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2007/12/03

寂しさの形

Susuki_fuke●リターン雑記その2

幸せの形はどれも似ているけれど、不幸にはそれぞれの形がある。

そんな言葉があるけれど。
人生の数だけ、不幸の数もあるような気がする。

もし仮に、幸運にもその「幸せの形」に巡り合えたとしても……。
今度は、それを何一つ失いたくなくて、怯え続けたりしないのだろうか。
それでもまだ足りない何かを、求め続けたりしないのだろうか。

「不幸」を、それが満たされない「寂しさ」と言い換えたら。
一人で生まれてきて、一人で死んでいくまで、人はそれぞれの寂しさを抱いて生きて行く。
なんて言葉に辿り着く。

その寂しさを埋め合わせるために、出会いを求めて彷徨しても、決してそれは完全には埋められない。
いつも何かしらの隙間が付きまとう。

指紋で個人が識別できるように、元々それぞれの寂しさの形が違うのだから。

でも、だからこそ、一部分でもその隙間を埋められた時の喜びは大きい。
だからこそ、そんな出会いが尊いような気もする。


はるか昔、最期の時を迎えた王は、多くの奴隷を道連れにしたという。
古墳時代の埴輪は、その代わりだと聞いた事もある。
支配者は、そうやって最後の寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。

しかしそれは、そんなことで相殺される筈もない。

豊臣秀吉が、死の床で「世継ぎの秀頼を頼む」と言い遺した時。
あれほどの人物が、徳川家康の将来の裏切りを予感しなかったとは思えない。
それでも、家康にそう言わずにいられなかった秀吉。

いくら天下人とあがめられても、それは安らかな最期と言えるのだろうか。


生きて行く寂しさ。

そこからは、いっとき目をそらす事ができたとしても、逃げ続ける事はできない。
だったらそれは、最後の寂しさを受け入れるための、模擬試験なのかもしれない。


なんて……もの思う秋の日、少々感傷的に。

'05年10月20日

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コメント

nanbuさん、こんばんは(^-^)v

そういえば、以前「笑い豚」でも幸せについて書いた事があります。
どんなに大金持ちでも、豪邸に住んでいても不幸な人は大勢いますからね(って大金持ちや豪邸に住んだ事すらありませぬが…)

“幸せ”はその人の心の中に宿っているものですから、同じ待遇を受けても“幸せに感じる人”と“どうでもいいと思う人”に分かれると思います。
どうせ一回の人生ですから“小さな幸せ”をたくさん貯金して「大“幸せ”持ち」になりたいと思っていま~す。

投稿: ぽぱい | 2007/12/03 20:34

 
ぽぱいさん、コメントありがとうございます。(^^)

そうでしたね!
幸せについての記事。たしかお城の写真が添えられていたような覚えがあります。
大事なのは“幸せ”と感じるかどうかですもんね。
私も“幸せの感受性”をもっと磨きたいと思っています。

>“小さな幸せ”をたくさん貯金して「大“幸せ”持ち」に…

はい、私もそう思います。
いっぺんに大きな幸せが来るとドギマギしちゃうかもしれませんが。
(あ、でも宝くじの大当たりは大歓迎ですけど)(^^;)
“小さな幸せ”なら受け止められそうなので、それをたくさん貯金したいですね!

投稿: nanbu | 2007/12/03 21:48

昨日、今日と娘が帰って来てたので
2人で穏やかな時間を過ごす、小さな幸せを感じてました

♪何でもないようなことが~ 
 幸せだったと思う~

です(^_^)
でも同じく 宝くじならドンと来い! でもあります(^o^)

投稿: miki | 2007/12/04 20:32

 
mikiさん、コメントありがとうございます。(^^)

お嬢さん帰ってらしてたんですか!良かったですね♪(^o^)
(先日「こんな時いてくれたら」とおっしゃってましたもんね)

>♪何でもないようなことが〜
↑この歌、声もメロディーも浮かんでるのに誰だったか思い出せなくて…。
歌詞で検索してみたら、虎無竜の「ザ・ロード」でしたね。
でも、今度は読みがわからず。(「こむりゅう?」とか)
必死で「とらぶりゅう」を思い出しました。
自力で思い出せた小さな喜びに、今浸ってます。(笑)

投稿: nanbu | 2007/12/04 21:39

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