流ですよね。
オシャレな建て売り住宅だと、植込みだけで、塀そのものがなかったり。
前を通る時、目のやり場に困ったことがあります。

生け垣から高いブロック塀へ。そしてまた低いフェンスに。
西洋の人は、カーテンも視線を遮るというよりインテリアの一部と見なしてるようだし。「(個室以外では)見られることを前提に暮らしているようだ。」
と何かで読んだことがありますけど。
それだけ日本人の暮しも西洋化したんでしょうか。

投稿: nanbu | 2006/11/17 08:57

うちは「お隣さん」が居ないのです
北側に月極駐車場があって あとの周りは全部空き地です
その駐車場が角っこなので 回覧板はぐる~っと回って
裏のお宅へ持って行きます

ポツンと一軒だけ建っているので目だってイヤなんですけど
お隣さんが居ないのは ある意味気楽ですよ~♪
だからって近所付き合いが無いわけではないので(^^)

投稿: miki | 2006/11/17 18:56

 
mikiさん、コメントありがとうございます。(^^)

丸く刈り込まれた金木犀を道路から写した写真を拝見して、角地なのかな?と思っていたんですけど。駐車場以外は全部空き地なんですね。
回覧板は遠回りかもしれませんが、プライバシーが保たれて、見晴しがいいし、採光も通風もいいし。最高の立地ですね!

>だからって近所付き合いが無いわけではないので(^^)

うんうん。mikiさんのブログにも、ご近所のお友達がたくさん登場しますもんね♪(^o^)

投稿: nanbu | 2006/11/17 20:11

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