2007/05/28

あの夏の日

5_12dote1あれはおととしの夏。
後二日で夏休みが終わってしまうという日だった。

いつものように、私がウォーキングに出掛けようとすると、ウチの子が一緒に行くと言う。

おや、どうした風の吹き回し。
ま、一人で行くより二人の方が楽しいし。こちらとしても異存はない。


河の土手にあるサイクリングロードに立つと、遮るもののない視野に広がるのは、見渡すかぎりの青い空。
一発でその爽快感のトリコになってしまったらしい。(ホレごらん♪)
それからは、休みの日になると私に付き合うようになった。

河川敷には、サッカーやボール投げに興じる人々が見える。
それに刺激されたのか、ある日「キャッチボールをしよう」と言いだした。
せっかく二人いるんだし。よし、お相手してあげようではないか。

学校の休み時間に友達としていたというだけあって。
久しぶりに受けたボールは一直線に胸元に飛込んで来る。

それに負けじと張り合うけれど。もともとそんなに得意じゃないし。
今まで山なりのボールしか投げたことがなかったことに気づいた私。
もしやその時が、自分が水平よりも下に向かって投げた、初めての経験だったのではないだろうか。


それに味をしめたのか。
冬休みの頃にはもう、キャッチボールするために河原に通う感じになってきた。
そして春休みになったら、お次はサッカーである。
キーパー役をやりたいから、今度は私にシュートしろと言う。

ちょっとちょっと。
体育の時間でさえ、足の内側で蹴るインサイドキックでゴマかしてたのに。
足の甲でシュートなんて出来ません。
どうしてもトウキックになっちゃうから、痛いの痛くないのって。
その頃の私の爪先は、常に熱を持って疼いておりました。

そして気がつくと、なんと私のスネには筋肉が付いているではないか。
それまで、それは棒状に太く発達するもんだとばかり思っていたけれど。
平らに広くなるということを、その時初めて知ったのであります。
 
 
5_12dote2そんなこんなで一年が経ち、また夏休みを迎える頃。
親と遊ぶのにも飽きたウチの子は、ひたすら走りだした。

私に麦茶の入ったペットボトルを預けるや、サイクリングロードをかけていく。
そして折り返した後、歩いてきた私と落ち合って麦茶を飲むのが日課になった。
(あたしゃ麦茶持ちですかい?)

そんな一夏を過ごし、また涼しくなった頃。
ウチの子は、もう一緒に行こうとは言わなくなった。
(麦茶の切れ目が縁の切れ目なのね)

今では勝手に一人で出掛けていく。
そして、キャッチボールとサッカーから解放された私は、また黙々とウォーキングするのです。


思えばあの夏の日。
土手の道を走り去る後ろ姿を見送った時から、それは分ってたことなのかもしれない。

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2007/02/05

癒しの喫茶店

Himeakahateha_upあらかたの日本人がそうであるように。
私は結構人目を気にする方だと思う。

でも、自分がやりたい事は、案外ためらわずやってしまったりするところもある。

それは、ウチの子がまだ小さかった時も例外ではなかった。
前ダッコでお散歩に行ったり、公園デビューしてみたり。


ただ、好きでしていたとはいえ、同時にまた焦りも感じていた。

とにかく一日中目が離せない。
子供を見張っているために、トイレのドアは常に開いたままだったくらいだから。
(今でも時々そのクセが出ちゃったりして……)

そんな生活が嫌なわけではなかったけれど。
社会と隔絶しているような不安と背中合わせでもあった。
(普段から打合せも電話で済んでるから、ほとんど家にいたし)

以前は、洒落たお店があれば当然のように入っていたのに。
自分も、その場にふさわしい人間でありたいと思っていたのに。

なにより、自由に行動できた。
それがどんなに貴重な事なのかというのを、思い知ったのだった。


飢餓感と言ってもいいようなその感情。

それに駆り立てられて、当時の私がしていた事は「喫茶店に入る」というもの。
お散歩の途中とか、たまに街での所用があった時、よく入ったりしたものだった。
(子連れでもヒンシュクを買わないようなお店や、空いている時間帯を見極めてだけれど)

子供が大人しくしていられる時間などタカが知れている。
しかし、短時間でもいいから入りたかった。

熱いコーヒーだったりしたら、それこそ冷めるのを待つ時間さえない。
まるで苦労するために入っているようなものだったけれど……。
それでも「喫茶店に入った」という事実は、私の渇きを癒し、安心させてくれた。


それが今じゃ、くつろぐのはもっぱらファストフードのお店。
最後に喫茶店に入ったのがいつだったのかさえ思い出せない。

それでも充分満足出来るのだから。

人間の欲望とは、置かれている環境でコロコロ変わるものなのかもしれない。
 
Himeakatateha
 
 
ひなたぼっこしていた
ヒメアカタテハ(たぶん)
ビオラとの映りが
あんまりキレイだったので

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2006/08/24

思い出作り

Omoide1お盆休みのある晩。
家内が明日ランチに行こうと言い出した。

実家には行っちゃったし、プールはお盆休みに入る前に行っちゃったし。
余裕のある今のウチに、夏休みの思い出を作ろうという事らしい。

以前、友人と地下鉄の駅近にあるお店でランチをしたところ、美味しかったのだと言う。
なんでも、1,000円でデザートのケーキまで食べ放題のバイキングだとか。

赤坂の溜池山王まで行くのは大変だけれど。
夏休みのイベントとしては丁度いいかもしれない。
「それだったら近所のロイヤルホストの方がイイ」と言うウチの子には、「東京見物だと思って」と説得した。

ただ、一つだけ不安材料が。
土日が休業のそのお店、はたしてお盆休みに営業してるのだろうか。
でもま、赤坂なら以前の勤務先。
土地カンもあるし、その時はなんとかなるだろう。ということで、見切り発車した。


見事に晴れ渡った、海水浴日和のその日。
「こんな日にランチに行くのはウチくらいじゃない?」
そうボヤきながら、言い出しっぺの家内の案内で現地に行くと。
……案の定お休みだった。

仕方なく地上に出たものの、そこがどこだか皆目わからない。
だいたい、当時「溜池山王」なんて駅は無かったんだから。
大昔の土地カンなんて、日々変容する大都会では何の役にも立たなかった。
ビルの谷間を彷徨う一家に、容赦なく夏の日射しが照りつける。

そこで私は閃いた。「表参道ヒルズに行こう!」

新宿に戻るくらいなら、表参道で途中下車したって同じ。
その提案は、以前私が行った時、散々羨ましがっていた家内の心を動かしたようだ。

しかし、その時は雨の平日。晴れた休日の人混みは半端ではなかった。
とても食事どころの騒ぎじゃなく、近くのセルフサービスのお店に入ったけれど。
「もう、東京見物はヤだ……。」と言う息子のつぶやきが、私の胸に突き刺さる。

ふと目を遣れば、ガラス張りの窓から見えるのは、GAPのビル。
かつてそこは、あのセントラルアパートだったのに。
家内は、そこにあった会社の内定を蹴って……私と知り合ってしまった。
それもまた、運命のイタズラか。
(だから今、不満そうにスパゲッティを啜る君がいる)


不発に終わった思い出作り。老兵は消え去るのみである。

ほうほうの体で特急停車駅まで帰り、後は家までタクシーで、となった時。
「カラオケして帰ろう!」と家内が最後のアガキを見せた。
ところが、考える事は皆同じらしい。行ってみたら1時間15分待ち。
……最後に残った、いちるの望みまで断たれてしまった。


恐るべしお盆休み。
こんな時は、気軽に出歩くもんじゃないとの教訓を得た。

しかし、結構手近で夏休みを済ましてる人がいると知ったのも、また今回の収穫だった。

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2006/08/18

見知らぬわが子

Yamatosijimiお盆ということで、今年も実家に行って来た。

その帰り道。
ターミナル駅まで辿り着いた私達一家は、快速電車に乗り換えようと、ホームを急いでいた。

発車まで数分の車内には、立っている人もチラホラ。
とても三人で座る席はなさそう。
早足で歩きながら、とりあえず空席があったらバラバラに座ろうという話になった。

するとウチの子は、「年とってンだから先に座れよ」と言う。
「失礼な!」
しかし、すでに席取りモードに入っていた私は、そんな挑発に乗っているヒマはない。
意に介さず素早い行動に出た。

いつも通り、最初に見つけた空席に子供を座らせ、自分の席探しに取りかかる。
家内も、向いのシートでなんとか確保したようだ。
後は自分だけ、と思ったけれど、これがなかなか見つからない。

これじゃぁ仕方ない。
三人の内二人座れれば、勝率六割六部六厘。
ツアコンとしては、まあまあの戦績かな?

なんて思いながらウチの子の前に戻ると、「座りなよ」と私に席を譲ろうとする。
あ、さっきのは口だけじゃなかったんだ。

戸惑いながらも、言われるまま席に座って見上げた息子は、少し大人びて見えた。


よく、西洋では親が座り、子供は立たせるらしいけれど。
(イギリスには「子供は犬のように躾ける」なんて言葉まであるそうだし)
でもそれは、個室やファミリールームがあるようなお国だからのような気もする。
(私が子供の頃は、ふすま一枚隔てた隣の部屋で、息を殺して来客が帰るのを待っていたし)
高床式の住居で、身を寄せあって生活している民族はそうもいかない。

なにより、その方が楽なのだ。
電車の揺れで転ばないか、周りに迷惑を掛けないか。
そんな心配をするより、とりあえず目の前に座らせとけば安心できる。
精神的疲労より、肉体的疲労の方がマシという訳だ。

小さかった頃、外の景色さえ見せておけば、大人しくしていたのも助かった。
ただ、空席がない時は、ダッコしなければならない時もあったけど。
(当時の駅や車内では、ベビーカーをたたまなきゃいけなかった)
それが少し大きくなって、立ったままドアの窓に背が届くようになった時は、肩の荷が下りた気がしたものだ。


……そんな事を思い出しながら、ふと目を開けると、もうそこにウチの子の姿は無く。
慌ててあたりを見回すと、ドア一つ隔てた向こうのシートに、チャッカリ(いや、シッカリ)空席を見つけたようだ。
すました顔で、一人座っている。

あぁ……。知らない間に成長したもんだ。


電車が最寄りの駅に着くまでのしばしの時間。
乗客の間から、時折見え隠れするわが子の姿。

それは、私がいつも見慣れているのとは、違う顔をしていた。

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2006/06/24

損な役回り

6_10sanpo_2トランス雑記その16

親というのは損な役回りだと思う。


子育ての最終目標。
それは、「自立した人間」に育て上げる事だろう。

親が面倒を見なくても、立派に一人で生きて行けるようにしてあげなくてはいけない。

「自分でできる事は、自分でしなさい」と、口を酸っぱくして言っても、やろうとしない我が子を見ていると、それは途方も無く遠大な計画にも思えてくる。

しかし、親がいなくてもやって行けるようになるという事は、親が必要ではなくなるという事でもある。


翻って、男女の仲で言えばどうだろう。

ぐうたらで、だらしない男との腐れ縁が切れない女性がいるとする。
いくら周りから「別れろ!」と言われても、「でも、あの人は私がいないとダメな人だから……」などと言いながら、結局ずるずると続いてしまうというのは、よくある話。(それが、ドメスティック・バイオレンスの温床にもなっているという)

逆に、涙なんか見せず強く生きている女性は、愛人が出来た男から、「君は一人でも生きて行けるけど、彼女はオレがいないとダメなんだ」とか言われて逃げられたりする。


事程左様に、「相手にとって、自分は必要である」という思いは、人間関係においてかなり重要なファクターになっているのだ。

それなのに、親は必死になって自立させなくてはならない。
自分から、自分を必要としなくなるように仕向けなければならない人間関係なんて、そうそう無いのではあるまいか。

一生懸命我が子を育てても、一人で大きくなったような顔をして、さっさと自分の世界へ羽ばたいて行ってしまうだろう……。
というのは、我が身を振り返ってみれば容易に想像がつく。


本当に、親というのは損な役回りだ。

……お父さん、お母さん、ゴメンなさい。

'04年8月8日

6_23kufea1
 
 
挿し木したフクシアが
根付いて
花を咲かせました

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2006/06/15

カッコウの巣の上で

Hotarubukuroトランス雑記その15

爽やかな鳴き声で、唱歌でもお馴染みのカッコウ。

しかし一方、それは「托卵」の習性を持つ事でも知られている。

他の鳥の巣に卵を産みつける。
そして、その卵から孵ったヒナも、巣にある他の卵を落として、ちゃっかり本来の主人(あるじ)の子供になりすますというのだから。なんとも親子揃って嫌なヤツである。

我が子が替え玉であるとも知らず、せっせと餌を与える親鳥の姿は哀れを誘う。


話は変わるけれど。
子育てで、子供に手を掛け過ぎるのは良くないと言われる。

それは分かっていても、テキパキ片付かないと気が済まない私。
自分でやった方が早いと、つい先回りしてアレコレやってしまう。

「のどが渇いた〜」と言われれば冷蔵庫を開け。
「ごはん〜」と言われれば、つい茶碗を受け取ってしまう。

条件反射的に体が動いてしまう、我が身が哀しい。

今はまだ、かろうじて母親より小さいから許せるけれど。('04年当時)
高校生にでもなれば、私より大きくなるだろう。
(なってもらわなくては困る)

そうなった時の事を想像してみると……。

自分より巨大になっても、まだヒナの世話をし続ける哀れな親鳥。
そんな姿がオーバラップしてくる。

……ヤバい。

そうなる前に、ここは一つ何か手を打たなければ……。
と、今になって慌てだした私である。

'04年8月5日

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2006/04/10

背の順

Clover2_1トランス雑記その8

子供によって成長の度合いは様々。

早くから大きくなる子もいれば、中学になって大きくなる子もいる。

この私は後者の方で、うちの子もまた、私以上の「オクテ」である。

しかも、その学年が終わろうとする頃に、滑り込みで皆と同じ年齢になる。
そんな、早生まれの私以上に、徹底した早生まれだ。


それもその筈で、出産予定日は4月の1日。
散々早生まれで苦労してきた私の、「何とか1日でも遅く生まれてくれれば……」という願いは叶わなかった。

早生まれでオクテとくれば、大体想像がつく。

卒園の時の先生の言葉。
「今、年少さんならもっと幼稚園を楽しめたのにね……」
それは、そのまま私の思いでもあった。


ところで、学校で整列するとなると、やはり「背の順」になる。

当然、うちの子は常に先頭だった。
(そりゃ運動会の写真は撮りやすいけれど、それとこれとはまた別)
それどころか、「学年が違うのでは……」と思えるくらい、飛び抜けて小さくて。
あまりのいたいけのなさに、「幼児虐待」という言葉さえ思い浮かべる程だった。

小さかった私の背が伸び出したのは、中学になってから。
小学校でいつも1番後ろだった子を、追い抜いたのもその頃だ。
「中学になれば……」それだけを頼りに、1番前のわが子の写真を撮り続けるのだった。

小学五年生の時だったろうか。

うちの子より小さな転校生がやって来た時は本当にホッとした。
1番というのは「それより下がない」という事。
まるで宇宙の果てのように、拠り所のない不安が付きまとっていたからだ。

それが、たとえ2番目だろうが比較の対象になったんだから。
「それでいいんだよ」と、言ってもらえたような安堵を覚えたのだ。


その頃からうちの子の成長期が始まったらしい。

結局背の順は変わらなかったけれど。
(運動会で、その子とは紅白に別れてしまった)
そんな事はどうでもいい。大事なのは事実である。

小学校の卒業式では、親の欲目としても5番目位に見えた。
そして、今度入った中学でも5番目だと言う。

どうやら、初めて「前へならえ」で手を前に上げる姿を見られそうである。
(1番前は手を腰に当ててるでしょ?)


'04年6月26日

●上の写真は、子供の頃を思い出して探してみた四葉のクローバー。五葉のクローバーを見たのは初めてかも。

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2005/10/23

ウォーキングの誤算

1020kamo以前受けた健康診断。
結果は、心配していた通りあまり芳しくなかった。

考えてみれば通勤するわけでもなく、一日中パソコンに向かって仕事をしているだけの毎日。運動不足と言われても仕方ない。

ただ、じっとしていられない私は、気分転換にコンビニに行ったり、お風呂を洗ったり洗濯物を取り込んだりと、用事を見つけては結構マメに動いているつもりだったんだけど……。
そんなチマチマした行動ではやはり意味はなかったようだ。

先生がおっしゃるには、「毎日30分歩くように」。

考えてみれば、ウチの子がまだ小さかった頃、毎日1時間くらいお散歩していた。
そして、その頃が一番体調が良かったのも実感している。

ここはひとつ頑張らねば。
なにせ一年中で一番爽やかな季節ときているのだから。
(途中でやめちゃうと恥ずかしいから書かなかったけど、始めたのは初夏でした)


背筋を伸ばし、足を前に放り出す感じで……。
常々姿勢の悪さを自覚している私、これで姿勢が良くなったら一挙両得ではないか。(転んでもただでは起きないモンね!)

土手を歩きながら、久々に嗅ぐ川の臭いと草いきれ。
行く先々で、懐かしい香りと出会い、足取りも軽くなる。

かって知ったる公園のベンチ。
そこまで歩いていって一休みすると、小さな滑り台が目に入った。

「あぁ。そういえば、このおすべりで遊ばせたっけなぁ……」

母親より大きくなった今では、想像もつかない程幼かった当時。
そしてその傍らには、いくらか若くて元気だった自分がいた。

……それが今は、穏やかな日射しの中、ひとりポツンとベンチに座っている。


「さんざん通った散歩道、コース選びには困らない」
意気揚々と始めたウォーキングだったけれど……。

思わぬ感傷に浸ってしまうのは、とんだ誤算だった。

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2005/10/14

陰に隠れて

10月10日は「体育の日」。
スポーツの秋という事もあって、この日に予定されていた運動会も多いのでは。
でも、今年はあいにくの空模様。
遠足、運動会の天気には、いつもやきもきさせられていたっけ。


ところで、声を張り上げて声援を送る観客の姿は、運動会のありふれた光景だけれど。
残念ながら、私には殆どその経験が無い。

なぜって、子供が嫌がるから。

会場でたまたま顔を合わせても、お互い他人のフリをする。
これは、小学校一年生から暗黙の了解になっている。

「級友に自分の親(親子関係)を見られたくない」という感情は、確かに思春期の頃自分にも覚えがある。でも、これ程ではなかったような……。
ただでさえ幼く見えたウチの子は、自分の弱味?を見られるのが、人一倍嫌だったのだろうか。

ならば幼稚園の頃は、と言うと、これがもっとひどかった。
親がいなければ、健気に一人で頑張っているのに。
ひとたび親の姿を見つけると、「嫌だ、帰りたい」と、火が付いたように泣き出すのだった。


初めての運動会での事だ。観客の陰から盗み見ている内は良かった。
しかし、運悪くビデオのテープが無くなってしまった。(バッテリーはチェックしていたのに。ここぞという時に、決まってどちらかが無くなるのは何故だろう……)

仕方なく、近くのコンビニへ買いに行ったのだけれど。
会場に戻った時、あろうことか出番を待って待機している園児の集団に鉢合わせしてしまった。(その時の先生の目に、咎めの色を見たのは、私の負い目のせいだろうか)
当然、ウチの子はいつものように泣き出した。その後はもうメロメロ。
かわいいボンボンを付けてのお遊戯も、駆けっこも泣き通しだった。

……それに懲りてからは、ますます陰に隠れざるを得なくなった。
まるで飛雄馬と一徹の特訓を、木陰から見つめる明子ねえちゃんのよう。

さすがに年中さんからは、泣くような事はなくなったものの。
トラウマを引きずっているこちらとしては、ついつい、隠れる物陰を探してしまうのだった。


それが、年長さんになった最後の運動会では、紅白リレーのアンカーになった。
(ひときわ小さいウチの子が速いハズもなく。ま、演出の一つ?)
バトンが渡された時には、既に相手方はゴールインした後。
それでも一生懸命走る姿に、私も思わず声を上げてしまった。
(やっぱ演出だったのねん)

今から思えば、心おきなく声援出来たのはその時だけ……。

CMやニュースで流れる、なごやかな親子の運動会風景。
それは、どうも私には縁が無かったようだ。
 
kawara2
 
 
●実はこの記事、
去年書いたもののタイミングを逃していたもの。
今と随分書き方が違う事にも驚きましたが、
また一年待つのはシンドイので、
少々手を加え、一年ぶりにUPしてみました。

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2005/01/23

前ダッコ

赤ちゃんを外に連れ出す時は、おんぶするかダッコしなければならない。ベビーカーに乗せればいいのだが、場所を取るし、ぐずり出す事もある。

おんぶするには「おんぶヒモ」が要るし、ダッコも長時間なら「ダッコヒモ」が必要になる。
「おんぶ」か「前ダッコ」かでも論争があったものだが、以前実家で姪をおんぶした時には平気だったのに、30も半ばを過ぎておんぶすると、頸動脈が圧迫されて頭の血管が切れそうになったので、必然的に前ダッコになった。

その「ダッコヒモ」だが、私でも使えるようにシンプルなものを探して、紺色にした。
それでよく連れ歩いたものだけれど、その一部は小さな水玉模様が入っていて、真ん中におリボンまでついている。それがイマイチだったが、他にシンプルな物が無かったのだからしょうがない。(「しょいこ」の様なゴツいベビーキャリーはあったけれど、登山する訳じゃないし……)

ウチの子が歩き始めて使わなくなった頃、当時気に入っていたコムサデモードで、シンプルな紺色のダッコヒモを見つけた時は本当に悔しかった。(「私のおリボンをどうしてくれる。」と、今思い出しても悔やまれる)さらに、紺色のフレームのベビーカーばやりの頃があったけれど、思えば、その紺色のベビーカーを初めて売り出したのもコムサだった。(もちろん、ウチのは当時主流の黒)
バーゲンに並び、それ以外でも足しげく通ったのに、(見るだけの時が多かったけど)どうもタイミングがずれていたようだ。

しかし、すぐに着られなくなったり、使わなくなったりするのは分かっているのに、あれ程の情熱を注げたのは何故だろう……。
何かの代償行為だったとしか思えない。

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