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2008/03/29

サクラサク

08_3_28sakura2

今年もとうとう桜が咲きましたね。
東京の開花宣言は3月22日。

一昨年までは、HPの桜の便りでウチの桜が開花するまでの過程をUPしてたんだけど。
昨年からは花付きが悪くなっちゃって、それはナシに。

でもバックナンバーを見てみると、その年の都心の開花日が記してあったり。
(書いてない年もあるのが今となっては残念ですが)
その時々の蕾の状態から、開花まであとどのくらいかを知る手掛かりになったりして。
情報源としても結構便利だったのに。(ちなみに今回検索したところ、開花予報はヒットしても過去の開花日が載っているサイトさんは意外にヒットしませんでした)

そこで、ウォーキング時に思いつくまま撮っていた今年の桜の様子を、覚え書きとしてまとめてみることにしました。

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(左)まず、2月28日が最初の写真。膨らんだ花芽の先端が明るい色になってきました。
(右)それから約10日後の3月10日。花芽の鱗片からクリーム色が顔をのぞかせて。
  
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(左)3月15日には若草色の全身が現れました。
(右)3月17日。そのわずか二日後にはピンクの蕾が出てきてビックリ。
  (ひとつの花芽からは3、4個の蕾が出てきます)
 
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(左)3月24日。都心の開花宣言の二日後。どうやらこの前日には開花していた模様。
  (日曜は買い出しで見逃しちゃいました)
(右)そして3月27日。まだ満開ではないものの、随分と咲き進みました。
 
08_3_27utisakura
 
 
●おまけ
去年に輪を掛けて花付きが悪くなったウチの桜も、3月27日に開花しました。

今回は日時指定の自動投稿のため、表示が崩れていたらご容赦ください。

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2008/03/26

バリエdeカンショウ

Rabendaで、カンショウといってもデカンショ節ではありません。(あ、……滑ったかも?)

乙女の感傷じゃなくて、過干渉でもなく。
もちろん緩衝材でもありません。

前に「芸術」とか「音楽」とかが付く、あの「鑑賞」。


その対象に向き合うという意味では、他にも「観賞」「観照」なんかがあるけれど。

綺麗な花を見て、「あぁ、美しいなあ」と楽しんだりするのが「観賞」らしい。
(はい、これ得意です)
一方「主観を交えず、対象のあるがままの姿を眺めること。静かな心で対象に向かい、その本質をとらえること。」(@nifty 調べ)が「観照」なんだとか。
(ここまで行くと、ちょっと高尚な感じがしますね)

その中間くらいが「芸術作品を味わい理解する」の「鑑賞」なんでしょうか。

ただ、私はどうもこの「鑑賞」の仕方が下手。
常に基準点が定まっている人と比べると、私はその対極にいるような気さえする。
座標軸のゼロの地点から対象を見つめるのが、私にはとても難しい。

理解しようとすると、ドップリその世界に入り込んじゃって。
なんとなく何かがほの見えてきたかと思うと同時に、周りが見えなくなる。
それを味わおうとすると、そこに照準を合わせるのではなく座標軸ごと引きずっていってしまう。

この状態はアブない。


私を筆頭に、世に天然と呼ばれる人達。
そんな方々は、自分ではゼロの地点に立っているつもりでも、座標軸がチョット一般の人よりズレている。

そしてもちろん私も。
何かに耽溺し、深く沈潜していく時(だけじゃない?)。
その対象にロックオンされた私の座標軸もまた、深く深くスライドしていく。

そして……。

ふと我に返った時。
そのあまりの道程にめまいを覚えながら、トボトボと帰路につくのであります。

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2008/03/23

お彼岸ウィーク

うるう年の今年は、20日(木)がお彼岸のお中日。
その日を真ん中にした一週間が、お彼岸ということになるんだろうけれど。

この期間は、なんだかいつも慌ただしい。

まず、ウチの子の誕生日がある。
2月末の私の誕生日と近いこともあって。
例年、家内が(ついでに)食事をおごってくれるありがたい日。

当の家内は時々友達とランチをしてるようだけど。
普段レストランに行くなんてことのない慎ましい(貧しい)私には、年に一度の晴れ舞台。そこで今回は、珍しく写真なんか撮っちゃったりして。

いえ、毎回撮ろうとは思ってたんだけど。
それに気がつくのは、いつも散々食べ散らかした後だから。

携帯を手にしてから2年、ブログを始めてからは3年以上が経過して。
やっと私の脳内のニューロンは「目の前のご馳走」→「食べる前にカメラを向ける」という新たなシナプスでつながれたよう。

TennaiZensaiMain
 

そして、お彼岸と言えばお墓参りだけれど。

ウチの場合、それ以外にも火災保険の契約更改とか。
車検が切れるのもちょうどこの頃。(ディーラーまでは車でも、帰りが……)
で、そのへんのことは、ちゃっかり家内に押し付けてたりして。

となれば、お墓参りくらいは自分でしなくちゃね。
帰りには実家にも顔を出して。とか考えると、やっぱり一人の方が身軽だし。
ということで、こちらは昨日私が行ってまいりました。

いざ墓園に到着してみると。お中日が荒れ模様の天気だったせいか結構な人出。
去年あたりからは歩道脇に屋台が立ってたりして、辺りは行楽気分だけれど。
それもまた賑やかで、仏さまも喜ぶかも。なんて思ってみたり。

実家の人達はもう先に来ていたらしく、花立てに入り切らなかった花束が脇に添えられて。花に囲まれて立ちのぼるお線香の煙も満ち足りた感じ。

のどかを絵に描いたようなお日和の中。
園内の桜の蕾は、咲くのを待つばかりといった様子だし。
帰りのバス停横のコブシの木は、すでにもう満開の爛漫モード。
帰りの時間を気にしながらも時間を忘れるような。
なんだかフンワリとした時間だったのでした。

Bosan1Bosan3Bosan2

お墓参りって、行くまでがちょっとカッタルいんだけど。
(あ、お父さまゴメンナサイ)
でも、行けばやっぱり気持いい。

そうやって今年も無事、彼岸明けの日を迎えたのでした。

●なお、ココログは25日(火)15:00 〜26日(水)11:00 までメンテだそうです

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2008/03/20

春に目が離せない

18tanpopoおとといのウォーキングで、とうとう今年初めてのタンポポを発見しました。

花はまだ、地面にへばりついてるけれど。
太陽の光を受けようと、その黄色い花びらを精一杯に広げて。


記録的な寒さだった一昨年とは打って変わって、記録的大暖冬だった去年
アレヨアレヨと暖かくなったと思ったら、また冬のしっぺ返しがあったりして。
その気紛れに振り回されてしまったけれど。

それに比べて今年の春の訪れは、真っ当というか順当に歩を進めている感じ。

いくら日が伸びたとはいえ、まだまだ寒い2月。
寝起きの草花は、まるで布団から抜け出すのをイヤがってるみたいに。
その成長も、ゆっくりペース。

それが3月の声を聞くと、いきなりスパートをかけてくる。

「早く春が来ないかなぁ……」なんて。
コッチが今までのように「待ち」の体勢でいると、追い抜かれてしまう。
後でゆっくり味わおうなんて思っていると、ベルトコンベアーに乗ってサッサと目の前を通り過ぎてしまう。

だから見逃さないようにしなっくっちゃ。

なんだか今年は、春に目が離せない。


Bara_sinme
とはいえ
冬の間に済ませなければならないことがあったのに
何もしてなかったりして……
これじゃ
春に目が離せないんじゃなくて
春に置いてきぼり。(T_T)

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2008/03/17

風呂を埋める

080315hanameある時、家内の口から「何の連脈もない」が飛び出した。

「あ、やっぱりそう言うんだ」

そこで私はおもむろにこう宣言した。
「その場合、脈絡が正しいんだって」(うふ♪)

それを聞いていたウチの子は「なんか早口言葉みたい」とつぶやいていたけれど。
(そうそう。「みゃくらく」って舌がもつれそうになるよね)
どうやら、例の「連脈」は、とりあえず家の中では通用するらしい。
(って、あんまり慰めにはなりませんが)


家の中だけで通じるといえば。
二、三年前コメント欄に書き込んだ、あることを思い出した。

「お風呂が熱かったら水でうめてね」「は〜い」

熱いお湯に水を混ぜて適温にすることを、実家では「うめる」と言っていたんだけれど。
以前、なにげなくこの言葉を発した時。
「埋めるって、風呂に土でも入れるの?」と人に笑われたことがあって。
これは実家だけで通じるローカルな言葉なのだろうか?
と、にわかに不安を感じ始めたのでした。

「お風呂をうめる」。言われてみれば、たしかにヘンかもしれない。

下町育ちの父は「お金」のことを「お足」と言うくらいだったし。
(子供の私には「おわし」と聞こえました)
母は母で、田舎の親戚と電話で話した後しばらくはタイムスリップしちゃうし。
(見知らぬ母になってしまったようで、寂しゅうございました)
あやうい言語環境の中で育った私には確信が持てない。

でも、「水で薄める」だと温度を下げる感じがしないし。
私としては、やっぱりお風呂は水で「うめ」たい。

そこで、後になって辞書で調べたところ。
「埋める」には「水を加えてぬるくする。また、薄める」という意味もあると知ってホッとするやら、ビックリするやら。複雑な心境だったのでありました。(お酒を水で薄めるのも「埋める」んですって!「酒ニ水ヲ—・ムル/日葡」)


いやはや。
実家でしか通じないと思っていた言葉が辞書に載ってたり。
そうかと思えば架空の言葉だったり。

私にとって、辞書はやっぱり手放せない座右の書なのであります。


080317haname
 
●上の写真は3月15日に撮った桜の花芽。
春は忍び足で」の写真から二十日ほどで、すっかり成長しました。
●追記:そして左の写真が3月17日。
もう先端からピンクの蕾が顔を出しました。
三日、じゃなくて「二日見ぬ間の桜かな」です。

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2008/03/13

今やろうと思ったのに

Kumo先日の午後パソコンを起動したのは四時近かった。

それから慌ててブログをチェック。
なにせウチの夕食は六時前と早いから。
その前には洗濯物を取り込んで、お風呂も洗わなくちゃならないし。

アタフタとシステムを終了して、さあお風呂を洗おうとリビングへ行くと。
すかさず「お風呂洗ってね」という家内の声。

今やろうと思ったのになぁ……。
(CMの西田敏行さんには身につまされましたが、あれは30年も前だったんですね)

しかし、毎日食事の支度をしてもらっているんだもの。ここでふくれてはマズイ。
そこで私は「うん、今やろうと思って来たの」と言った。

ま、こうやって文字にすると穏やかだけど。
実際には語尾の「の」は「のっ!」と、語気を強めてしまった私なのでありましたが。
(イケナイ。つい本心がポロっと)


ところで、この前の「中表」から始まった一連の記事。
そこでは「裏」と「表」の話題も出たけれど。

このブログを読んでくださっている方々にとって、私の実生活は「裏」になるのだろう。
かたや、現実に私の身の回りにいる人達は、私がこうやってブログでウダウダと書いていることを知らない。(ごくわずかな人を除いてね)
そうなると、そんな方々にとってウェブ上の私は「裏」ということになる。
これは、とても興味深い現象なのではあるまいか。

結局、私がブログをしていることを知っている身近な数人が、私の「裏表」を知っているということになるんだろうけれど。
でも、この私を一番よく知っているハズの家内にさえも、私は全てをぶつけているワケではない。
(お風呂洗いでは、図らずも馬脚を露わしちゃったけど)


心穏やかに日々を過ごそうとすれば、無駄な争いはしたくない。
ものは言いよう。角が立たないように伝えたい。

不活性化したワクチンと言ったらいいのだろうか。ちょうど予防接種みたいに。
感染力を無くしたエッセンスだけを抽出して。

ただ、そうやって濾過された私の言葉は無毒化されていても。
それを濾した私のフィルターには何が残っているのだろう。
浄水場の沈澱池の底に溜まった澱のようなものが、私の裏側にはこびりついているのだろうか。

それは、いっかなライオンの「おふろのルック」といえども、落とせないものなのだろうか。

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2008/03/10

ハラハラ、ドキドキ

08_2_27sutokkuしながらホラー映画を観る。
なんてよく言うけれど。

この「ハラハラ」と「ドキドキ」。
今まで深く考えずに使い分けていたことに、ハタと気がつきました。

たとえば、ミステリー小説を読みながらハラハラするのは、ストーリーの進展に気を揉むから。
決して自分の身に危険が及ぶとは思っていない。

一方、ジェットコースターに乗ってドキドキするのは、たとえ擬似的にでも自分の身に危険を感じるから。
(ハラハラするのは、それを見ている側が感じる気持ですよね)

ことの成り行きを心配するのが「ハラハラ」で。
自分が怖かったり緊張するのが「ドキドキ」。
(ハラハラすれば鼓動も激しくなりますが)

その対象が、自分なのか他者なのか。この違いは大きい。

もっとも。
乱暴な運転に同乗者がハラハラするのは、ぶつかるんじゃないかという「ことの成り行きを」心配しつつ、「自分の身が危険にさらされている」という恐怖も同時に感じているし。
難しいところではありますが……。


ということで、今回のリターン雑記をなにげに、さり気なく。
(ちょっと無理があります?)(^^;)

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なにげに、さり気なく

08_2_27biora●リターン雑記その8

「なにげに」、「さりげに」。
数年前から耳にするようになったこの言葉。

「何気なく」も「さり気なく」も似たような意味なんだから、二つもいらないじゃん。
なんて思っていたけれど。

最近、「なにげに」そんな事を考えていて、自分の中のある変化に気がついた。
「何気ない」は、「特に深く考えることもなく、無意識に」であるのに対し、「さり気ない」は「人にそうと意識されない程度に」みたいな違いだろうか。

つまり、あくまでも自分の中で完結するのと、他者を意識する違い。

「何でこんな大きな違いを見過ごしていたんだろう!」
今まで、なんとなくこの二つは使い分けていたけれど、その違いは些細な事だと思っていた。
慌てて辞書で調べてみると。

「何気無い」(1)さりげない(2)はっきりそうするつもりもないようす
「然りげ無い」特にそうしようとするようすを見せない感じ

へ?「見せない」以外おんなじ。
どうやら、最初に似たような意味だと思った自分の感覚は、あながち間違いではなかったらしい。

いや、もともと違いはあるのだろう。
ただ、他者を意識するのは「言わずもがな」の事で、とりたてて意識されなかったというのが近かったりして。
「自分」と「他者」との関わりを「何気なく」受け入れ、「さり気なく」気遣う。
そんな事が一つの事としてとらえられ、さして区別もされなかった。

それが、「個」と「社会」の関わりの多様化で、違いが鮮明になってきて。
(電車内での大声の携帯電話は、他者を意識してるとは思えませんもんね)
遅ればせながら、やっと私もその違いの重大さが気になりだした。

自分の迂闊さを棚に上げれば、そんな事も言えるのかな?
なんて思ってしまったのでした。

'05年12月7日

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2008/03/07

クリスマスローズの謎

Xmas_rose2月も後半になって、やっとクリスマスローズの花が咲きました。

立春が過ぎたとはいえ、まだ寒さが残る春咲きに咲くその姿は健気と申せましょう。
ただ、同時に釈然としない思いも残る私。

だって、クリスマスの頃咲くからクリスマスローズって名前なのに。
その頃咲いたためしがないんだもの。


……この花を初めて知ったのはいつだったろうか。

当時のガーデニング雑誌には、お約束のように「クリスマスの頃咲く」と書かれていた。しかも、紹介されているのは判で押したように雪の中で咲いている写真ばかり。
(それで和名が「雪起こし」なんだとか)

記されている花期は12月〜2月。
一応その期間には入ってるけど、私としてはやはり12月に咲いて欲しい。
そこで、自分の育て方が悪いのだろうと思い、冬のあいだ暖かい南のベランダに移動したこともあったけど。
結果はやっぱり同じ。

HPにもこの花(ヘレボラス ニガー)の絵を掲載していて。
「春先に咲くのはオリエンタリスの方で、クリスマスの頃咲くのが、このニガーです」
なんて書いちゃってるし。実はそれが一番気になっていたのです。


確かに12月になれば蕾が出てくるけれど、後はそれっきり。
まるで冷蔵庫の中で保存しているようにちっとも成長しない。

もしかしたら、蕾が出たら暖かい室内に取り込めば早く咲くのかもしれないけれど。

ただでさえ物があふれてる家の中。
とてもそんな空きスペースなんて確保できないし。

いつか、私にもこのナゾが解ける日が来るんでしょうか。

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2008/03/04

黄砂飛来

080304kosaめっきり春めいてきたとはいえ。

まだまだ朝晩の冷え込みが厳しい今日この頃。

ウッカリ車のフロントガラスにウィンドウォッシャー液をかけようものなら、一瞬で凍り付いてしまう。

……と、わかっているのに。
ハイ。つい先日もやってしまったこの私。
(だって、もう大丈夫だろうと思ったんだもん。ブゥ)

えぇ、えぇ。「一発解氷」スプレーのお世話になりましたとも。

ただ、外側の霜はスプレーで溶かせても。
フロントガラスの内側の曇りがなかなか取れないんですワ、これが。
それで、いつも10分くらい余裕をもって家を出ているんだけど。
その日の気温や湿度によってガチガチに凍り付いてたり、クリアなままだったりと予想がつかないのがクヤシイ。


さて、今日も今日とて。
ウチの子を駅に送りにいこうと車に向かって行くと。

うわっ……キタナイ。フロントガラスはもちろん、窓という窓が埃だらけ。

たしかに、昨日の午後パラパラと雨は降ったけれど。
それにしても、このスゴさは尋常じゃない。

っと、そこで昨日の新聞を思い出した。

そういえば黄砂が記録されたと書いてあったっけ。
なんでも「中国内陸の砂漠から舞い上がった砂が、昨夜あたりから日本に飛来している」んだとか。

あらぁ……。
その時、私は心の中でつぶやいた。

「これがウワサの黄砂?」「そうさ、黄砂」

……失礼シマシタ。m(_ _)m

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2008/03/01

春は忍び足で

080228hanameそろそろ桜の花芽も膨らんで、先端が明るい色になってきました。
ということで、今回は●リターン雑記その7を。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

●春は忍び足で

この冬は、20年ぶりの記録的な寒さだったそうだけれど。
これにはもう、誰も異論はないだろう。('06年)

記録的な大雪の被害を受けて、気象庁が1日「平成18年豪雪」と命名したほどなんだから。


……本当に寒かった。
帽子やマフラー、手袋をしていても、顔は防ぎようがない。
土手なんかをウォーキングしていると、頬に当る風は痛いほどだったし。

このところ、ポケットにはいつもティッシュをしのばせていた私。
だって、冷たい空気を吸い込んでいると、鼻水が垂れてきちゃうから。

それでも、立春を過ぎるとやはり違う。

遠目からは枯れてるように見えた潅木も、近寄ると小さな緑の芽が出ていたり。
ポツンと花が咲いてたり。
グラウンドのフェンス沿いに植えられた桜の木。
その花芽も、やけに目立ってきたように感じていた。

「こんなに寒いのに、まさかぁ。」
春に焦がれるあまりに感じる錯覚。気のせいだと思っていた。
ところが……。

用水路にかかる歩道橋に立つと、桜の枝は手が届く所に迫っている。
先日その枝先を見てみたら、なんと先端の花芽から薄いクリーム色が顔を出しているではないか!

「えぇ〜!」もう桜の花芽が動きだしてる。

いつも思うんだけど。
寒い寒いと嘆いていても、春は知らない内にやって来ている。
背後から忍び足でやって来て、ひっそりとそこで待ち構えている。
いくら人が、寒さに凍えていても。


暗い部屋に帰ってきて、やれやれと電燈のスイッチを入れた瞬間。
突然クラッカーが鳴り響き、「ハッピーバースデイ!」と、プレゼントが渡される。
そんな驚き。

それは、ドラマの世界だけだとしても。
ある日突然、春もクラッカーを鳴らす。
そして、プレゼントを渡してくれる。

嬉しい驚きで、自分でもすっかり忘れていた、「あの日」を思い出させてくれる。

'06年3月7日

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