2007/01/25

あげる/その2

Asayake3敬語は難しい。

特に「差し上げる」は分かりにくい。

「あげる」は「与える」「やる」の謙譲語。
下から上へ「上げる」のだから、それはいいとしても。

反対に上から下への尊敬語は「下さる」のかと思ったら。
「賜(たま)う」なんだとか。
(そこまでの敬語を要求される場面には遭遇しなさそうだからいいんだけど)

尊敬語の「くださる」の基本語は「くれる」。
で、その反対は「もらう」だから、謙譲語は「いただく」になるんだそう。

なんか「あげる」「くださる」「いただく」の三つどもえって感じになっちゃうし。
ここはやはり、「あげる」は単独で考えないとこんがらがりそう。


ところで、実際に「あげる」を謙譲語として使う時には、「差し上げる」になるんだろうけれど。
ここでもまた疑問が。

例えば、同じお稽古教室の生徒同士だった場合。
先生にお歳暮をあげたか尋ねる時。

「先生にお歳暮を差し上げましたか?」でいいのだろうか。

確かに先生には敬意を払った言い方だけど。
肝心の話し相手の行為を謙譲しちゃうのはマズそうだし。
現実的には「差し上げた方がよろしいんでしょうか?」とか言い換えたり?

他にも、目上の人の子供にあげたい時。
「お子様に差し上げてください」も危なそう。
上がって下がるとなると、もうお手上げ。
(「お渡し下さい」で逃げた方が無難?)


「あちらを立てればこちらが立たず……」は世の常だけど。

どっちにも失礼のないようにしようとすると、自分がヒンシュクを買っちゃったり。
とかくに人の世は住みにくい。

敬意を払う相手が複数になると、どうしてこんなに複雑なんでしょ。


●追記:私の疑問は「二方向への敬語」なんだとか。
↓いろいろ検索してみたところ、とっても参考になるサイトさんを見つけました。

http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/keig/c01c23.htm

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2007/01/22

あげる/その1

Asayake1私が中学生の時だ。
美術の時間にオルゴールを作ったことがある。

作ると言っても木製のキットを組み立てただけだけれど。

唐草模様を彫り上げた表面にヤスリをかけ、黒く塗装してニスで仕上げる。
小物入れになっている内側には、エンジ色のフェルトを貼って。
すると、想像した以上の出来栄えになって、自分でもちょっと嬉しかった。

そこで私は欲を出した。
フタの裏側に小さな鏡を付けたくなったのだ。

どこに行けば手に入るだろうと考えた私は、通学途中にガラス屋さんがあるのを思い出した。
鏡もあったような気がするし、あそこなら売ってくれるかもしれない。
どうしても鏡が欲しかった私は、勇気を出してそこに行くことにした。


私が声をかけると、中から出てきたのは無愛想なおばさん。
おずおずと「小さな鏡が欲しいんですけど……」と言うと、その人は顔からさらに表情を消す。それは、不機嫌と言ってもよかった。

自分は何かいけないことをしてしまったのだろうか。

すると、不安げに見つめる私の目の前で、そのおばさんは思いもよらない行動に出た。
その辺にあった鏡のカケラを拾い上げるや、慣れた手付きでそれを四角く切り出したのだ。そして、あっけにとられている私の前にそれを突き出し、こう言った。

「やるよ」

あぁ……。そういうことだったのか。
その人にとって自分はお客ではなく、鏡を欲しがっているタダの子供だったのだ。
迷惑そうだったのも無理はない。
むしろ私は、感謝しなければならないのだ。

……そこまでは理解できたけど。
それでもやっぱり、私はイヤな気持を振り払えなかった。

「お金を払ってでも、ちゃんとした売り物の鏡が欲しかった」
少し角の曲がった四角い鏡。
切り出したままの、手が切れそうな鏡を注意深く持ちながら、私はそう思った。


敬語の使い方によると、「あげる」は「やる」の謙譲語になるんだそう。
それでいくと「花に水をあげる」という言い方は間違いだとか。
だから、あのおばさんの言葉は正しかったのだろう。

私も対外的には「子供にお小遣いをやった」と言うようになったけれど。
でも、家で子供に言う時には「お小遣いをあげる」と言いたい。

この「あげる」。
今では謙譲語というより「やる」の丁寧語として定着しつつあるんだとか。

私も、それでいいような気がしている。

Asayake2
 
●追記:「あげる」と「やる」はとってもデリケートな問題で
二重敬語の「お召し上がりになる」が市民権を得たように、今過渡期にあるような気もします
その2では、謙譲語の「差し上げる」に触れたいと思っています

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2006/12/17

こころやすだて

Otiba4「心安立て」なんて言葉がある。

この言葉を知ったのは、三十くらいの時だろうか。
その響きが心地よくて、いっぺんで好きになった言葉。

でも、その意味は。
「親しさに慣れて無遠慮にすること」

どうやら、あまりいい言葉ではないらしい。
だから使う事もなく、ただ頭の中の箱にしまって時折眺める宝石のようなものだった。


「親しき仲にも礼儀あり」

わかってはいても、常にそれを実践することは難しい。
それは、この「心安立て」が、なかなかに厄介な代物だからかもしれない。

「気立て」がいい、「心立て」がいいは、とってもいい言葉なのに。
その間に、「安」が入ると怪しくなる。
「気安い」、「心安い」といったニュアンスと合わさると、別の顔を見せ始める。

ゆったりとお風呂に入っていて、ふと鼻歌が口をつくような。
無邪気で、屈託のない心持ち。
しかし、そんな時に限って、この「心安立て」が忍び寄る。
それが、一瞬にしてお風呂のお湯を冷水に変えてしまう。


いや、そんな時は、かすかに危険信号が発せられていたのかもしれない。
後になって考えれば、頭の中の小箱は、確かにコトコト震えていたのかもしれない。

幸せな時に感じる、わずかな脅えのような予兆。

それなのに。
気づくのは、いつも後になってから。
まるでデシャブのよう。

どうして、もっとはっきりと教えてくれないのだろう。
どうして、もっと早く気づかせてくれないのだろう。
そんな時、自分の中の「心安立て」は、とても意地悪だと感じる。


その意味とは裏腹な、耳に快い響き。
それもまた、その本質を言い得ているのだろうか。

だからこそ、何度も同じ間違いをしてしまうのだろうか。

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2006/12/11

取るものも取りあえず

12_6yukiyanagiはい、私が悪うございました。

先日の「然」はもとより。
「召す」とか「差す」とか。
今まで多様な使われ方をする言葉を挙げてきたけれど。

これには参りました。

「とる」を@nifty 辞書↓で調べたところ、出てくるわ出てくるわ。
http://tool.nifty.com/dictionary/
いくらスクロールしても次から次へと。

これじゃぁ、とても全部を記事にまとめるのは無理。

そこで、手持ちの三省堂国語辞典を手に取った私。
そちらも参考にしながら、かいつまんで取り上げることにいたしました。

【取る/執る/採る/捕る/撮る】 
 手に持つ。《取・執》「手にとる」
 処理する。仕事をすすめる。《執》「事務をとる」
 保存する。残しておく。《取》「とっておく」
 取りのぞく。《取》「シミをとる」
 重ねる。《取》「年をとる」
 取って集める。《取・採》「きのこをとる」(農作物の場合は「穫る」とも)
 報酬を得る。収入を得る。《取》「高給をとる」
 分ける。《取》「分け前をとる」
 もらう。《取》「満点をとる」
 領有する。支配する。《取・執》「天下をとる」
 つくる。《取》「型をとる」
 食べる。摂取する。《取》「食事を—・る」(「摂る」とも)
 解釈する。《取》「悪くとる」
 うまくあつかう。《取》「機嫌をとる」
 迎える。《取》「嫁をとる」
 取りよせる。《取》「出前をとる」
 引き受ける。《取・執》「責任をとる」
 脱ぐ。外す。《取》「帽子をとる」
 ついやす。《取》「時間をとる」
 書く。《取》「メモをとる」
 つける。《取》「連絡をとる」
 許しを得る。《取》「了解をとる」
 奪う。「お金をとる」《取》(金品の場合は「盗る」とも)
 採用する。《採》「卒業生をとる」
 とりこむ。《採》「窓から明かりをとる」
 つかまえる。《捕》「魚をとる」
 (写真を)写す。《撮》「映画をとる」

等々……。これでもほんのごく一部。

取るものも取りあえず、取り急ぎ取りまとめようと筆を取りました。
それもこれも、取りも直さずネタのため。
取るに足りないなどとおっしゃらず、気持だけでもお汲み取り下さいませ。

……なんて。
ではこのへんで、今回はお暇を取らせていただきます、はい。

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2006/11/28

かえる

11_25fujiと、言っても。
卵から「孵る」カエルのことじゃありません。

お家に「帰る」でもなく。
我に「返る」でもなくって。

顔色を「変える」とか。
そのもの自体を違う状態に変化させる「変える」ならイイんだけど。

着「替える」とか、乗り「換える」とか、挨拶に「代える」とかの「かえる」。

「替える」「換える」「代える」
この三つには、いつも悩まされる。(「代替わり」なんてダブルだし)

両「替」、交「換」、「代」理。みたいに、意味の似た熟語から判断してるけど。
「換気」だったら、外の空気と入れ「換える」のか「替える」のか。
そのへんがイマイチ釈然としない。


そこで、いつもの@nifty 辞書で調べてみました。
すると……

● か・える かへる 【替える/換える/代える】大辞林 第二版より

それまであった物をどけて、別の物をその位置・地位に置く。

(1)同種・同等の別のものと交替させる。《替》
 「商売を—・える」「毎日シーツを—・える」

(2)ある物を与えて別の物を得る。《換》
 「宝石を金(かね)に—・える」

(3)あるものを活用・採用せず、その役目を他のものにさせる。代用する。《代》
 「挙手をもって投票に—・える」

(4)飲食物のお代わりをする。
 「ご飯を三膳も—・えた」


おぉ!なんとなく見えてきた感じ。

ペチュニアもビオラも同じ花には変わりないから「植え替える」。
ある物を与えて別の物を得るから「金に換える」。
他の物にその役目をさせるから「挨拶に代える」。

あれ?でも、「代える」はイイとしても。
「交換」と「取り替えっこ」とどこが違うの?
……やっぱり分からない。

ただ、「変える」は〔「かえる(替)」と同源〕なんて記述もあるし。
なんとなく「替える」が一番強そう。(強い弱いの問題でしょうか?)(^o^)

ま、それはイイとして。(よくない?)

「替」の文字って、「日」の上に「夫」が二人いるのが、チョット意味深長。
(日替わり夫なんて、定食みたいだしぃ……)(T_T)

83kaeru
 
 
……呼んだ?

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2006/11/22

閑話休題

9_20enokoro2この前の「霹靂(へきれき)」といい。

毎度の事だけれど。
大人になってから、初めて知った言葉はいろいろ。

でも、灯台下暗しと言うか。
その代表選手を忘れてました。

それが「閑話休題」。

正確に言うと、新聞のコラムのタイトルになってたりするから、初めて見たワケじゃないんだけど。
そんな言葉があるなんて事自体、考えもしなかった。
(「話題も尽きた事だし、ここらでちょっとお休み。」みたいな意味のタイトルかなと。)


「閑話」は、「静かに談話すること」とか、「むだ話」の事だそうで。
(この二つ、全然意味が違うと思うんですけど。)(・o・)
それを辞書で調べた時、用例としておでましになったのがこの言葉。

なんでも、「それはさておき」とか「さて」って意味で、接続詞的に使われるんだとか。

ただ、(文)記号だから文章語だとすると、会話じゃ使わないんだろうし。
手紙なんかで「最近調子はどう?」とか、近況報告が済んだ後、「ところで、聞きたい事があるんだけど」と、本題に入るような時に使うのだろうか?

※ちなみに、漢和辞典で「休」を調べると、「途中でやめる」「中止する」の意味も。
「閑話」を「むだ話」と解釈すれば、「むだ話をやめて、本題に」って感じ?


……閑話休題。(無理矢理使ってみました。)(^o^)

それにしても、接続詞をタイトルにしちゃうなんて、ちょっとスゴイと思いません?
きっと、そのタイトルが頭に浮かんだ時。
それを思いついた人は、「これだ!」と、思わず膝を叩いたのではないだろうか。

そんな言葉があると知って、「なるほど!」と唸った私みたいに。

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2006/10/17

差しつ差されつ

9_21tyo杯を酌み交わす。
頬にほんのり赤味が差して……。

なんて呑気なことを言っている場合ではなくなってしまった。

あぁ、恥ずかしい!
今の今になって気づくなんて。


実は先日、あるブログさんにコメントを書き込んだ折り。
そのお返事には「挿し芽」という文字が。
その時、私の頭はスパークした。

「そうだ、この字だった!」

何も考えずに、ずぅ〜っと「差し芽」と書いてたこの私。
遅蒔きながら、気がついたものから書き直すことにいたします。
(もう、何べんも書いちゃったんだけどぉ)(T_T)


そこで、気になったのがこの「差す」って言葉。
@nifty 辞書によると、ウンザリするほどたくさんの意味がある。

以前、召し上がれで、応用範囲が広い言葉として「召す」を挙げたけれど。
そんなのはメじゃなかった。


冒頭の、酒をすすめる「杯を差す」の他にも。
注ぐのが水だったら「水を差す」だし。

前の方に出す「差し出す」、かざすの意味で「傘を差す」。
お侍さんは腰に「刀を差す」。
お相撲だって「左を差す」とかって言うし。

それは色にまで及んでて。
色をつける「紅を差す」、顔に「血の気が差す」。

「嫌気が差す」、気がとがめるの「気が差す」で、気持のことまで。
そういえば「魔が差す」なんて言葉もあるし。

「差し障り」があったり「差し支え」なかったり。

姿がちらりと見えるのを「人影が差す」とか「鳥影が差す」とか。
潮が満ちてくるのも「潮が差す」だし、枝が伸びるのも「枝が差す」。
果ては日差しや薄日まで「差し」ちゃうし(これは「陽射し」とも)。

「あかねさす」の枕詞だって、茜色に照り映えるって意味からすれば、やっぱり「差す」ような。


書ききれないから、もうこのへんでおしまい。
でも、まだまだいっぱい。
でもって、「差す」「挿す」の他にも「刺す」「指す」が控えてるんだから。

何気なく使ってた「さす」がこんなに万能選手だったなんて。
……………………「さす」が!

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2006/10/14

鼎の軽重

Sizuku_murasakiイラストの仕事で、コンピュータが便利な事。
それは、何と言っても色付け。

筆の場合、チョットした事でムラになっちゃうから。
それこそ息を殺すようにして色を塗っていたものだ。

それが、バケツツールでクリックするだけで、均一な色が塗れるなんて夢みたい。

とはいえ、元となる線画のイラストは、未だに手描きが多い。
コンピュータが描き出す線は揺るぎないけれど。
手描きの線も、なかなかに捨てがたい味がある。(しかも早い!)


先日も、とある社内報のアンケートに寄せられた、投稿記事に添えるカットを描こうとしていた。

ただ、何せ3cmほどの小さなスペース。
ちょっとしたワンポイントのイラストしか描けない。
例えば武道館のコンサートだったら、屋根のてっぺんに乗っかってるタマネギにしてみたり。(爆風スランプですね)

そして、今回のテーマは「自分が尊敬する人」。
内容は様々だったけれど、その中に、歴史に造詣が深かった、元上司を挙げた方がいらした。
若かりし頃「君、そんな事を言うと『鼎の軽重を問われるよ』」とたしなめられたのだとか。

さて困った。「鼎(かなえ)」とはなんぞや。
漢和辞典で調べたら、二つの持ち手に三つの足が付いた煮炊き用の鍋だとか。
さらに、@nifty辞書によると

●鼎の軽重(けいちよう)を問う
〔「左氏伝(宣公三年)」より。晋の景公を破って心のおごった楚の荘王が、無礼にも周の宝器たる九鼎の大小・軽重を問うた故事による〕統治者を軽んじ、これを滅ぼして天下を取ろうとする。人の実力を疑って、その地位をくつがえそうとする。また、人の能力を疑う。

うん、これで意味はOK。
ここはやはり、鼎の絵を描くしかあるまい。

と思って検索してみると。
あな嬉しや!ちゃんとその写真が載っている、サイトさんまであるではないか。


……昔はこんな時、よく図書館のお世話になったけれど。
(その手間を惜しんだら、それこそ「鼎の軽重」を問われてしまう)
そこにズラッとならんでいた百科事典が、喉から手が出るほど欲しかった。
それが今では、インターネットで検索できるんだから、本当にありがたい。

ただでさえ狭い家。余分なスペースなんかありゃしない。

あの時、十何万円もする百科事典を買っていたら。
今頃、それに埋もれて泣いていたかもしれない。
 
Asahi_murasaki
 
 
雨上がり
コムラサキシキブが
朝日にけむって

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2006/09/26

9_20enokoro「はな」という言葉の語源。
それは「平らな所から突き出したもの」だったとか。

「花」は、地面から茎が突き出して、その先に咲いてるし。「鼻」は、顔から突き出している。

以前、何かでそれを知り、「なるほど。」と思った。

それから、これはよく言われている事だけれど。
「餞(はなむけ)」も、@nifty辞書によると

●はなむけ 【▼餞/▼贐】 大辞林 第二版より
〔「馬の鼻向け」の略〕旅立ちや門出に際して、激励や祝いの気持ちを込めて、金品・詩歌・挨拶(あいさつ)の言葉などを贈ること
馬の「鼻」を旅立つ方に向けてあげる事から。 だそう。

こうやって考えると、話し言葉としての「音」が先にあって、後から「字」が当てはめられてるのがわかる。


ところで、地名だったのだろうか。「塙」という漢字に出会ったことがある。
一瞬「しま模様」の「しま」?と思ったけれど、それは「縞」だし。へんが違う。

そこで、旅好き、鉄道好きな人に聞いてみたところ、「『はなわ』……かなぁ?」とのお返事。

「おぉ……。」
後になって辞書で調べたらその通り。これも、

●はなわ はなは 【▼塙】
山などの突き出した所。また、土の小高く盛り上がった所。 だそう。

突き出してるだけに、ちゃんと「はな」がついてるし。
「土」へんと「高」で「塙」。
うん、「音」も「字」もドンピシャ。


それから、そうそう。
「はな」と言えばもう一つ、「端」もある。

●はな 【▽端】
〔「はな(鼻)」と同源〕
(1)物事の最初。 「—からやり直す」「—からわかっていた」
(2)物の突き出た先の部分。先端。はし。 「突堤の—に舟をつける」

う〜ん。昔の人、ナイス!


ハナから期待もせずに書き始めたものの。
しょっパナから出バナもくじかれずに書き終えて、めでたしめでたし。

……なんて。

噺家さんの真似をして。
「おあとがよろしいようで」と締めたくなっちゃう。

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2006/09/08

もののあはれ

9_7murasaki年を取ると涙もろくなるなんて言われるけれど。
それはあるかもしれない。

感受性といえば、なんといっても若い頃。
でも、年を重ねると、それとは違う、別の感受性が芽生えるような気もする。

SMAPじゃないけれど、「心のやらかい場所」が変化するようなのだ。


若い頃は、しなやかで弾力があったその場所。
そこから、ハリがなくなり、恥じらいや気負いといったものが消える。
すると、スカスカになったそこに、染み込むこと染み込むこと。

高分子吸収体(紙オムツですね)が水を吸収するのとは違って、高野豆腐とかヘチマが水分を吸い込むように。
多孔質のそれに、「もののあはれ」がジンワリと染み渡る。

ちなみに、@nifty辞書によると、この「物の哀れ」。
「外界としての『もの』と感情としての『あわれ』とが一致する所に生じた、調和的な情趣の世界をとらえていう」んだそうな。
(イマイチわかりませんが、何かが心の琴線に触れちゃった時みたいな感じでしょ?)


ところで、時々ウチの子の国語の教科書を覗いたりするけれど。
これがまた良いンだわ。(教材と思わなければ、ね)
「えぇ話や……。」感激した私が同意を求めても。
ウチの子は、「はぁ?」と、つれない返事をするばかり。

脂ののった肌が、シャワーの水滴を弾くように。
受け入れようともしないのが、もったいない。
水分に飢え、カサカサに乾いた私の肌は、こんなにも潤いを求めているのに。


さて、教科書に戻ると。
一学期は古典を勉強してたらしい。
そういえば、夏休み前に「月日は百代の過客にして」なんて暗記していたし。
その前は、万葉集や古今和歌集。
「うんうん」こうやって解説してもらえれば、私でもシミジミ味わう事ができる。

花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに 小野小町

なんでも「降る」と「経る(時が経つ)」。
「長雨」と「眺め(物思いする)」は掛詞(かけことば)になってるんだそう。

むなしく月日が過ぎ、物思いに耽っている間に、私も色褪せてしまった。
長雨で花の色が褪せてしまったように。ってな感じだろうか。

絶世の美女と謳われた女人が詠んだ歌となれば、その言葉はいっそう重く響く。
そして私のヘチマは、いやが上にも重くなり、あわ立つ。
高野豆腐には味が染み込む。


とまぁ、感慨に浸ったりするんだけれど。

紙オムツは一度取り込んだ水分を離さない。
その点、ヘチマは乾き(忘れ)やすいってのが欠点かしらん。

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