黎明の兆し
●リターン雑記その1
私は、普段から無意識にあれこれ考えているらしい。
それは、絵の構図であったり、好きなスポーツの動きだったりする。
自分のHPでアニメーションを掲載しているけれど、スポーツネタが多いのもそのせいだ。
今は、それを形にする事が出来るからいいけれど。
それ以前は自分でも煩わしかった。
気に入った技があったりすると、頭の中でその動きを再現出来ないと気が済まない。
この、気が済まないというのが曲者で。
こういうのを妄想癖と言うのだろうかと、自分をいぶかしく思ったほどだった。
パソコンで曲りなりにも色々なものを作れるようになって、初めて無数の妄想の断片が、一つの形に収斂していくのを感じている。
HPにそれら形になったものを掲載する時。
パソコンと出会って本当に良かった。と、しみじみ感じている。
それまでは妄想でしかなかったものが、人様に見てもらえるのだから。こんなに嬉しいことはない。
頭の中で雑然と転がっていたガラクタを、一つ一つ磨き上げ、整理して、陳列棚に並べるように…。
ただのイタズラ描きを額に入れて壁に掛けるように…。
この日常雑記に書いていることも、すでに何度も頭の中で反芻してきたことばかり。
もちろん、新たに感じ入って書いたものも混じってはいるけれど。
そのほとんどは、自分にとってお馴染みの想念のカケラの寄せ集め。
HPも含め、これまでに書いて来た雑文を改めて見直すと、よくもまあこれだけ雑多な想いを抱えていたものだとあきれてしまう。
しかし、それらの想念を記事としてUPした瞬間に、自分の中で「済」の印が押されているのも感じる。
心の中でケリが着き、どんどん頭の中が整理されていく。
これまでは、「ネタが尽きたらどうしよう。」と心配していたけれど、そうやって決着が着くのなら、それもいいような気がしてきている。
思考のカケラでしかなかったものに、役割を与えられたのだから。
たとえそれが自己満足に過ぎなくても。
雑多な想いに遮られ、渾沌としていた暗がりの中で感じる、うっすらとした黎明の兆しなのだろうか。
整理整頓の済んだ部屋から、白々と明けていく空を眺めるような。
そんな、穏やかな気持ちで朝を迎えられるかもしれない。
'05/01/07
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