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2007/02/26

頭のてっぺん

Pink_bakopa
思考を言葉に置き換えながら記事を書いていく。

「こんなことを表す言葉はどれだっけ?」
と、頭の中をまさぐって、その中から拾ってきた言葉を当てはめていく。


ただ、顔は分っているのに、その芸能人の名前が出てこない時のように。
ノドまで出かかってるのに、なかなか出てこないことがあったり。

そんな時に、探していた言葉をたぐり寄せられると嬉しい。
なんかこう、記憶の底に沈んでいたものが、浮かび上がってくる感じ。

そういえば、人の記憶を司っているのは、脳の下の方にある「海馬」だとか。
だとしたら、そこから「浮かび上がってくる」のだろうか。

でもそれは、「確かそんな言葉があった」という「アテ」がある時。
それとは逆に、ごくたまに書いている途中で「ひらめく」言葉もある。


ジグソーパズルに、一つだけポッカリ空いた穴を見つめている。

そしてそこに手を伸ばしたら、すでに手の中には目的のピースがあった。
そんな感じ。

自分がそんな言葉を知っていたことにさえ驚くような。
もちろん使ったこともないような言葉。
辞書で確かめずにはいられないくらい、あやふやな言葉。

そういった時は、「浮かび上がる」というより「降りてくる」感じがする。
頭のてっぺんから、ふっと言葉が降りてくる。

自分でもすっかり忘れていた子供の頃。
遠い昔に、テレビかラジオで聞いた言葉なのだろうか。
それとも、なにかで読んでいたのだろうか。


考えがまとまらない時、頭を掻きむしりたくなるけれど。
そんな時は、いかにも頭で考えてるって気がする。

でも、よく言われるように「胸が痛む」とか「胸を打つ」とか。
頭で感じているはずなのに。
まるで心は胸の辺りにでもあるように思えたり。

それと同じ錯覚かもしれないけれど。

自分では意識していない記憶。
もしかしたら、頭のてっぺんにはそういったものをしまう場所があったりして。

……なんて想像したら楽しくなった。

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2007/02/23

バラの剪定

Mae_1去年の冬は20年ぶりという記録的な寒さだったのに。
それが今年は、一転して記録的大暖冬。

そこで気になってたのがバラの剪定。

芽が動き出す前に、伸びた枝を切り戻す。
そしてついでに消毒も。

これが例年のパターンなんだけど。
なかなかその気になれなくて。
怖くてジックリ観察もしてなかった。

この冬こそはやらなくちゃ、と思っていた植替えも結局やらずじまいだったし。
春めいた陽気に浮かれながらも、心のどこかではドキドキしてたこの私。

そこで2月のある日、意を決してバラの剪定を執り行いました。
よく見てみると、意外なことに芽もそんなに成長してないし。
例年通りといった感じで、これなら手後れではなさそう。

Tebukuroホッとしたところで、さっそく作業に取り掛かります。

バラの世話をする時に、欠かせないのがバラ用手袋。
布製の手袋に、厚くゴム引きしたものだけど。
コレのお陰で、終わった後には手が傷だらけ。
なんてこともなくなりました。
 
 
Kareedaまず剪定鋏で枯れ込んだ枝の切り落とし。
(あらぁ、ハサミがサビだらけ)
あとは前年に伸びた枝の、良い芽の上で切り戻します。
外向きで良さそうな芽を選ぶのに、毎回悩むんですよねぇ。
コレが。
 
 
 
Sekkai_iogozaiさっぱりしたところで、いよいよ消毒。
霧吹きも、使っているウチに薬剤で目詰まったりするし。
最近は使い終わった手動スプレー式の殺菌剤の容器を、霧吹き代わりに。

昔ながらの石灰硫黄合剤を薄めて、洗うようにたっぷりと散布。
(ただ、乾くと周囲が硫黄で白く汚れるので、使う場所には注意が必要かも)
厄介な黒星病には、コレをするだけでも随分違う気がします。
(強アルカリ性なので注意書きはシッカリ読みましょう)
 
 
Ato_1ここ数年、元気がなかったコンフィダンスが、とうとう枯れてしまったのが残念だけれど。
(それでも10年くらいは楽しませてもらったから文句は言えません)
合計6鉢の剪定と消毒が終わって、やっと安心。

これで、心置きなく春の到来を待つことができそう。
(って、その前に確定申告があるんだった)(T_T)
 
 
↓関連記事
●'07年4月15日「バラの剪定その後
●'07年5月10日「バラが咲いた
●'07年10月16日「ちょっぴり切ない秋のバラ

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2007/02/20

設定のご印篭

2_17xmassroseウチの子がインターネットをする時。

仕事部屋に、例のノートパソコンを持ち込むようになった。
そこにあるケーブルにつなぐためである。

仕事部屋といっても。
6帖のその部屋には、他に置き場所のない婚礼ダンスが壁ぎわに並んでいる。
仕方なく、その反対側の壁に収納と机を作り付けて仕事部屋と称しているだけなんだけど。

今までは、何とかそれでしのいできた。
しかし、それがパソコンを使うようになって様子がオカシクなった。

まず、家内が一台目のMacをタンスの前に。
(当然タンスを開ける時はキャスターごと移動)
その数年後、リビングでWebの孤島と化していた私のMacを、タンスの隙間に。
(電話線とつながるまでに一年かかりました)
最後に、OS9.2が発売終了になる直前、駆け込みで買った3台目は家内が机の上で。

それだけでもキツキツなのに。
息子の参入で、狭い6帖間は真夏のプールサイド。
(レジャーシートの隙間を縫ってのカニさん歩き、お分かりになりますよね)


それを避けるために、ノートパソコンは最初から別の部屋で使うのを前提にしていた。
でも店員さんによると、無線で飛ばすには傍受されないようセキュリティの設定が必要なんだとか。

その時、いちるの望みをかけて聞いてみた。

「あのぉ……その設定は簡単にできるんでしょうか?」
でも、そのお返事はつれないものだった。

……やっぱりね。

パソコンで何かをしようとすると、必ずこの「設定」が行く手に立ちはだかる。
それが一番苦手な私。
この言葉で、今まで一体どれだけのことを諦めてきたことか。
そのたびに「この印篭が目に入らぬか!」と言われたような気がして、ひれ伏してしまう私。

そりゃ、勉強しなければとは思うんだけど。
これをやりだすと私の頭はとたんに駄々をこね、イヤイヤを始める。


しかも無線で飛ばすにはある程度の速度が必要とのこと。
現在は、一番お安い3Mのコースなんだけど。
プロバイダとの契約を50Mに変更すると、モデムも取り替えなきゃならないんだとか。
そうなると、また例の「設定」が……。

しかし、今や光の時代。そんなノンキなことも言ってられないし。

腹を据えて変更手続きをとりました。(とは言え、ADSLのままだけど)
これから新しいモデムが届いて、NTTの工事(と言っても、あちらサイドの)。
それに合わせて出張サポートの手配もして。

それまでは悩ましい日々が続きそうな予感。
 
 
●追記:お騒がせいたしましたが、さきほど工事が終わり無事設定も出来ました。

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2007/02/17

希望の星

Paso_left我が家に希望の星がやって来た。

今現在、私も家内も使っているのはMac。
必要に迫られてそうなったんだけれど。

クラブ活動でコンピュータを使っているウチの子。
家でデータを開こうとしてもできないことが多々あるし。
旧式のMacじゃインターネットでも同じ。

そのたんび「使えねぇ〜!」と文句を言っていた。

常々そんな状況に業を煮やしていた家内。
太っ腹なことに、なんとWindowsを買ったげると宣言した。
(早い話、今まで親ができなかった無念を、子に託そうという魂胆である)
もちろん、ちゃんと下調べだけはしておくように念を押して。


そんなワケで、先日も新宿に行った折、とりあえず情報収集のためにヨドバシを覗いてみた。

……すると。
なんと売り場のほとんどを占領しているのは"Vista"なるもの!
なんでも、Windowsも"XP"からコレになったんだとか。

ひえぇ〜!

今でさえ分からないのに、新しいのになったら手も足もでないではないか。
そこで、将来"Vista"にも対応できるというタイプの"XP"を、急遽買うことになってしまった。(だって、その時点でさえ在庫が残り少なくなってたし)


まぁ、それはイイとしても。問題はいかにインターネットとつなぐか。

現在仕事部屋には3台のMacが電話線につながっているんだけど。
(一台はイザというときの保険用)
できればこのノートパソコンは、別の部屋でも使えるように無線で飛ばしたい。
でもそうなると、もう私の理解の範疇を超えてしまう。
(今の通信環境だってサポートの人にやってもらったんだから)

お店の人の説明で、電話線につながってるのがルーターって名前だと、やっと思い出したくらいな私。
もう私の脳ミソは臨界点ギリギリ。今にもメルトダウンしそうな勢いだ。

思わず「こういうことを下調べしておいて欲しかったんだよ!」
と、恨み言の一つもいいたくなるのでありました。


……しかし、家に帰ってみるとやっぱり今の子は違う。

テキパキとセットアップを済ませて、パソに名前まで付けている。
(あ〜ぁ。Macのことも、それくらい勉強してくれればイイのに……)

ま、とりあえず後のことは、またサポートにお願いするとして。
我が家にも、希望の星がやって来たのは確かなようである。

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2007/02/14

焼肉リベンジ

Yakiniku肉を網の上にのせる。
すると、ジュッという控え目な音が。

待つことしばし、やや反り返ったそれには、はやにじみ出た脂が浮かび上がっている。

目を皿の上に転じれば。
なんのてらいもなく身を投げ出しているのは、次の出番を控えたお肉さま達。

あぁ、私は今焼肉屋にいるのだ。


……ウチが焼肉を食べに来るなんて、めったにないこと。
しかも、一週間前にもココに来ているというのは珍事と言ってもいい。

その理由は、とりもなおさず割引き券があったから。
「得々ランチ」と「レディースランチ」のクーポンを握りしめ、家族揃ってやって来たのでありました。

「得々」は、お肉の他、ご飯、お吸い物、サラダにキムチの漬物。
さらにデザートのアイスクリーム or 飲み物のセットという豪華版。

かたや「レディース」は、ご飯がビビンバになって、デザートはアンニン豆腐という布陣である。


ご飯は無料で大盛りにもできるとのこと。
しかし、昼食ということもあり普通盛り……にしたのがイケナかった。

さらにウチの子はデザートの代わりにアイスティーを選んでいる。
この時、アイスコーヒーを頼もうとした私の本能は、にわかに危険信号を発した。

家内だけ飲み物がないというのはマズイ。
(そりゃ長い付き合いですもの)
一方、母親のアンニン豆腐を見た息子が、いつまで平常心を保てるのか甚だ心もとない。
(食べ物の恨みは恐ろしゅうございます)

そこで私は、アイスクリームで布石を打つことにした。

実はオーダーした時点では、まだお水が届いていなかった。
(それで息子は飲み物を選んだようだ)
しかしその後すぐにお冷やが運ばれ、さらに食後にはデザートと一緒にお茶までが供された。
その時になって、やっと自分が飲み物と引き換えにデザートを失ったことを悟ったわが子。その心中は穏やかではない。

「水がくるんなら飲み物はいらなかったのに」
「どうせならご飯は大盛りがヨカッタのに」

……はいはい。そんなことだと思ってちゃんとアイスを頼んどいたんだよ。

結局、その場はアイスを半分コすることでなんとかおさまったけど。
一抹の心残りはいかんともしがたい。


Dessertてなワケで、今日もまた残りのクーポンでリベンジしに来たのでありました。

モチロン息子はご飯大盛り。
アイスも一人占めできて、やっとメデタシメデタシとなったのでございます。

(でも……お父さんなんか疲れた)

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2007/02/11

認知→判断→操作

Bentiお風呂上がり。
冷蔵庫から出したウーロン茶を飲みながら一人考える。

「あ〜おいしい」

その時、背後でウチの子の声がしたような気がした。
どれ、とりあえず頭の中の日本語変換スイッチを入れてみよう。

「asita gakko saborokana」なになに?
「明日学校サボろうかな」

……おぉ。これはいけない。

それがいつものボヤキなのは知ってるけど。
ここはひとつ、励ましの言葉をかけてやらなければ。
そこで私は、やや慌ててこう言った。

「まぁ、そう言わずに頑張って」

すると。

「あぁビックリした!シカトされたのかと思った」と言われてしまった。

危ないアブナイ。
もう少しで、いたいけな少年の心を傷つけてしまうところだった。

私は考え事をしてると、時々こんな症状に見舞われる。
自分では、その間3秒くらいだと思うんだけど。
息子に言わせるともっとだそうだ。
(ひどい時は「今なんて言った?」と聞かれて、答えられない時があるもんねぇ)


これは自動車教習所で習ったことだけど。

運転中は、「認知」→「判断」→「操作」という手順をとっているらしい。
危険を発見して(認知)→止まろうと考え(判断)→ブレーキを踏む(操作)

まず、危険を「認知」しなければ始まらない。
漠然と「見て」いるだけでは「認知」したことにはならないんだそうだ。

そういえば、以前ウォークマンを聴きながら歩いていて、小型トラックとぶつかりそうになったことがある。
その時、確かにトラックの姿は目に入っていたんだけれど。
音楽を聴くことに集中していて、それが危険なものだと認知するのが遅れてしまったのだ。

ただ見ているだけでは「認知」したことにならない。
音を聞いてるだけじゃ「聴いた」ことにならない。

……なんて反省しつつ。
またまた現実を忘れて考えに耽ってしまった、コリない私なのでありました。

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2007/02/08

敬ゴッコ

Pool_kamo1この前書いたように。

もったいぶった言い方がすこぶる好きな私。

ウチの子が宿題をしてる時も。
「丁寧な字で書いた方が、先生の覚えがめでたいよ」
なんていうのは私の常套句である。
(面白半分って動機は不純でしょか)


他にも、後で母親に文句を言われそうなことをしてたら。
「そんなことをすると、お母様のご不興を買っちゃうよ」とか。

もちろん、それで叱られたりしようものなら。
「ホレ、お小言をちょうだいしてしまった」となる。

意外にも、言われた本人はまんざらでもない様子だし。
案外素直に聞き入れてくれたりしてやめられない。

思えば、無言で茶碗を突き出すウチの子に。
「『ご飯をよそってくださいませ』でしょ?」なんて言ってたのがクセになり。
ついつい調子に乗って、「お父様が、さっきおっしゃったでしょう?」
なんて自分に敬語を使ったりして遊ぶようになってしまった。


でも、それで最近ちょっと不安になってきた。

自分に尊敬語を使う父親なんかを見ていたら、敬語の使い方が混乱してしまうのでは?
と思い至ったのである。


そこで先日、恐る恐るウチの子に聞いてみた。
「ねえ、『おっしゃる』の謙譲語って知ってる?」

すると。

……「申す?」

ピンポンピンポン♪
おぉ、おぉ。ちゃんとわきまえているではないか。
お父様は嬉しい。

しかし、私がホッとしたのも束の間。聞いてもいないのに、後に続けてこう言った。
(ちなみに○○というのは、息子がつけた私のニックネーム)

「○○に、エサをやる」

・・・(・o・)

どうやら、敵の方が一枚も二枚もうわ手だったらしい。
(もしや……この前の記事読んだの?)

Pool_kamo
 
 
プールで泳いでいた鴨
南に渡っていったのか
今ではすっかり姿を消しました

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2007/02/05

癒しの喫茶店

Himeakahateha_upあらかたの日本人がそうであるように。
私は結構人目を気にする方だと思う。

でも、自分がやりたい事は、案外ためらわずやってしまったりするところもある。

それは、ウチの子がまだ小さかった時も例外ではなかった。
前ダッコでお散歩に行ったり、公園デビューしてみたり。


ただ、好きでしていたとはいえ、同時にまた焦りも感じていた。

とにかく一日中目が離せない。
子供を見張っているために、トイレのドアは常に開いたままだったくらいだから。
(今でも時々そのクセが出ちゃったりして……)

そんな生活が嫌なわけではなかったけれど。
社会と隔絶しているような不安と背中合わせでもあった。
(普段から打合せも電話で済んでるから、ほとんど家にいたし)

以前は、洒落たお店があれば当然のように入っていたのに。
自分も、その場にふさわしい人間でありたいと思っていたのに。

なにより、自由に行動できた。
それがどんなに貴重な事なのかというのを、思い知ったのだった。


飢餓感と言ってもいいようなその感情。

それに駆り立てられて、当時の私がしていた事は「喫茶店に入る」というもの。
お散歩の途中とか、たまに街での所用があった時、よく入ったりしたものだった。
(子連れでもヒンシュクを買わないようなお店や、空いている時間帯を見極めてだけれど)

子供が大人しくしていられる時間などタカが知れている。
しかし、短時間でもいいから入りたかった。

熱いコーヒーだったりしたら、それこそ冷めるのを待つ時間さえない。
まるで苦労するために入っているようなものだったけれど……。
それでも「喫茶店に入った」という事実は、私の渇きを癒し、安心させてくれた。


それが今じゃ、くつろぐのはもっぱらファストフードのお店。
最後に喫茶店に入ったのがいつだったのかさえ思い出せない。

それでも充分満足出来るのだから。

人間の欲望とは、置かれている環境でコロコロ変わるものなのかもしれない。
 
Himeakatateha
 
 
ひなたぼっこしていた
ヒメアカタテハ(たぶん)
ビオラとの映りが
あんまりキレイだったので

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2007/02/02

仰々しい軽々しさ

1_5bakopa_abu家内がバッグの話をしている。

そんなこと言われたって、どれのことだかサッパリ。
そこで、しびれをきらした家内が形状を説明しだした。
なんでも外側に二つのポケットが付いてるのらしい。

「あぁ。あの、仰々しい金具が付いてるヤツ?」

すると、私の言葉にウチの子が反応した。
「『ぎょうぎょうしい』ってどういう意味?」

……おぉ!

中学生になってからというもの、難しいことを習ってるもんだから。
親の方は、とんと勉強について行けなくなった。教えたくても教えられない。
親に教えを請うなんてことも滅多になくなった今。
こんなチャンスを見逃すハズのない私達は、異口同音に答えた。

「大袈裟ってこと」(んふ♪)

と、そこまではよかったんだけれど。
そのあと私がネタにされるのも、ま、当然といえば当然の成りゆき。

「じゃあ、お父さんは『仰々しい』ね」

ホラ来た。

……しかし、常々大袈裟な物言いを好む私。
言われてみれば、たしかに仰々しいと言えるかもしれない。
などと、私が殊勝な内省をしていたら。
家内の一言がそれをアッサリと打ち砕いた。

「ん〜っ。それより『軽々しい』ね!」


……まったく。

どうしてこの人は、いつもそういうことをサラリと言ってのけるのだろう。
(それが核心を突いているのも憎らしい)

「だったら私は『ケバケバしい』?それとも『デコラティブ』?」

……はいはい。

家内がそんなことを言っているウチに、息子はテーブルを離れていく。
そして私は、また物思いに耽り始める。

「仰々しくて軽々しい」。

なるほど。
案外このキーワードで、私という人間の半分以上は解明されてしまうのではないだろうか。
そして、自分を客観視することにさして痛みを感じなくなったのは、日々この家族に鍛えられているせいではないだろうかと。

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