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2008/06/28

に・へ……え?

08_06_26sinbun先日の新聞の一面には、こんなタイトルの記事が。

「○○証券に改善命令へ」

……ん?
おっしゃりたいことは分かるんだけど。
イマイチしっくりこない。

「○○証券に改善命令」とか。
「○○証券、行政処分へ」なら分かるけど。
「○○証券に改善命令へ」となると、なんだか。

もっとも、どの世界にもあるのが「お約束」。
私のように、いきなり歌い出すのは危険でも。それが歌劇のお約束みたいに。
きっと新聞のタイトルには、何かお約束があるに違いない。

そこでさっそく記事を読んでみると。
どうやら
「(金融庁は)○○証券に(対し、)改善命令(を出す方向)へ(方針を固めた)」
らしい。

なんと、タイトルにはこれだけの意味が込められていたとは。
ほぼ確実だけど、まだ実行されてないから「へ」が付いてるんですね。
(「○○証券に改善命令」だと、すでに発令されちゃったみたいですもんね)
つまり「『○○証券に改善命令』へ」だったんですね。


そういえば。
「駅『に』行く」とか「駅『へ』行く」とか。
「〜に」も「〜へ」も、普段は区別しないで使っているけど。
厳密にはこの「に」と「へ」には違いがある。と、何かで読んだ気がするし。

「ネタになるかならないか」が行動原理になりつつある最近の私。

ええ。もちろん検索しましたとも↓。
●http://www.alc.co.jp/jpn/teacher/soudan/029.html
「実践日本語教育 日本語の教え方相談室:スペースアルク」さんによると。

「基本的な用法としては一般に、『へ』は動作の方向を表し、『に』は到着点を表すと教えているようです」とのこと。

なるほど!
「改善命令」を出す「方向」へ向かってるから「へ」で。
その対象である「到達点」が「○○証券」だから「に」。


分かりました。
でも、それはいいとしても。私にはもう一つ気になる記述が。

それは「若い人は『に』を使うことが多く、年配者は『へ』を使うことが多い」

…………へ? (・o・)

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2008/06/25

遅れてきたバラ

5月の「バラが咲いた'08」からほぼ一ヶ月たって、赤い方のバラも咲きました。
 
08_6_19akabara
このところの花付きの悪さは、植木鉢にはびこってしまったスミレのせい。
と気付いてからは、セッセと抜いていたんだけれど。
それも去年はピンクの方だけで、手が回らなかった赤いバラは手付かずのまま。
その結果。
やっぱりというか、この春はさっぱり蕾を付けてくれませんでした。

もっとも今年は何も手入れをしなかったんだから、文句は言えませんね。
その事実にいたく反省した私。
赤いバラのスミレ退治にも地道に着手していたのです。

Up1とはいえ、バラの根に地中深く絡まってるもんだから。根絶するのは到底無理。
とりあえず土をほじくって、取り除けるものだけですが。

その甲斐あってか、なんと6月になって蕾を発見。
それが先日、やっと咲いたのでした。
(一輪だけですが、挿し芽した株にも花が→)
 
 
Shootさらに今年は、嬉しい発見がもう一つ。
このところご無沙汰だったベイサルシュートが、株元から伸びてきたのです。
←これは将来主幹になる大事な枝。
「今ある枝が古くなったら、後は枯れるだけ」
と諦めていただけに、なによりのご褒美なのでありました。

この後も、伸びてきたスミレの葉や、芽を出したこぼれ種を摘み続けなければなりませんが。
ちょっと嬉しい、梅雨の中休みとなりました。

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2008/06/22

にこけん八幡山

Kanban
昨日、恒例の「にこけん」全体会に行ってまいりました。
会場は小田急線の代々木八幡にある「七福」さん。

いかにも私鉄沿線といった商店街の表通りを左に曲がって、ちょっと入った所にあるそのお店。入口も通りから奥まっていて、私は一度通り過ぎてしまったくらいでしたが。しっとり落ち着いたたたずまいと相まって、それもまた奥ゆかしい感じ。

供されたお料理の数々も、お豆腐にまで味がしっかり染み込んだ煮込みの他。
いつものように、どれもおいしかったのは言うに及ばず。
写真のメニューの他、ゴボウの空揚げや焼き鳥も大変に美味でございました。

NikomiSasimi
NattoTogarasi
 

幹事のyochyさんを筆頭に、ぽぱいさん、楽笑さん、coldginさん、濱鯨さんといったいつものメンバーに加え。前回の初台から引き続いて参加の、A子さん、さん、ちょこみんさんと総勢9名の宴。
二回目ともなれば、皆さんとももうすっかり顔馴染みのような気がしてしまいます。

しとしとと降る雨のせいなのか。
一家言持つ皆さんそれぞれのお話も、しっとり心に染み入るようで。
ゆっくりと流れているように感じられた時間も、気がつけば早お開きの時刻。
過ぎてしまえば4時間経っていたのが信じられないほど。

思わず「年長者の言葉には真実がある」という当日の私の占いに、深く頷きたくなってしまったのでありましたが。
惜しむらくは、自分が一番年長だったような気がすること。

でも……。

それも精神年齢と捉えれば、やはり頷きたくなる私なのでございました。
幹事のyochyさんをはじめメンバーの皆さん、楽しいひとときありがとうございました♪

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2008/06/17

ちりばめる

Sirotumekusa夜空一面に、ちりばめられたような満天の星。

なんて。
東京の空を見上げても、チョボチョボとしか見えなくて。想像するしかないけれど。

来月七月七日は、織姫と彦星が年に一度の逢瀬を許された七夕の日。
折悪しくその日が雨なら、天の川の水かさが増して会えないのだとか。

波のまにまに見隠れするお互いの姿は、さぞや切ないことでしょう。


ところで、この「波のまにまに」が「波の間に間に」じゃなくて「波の随に」だと知ってビックリしたのは、去年の「ままにならない」で。
(「波の間に間に」で検索したら当時67,800件もヒットしちゃいました)

でも、そんな思い込みは今までにもたくさん。

たとえば「ふところ」では、「馴染む」があるから「なつく」は「馴付く」とかだと思ってたら「懐く」だったり。(ま、これは私の個人的資質によると思われますが)

その他、「うつむく」は「うつ向く」じゃなくて「俯く」だし。
(「うつ向く」でググったら22,900件ヒットしました)
「くずおれる」が「頽れる」だったり。
(「崩折れる」だったら15,900件)
「まっしぐら」は「驀地」だったり。
(「真っしぐら」だと6,030件)

そして今回さらに驚いたのは。
この前の記事で引用させていただいた「■マチガイだらけの教科書?!■」さんの記述。

なんと「ちりばめる」を漢字で書くと「鏤める」だったなんて!
(「散りばめる」にいたっては40,100件)

これだから辞書が手放せないんですよねぇ。


ところで辞書には載ってないんだけれど。
「俯せ」は「うつ伏せ」でもイイんでしょうか?
(一発で漢字変換されたし、ヒット数は822,000件でした)

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2008/06/14

父の日に寄せて

明日6月15日の日曜は父の日。
どこに行ってもカーネーションだらけだった母の日に比べると、父の日が地味なのは仕方ないのかも。
自分が子供だった時を思っても、これといって何もしなかったような気がするし。
ということで、今回は●リターン雑記その17を。
 
Maruta・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もともと、父とはクールな関係だった。

別に仲が悪かったというワケじゃないんだけれど。
親子喧嘩をした覚えもないし、そこまで強い感情を抱いていなかった。

聞くところによると、長兄の頃は厳しい父だったらしい。
それが末っ子の私の頃には、ずいぶん丸くなって。
宴会のお土産に寿司の折詰めを持って帰った姿とは、別人のようだ。

ただ、厳しかった頃の記憶もうっすら残っていて。
反抗心が芽生えなかった代わり、甘えようとする気持もなくしたのかもしれない。


去年('05年)のおねだりでも書いたように、私はおねだりをしない子だった。
だから父にとっては可愛がり甲斐のない子だったと思う。

そんな父との関係が変わったのは、他の兄弟が結婚して家を出た後。
会社勤めを始めた私と、両親との三人暮らしになってからだ。
ちょうどその頃は家を新築したばかり。
私が早めに会社から帰れた時には、買ってきたケーキをその応接間で食べたりした。

ソファーに座って、紅茶をすすりながらケーキを食べる。
クリスマスでも誕生日でもないのに。
そんなおままごとのような事をしたのは、子供の頃できなかった事をやり直したかったのかもしれない。

暮には一緒に駅前まで行って、お正月用のしめ縄や輪飾りを買って。
そんな事の一つ一つが新鮮だった。

私が大人になって、初めて訪れた自然な父子の時間。
それは長兄一家が同居するまでの、ほんの一、二年だったけれど。
賑やかだった我が家に束の間現れた、蜃気楼のような静かな時間だった。

その後、会社勤めに挫折した私は、結局結婚するまで実家にいた。
敷かれたレールの上を歩く事しか考えなかった私にとって、初めて経験した大きな挫折。でも、そんな私が羽を休められたのは、まぎれもなく父のいる家だった。


子供の頃、おねだりができなかった自分だけれど。
私は大人になってやっと、父に甘えられるようになったのかもしれない。

お彼岸のお墓参り。
ひとり墓園の長い歩道を歩きながら、そんな事を考えたりしている。

'06年6月18日

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2008/06/11

「捜す」を探して

kannji1写真は、私が二十年来愛用している漢字の問題集(学燈社刊)。

私にとってのそれは、ビックリするようなことを教えてくれる玉手箱。
(はい。これまでにも何度かネタにさせていただきました)

ただ、ひとつ腑に落ちないことがあって。

それは「落とし物をサガす」の解答が「捜す」しかないこと。
(あれ? 「探す」じゃイケナイんでしょか)

まぁ、次の設問が「相手側の動静をサグる」で。
その答に「探る」が出てくるからなのかなぁ。
なんて、勝手に納得してたんだけど。

もしや「捜す」と「探す」には違いがあるのだろうか?

っと、急に不安が湧いてきて。いつもの@nifty辞書を見てみると。
……あれ?

●さが・す【探す/捜す/▽涼す】大辞林 第二版より

こちらではその両方が併記されている。
だったら私の思い過ごし?

そこで、なにかヒントでもとググってみると。
↓ありました。
http://utuzawa.hp.infoseek.co.jp/sannko.sagasu.htm
■マチガイだらけの教科書?!■

おっしゃるところによると

「どういうものを『さがす』かという、その目的物の違いによるもの」だとか。
「見えなくなったものを『さがす』場合」が「捜す」で
(それが犯人だったら「逃げて見えなくなったということで『さがす』から」)
一方、「欲しいものを『さがす』」のが「探す」だそう。
(「空き家が欲しい〜ということで『さがす』から『探す』」)

なるほど。「家の中にあるはずのものを『さがす』のが、『家捜し』であり、住む家を『さがす』のが『家探し』」なんですね。


……いやはや。「捜す」と「探す」にはこんな違いがあったなんてビックリ。

でも、もっと驚くのは。
それに気がつくまでに二十年かかったということではありますが。

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2008/06/08

まさかの保険証

Akatumekusa1私の腰の重さを、端的に表しているのが床屋と病院通い。

床屋は年に4回行くのがせいぜいだし。
病院も去年の秋に行ったきり。
こと自分に関して(も?)どうしてこう投げやりになってしまうのか。

しかしある日、これではいけないと一念発起した私。
三ヶ月ぶりに床屋へと。これで気分スッキリ。

その勢いに乗って、先日は自転車をこいで病院へ。
ダラダラと続く坂道も、ウォーキング代わりと思ってエンヤコラ。
やっとのことで辿り着いたのに。悲劇はそこから始まった。


なんと差し出した保険証は期限切れ。

ゲゲッ。
一世帯に一枚だった昔と違って、最近のは一人に一枚ずつのカード式。
こないだの修学旅行に持たせるために、ウチの子の保険証をコピーしてやったのは私なのに。
なのに自分の保険証でつまずくなんて。

いや、そんな泣き言をいっているヒマはない。
今ならまだトンボ返りすれば午前中の受付に間に合う。
っと、慌てて家に帰ったものの。どこにしまってあるのやら。

家内の携帯に電話して教えられた場所を探してみると。
ありました! 家内の保険証の下には私のが。

これで一件落着。

意気揚々と再び受付に現れた私を見た受付嬢は「あ、先程の」と微笑みつつも。
あろうことか私の保険証を受け取った次の瞬間、冷たくこう言い放った。

「これは名前が違います」

ウッソ〜。
見ればそこにはシッカリと息子の名前が。
まさか。あの時確かに自分の名前を確認した……つもりだったのに。

キツネにつままれた気分で家に帰り。
期限切れの私の保険証をもう一度確認してみると。
なんと、ビニールカバーに入ったその下から現れたのは新しい保険証。


……そういえば。それが郵送されてきたのは期限が切れる前。

それまでは古いのを使わなければならないからと、二枚重ねにしてたのをコロっと忘れておりました。
トホホ。

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2008/06/04

絶対音感

080516sirotae●リターン雑記その16

「英語の学習は小さいうちに始めた方が良い」

という理由で幼児教育が盛んだけれど。
どうやらそれは言えているらしい。

先日読んだ新聞にも、専門家の方がそんな事を書いてらっしゃった。

なんでも、脳の中で専門的な分野が発達する時期というのがあって。
小さいうちに学習を始めると、その分野のモジュールの分化が進むのだという。

確かに、正しい日本人である私は自分が発音する時には意識できても(カラオケで英語のフレーズが出てきたりするでしょ?)、聞く時にはRとLの音は聞き分けられない。
三味線や日本舞踊など、昔からあるお稽古事でも「六歳の六月六日に始めると上達する」などと言われるのは、そんな理由からなのだろう。(ちなみに6月6日は「お稽古の日」だそうな)


「小さい内から始めた方が良い」ものと言えば、音感を必要とするピアノなんかが代表的。
小さな頃からエレクトーンを習っていた私の姪は、絶対音感なるものを持っている。
私が適当に鍵盤を叩いても、「高い方のド」とか即座に答え、百発百中だった。
(私がマネしても、道しるべのない音の森に放り出されたようで、まったく五里霧中だったのに……)

当時実家にいた私は、姪が使っていた教本を借りて練習したものだけれど。
大きくなってからでは、なんとか曲を弾く事は出来ても音感までは無理なようだ。


うちの子にも小さい頃にキーボードを与えたりした。
でも、見向きもせず。(挙げ句に壊されました)(ToT)
さらには同じ幼稚園のお母さんから英語を習ったりしたけれど、それも長続きしなかった。

やはり、好きでなければお話にならないようだ。


まだよく喋れない頃の「ア」と「エ」が混じったような喃語。
歯と歯で舌を挟んで「サシスセソ」を発音していた我が子なのに……。

それが今では、明瞭で美しい日本語を話す。

'06年7月9日

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