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2007/04/06

端倪すべからざる道

3_30kawa1先日、調べものをしていた時。

「端倪すべからざる」という表現に出会った。

またまた初見の言葉。
いや、その雑誌を買ったのは随分昔のことだから。
何度か読んでいるハズなんだけど。
まったく覚えていなかった。


いつもの@nifty辞書によると、こうある。

●たんげい【端倪】大辞林 第二版より
〔「端」はいとぐち、「倪」は田のはしの意〕
(1)事の始めと終わり。
(2)推測すること。おしはかること。「—すべからざる事態」

なるほど。田んぼの端に立って見渡す感じなのだろうか。
あまりに広すぎて、その全容を計り知ることもできないといったような。

さらに手持ちの漢和辞典で調べてみると「倪」は幼い子供という意味だとか。
(「兒」は「児」の旧字だそう)

おやおや、今度は田の端から幼児になってしまった。
はてと思い、その光景を思い浮かべてみる。


幼子が道の端に立ち、その先を見つめている。

それは、買い物に行った母親の姿なのだろうか。
それとも、働きに行く父親の姿なのだろうか。

小さな子にとって、その行先は想像もつかない。
まして、いずれ自分もその道を歩きださなければならないことなんて。

はるかに続くその先は、端倪すべからざる未来そのもの。


思えば自分も、長いこと歩いているような。

行き交う人並みもまばらになって、迷い込んだ細い道。
いつしか街灯も無くなって、端倪すべからざるその先は見えない。

そして気がつけば、道草を食ってばかり。
道端にしゃがみ込んで、四葉のクローバーを無心に探している。

見つかるアテなどないけれど。

明日からまた歩いて行けそうな気がして。

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コメント

川の水の流れが煌いていて綺麗ですね。
この川の流れ行く先も、端倪すべからざる、ということになりますか。
「端倪すべからざる」聞いたことはある様な気がするものの、意味はさっぱり。
試しに電子辞書で「端倪す」を引いてみたんですけれど、そこに書かれている
意味もちんぷんかんぷんで(^^;)、nanbuさんの説明を拝見してやっと
理解できた気がしました。

端倪すべからざる 人生に例えていらっしゃる。
えぇ…先は見えなくて、一生懸命推測したり想像の翼を広げてみたり
するのですが、やっぱり見えません。
とうに幼い子供ではなくなって、何十年も歩き続けているにもかかわらず。
四葉のクローバー探しが明日への力につながるのなら、それもまた
必要なことなのだと思います。

「思えば自分も…」から最後までの部分、じーんと胸に沁みました。
なんだか目が熱くなっちゃいましたよ。

投稿: ポージィ | 2007/04/06 18:24

 
ポージィさん、コメントありがとうございます。(^^)

>この川の流れ行く先も、端倪すべからざる、ということになりますか。

なるほど、そうですね。
川の写真は水面の画像が欲しくて撮ったものだったんですが。
今日この記事をUPする時、写真を選んでいてスグに決めました。
「流れの行く先」と「端倪すべからざる」を無意識に重ねていたのかもしれませんね。(^_^)

この言葉を知った時も、漠然としていてどうやってまとめていいのか見当もつかなかったんですけど
ふっと道の端に立っている幼子が思い浮かびました。
皆それぞれの道を歩いているんですよね。歩き方もまたそれぞれで。
私も四葉のクローバーを求めているのか、探すこと自体を求めているのか、よく分からなかったりしますが。(笑)

投稿: nanbu | 2007/04/06 20:18

先が見えない方がいいのでは・・・
いや、、何かに悩んで凹んでる時は
藁をも掴む思いで何かにすがりたくなったり
光が見える為のヒントが欲しくなったりしますが
最後に決めるのは自分、、歩くのも自分の足です
見えないからこそ「楽しい」と思えることに出会えるし。。

偶然ですが 
先のことは考えない
「今」を大事にしようという記事を書いたばかりなので
そんなことを思いました

なぁんて 偉そうに言ってますが
「端倪すべからず」
意味はもちろん、読み方さえわからなかったことを
ここに白状しときます(^o^)

投稿: miki | 2007/04/07 14:34

 
mikiさん、コメントありがとうございます。(^^)

>最後に決めるのは自分、、歩くのも自分の足です

そうなんですよね。
そう考えると、生まれた時から生き方さえ決められていた封建時代の恐ろしさに身がすくんでしまいますが。(自分だったら生きていけないかも )(^^;)
チョット前までそんな時代だったことを思うと、自分で決められる自由のありがたさを感じますね。
(だからこそ、誰のせいにもできないという重みも増したように感じますが)
時代が変わっても自分の足で歩いていかなくちゃならないのは同じだから。
少しでも楽しいと思えることを見つけたいなぁと思います。

「端倪すべからず」
何度か読んでいるにも関わらず、覚えていなかった私の方が重症のような気がします。(^o^)

投稿: nanbu | 2007/04/07 16:03

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