2008/01/27

大発見

Kao1なんて言うと笑われてしまいそうだけれど。
自分にとっては、やっぱり重大なことを発見しました。

それは、このブログのレイアウト。
常々写真の横に文字が周り込んでしまうことに手を焼いていたもんだから。
←(こんな感じで)


画像を大きくすると、その分横に周り込んだ一行の文字数が少なくなって。
(3、4文字くらいじゃかえって読みにくいし)
小さいサイズにしたり、逆に写真を左右ギリギリまで大きくしたりと。
文字が横に入り込まないように苦労していたのです。
(文章が写真の下から始まっている、他の方のブログが羨ましゅうございました)

そもそもインターネットで表示されるページは、「html」(一番上にあるメニューバーの「表示」から「ソース」を選択して開いた画面に表示されるアルファベットや記号群)なるもので構成されている(らしい)。

私も一応HPをしているけれど。
別にこの「html」の知識があるワケじゃないのです。
(はい、HPを作成するソフトにやってもらってます)
だから、どうやってブログの文字を写真の下に持ってくるのか。
やり方がサッパリ分からなくて、困っておりました。


そんなある日。
記事を作成していたら、テキストボックスに画像を挿入した時に表示される「html」の中に、気になる文字を見つけました。
それがこの↓
「style="float: left;」(写真を左に寄せる場合)

「float(フロート)」って言ったら、プールなんかに浮かべて遊ぶやつでしょう?
ということは、文字を浮かせて周り込ませるって意味なんだろうか。
っと、思い至ったのであります。

だったら、これを無くせば文字が沈んでくれるかもしれない。

そこで試しに、この「float: 」の部分を削除してみました。
すると……やっぱり。

Kao2←(こんな感じで)
文字が画像の下の方に沈んでくれました。
それでも、文章は画像の右下から始まるけれど。
でもそれは1行改行すれば済むことだから問題は無いし。

コレで私も、晴れてお仲間入りができるというものでございます。

しかし……それに気がつくまで3年もかかったなんて。
素直に喜んでいいものなのでしょうか。(-_-)


●とはいえ、それは自分のブラウザでの見え方にすぎないし。もしレイアウトが崩れていたり、もっと簡単な方法がありましたら教えていただけると嬉しいです。

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2008/01/12

Mac Proを買いました

Mac_proと言っても家内が、だけれど。

今まで使っていたのは、私と同じ“OS 9.2”。
(いわゆるMacのクラシック環境ですね)

ちょっとウェブを覗いても分かるように。
たま〜にMac用があったと思っても、それは“OS X(テン)”用だったりして。
もう“OS 9.2”は、世の中に存在しないことになってるらしい。(くやしい)

そこで、外堀を埋められた家内がとうとう決断を下したというワケ。


買うものは決ってるし、一人でヨドバシまで行く気だったようだけど。
システムのことに無知なのは私と同じ。
そこで、私も一緒に着いていくことにした。
(ゼロ足すゼロはゼロだけど。ま、気持だけね)

さて、いざ到着してみると。
売り場にあったのは、バージョンが“10.5”という最新機種。
お値段も、目論んでいた“10.4”より3万円ほどお高い。

「また新しいのが出ちゃったんですか!」と思い後ろを振り向くと。
なんと“10.4”が在庫品限りで、通常より3、4万円ほど安くなっている。

……おぉ!

差し引き6、7万円の差は、あまりにも大きい。
しかも、その日に最新機種が入荷して、今日から値下がりしたと言うではないか。
(昨日来た人は以前の値段だったんですって)
当然、在庫品が無くなったら、値上がりした最新のを買うしかないし。

なんという幸運だろう。


実は前日、水周りの大掃除をするか、ヨドバシに行くかで迷っていた家内。
結局、掃除をすることにしたようだけれど。
その洗濯、じゃなくて選択が、こんな幸運を引き当てるなんて。

……うらやましい。

私だって、暮に一大決心して窓拭きしたのに。
その時、よりによって古新聞の回収日に当たっちゃったのもこの私。

その歴然とした違いはなんなのだろう。

Mac Proを買うお金もない私は、ついそんなことを考えてしまう。

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2007/11/27

はかない糸電話

Baben_tyuプロバイダとの契約を、3Mから50Mに変更したのは今年の2月。
しかし、それからである。
インターネットの接続がたびたび切れるようになったのは。

リンク先に飛べない。
他のページにジャンプできない。
そんな時モデムを見ると、決って“VoIP”のランプが赤になっている。

たいして早くなったような気もしないし。こんなことなら変えなきゃよかった。
なんて思っていたら、なんと電話まで途中で切れるようになって。
他の人にも聞いてみたら、どうやらこの地域のIP電話は切れやすいんだとか。
そんなぁ……。


それでも昨日は、普通にウェブができてたから気にしてなかったんだけど。
昼間電話しようとしたら、これがつながらないではないか。
しかもその日の赤ランプは回数も多くて時間も長い。

はて困った。プロバイダに連絡しようと思っても家電(いえでん)は使えないし。
そこで私は、やむを得ず携帯を使うことにした。
しかし、電話しようと開いた携帯の画面を見てビックリ。
そこには「メールの受信に失敗しました」とかの表示が出てる。

……え?

以前記事にしたように、いたずら電話の不在着信を知らせるランプは、いつまでも点滅を続けていたのに。(それがイヤで着信拒否の設定をしたくらいだし)
それが、なんで今回だけ着信ランプが点滅しないのだろう?
と、不審に思ってセンターキーを押してみると。
チャラランチャラランと、溜まっていたメールがいっぺんに……。

ひえぇ〜!

それからは、プロバイダのお姉さんに言われるまま。
モデムの電源を切ってリセットしてみたり。
お詫びのメールを返信したりと、てんやわんやの大パニック。

見かねた家族からは「簡単ケータイにした方がいいんじゃない?」なんて言われるし。
(それが真顔で言うんだもの。傷つきます)(T_T)

さらにその後もオマケがあって。
パソコンからログインして迷惑メールをチェックしたら、仕事先のメールがフィルターに引っ掛かっちゃってるしぃ。

もう……イヤ!


携帯やインターネットの普及で、ずいぶん便利な世の中になったけれど。
それははかない糸電話のように。
か細い一本の糸で結ばれている、あやういものなのだろうか。

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2007/02/20

設定のご印篭

2_17xmassroseウチの子がインターネットをする時。

仕事部屋に、例のノートパソコンを持ち込むようになった。
そこにあるケーブルにつなぐためである。

仕事部屋といっても。
6帖のその部屋には、他に置き場所のない婚礼ダンスが壁ぎわに並んでいる。
仕方なく、その反対側の壁に収納と机を作り付けて仕事部屋と称しているだけなんだけど。

今までは、何とかそれでしのいできた。
しかし、それがパソコンを使うようになって様子がオカシクなった。

まず、家内が一台目のMacをタンスの前に。
(当然タンスを開ける時はキャスターごと移動)
その数年後、リビングでWebの孤島と化していた私のMacを、タンスの隙間に。
(電話線とつながるまでに一年かかりました)
最後に、OS9.2が発売終了になる直前、駆け込みで買った3台目は家内が机の上で。

それだけでもキツキツなのに。
息子の参入で、狭い6帖間は真夏のプールサイド。
(レジャーシートの隙間を縫ってのカニさん歩き、お分かりになりますよね)


それを避けるために、ノートパソコンは最初から別の部屋で使うのを前提にしていた。
でも店員さんによると、無線で飛ばすには傍受されないようセキュリティの設定が必要なんだとか。

その時、いちるの望みをかけて聞いてみた。

「あのぉ……その設定は簡単にできるんでしょうか?」
でも、そのお返事はつれないものだった。

……やっぱりね。

パソコンで何かをしようとすると、必ずこの「設定」が行く手に立ちはだかる。
それが一番苦手な私。
この言葉で、今まで一体どれだけのことを諦めてきたことか。
そのたびに「この印篭が目に入らぬか!」と言われたような気がして、ひれ伏してしまう私。

そりゃ、勉強しなければとは思うんだけど。
これをやりだすと私の頭はとたんに駄々をこね、イヤイヤを始める。


しかも無線で飛ばすにはある程度の速度が必要とのこと。
現在は、一番お安い3Mのコースなんだけど。
プロバイダとの契約を50Mに変更すると、モデムも取り替えなきゃならないんだとか。
そうなると、また例の「設定」が……。

しかし、今や光の時代。そんなノンキなことも言ってられないし。

腹を据えて変更手続きをとりました。(とは言え、ADSLのままだけど)
これから新しいモデムが届いて、NTTの工事(と言っても、あちらサイドの)。
それに合わせて出張サポートの手配もして。

それまでは悩ましい日々が続きそうな予感。
 
 
●追記:お騒がせいたしましたが、さきほど工事が終わり無事設定も出来ました。

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2007/02/17

希望の星

Paso_left我が家に希望の星がやって来た。

今現在、私も家内も使っているのはMac。
必要に迫られてそうなったんだけれど。

クラブ活動でコンピュータを使っているウチの子。
家でデータを開こうとしてもできないことが多々あるし。
旧式のMacじゃインターネットでも同じ。

そのたんび「使えねぇ〜!」と文句を言っていた。

常々そんな状況に業を煮やしていた家内。
太っ腹なことに、なんとWindowsを買ったげると宣言した。
(早い話、今まで親ができなかった無念を、子に託そうという魂胆である)
もちろん、ちゃんと下調べだけはしておくように念を押して。


そんなワケで、先日も新宿に行った折、とりあえず情報収集のためにヨドバシを覗いてみた。

……すると。
なんと売り場のほとんどを占領しているのは"Vista"なるもの!
なんでも、Windowsも"XP"からコレになったんだとか。

ひえぇ〜!

今でさえ分からないのに、新しいのになったら手も足もでないではないか。
そこで、将来"Vista"にも対応できるというタイプの"XP"を、急遽買うことになってしまった。(だって、その時点でさえ在庫が残り少なくなってたし)


まぁ、それはイイとしても。問題はいかにインターネットとつなぐか。

現在仕事部屋には3台のMacが電話線につながっているんだけど。
(一台はイザというときの保険用)
できればこのノートパソコンは、別の部屋でも使えるように無線で飛ばしたい。
でもそうなると、もう私の理解の範疇を超えてしまう。
(今の通信環境だってサポートの人にやってもらったんだから)

お店の人の説明で、電話線につながってるのがルーターって名前だと、やっと思い出したくらいな私。
もう私の脳ミソは臨界点ギリギリ。今にもメルトダウンしそうな勢いだ。

思わず「こういうことを下調べしておいて欲しかったんだよ!」
と、恨み言の一つもいいたくなるのでありました。


……しかし、家に帰ってみるとやっぱり今の子は違う。

テキパキとセットアップを済ませて、パソに名前まで付けている。
(あ〜ぁ。Macのことも、それくらい勉強してくれればイイのに……)

ま、とりあえず後のことは、またサポートにお願いするとして。
我が家にも、希望の星がやって来たのは確かなようである。

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2006/12/14

機種替えカンタービレ

Win家族揃って携帯を手に入れてから、まだ1年も経っていない。

なのに、ほんの数カ月で機種を替えたいとか言い出したウチの子。

なんということを。
そんな贅沢は許しません!


以前、ケータイ生活始まるでも書いたように、そもそも「高校生になったら」って話だったのに。
それを1年繰り上げてるんだから。

しかし、ケータイに関しては家内も無関心ではいられないらしい。
たび重なる交渉の末、なんとか母親からのOKを取りつけたようだ。
(但し、自分のお小遣いで、ならね)


そんな折、新しいワンセグケータイがサイトに掲載されると……。
にわかに息子の動きが慌ただしくなった。

発売日の翌日は、この冬一番の冷え込みという雨降り。
にもかかわらず、お店に行って念願の機種替えを決行する。
パルコにあるそのお店では、各色1個限りだったとか。
その中で、シルバーをゲットした。


その日は、ちょうど出かける用事があったとはいえ。
付き合わされた家内の胸中には複雑なものがあったらしい。

「テレビが見られる!」「好きな歌がダウンロードできる♪」
(着うたフルのリスさんだとか)
家に帰ってからの、わが子のあまりの喜びように心を動かされたようだ。
なんと、自分も機種替えに行くと言い出した。

しかも、くだんのお店にシルバーはもうないから、新宿のヨドバシまで行くと言う。
(あのぅ……。雨降ってますけど。寒いですよぉ……)


……あらまぁ。
いったい、何が二人をそこまで突き動かすのだろう。

息子が手に入れた景品の「もこみちストラップ」。
そして、家内がもらったというauの特製手帳。
その二つを譲り受けた私は「漁夫の利」だと、テンション上がりまくりの家内は歌うように言う。

……はぁ。そーいうもんなんでしょうか。

釈然としないながらも、そのおみやげをありがたく受け取った私は、感嘆の念を禁じ得ない。
(もこみちクンのプレートは取りましたけどン♪)
 
Strap
 
 
もこみちクンを外した
もこみちストラップは
ただのストラップ(^o^)

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2006/10/29

サムネイル

Monkityoパソコンやインターネットを始めて、まごついたことは多々あるけれど。

やっぱり、一番困ったのは専門用語がわからなかったこと。

なにやら警告めいた言葉がでてくると、そのたびにクリックする手が止まってしまう。


それでも、久しぶりに目にして嬉しくなった言葉もあって。
それが、「サムネイル」。
ホームページなどで、小さな画像をクリックすると、大きな画面になるアレである。

この「サムネイル(thumbnail)」。
元々の意味は「親指の爪」だけれど。学生時代に習った懐かしい言葉でもある。

デザインやレイアウトの最初の過程で、大まかな配置を考える時。
親指の爪ほど小さくはないけれど、数cmほどの大きさに丸や四角を描いて、だいたいのバランスを見たりする。(描いた本人以外にはイタズラ描きにしか見えないもの)

編集だったら、それが幾つも並んでページ見本になったり。
最初の見開きが表紙で、次のページから本文が始まるとか、このくらいの写真が入るとかが一目でわかる。

@nifty 辞書の国語辞典によると、「広告制作の過程で、イラスト・コピーなどの配置を定め簡単に視覚化したもの。カンプの一つ手前の段階」とあった。

実際には、「カンプ」に至るまでに、よりこまかな要素を入れ込んでいく「ラフ」の段階もあると思うけれど。
親指の爪からだんだんに大きくしていって、最終的な大きさのものが出来上がる。
(最初から近視眼的に細部を見ていたら、全体的のバランスがとりにくいでしょ?)


その「カンプ」といえば。
クライアント(発注者)に、見本として見せるためのもので、ほとんどが原寸大。
私がデザイン会社にいた頃は、写真の代わりにパステルで絵を描いて、ポスターカラーで文字を書いたりしていた。

当時、暗い背景にブランデーのビンが浮かび上がる、B全のポスターのカンプを描いたことがある。

パステルは紙に描いた後、指で擦るのが一番ノリがいい。
ほとんどが真っ黒な画面だから、じきに右手の人差し指の指紋が擦り切れて。
中指、薬指の指紋がなくなった時は、泣きそうになった。

そして、左手にももう指紋が残っている指がなくなる頃には、夜も白々と……。


それでも、パソコンで作ってプリントアウトしたものを出されたら、見栄えで負けちゃう。ある時からいっせいにパソコン化が進んだのは、これも原因の一つなんじゃないだろうか。

面倒な手順も、ずいぶん簡略化されたのかもしれない。
表示画面の大きさは自由に変えられるし、アチコチ場所を移動するのも自由なんだから。

サムネイルからカンプへ。
それは、今どんな流れ方をしているのだろう。

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2006/06/30

水先案内人

6_10aka2000号達成を機に
サイトがリニューアルオープンされた
デジタルクリエイターズさん

今回は4月11日[#1955]に掲載していただいた一文をUPしました


………………………………………………………

●水先案内人

デザイン会社にいた若かりし頃。
私が机に向かってイラストを描いていたら、そばで見ていたコピーライターの女性がこう言った。

「イラストはイイわよね。みんなに見てもらえて……。」

「……え?」

その時、私はその意味が分からなかった。でも、描きながらその事を考えているウチに、その人が何を言いたかったのか、なんとなく分るような気がしてきた。画像は「見る」だけで済むけれど、文字は「読む」というプロセスが必要。

タイトルなどの大きな文字は読んでもらえるけれど。やはり細かい本文の文字は、「読もう」という気になってもらわないと読んでもらえない。

もしかしたら、そんな事を言いたかったんじゃないだろうか……。そしてその時に、自分はイラストの役割を知ったような気がする。

書店に平積みされている単行本を何となく見ている時。タイトルと一緒に、やはり表紙の絵や写真が目に入る。そこに惹かれるものを感じた時、初めてその本を手に取るのではないだろうか。

雑誌をパラッと開く。その時まず目に飛込んでくるのは、絵や写真等のビジュアルだろう。そしてタイトルを読み、面白そうだと感じた時、本文の細かい文字を読もうという気になる。

そう考えると、ビジュアルというのは一種の水先案内人のような気がする。その本を手に取ってもらう。そして本を開き、肝心の中身を読んでもらうための。

リレー競技でも、バトンをスムーズに受け渡すのは重要な要素。同じように、いかにスムーズに本文にバトンを渡すかが役目のような気がする。

カットイラストの場合、その文章に即した絵が求められる。どんな内容なのかが一目で分かるように。

ただ、全部を説明してしまってはいけないとも思っている。本文を読む前に、絵を見ただけで分ったような気がしてしまうから。

たとえば、話しの途中でやめられたら気になるでしょ?
「ちょっとぉ、言い出したんなら最後まで言ってよ」みたいな。

それと同じで、「え?どういう意味なんだろう」と、ちょっとだけナゾを残しておく。そして、その答えを本文の中で探してもらう……。

なんて、それはあくまでも理想的なパターン。現実は、そんなに甘くはないんだけれど。

それだからこそ、上手くバトンが渡せたと思えた時。そんな時は、一人ひそかにニンマリしている自分がいる。

旅人を無事目的地に送り届け、その背中を見送りながら、案内人がゆっくりと煙草をくゆらせるように。

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2006/03/14

ケータイ生活始まる

ketai2と言っても、どこかのCMじゃありません。

実は、とうとうケータイを手に入れたんです。
しかも憧れのカメラ付き。(ウフ♪)

腰が低いというか、折りたたまっちゃってるのも奥ゆかしいお姿。


いや、最初はね。
貯めていたお年玉でポータブルDVDプレーヤーを買いたいって言うから。
ウチの子に引かれて善光寺参り……じゃなくてヨド○シへ。
(フトコロが痛まないってのは、なんて気がラクなんでしょ!)

めでたく目的のDVDをゲットしてお店を出ようとした時、店頭にケータイ売り場があって。
一緒にいた家内が、「見るだけ見てみない?」なんて言い出した。
(別にイイですよ。フトコロが痛まないんなら)


家内のはPHSだし、私のは昔家内が使ってたお古。
ウチの子のに至っては、受信は出来ても、三ケ所にしかかけられないってヤツ。
(でも、親は安心)

実はウチの息子、友達から「ケータイ買えよ」と言われていたらしい。

もともと「高校生になってから」って事にしてたんだけど。
やっぱ友達同士の付き合いも大事だし。
「三学期の成績が良かったら、買ったげる」って事に。

家族割りとかあるし、どうせなら全員ケータイに変えようという話にはなってた。


店員さんの話によると、3月はバンバンケータイが売れちゃうんだって。
(暗に「品切れになっちゃうよ。」と言いたいらしい)
しかも今なら本体価格が「一円」だそう。
(はは〜ん。使用料で儲けるんですね?)

そこまで言われたら、素直な私達ですもの……。
拒むに拒めないじゃありませんか。


もちろんケータイの機能なんて分からない私はカヤの外。
遠巻きにして見てた。

すると「お父さんには、コレなんかどう?」と見せられたのが、液晶もなくてボタンもおっきい機種。

失礼な!これって、テレビで宣伝してる簡単ケータイじゃん。
(でも、使いやすそう……)

おや?その隣のなら液晶も付いてるし、ちょっと惹かれる。と思ったら。
すかさず店員さんが「ボタンも日本語ですし」と、追い討ちをかける。
はいはい、そうですね……ぷん!
(でも、使いやすそう……)

挙げ句の果てに、「名前シールを貼る所もあるし、首から下げてたら?」なんて言いたい放題言われてしまった。(反論できないのが悔しい)

ま、最終的には、みんな「お揃」って事で、かろうじて私のプライドは保たれたんだけど。


帰る道すがら、例の日本語表示のケータイに、ちょっぴり後ろ髪を引かれていたのは内緒の話。
ふいに「猫に小判」という諺が、頭をよぎったのも言わない事にした。

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2006/03/11

使者のささやき

昨日の記事でお知らせした「使者のささやき」をUPしました。
…………………………………………………………………………

あれは、高校三年生の時だった。
当時美術クラブにいた私は、デッサンのための大きなパネルを持って、駅のベンチに座っていた。

その時、突然「絵を描いているの?」と、見知らぬ中年のオバサンに声をかけられた。「はい。」と答える私に、その人は「趣味だけにしといた方がいいわよ。」と言う。

「・・・は?」
いくら何でも失礼ではないだろうか。いきなり話しかけてきた上に、クラブ活動に打ち込んでいる(?)健気な学生に向かって。


……実は、私が美術クラブに入ったのは高三になる時。そろそろ進路の事も考えなきゃならないし、成績は下がってくるし。そこで私は、一計を案じた。

「一年間デッサンを勉強してみて、ものになりそうだったら美術関係もアリかな?」

なんという安直な考えだろう。しかし美術クラブの顧問の先生は、そんな私の甘い考えを、何も言わずに受け入れてくれた。

いや、さすがに自分でも、その考えは虫が良すぎるとは思っていたんだけれど。
(だからこそ、先のご夫人の言葉が胸に刺さったのかもしれない。)

・・・・・・・・・・

ただ、その時は「親に反対されたら諦めよう。」という程度の、思いつきにすぎなかった。

ところが、そんな私の言葉に、父は「同じ苦労するのなら、好きな事で苦労するのもいいかもしれない。」と、あっさり許してくれた。(どこまでも安直だった私の進路決定。)

そんなこんなで、それなりの紆余曲折はあったものの、なんとかデザイン会社に入る事ができた。しかし、その時から当然のように私の苦労が始まった。まるで、それまで猶予されていたものが堰を切ったように。一気に、現実の厳しさが襲ってきた。

程なくデザイナーに挫折して退社した私は、なんとなくイラストレーターになってしまい、今に至っているけれど。自分が今苦労しているのは、そうやって大した覚悟もないまま、ここまで来てしまったツケのような気がしている。もし、あの時父に反対されていたら。

仕事に行き詰まっても、「好きな道を選ばせてもらえなかったからだ。」と、現実を誤魔化す事ができたかもしれない。でも、自分はそれさえもできない。

・・・・・・・・・・

仕事としてイラストを描くという事。それは、既に散々描き尽くし、描く事に飽いてしまっている時点から、スタートしなければならないという事。

それでも次の仕事を頂くために、持てる全てを出しきらなければならない。もちろん、製作に打ち込む過程で自分を追い込み、のめり込むうちに夢中になってくるのだけれど。

眠っている創作意欲を無理矢理叩き起こし、仕事が終わるとまた惰眠をむさぼる。そんな事を繰り返しているうちに、自分の中で何かがすり減って来るように感じてきた。

そしてある時、自分から進んで絵を描く意欲を、無くしている事に気がついた。
慌ただしかった仕事が終わり、ふと気がつくと、自分には何もしたいと思う事がない。ただ、退屈な日常が待っているだけ。

だって自分は、趣味を仕事にしてしまったんだから。これは、一番好きだったものを、売り渡してしまった罰なのかもしれない。

あの時、あのホームで聞いたささやきが蘇ってくる。あのご夫人は、それを伝えるための、何かの使者だったのだろうか。

・・・・・・・・・・

そんな私が、数年前CGと出会った。

コンピュータの前に座っていると、何か作りたくなってくるから不思議だ。あの、懐かしい感覚が戻ってくる。もう、はるか昔に忘れてしまったもの。

わら半紙と鉛筆さえあれば、何時間でも夢中で絵を描いていた子供の頃。それは、あの頃に感じていた、純粋に絵を描く楽しさなのかもしれない。


……でも、それでもやっぱり。

楽しいと思えば思うほど、それを世に問いたいという思いがピッタリ後ろからついてくる。たとえそれが、せっかく取り戻したものを手放す事になるのだとしても……。

これは、一度使者のささやきに背いた者の、性なのだろうか。

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