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2007/01/22

あげる/その1

Asayake1私が中学生の時だ。
美術の時間にオルゴールを作ったことがある。

作ると言っても木製のキットを組み立てただけだけれど。

唐草模様を彫り上げた表面にヤスリをかけ、黒く塗装してニスで仕上げる。
小物入れになっている内側には、エンジ色のフェルトを貼って。
すると、想像した以上の出来栄えになって、自分でもちょっと嬉しかった。

そこで私は欲を出した。
フタの裏側に小さな鏡を付けたくなったのだ。

どこに行けば手に入るだろうと考えた私は、通学途中にガラス屋さんがあるのを思い出した。
鏡もあったような気がするし、あそこなら売ってくれるかもしれない。
どうしても鏡が欲しかった私は、勇気を出してそこに行くことにした。


私が声をかけると、中から出てきたのは無愛想なおばさん。
おずおずと「小さな鏡が欲しいんですけど……」と言うと、その人は顔からさらに表情を消す。それは、不機嫌と言ってもよかった。

自分は何かいけないことをしてしまったのだろうか。

すると、不安げに見つめる私の目の前で、そのおばさんは思いもよらない行動に出た。
その辺にあった鏡のカケラを拾い上げるや、慣れた手付きでそれを四角く切り出したのだ。そして、あっけにとられている私の前にそれを突き出し、こう言った。

「やるよ」

あぁ……。そういうことだったのか。
その人にとって自分はお客ではなく、鏡を欲しがっているタダの子供だったのだ。
迷惑そうだったのも無理はない。
むしろ私は、感謝しなければならないのだ。

……そこまでは理解できたけど。
それでもやっぱり、私はイヤな気持を振り払えなかった。

「お金を払ってでも、ちゃんとした売り物の鏡が欲しかった」
少し角の曲がった四角い鏡。
切り出したままの、手が切れそうな鏡を注意深く持ちながら、私はそう思った。


敬語の使い方によると、「あげる」は「やる」の謙譲語になるんだそう。
それでいくと「花に水をあげる」という言い方は間違いだとか。
だから、あのおばさんの言葉は正しかったのだろう。

私も対外的には「子供にお小遣いをやった」と言うようになったけれど。
でも、家で子供に言う時には「お小遣いをあげる」と言いたい。

この「あげる」。
今では謙譲語というより「やる」の丁寧語として定着しつつあるんだとか。

私も、それでいいような気がしている。

Asayake2
 
●追記:「あげる」と「やる」はとってもデリケートな問題で
二重敬語の「お召し上がりになる」が市民権を得たように、今過渡期にあるような気もします
その2では、謙譲語の「差し上げる」に触れたいと思っています

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コメント

わぉ ついに恐怖の敬語の世界に突入ですね。

「やる」のかわりに「あげる」が使われることが多くなりましたね。
犬に餌をやる 花に水をやる 小遣いをやる 
どれも、なにか乱暴に聞こえてしまうんですよね。
なんとなく自分の方が大上段に構えているようで。

私は「花に水をあげる」「この辺りで切ってあげる」といった使い方は
まだしませんが、「お小遣いをあげる」は抵抗なく使っちゃっています。
「餌をあげる」「餌をやる」はちょっとごちゃ混ぜ、かな。
夫に「クックにおやつやった?」と聞くこともあれば、クック自身に対して
「おやつあげようね」と言ったりします。
色々な微妙な立場?の違いによって、それこそ微妙な使い分けを
されている言葉のように思いますね。

nanbuさんが中学生のときに経験されたガラス屋さんでの一件。
そのシチュエーションで、その表情で態度で口調での「やるよ」は、
正しい使い方の言葉だったとはいえ、多感な中学生の心に突き刺さりますね。
想像して胸がきゅんと痛みました。

投稿: ポージィ | 2007/01/22 14:28

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

>わぉ ついに恐怖の敬語の世界に突入ですね。

そうなんです。まさに「恐怖」の世界ですよね。
触れずに済ませられれば、そうしたかったんですけど。
昔の思い出をつらつら書いてたらまとまらなくなっちゃって。
避けられないのならと、いっそ飛込んでしまいました。
それだけにコメント嬉しいです。(^.^)

>なにか乱暴に聞こえてしまうんですよね。

お気持ちとってもよく分かります。
特に女性はそう感じてしまいますよね。
気持的には「あげる」なのに…。というジレンマがあるような。
ポージィさんが、クックちゃんに対して「おやつあげようね」と声を掛けるのは、ごく自然な気持ですもんね。

謙譲語は「差し上げる」で、「あげる」は丁寧語ってことになれば悩まずに済むんですけど。
…なんて言うと怒られてしまいそうですが。(^^;)

投稿: nanbu | 2007/01/22 16:26

よく問題に出ますよね?○○の謙譲語と尊敬語は?、、みたいな。。
いざ答えようとすると「あり?」ってなることがあります
職場での電話の応対なんかは 結構間違って使ってる人も多いと思います
だから日本語は難しい(^_^;

「やる」と「あげる」
ラムっちに関してはポージィさん同様両方使ってますが
ただ「餌」と言う言い方はしません、、「ご飯」です(^o^)

私のパソでは夕焼けがピンクに見えます
と~っても綺麗.。o○

投稿: miki | 2007/01/22 21:19

 
mikiさん、コメントありがとうございます。(^^)

>と〜っても綺麗.。o○

ありがとうございます。(^.^)
きっと私のパソと同じ見え方だと思います。
(でも、スミマセン・・・朝焼けなんですぅ)(T_T)

ホント、日本語は難しいですね〜。
いざとなって「あり?」っとなることよくありますもん。
そうなるまで「知らなかった」こと自体「知らなかった」りして。(笑)
実は、「あげる」も今回調べるまで謙譲語だとは認識してなかったんですよ。
そういうもんだと思ってただけで。
自分や身内の事と、相手の事と言い方を変えてるんなら、そりゃ確かに謙譲語だワ。
と、あらためて納得した次第です。(^^;)>

>「ご飯」です(^o^)

イヤン♪ 確かに!(^o^)/

投稿: nanbu | 2007/01/23 08:24

あら、いやん♪ うちも「ごはん」って言ってました。
でも以前いた金魚には「エサをやる」だったなぁ…
これって「差別」ですね。まさかだから死んじゃった?

投稿: ポージィ | 2007/01/23 10:51

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

>あら、いやん♪ うちも「ごはん」って言ってました。

あはは♪ でしょ?(^o^)
そのへんが「話し言葉」と「書き言葉」の違いなんでしょうか。
思考を言葉に置き換える時、無意識に変換してるんですよね。

ウチも金魚には「エサをやる」ですよ。
ワンちゃん、ネコちゃんのペットフードには、思わず食べたくなるようなごちそうがありますけど。
金魚のエサはあんまり食べたいとは思えないし。(笑)
その違いじゃないでしょか。

投稿: nanbu | 2007/01/23 12:01

 子ども時代のお話というのは僕は大好きです。なんかノスタルジーですね。

 でも、ことばのもうこのあたりは「考えたら負け」の世界ですよ(笑)。プロでも下手に手を出したらヤケドする激しい世界です。あまり深く考えない方がよろしいのではないでしょうか。

 ことばなんて結局、多数決の結果の積み重ねですからね。どれが正しいなんて誰にも言えません。ただ、多くの人が使うことばだけが生き残る。そういうもんですよ。
 聞いた話では、エジプトのピラミッド時代くらいの石版にも「最近の若者はことばの使い方を知らん!!」と書いてあるそうです。
 どこの国のどの時代の人でも、永遠にことばに悩んでいるのでしょうね。

投稿: ろぷ | 2007/01/24 23:37

 
ろぷさん、コメントありがとうございます。(^^)

子供時代って、自分の愚かしさを許してあげられる、
数少ない思い出のような気がしました。(↑これは丁寧語の方です〜)(笑)

>ことばのもうこのあたりは「考えたら負け」の世界ですよ(笑)。

はい。その通りだと思いました。
いろいろ調べたら、かえって怖くなって。何も書けなくなっちゃったんですよね。(T_T)
間違えないようにと思うと、どんどん自分の感覚と離れてっちゃって。
「恐怖の世界」というのは、きっと漠然とそう感じたからだと思います。
今回も、素朴な疑問としての「あげる」に留めることにします。
あたたかいコメント、ありがとうございました。

でも、エジプトの石版のお話は最高ですね。(^o^)

投稿: nanbu | 2007/01/25 09:47

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