2008/01/27

大発見

Kao1なんて言うと笑われてしまいそうだけれど。
自分にとっては、やっぱり重大なことを発見しました。

それは、このブログのレイアウト。
常々写真の横に文字が周り込んでしまうことに手を焼いていたもんだから。
←(こんな感じで)


画像を大きくすると、その分横に周り込んだ一行の文字数が少なくなって。
(3、4文字くらいじゃかえって読みにくいし)
小さいサイズにしたり、逆に写真を左右ギリギリまで大きくしたりと。
文字が横に入り込まないように苦労していたのです。
(文章が写真の下から始まっている、他の方のブログが羨ましゅうございました)

そもそもインターネットで表示されるページは、「html」(一番上にあるメニューバーの「表示」から「ソース」を選択して開いた画面に表示されるアルファベットや記号群)なるもので構成されている(らしい)。

私も一応HPをしているけれど。
別にこの「html」の知識があるワケじゃないのです。
(はい、HPを作成するソフトにやってもらってます)
だから、どうやってブログの文字を写真の下に持ってくるのか。
やり方がサッパリ分からなくて、困っておりました。


そんなある日。
記事を作成していたら、テキストボックスに画像を挿入した時に表示される「html」の中に、気になる文字を見つけました。
それがこの↓
「style="float: left;」(写真を左に寄せる場合)

「float(フロート)」って言ったら、プールなんかに浮かべて遊ぶやつでしょう?
ということは、文字を浮かせて周り込ませるって意味なんだろうか。
っと、思い至ったのであります。

だったら、これを無くせば文字が沈んでくれるかもしれない。

そこで試しに、この「float: 」の部分を削除してみました。
すると・・・やっぱり。

Kao2←(こんな感じで)
文字が画像の下の方に沈んでくれました。
それでも、文章は画像の右下から始まるけれど。
でもそれは1行改行すれば済むことだから問題は無いし。

コレで私も、晴れてお仲間入りができるというものでございます。

しかし・・・それに気がつくまで3年もかかったなんて。
素直に喜んでいいものなのでしょうか。(-_-)


●とはいえ、それは自分のブラウザでの見え方にすぎないし。もしレイアウトが崩れていたり、もっと簡単な方法がありましたら教えていただけると嬉しいです。

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2008/01/12

Mac Proを買いました

Mac_proと言っても家内が、だけれど。

今まで使っていたのは、私と同じ“OS 9.2”。
(いわゆるMacのクラシック環境ですね)

ちょっとウェブを覗いても分かるように。
たま〜にMac用があったと思っても、それは“OS X(テン)”用だったりして。
もう“OS 9.2”は、世の中に存在しないことになってるらしい。(くやしい)

そこで、外堀を埋められた家内がとうとう決断を下したというワケ。


買うものは決ってるし、一人でヨドバシまで行く気だったようだけど。
システムのことに無知なのは私と同じ。
そこで、私も一緒に着いていくことにした。
(ゼロ足すゼロはゼロだけど。ま、気持だけね)

さて、いざ到着してみると。
売り場にあったのは、バージョンが“10.5”という最新機種。
お値段も、目論んでいた“10.4”より3万円ほどお高い。

「また新しいのが出ちゃったんですか!」と思い後ろを振り向くと。
なんと“10.4”が在庫品限りで、通常より3、4万円ほど安くなっている。

…おぉ!

差し引き6、7万円の差は、あまりにも大きい。
しかも、その日に最新機種が入荷して、今日から値下がりしたと言うではないか。
(昨日来た人は以前の値段だったんですって)
当然、在庫品が無くなったら、値上がりした最新のを買うしかないし。

なんという幸運だろう。


実は前日、水周りの大掃除をするか、ヨドバシに行くかで迷っていた家内。
結局、掃除をすることにしたようだけれど。
その洗濯、じゃなくて選択が、こんな幸運を引き当てるなんて。

…うらやましい。

私だって、暮に一大決心して窓拭きしたのに。
その時、よりによって古新聞の回収日に当たっちゃったのもこの私。

その歴然とした違いはなんなのだろう。

Mac Proを買うお金もない私は、ついそんなことを考えてしまう。

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2007/11/27

はかない糸電話

Baben_tyuプロバイダとの契約を、3Mから50Mに変更したのは今年の2月。
しかし、それからである。
インターネットの接続がたびたび切れるようになったのは。

リンク先に飛べない。
他のページにジャンプできない。
そんな時モデムを見ると、決って“VoIP”のランプが赤になっている。

たいして早くなったような気もしないし。こんなことなら変えなきゃよかった。
なんて思っていたら、なんと電話まで途中で切れるようになって。
他の人にも聞いてみたら、どうやらこの地域のIP電話は切れやすいんだとか。
そんなぁ…。


それでも昨日は、普通にウェブができてたから気にしてなかったんだけど。
昼間電話しようとしたら、これがつながらないではないか。
しかもその日の赤ランプは回数も多くて時間も長い。

はて困った。プロバイダに連絡しようと思っても家電(いえでん)は使えないし。
そこで私は、やむを得ず携帯を使うことにした。
しかし、電話しようと開いた携帯の画面を見てビックリ。
そこには「メールの受信に失敗しました」とかの表示が出てる。

…え?

以前記事にしたように、いたずら電話の不在着信を知らせるランプは、いつまでも点滅を続けていたのに。(それがイヤで着信拒否の設定をしたくらいだし)
それが、なんで今回だけ着信ランプが点滅しないのだろう?
と、不審に思ってセンターキーを押してみると。
チャラランチャラランと、溜まっていたメールがいっぺんに…。

ひえぇ〜!

それからは、プロバイダのお姉さんに言われるまま。
モデムの電源を切ってリセットしてみたり。
お詫びのメールを返信したりと、てんやわんやの大パニック。

見かねた家族からは「簡単ケータイにした方がいいんじゃない?」なんて言われるし。
(それが真顔で言うんだもの。傷つきます)(T_T)

さらにその後もオマケがあって。
パソコンからログインして迷惑メールをチェックしたら、仕事先のメールがフィルターに引っ掛かっちゃってるしぃ。

もう…イヤ!


携帯やインターネットの普及で、ずいぶん便利な世の中になったけれど。
それははかない糸電話のように。
か細い一本の糸で結ばれている、あやういものなのだろうか。

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2007/02/20

設定のご印篭

2_17xmassroseウチの子がインターネットをする時。

仕事部屋に、例のノートパソコンを持ち込むようになった。
そこにあるケーブルにつなぐためである。

仕事部屋といっても。
6帖のその部屋には、他に置き場所のない婚礼ダンスが壁ぎわに並んでいる。
仕方なく、その反対側の壁に収納と机を作り付けて仕事部屋と称しているだけなんだけど。

今までは、何とかそれでしのいできた。
しかし、それがパソコンを使うようになって様子がオカシクなった。

まず、家内が一台目のMacをタンスの前に。
(当然タンスを開ける時はキャスターごと移動)
その数年後、リビングでWebの孤島と化していた私のMacを、タンスの隙間に。
(電話線とつながるまでに一年かかりました。)
最後に、OS9.2が発売終了になる直前、駆け込みで買った3台目は家内が机の上で。

それだけでもキツキツなのに。
息子の参入で、狭い6帖間は真夏のプールサイド。
(レジャーシートの隙間を縫ってのカニさん歩き、お分かりになりますよね)


それを避けるために、ノートパソコンは最初から別の部屋で使うのを前提にしていた。
でも店員さんによると、無線で飛ばすには傍受されないようセキュリティの設定が必要なんだとか。

その時、いちるの望みをかけて聞いてみた。

「あのぉ…その設定は簡単にできるんでしょうか?」
でも、そのお返事はつれないものだった。

・・・やっぱりね。

パソコンで何かをしようとすると、必ずこの「設定」が行く手に立ちはだかる。
それが一番苦手な私。
この言葉で、今まで一体どれだけのことを諦めてきたことか。
そのたびに「この印篭が目に入らぬか!」と言われたような気がして、ひれ伏してしまう私。

そりゃ、勉強しなければとは思うんだけど。
これをやりだすと私の頭はとたんに駄々をこね、イヤイヤを始める。


しかも無線で飛ばすにはある程度の速度が必要とのこと。
現在は、一番お安い3Mのコースなんだけど。
プロバイダとの契約を50Mに変更すると、モデムも取り替えなきゃならないんだとか。
そうなると、また例の「設定」が…。

しかし、今や光の時代。そんなノンキなことも言ってられないし。

腹を据えて変更手続きをとりました。(とは言え、ADSLのままだけど)
これから新しいモデムが届いて、NTTの工事(と言っても、あちらサイドの)。
それに合わせて出張サポートの手配もして。

それまでは悩ましい日々が続きそうな予感。
 
 
●追記:お騒がせいたしましたが、さきほど工事が終わり無事設定も出来ました。

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2007/02/17

希望の星

Paso_left我が家に希望の星がやって来た。

今現在、私も家内も使っているのはMac。
必要に迫られてそうなったんだけれど。

クラブ活動でコンピュータを使っているウチの子。
家でデータを開こうとしてもできないことが多々あるし。
旧式のMacじゃインターネットでも同じ。

そのたんび「使えねぇ〜!」と文句を言っていた。

常々そんな状況に業を煮やしていた家内。
太っ腹なことに、なんとWindowsを買ったげると宣言した。
(早い話、今まで親ができなかった無念を、子に託そうという魂胆である)
もちろん、ちゃんと下調べだけはしておくように念を押して。


そんなワケで、先日も新宿に行った折、とりあえず情報収集のためにヨドバシを覗いてみた。

…すると。
なんと売り場のほとんどを占領しているのは"Vista"なるもの!
なんでも、Windowsも"XP"からコレになったんだとか。

ひえぇ〜!

今でさえ分からないのに、新しいのになったら手も足もでないではないか。
そこで、将来"Vista"にも対応できるというタイプの"XP"を、急遽買うことになってしまった。(だって、その時点でさえ在庫が残り少なくなってたし)


まぁ、それはイイとしても。問題はいかにインターネットとつなぐか。

現在仕事部屋には3台のMacが電話線につながっているんだけど。
(一台はイザというときの保険用)
できればこのノートパソコンは、別の部屋でも使えるように無線で飛ばしたい。
でもそうなると、もう私の理解の範疇を超えてしまう。
(今の通信環境だってサポートの人にやってもらったんだから)

お店の人の説明で、電話線につながってるのがルーターって名前だと、やっと思い出したくらいな私。
もう私の脳ミソは臨界点ギリギリ。今にもメルトダウンしそうな勢いだ。

思わず「こういうことを下調べしておいて欲しかったんだよ!」
と、恨み言の一つもいいたくなるのでありました。


…しかし、家に帰ってみるとやっぱり今の子は違う。

テキパキとセットアップを済ませて、パソに名前まで付けている。
(あ〜ぁ。Macのことも、それくらい勉強してくれればイイのに…)

ま、とりあえず後のことは、またサポートにお願いするとして。
我が家にも、希望の星がやって来たのは確かなようである。

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2006/12/14

機種替えカンタービレ

Win家族揃って携帯を手に入れてから、まだ1年も経っていない。

なのに、ほんの数カ月で機種を替えたいとか言い出したウチの子。

なんということを。
そんな贅沢は許しません!


以前、ケータイ生活始まるでも書いたように、そもそも「高校生になったら」って話だったのに。
それを1年繰り上げてるんだから。

しかし、ケータイに関しては家内も無関心ではいられないらしい。
たび重なる交渉の末、なんとか母親からのOKを取りつけたようだ。
(但し、自分のお小遣いで、ならね)


そんな折、新しいワンセグケータイがサイトに掲載されると…。
にわかに息子の動きが慌ただしくなった。

発売日の翌日は、この冬一番の冷え込みという雨降り。
にもかかわらず、お店に行って念願の機種替えを決行する。
パルコにあるそのお店では、各色1個限りだったとか。
その中で、シルバーをゲットした。


その日は、ちょうど出かける用事があったとはいえ。
付き合わされた家内の胸中には複雑なものがあったらしい。

「テレビが見られる!」「好きな歌がダウンロードできる♪」
(着うたフルのリスさんだとか)
家に帰ってからの、わが子のあまりの喜びように心を動かされたようだ。
なんと、自分も機種替えに行くと言い出した。

しかも、くだんのお店にシルバーはもうないから、新宿のヨドバシまで行くと言う。
(あのぅ…。雨降ってますけど。寒いですよぉ…)


・・・あらまぁ。
いったい、何が二人をそこまで突き動かすのだろう。

息子が手に入れた景品の「もこみちストラップ」。
そして、家内がもらったというauの特製手帳。
その二つを譲り受けた私は「漁夫の利」だと、テンション上がりまくりの家内は歌うように言う。

・・・はぁ。そーいうもんなんでしょうか。

釈然としないながらも、そのおみやげをありがたく受け取った私は、感嘆の念を禁じ得ない。
(もこみちクンのプレートは取りましたけどン♪)
 
Strap
 
 
もこみちクンを外した
もこみちストラップは
ただのストラップ(^o^)

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2006/10/29

サムネイル

Monkityoパソコンやインターネットを始めて、まごついたことは多々あるけれど。

やっぱり、一番困ったのは専門用語がわからなかったこと。

なにやら警告めいた言葉がでてくると、そのたびにクリックする手が止まってしまう。


それでも、久しぶりに目にして嬉しくなった言葉もあって。
それが、「サムネイル」。
ホームページなどで、小さな画像をクリックすると、大きな画面になるアレである。

この「サムネイル(thumbnail)」。
元々の意味は「親指の爪」だけれど。学生時代に習った懐かしい言葉でもある。

デザインやレイアウトの最初の過程で、大まかな配置を考える時。
親指の爪ほど小さくはないけれど、数cmほどの大きさに丸や四角を描いて、だいたいのバランスを見たりする。(描いた本人以外にはイタズラ描きにしか見えないもの)

編集だったら、それが幾つも並んでページ見本になったり。
最初の見開きが表紙で、次のページから本文が始まるとか、このくらいの写真が入るとかが一目でわかる。

@nifty 辞書の国語辞典によると、「広告制作の過程で、イラスト・コピーなどの配置を定め簡単に視覚化したもの。カンプの一つ手前の段階。」とあった。

実際には、「カンプ」に至るまでに、よりこまかな要素を入れ込んでいく「ラフ」の段階もあると思うけれど。
親指の爪からだんだんに大きくしていって、最終的な大きさのものが出来上がる。
(最初から近視眼的に細部を見ていたら、全体的のバランスがとりにくいでしょ?)


その「カンプ」といえば。
クライアント(発注者)に、見本として見せるためのもので、ほとんどが原寸大。
私がデザイン会社にいた頃は、写真の代わりにパステルで絵を描いて、ポスターカラーで文字を書いたりしていた。

当時、暗い背景にブランデーのビンが浮かび上がる、B全のポスターのカンプを描いたことがある。

パステルは紙に描いた後、指で擦るのが一番ノリがいい。
ほとんどが真っ黒な画面だから、じきに右手の人差し指の指紋が擦り切れて。
中指、薬指の指紋がなくなった時は、泣きそうになった。

そして、左手にももう指紋が残っている指がなくなる頃には、夜も白々と…。


それでも、パソコンで作ってプリントアウトしたものを出されたら、見栄えで負けちゃう。ある時からいっせいにパソコン化が進んだのは、これも原因の一つなんじゃないだろうか。

面倒な手順も、ずいぶん簡略化されたのかもしれない。
表示画面の大きさは自由に変えられるし、アチコチ場所を移動するのも自由なんだから。

サムネイルからカンプへ。
それは、今どんな流れ方をしているのだろう。

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2006/06/30

水先案内人

6_10aka2000号達成を機に
サイトがリニューアルオープンされた
デジタルクリエイターズさん

今回は4月11日[#1955]に掲載していただいた一文をUPしました


………………………………………………………

●水先案内人

デザイン会社にいた若かりし頃。
私が机に向かってイラストを描いていたら、そばで見ていたコピーライターの女性がこう言った。

「イラストはイイわよね。みんなに見てもらえて……。」

「…え?」

その時、私はその意味が分からなかった。でも、描きながらその事を考えているウチに、その人が何を言いたかったのか、なんとなく分るような気がしてきた。画像は「見る」だけで済むけれど、文字は「読む」というプロセスが必要。

タイトルなどの大きな文字は読んでもらえるけれど。やはり細かい本文の文字は、「読もう」という気になってもらわないと読んでもらえない。

もしかしたら、そんな事を言いたかったんじゃないだろうか……。そしてその時に、自分はイラストの役割を知ったような気がする。

書店に平積みされている単行本を何となく見ている時。タイトルと一緒に、やはり表紙の絵や写真が目に入る。そこに惹かれるものを感じた時、初めてその本を手に取るのではないだろうか。

雑誌をパラッと開く。その時まず目に飛込んでくるのは、絵や写真等のビジュアルだろう。そしてタイトルを読み、面白そうだと感じた時、本文の細かい文字を読もうという気になる。

そう考えると、ビジュアルというのは一種の水先案内人のような気がする。その本を手に取ってもらう。そして本を開き、肝心の中身を読んでもらうための。

リレー競技でも、バトンをスムーズに受け渡すのは重要な要素。同じように、いかにスムーズに本文にバトンを渡すかが役目のような気がする。

カットイラストの場合、その文章に即した絵が求められる。どんな内容なのかが一目で分かるように。

ただ、全部を説明してしまってはいけないとも思っている。本文を読む前に、絵を見ただけで分ったような気がしてしまうから。

たとえば、話しの途中でやめられたら気になるでしょ?
「ちょっとぉ、言い出したんなら最後まで言ってよ。」みたいな。

それと同じで、「え?どういう意味なんだろう。」と、ちょっとだけナゾを残しておく。そして、その答えを本文の中で探してもらう……。

なんて、それはあくまでも理想的なパターン。現実は、そんなに甘くはないんだけれど。

それだからこそ、上手くバトンが渡せたと思えた時。そんな時は、一人ひそかにニンマリしている自分がいる。

旅人を無事目的地に送り届け、その背中を見送りながら、案内人がゆっくりと煙草をくゆらせるように。

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2006/03/14

ケータイ生活始まる

ketai2と言っても、どこかのCMじゃありません。

実は、とうとうケータイを手に入れたんです。
しかも憧れのカメラ付き。(ウフ♪)

腰が低いというか、折りたたまっちゃってるのも奥ゆかしいお姿。


いや、最初はね。
貯めていたお年玉でポータブルDVDプレーヤーを買いたいって言うから。
ウチの子に引かれて善光寺参り…じゃなくてヨド○シへ。
(フトコロが痛まないってのは、なんて気がラクなんでしょ!)

めでたく目的のDVDをゲットしてお店を出ようとした時、店頭にケータイ売り場があって。
一緒にいた家内が、「見るだけ見てみない?」なんて言い出した。
(別にイイですよ。フトコロが痛まないんなら。)


家内のはPHSだし、私のは昔家内が使ってたお古。
ウチの子のに至っては、受信は出来ても、三ケ所にしかかけられないってヤツ。
(でも、親は安心。)

実はウチの息子、友達から「ケータイ買えよ。」と言われていたらしい。

もともと「高校生になってから。」って事にしてたんだけど。
やっぱ友達同士の付き合いも大事だし。
「三学期の成績が良かったら、買ったげる。」って事に。

家族割りとかあるし、どうせなら全員ケータイに変えようという話にはなってた。


店員さんの話によると、3月はバンバンケータイが売れちゃうんだって。
(暗に「品切れになっちゃうよ。」と言いたいらしい。)
しかも今なら本体価格が「一円」だそう。
(はは〜ん。使用料で儲けるんですね?)

そこまで言われたら、素直な私達ですもの…。
拒むに拒めないじゃありませんか。


もちろんケータイの機能なんて分からない私はカヤの外。
遠巻きにして見てた。

すると「お父さんには、コレなんかどう?」と見せられたのが、液晶もなくてボタンもおっきい機種。

失礼な!これって、テレビで宣伝してる簡単ケータイじゃん。
(でも、使いやすそう…。)

おや?その隣のなら液晶も付いてるし、ちょっと惹かれる。と思ったら。
すかさず店員さんが「ボタンも日本語ですし。」と追い討ちをかける。
はいはい、そうですね・・・ぷん!
(でも、使いやすそう…。)

挙げ句の果てに、「名前シールを貼る所もあるし、首から下げてたら?」なんて言いたい放題言われてしまった。(反論できないのが悔しい。)

ま、最終的には、みんな「お揃」って事で、かろうじて私のプライドは保たれたんだけど。


帰る道すがら、例の日本語表示のケータイに、ちょっぴり後ろ髪を引かれていたのは内緒の話。
ふいに「猫に小判」という諺が、頭をよぎったのも言わない事にした。

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2006/03/11

使者のささやき

昨日の記事でお知らせした「使者のささやき」をUPしました。
…………………………………………………………………………

あれは、高校三年生の時だった。
当時美術クラブにいた私は、デッサンのための大きなパネルを持って、駅のベンチに座っていた。

その時、突然「絵を描いているの?」と、見知らぬ中年のオバサンに声をかけられた。「はい。」と答える私に、その人は「趣味だけにしといた方がいいわよ。」と言う。

「・・・は?」
いくら何でも失礼ではないだろうか。いきなり話しかけてきた上に、クラブ活動に打ち込んでいる(?)健気な学生に向かって。


……実は、私が美術クラブに入ったのは高三になる時。そろそろ進路の事も考えなきゃならないし、成績は下がってくるし。そこで私は、一計を案じた。

「一年間デッサンを勉強してみて、ものになりそうだったら美術関係もアリかな?」

なんという安直な考えだろう。しかし美術クラブの顧問の先生は、そんな私の甘い考えを、何も言わずに受け入れてくれた。

いや、さすがに自分でも、その考えは虫が良すぎるとは思っていたんだけれど。
(だからこそ、先のご夫人の言葉が胸に刺さったのかもしれない。)

・・・・・・・・・・

ただ、その時は「親に反対されたら諦めよう。」という程度の、思いつきにすぎなかった。

ところが、そんな私の言葉に、父は「同じ苦労するのなら、好きな事で苦労するのもいいかもしれない。」と、あっさり許してくれた。(どこまでも安直だった私の進路決定。)

そんなこんなで、それなりの紆余曲折はあったものの、なんとかデザイン会社に入る事ができた。しかし、その時から当然のように私の苦労が始まった。まるで、それまで猶予されていたものが堰を切ったように。一気に、現実の厳しさが襲ってきた。

程なくデザイナーに挫折して退社した私は、なんとなくイラストレーターになってしまい、今に至っているけれど。自分が今苦労しているのは、そうやって大した覚悟もないまま、ここまで来てしまったツケのような気がしている。もし、あの時父に反対されていたら。

仕事に行き詰まっても、「好きな道を選ばせてもらえなかったからだ。」と、現実を誤魔化す事ができたかもしれない。でも、自分はそれさえもできない。

・・・・・・・・・・

仕事としてイラストを描くという事。それは、既に散々描き尽くし、描く事に飽いてしまっている時点から、スタートしなければならないという事。

それでも次の仕事を頂くために、持てる全てを出しきらなければならない。もちろん、製作に打ち込む過程で自分を追い込み、のめり込むうちに夢中になってくるのだけれど。

眠っている創作意欲を無理矢理叩き起こし、仕事が終わるとまた惰眠をむさぼる。そんな事を繰り返しているうちに、自分の中で何かがすり減って来るように感じてきた。

そしてある時、自分から進んで絵を描く意欲を、無くしている事に気がついた。
慌ただしかった仕事が終わり、ふと気がつくと、自分には何もしたいと思う事がない。ただ、退屈な日常が待っているだけ。

だって自分は、趣味を仕事にしてしまったんだから。これは、一番好きだったものを、売り渡してしまった罰なのかもしれない。

あの時、あのホームで聞いたささやきが蘇ってくる。あのご夫人は、それを伝えるための、何かの使者だったのだろうか。

・・・・・・・・・・

そんな私が、数年前CGと出会った。

コンピュータの前に座っていると、何か作りたくなってくるから不思議だ。あの、懐かしい感覚が戻ってくる。もう、はるか昔に忘れてしまったもの。

わら半紙と鉛筆さえあれば、何時間でも夢中で絵を描いていた子供の頃。それは、あの頃に感じていた、純粋に絵を描く楽しさなのかもしれない。


……でも、それでもやっぱり。

楽しいと思えば思うほど、それを世に問いたいという思いがピッタリ後ろからついてくる。たとえそれが、せっかく取り戻したものを手放す事になるのだとしても……。

これは、一度使者のささやきに背いた者の、性なのだろうか。

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2006/03/10

日刊デジタルクリエイターズ

今日はココログにログインできずにいましたが、やっと障害も復旧したようですね。

実は、日刊デジタルクリエイターズ/ クリエイターのためのメールマガジンさんに「使者のささやき」という一文を寄稿させていただきました。

いつもはあまり書く事のない、イラストレーターの視点からの心情を綴ってみたものです。
今日(3月10日付)その記事が掲載されましたので、このブログでも紹介させていただきました。読んでいただけると幸いです。

尚、今日はお知らせにとどめ、本文の記事は明日アップさせていただこうと思っています。

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2005/12/13

落日のHP

susuki2新しいカテゴリを作るために、改めて調べたブログの容量。
2,000Mにも増えていたなんて…。

それだけ、ブログの需要が大きいって事の証しなのだろう。

もともとブログのシステムは、リンクやトラックバック等、至れり尽せり。

それでデータも重くなるみたいだし。
ある程度の容量がないと、何年もしない内に一杯になっちゃう。
だから、その心配をしなくても済むようになったのはありがたい事。

でも、今まで容量を気にして、写真の画質や大きさを随分ケチってたのに。
こんな事なら、もっとやりたいようにやればよかった…。
・・・なんてね。


それに比べて、HP(ホームページ)に割り当てられた容量の少なさときたら。
20Mじゃブログの1%にしかすぎない。
(消費税だって5%なのに…。)

ちょっと寂しくなるけれど。
これもまた、時代の趨勢って事なのだろう。


HPの場合、テキストそのものは軽いデータだし。
ほどんど画像のデータ量で決まっちゃう。
だから画像も小さめにして、画質もギリギリに落として…。

はぁ・・・。
それでも残りの容量は三分の一を切ってしまった。

これからは、個人でやるならブログで。
企業や団体なら有料のHPで、という二極化が進むのかなぁ?
(タダでやろうとするのが、そもそも無理なのね。)


除夜の鐘もまだなのに、祇園精舎の鐘の声を聞いてしまった…。

日出づる処から、日の没する処への書簡。
それは、いつの世も変わらずに手渡され続けるのかもしれない。

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2005/10/17

かりそめの電子頭脳

9_29sanpomiti電子頭脳という言葉、最近はあまり聞かれなくなったけれど。
「高性能なコンピュータが独自の知能を持ちはじめる」なんて、SFの世界では昔からあるテーマだ。

例えば、子供時代に読んだ漫画「8マン」の場合。
殉職した刑事の記憶が、その電子頭脳にコピーされ、ロボットとして蘇る。

自分の脳(記憶・思考)が永遠に生き続けるなんて、誰でも一度は考えた事じゃないだろうか。
(その寂しさは別としても)


昔、こんな小説があった。

ある少女が驚くほど博識な老人と出会い、それゆえに惹かれていく。
しかし、老人に死期が迫っている事を知り。
老人自身と、その蔵書に納められた膨大な「知識」が失われていく現実を、受け入れられない彼女は悩む。


例えば、その老人の思考を電子頭脳に記憶させる事ができたら……。

その老人は永遠に生きる事ができる。
そして、彼女もまたその老人を失わずに済む。

まぁ、そんなのは空想にしか過ぎないけれど……。

でも、現在のウェブの隆盛を見る時。
擬似的だとしても、それに通じるものを感じる。


一つの言葉を検索しただけで表示される、無数のサイト群。
それは、その数だけ膨大な「思考」が記憶されている事に他ならない。

そして、ある目的を持ってそこにアクセスする時。
たとえ一方通行だとしても、それは、そのサイトと会話していることにならないのだろうか。

もちろん、それは「書籍」として昔からある既存の形態だ。
しかし、それが許されるのはほんの一握りの人達だけだし、それに出会う機会もやはり限られてしまう。


そう考えると、こうやって自分の想いをひとつひとつ言葉に置き換える作業。

それは、決して効率的な行為ではないけれど……。
そして、いつかは削除されてしまううたかたのものだとしても……。

電子頭脳に、自分の思考を少しずつコピーしている事のようにも思えてくる。

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2005/08/24

(コマンド)+(Z)

key_boadMacとウィンドウズでは、ショートカットキーも違う。
Macの場合、「間違えた作業を取り消して、一つ前の段階に戻る」のは(コマンド)+(Z)。

コンピュータを使っていて、便利だと思う事はたくさんあるけれど、これが一番ありがたい。(保存し忘れて固まってから泣く、という新たな危険はあるけれど。)

もともとキーボード操作が苦手な私は、ショートカットキーも殆ど使わない。(ってか覚えられない。)
でも、この(コマンド)+(Z)だけはすぐに覚えた。
なんてったって、ブラインドタッチなどできない頃から、コレだけはキーを見ずにしていたほどだから。

失敗しても、「元に戻れる」というのはなんとラクチンなのだろう。

手描きのイラストで、失敗した時なんかは泣きたくなる。
上からホワイトや絵の具を重ねたりして、必死になって修正する。

これが、エアブラシ(原理はカラースプレーのようなもの)の場合は修正すらできない。
この、「絶対に失敗できない。」というプレッシャーは辛い。

それが、Photo shop のエアブラシツールだと元に戻れるんだから…。
ウソみたい。

「人生に、『たら』、『れば』はない。」とはよく言われるけれど…。
でも、あの時「〜してたら。」「〜しなければ。」という後悔は尽きない。

つい、人生も(コマンド)+(Z)できたら、なんて考えてしまう。

…あ、でも、つまらない事を考えるのはやめた。
そうなったら、自分にとって良かった出来事も、他の誰かに消されちゃうかもしれないし。(結局、あんまり変わらなかったりして。トホホ…。)

第一、家内から真っ先に(コマンド)+(Z)されちゃいそうだもの。(^^;)

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2005/08/07

8月ともも展とVirtual Beauty EXPO

私のHPは、製作した3D等がメイン。
それでも、プライベートな趣味とかを最後のMy Roomのコーナーに載っけてたり。

その中の、独り言(愚痴?)のコーナーを独立させたのが、この「日常雑記」のブログ。
日々の生活雑感をつらつらと綴ったものなので、あんまりCGの話題とかには触れてないんだけれど。(語る程の知識もない、っていう現実があったりして…。)

ただ今年の8月は、いつもの「もも展」Studio MOMOさんの他に、[CG美少女]All Aboutさん主催のVirtual Beauty EXPO 2005にも投稿させて頂いて。
(あ、Shade online 画像投稿機さんにもお世話になっております。)
そちらの方から、HPを見にいらした方がいるかもしれないし、このブログにまで足を伸ばして下さっていたら、とっても嬉しい。

yusuzumiそこで今回は、その話題を少し。

作品をHPに載せるだけじゃ、限られた人にしか見てもらえないけれど、展覧会なら多くの人に見てもらえる。この、「見てもらえる」というのは、私にはとっても励みになること。(一生懸命やっても、見てもらえないんじゃ、やっぱり寂しいし。)

だから、その機会を与えて頂けるのは、本当にありがたい。(主催者の方々にお礼申し上げます。)

前出の「Virtual Beauty EXPO」は、普段ディスプレイで見ているCGを、A3サイズにプリントアウトした状態で展示するという展覧会。
ディスプレイなら72dpiの解像度ですむけれど、プリントするにはとても足りない。
(印刷だったら360dpi必要なくらいだから。)

A3サイズって、決して大きくはないけれど、それでもレンダリングするとなると「一体、どれくらいの時間がかかるのやら…」。
その大きさにビビって、前回は参加できなかった。

でも、インクジェットのプリンタなら、印刷の半分くらいの解像度でもなんとかなりそう…。
そう思い至って、今回はチャレンジすることに。

なんとかレンダリングも済み、RGBをプリントする段になって、改めて気がついた事も。
「見てもらうなら、せめて美しく…。」と出力を依頼することにしたけれど。
まず、CMYKでなければ受け付けてくれないプリントサービスが多くて…。

さらに大きな問題は、そのダイナミック・レンジの違い。
こっくりと綺麗に仕上がっているけれど、明るい所の諧調が重視されたのか、他が少し暗い。
きっと、暗い部分の諧調を重視すると、明るい所が白く飛んでしまうのだろう。

この、画面自ら発光する加色混合と、紙からの反射光に頼る減色混合の違い。
頭では理解していても、それをまざまざと思い知らされて。

それが、今回の大きな教訓だったような…。

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2005/04/01

マックユーザーの愚痴

私は仕事柄、ウィンドウズではなくてマックを使っている。
しかし、ウェブは元々ウィンドウズ仕様。だから、マックでそれをしようとすると色々な壁にぶつかってしまう。今回は、そんなマックユーザーの愚痴を…。
「え?いつも愚痴ばっかじゃン。」などとおっしゃらずに。

元々システムには詳しくないゆえ、何かトラブルがあった時は困ってしまう。誰かに聞こうと思っても、周りは皆ウィンドウズ派。「マックの事は分からない。」と言われてしまう。

そんな状況でするインターネットだから、何かと苦労が絶えない。
たとえば、私のHPはメニューとコンテンツのフレームセットにしてあるため、どのページを見てもURLはトップページのまま。ブログから特定のページにリンクしようとしても、サーバ側で下の階層を示すパスが書き換えられたり、文字化けしてて上手く張れなかったりする。(できたり出来なかったりするのはなぜ?)

さらに、このブログ。自分のは「ココログ」だけれど、これがまたマックだとツライ。だって、自分のブログにコメントしようとしても、文字化けしてしまうんだから。しょうがないので、コメントはテキストエディタで書いたものを、コピぺしている。

しかも、記事やコメントそのものもコピーできない。さらに、トラックバック用URLも!(他のブログならできるのに。)
だから、「>」を付けてコメントを引用したりする時は、自分で入力し直さなければならない。それで、つい必要な箇所だけの引用にさせてもらったりしている。(文章を間違えて入力する方が失礼だし、結構大変。)

そんな折、ブラウザがNetscapeなら文字化けしないと教えて頂いた。慣れない内は文字が読みにくく感じていたけれど、最近では読む時はIE、書き込む時はNsと、使い分けられるようになった。

また、よく記事中の文字に、アンダーラインが付いてリンクが張られているけれど、最初はその方法もわからなかった。
仕方なく、もう一度「ココログの使い方」を読み直したら、「マックの人は使えません」って書いてあったりして…。本文テキスト入力スペースの右上には「画像」と「ファイル」の挿入用のアイコンがあるだけ。(当然、太字も斜体文字も使えない。)しばらくして、「クィック投稿」を設定するとリンク用のhtmlがコピーできるという事を理解して、やっとリンクが張れるようになったけれど。

マイリストの1行紹介も、普通はカーソルを当てた時だけに表示されるものだけど、普通の文字として表示されっぱなしになるから、それも省略させてもらったり。もう、必要最小限の事しかできない。
もし、他にも失礼な事をしていたらゴメンナサイ。

なんか、愚痴というより言い訳になってしまったけれど。
ホント、ウェブって難しいですワ。

●追記:先日(4月7日)のメンテナンスから、マックでも文字化けせずに書き込みやコピーできるようになりました!
niftyさんありがとうございます。

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2005/01/25

ウェブの虚像

内弁慶という言葉があるけれど、多かれ少なかれ、人は皆その要素を持っているのだろう。自分の家の中では、多くの人が好きなように振る舞っている。(そうでなければくつろげないし。)

しかし、一歩外に出ればそんな事はしていられない。人の目を考えれば変な事は出来ないし、ルールを守らなければあちこちでトラブルを起こしてしまう。だからこそマナーというものがあるのだし…。
学校も、勉強だけではなく、人と触れ合う中で社会性を直に学ぶ場でもあるのだろう。

ただ、人の目を意識しすぎると、「良い人」を演じてしまう危険もある。ヘタをすると「八方美人」の謗りも免れない。意識せずに、自然体で好人物になれれば理想的なんだけれど…。

ところで、ウェブに載せられた言葉は、多くの人の目にとまるし、限られた人達との間で交わされる日常の会話とは全く違う。そして、言葉にした瞬間から消えてゆくそれとは違い、後々まで形として残ってしまう。それだけに、いい加減なことは言えない。

しかしそうすると、知らず知らずに「良い人」になっている自分に気がついてドキッとする時がある。
実際は結構自己中なのに、気がつくとエラそうな事を書いていたりする。別に嘘をついている訳ではなくて、その時は本当にそう思っているのだけれど…。
どうしても、「あれ?自分はこんなに立派な人だっけ。」という思いを払拭できない。

実生活では、良い人でいようと思っても、そうは問屋が卸してくれない。
イライラしている時だったりしたら、仏頂面をしているかもしれないし、感情に押し流されてしまう時もある。しかし、案外それで、素の自分と理想とする自分の距離を認識できる。そして、そんな現実の中でこそ、理想の自分に近づく努力が尊いのだろう。

でも、ウェブでは知らずに自分の都合の良い人になれてしまうのが、やっぱりちょっと怖い。

あ、でもお調子モンの私には、それもただの杞憂だったりして。
それくらいで丁度いいんだったら、それはそれで悲しいんだけど…。

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元日の夕焼け その3
あれよあれよという間に色を変え、
暮れていった。
 
 

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2005/01/18

ブログの不思議

ブログは本当に面白い。

気になった記事やコメントを見つけて、その人のブログを覗く。そして、そこに書かれている記事を読む。
「あぁこの人は、こんな事を考えているんだ…。」と共感したりすると、ついコメントを書いてみたくなる。

今までは、掲示板に書き込む事にも躊躇していたのに。
「自分のブログを読んでもらえば『私はこんな人間です。』と、分かってもらえるかな?」という思いが、そのハードルを低くしているのだろうか。

実生活だと、出会った人に話しかけるのは勇気がいる。話好きな人もいれば、そうではない人もいるからだ。「迷惑がられたらどうしよう。」などと思えば、声を掛けるのもためらわれる。
しかし、コミュニケーションツールのブログをしている人なら、「話好き」の点ではクリアしている…ハズ。

そして、なにより「相手の顔が見えない。」というのが大きい。

私のように一人で仕事をしている人間だと、会社などでの会話の機会がない。その上、年齢が離れていようものなら、それだけで会話の対象にすらならない。ハナから話が合わないだろうと、決めつけられたりして…。(確かに、ついていけない話題もございますが。)

人と話をする時、私は基本的に相手の年齢は気にならない。どんな人で、どんな考え方なのかが重要だ。
(若くてもしっかりした方はいるし、年輩でも若々しい感性の方はいる。)
しかし、相手の人が年下の時は、どうしても「年上に付き合わせちゃ悪いかな?」とか気を使ってしまう。それが異性だったりしたら尚更の事で…。(ヘタをすると、セクハラにもなりかねない。)

しかしウェブなら、シワも白髪も分らない。(ハイ、言葉の端々に歳が出ちゃってますね。)
その人の「人となり」が全てだ。

これは、たまらない魅力。
自分の年齢を気にせずにコミュニケーション出来る機会なんて、そうそうあるものではない。

ウェブというと「若い人の」というイメージがあるけれど、案外、私の様な者にもありがたいツールなのかもしれない。

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後れ馳せながら元日の夕焼け。
「すべて世は事もなし。」
と行けば良いんだけれど…。
 
 

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2004/12/02

もも展のご案内

今年もやって来た「もも展」の季節。

改めてご紹介させて頂くと、Studio MOMOというCGの巨大サイトで、毎年4・8・12月の1ヶ月間開催されているCGの展覧会。
私が初めて投稿させて頂いたのは、ちょうど一年前の12月だったので、エラそうな事は言えないのだけれど。(普段の書き込みも、内容が高度すぎて、半分ぐらいは理解できないのだから…。)(^^;)

初めて見た時は、その水準の高さにビックリ。手探りで3Dを製作している身には、「CGって、ここまで来ちゃってるのね・・・。」という深ぁ〜い衝撃を受けたものでございました。

それでも何とか立ち直り、恐る恐るの初投稿から今回で4回目。今でも腕試しのつもりで参加させて頂いているけれど、正攻法ではかなう筈もなく、何とか自分なりの世界を模索している状態。でも、自分の作品を見てもらえる場があるというのは、本当に有り難い事。これからも、参加していけたら…と、思っております。

皆様も、ぜひ一度御覧になって下さい。(私のは3Fです。)

そちらの方からも、見に来て下さった方がいらしたら嬉しいです。
ありがとうございました。

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 HPの方で、
 今月のトップ絵にしている
 この作品を投稿しました。
 
 
 

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2004/10/24

nezimakiさんへの手紙

昨日はnezimakiさんのブログへのコメントで、断末魔の叫びと共に消えてしまいましたが、あまりに惜しい話題ですし、長くなりそうなので、あらためてこちらで。

まず、ベジェ曲線。これは「慣れ」しかありませんよね。アンカーポイントから引き出されるハンドルは、力と方向を合わせ持った、「ベクトル」の様なものですよね。「アンカーポイントの間に張られたワイヤーがそのベクトルによって変型されている。」と考えると、感覚的に掴みやすいと思います。

ところで、今までの文面からも感じていたのですが(紙が湿るとか)、nezimakiさんは印刷関係のお仕事をなさっていたんですね。DTPの難しさは、作ったデータを如何に製版フィルムまで持って行くかだと思いますが、その前提として、入稿出来るデータにしなければなりませんよね。そのチェックをなさっているのでしょ?でもそれなら、マックでデータを開いていると思うのだけれど…。だとしたら「DTPはマック」の理由は御存じの筈だし、釈迦に説法になってしまいますが、私がDTPを勉強したのは数年前の事だし、間違えて覚えているかもしれないので、確認の為に…。(それともPDF入稿?)

「フォントはホントに難しい。」とダジャレのように言われますが、まさにそれに尽きると思います。私はデザイナーの仕事はしていないので、あまり偉そうな事は言えませんが、確か入稿出来るフォントはポストスクリプト(中でもタイプ1)。それを扱うためにはどうしてもMacが必然だったのです。
また、余りに多くの編集ソフトがあるウィンドウズでは、印刷会社が対応出来なかったという理由を聞いた事もあります。(マックには、nezimakiさんが仰っていたイラレ・フォトショ・クォーク位しかありませんでしたし…。)

ソフトに依存しないPDFで入稿出来るようになった現在では、ウィンドウズでも可能なようですが、ウィンドウズの場合、フォントはトゥルータイプになると思います。(マックの場合、解像度にプロテクトがかかっているので、事実上使えません。)今後のウィンドウズでの入稿の拡大の可能性は、いかにトゥルータイプ・フォントの種類が増えるか、にかかっているのではないでしょうか。
ウィンドウズでの入稿の、潜在的な需要は測りしれないでしょう。その時が、マック派の私には恐ろしい。

追伸
パソコン音痴の私が、ここまで理解するのにどれ程の苦労があったか、御想像下さいませ。(涙)

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